第43話 小玉の命令

 翌日、馬に乗りながら、ぶんりんしょうぎょくをずっと見ていた。

 小玉は、強い。

 だが、際だって強いわけではない。あまり大柄ではないためか、斬撃にあまり重みがない。速さはあるが、取り柄というほどのものではない。


 比べるならば、彼女と共に戦っているめいけいのほうが、はるかに強い。まるで鬼神のように敵をなぎ倒していく。

 ただ、小玉は見ていて危なっかしさのない戦い方をする。相手の力量と隙を的確に見極め、それに応じた動きをするからだろう。言うなれば、引き際がいいのである。


 ……ということを、文林はゆうしゃくしゃくで分析しているわけではない。


 この時点の文林は、小玉がけっこう強いというところまでしか意識せず、ただひたすらに小玉のあとを追いながら、自分に降りかかる火の粉を払うことしかできていなかった。

 最前線で戦うということは、文林が想像していたよりもせいぜつであった。

 昨日経験したことが生やさしく思えるような状態。視界の端で、見知った相手が殺されていく。


 ――小玉を中心に戦況が目まぐるしく変わる。


 昨夜ゆうべふくけいの予言らしきものは、今のところ成就していない。だが、文林にしてみれば、現時点ですでに目まぐるしい。

 小玉についていくことに気をつけていたおかげでなんとかなっているが、もしそうでなければ今頃は、はぐれていたかもしれない。


 復卿には感謝するべきだろう。だがそれも、自分が生き残ってこその話だ。


 文林が何人かの敵を倒すと、手に持っていた剣は使いものにならなくなった。予備の剣に持ち替えるのとほぼ時を同じくして、不意に、小玉の挙動がおかしくなった。剣を持つ手を下げると馬を止め、きょろきょろと辺りを見回す。


 ――なにをやっている。


 文林はそう叫ぼうとした。

 無防備になった彼女に歩兵が斬りかかろうとする。そののど元に矛が突き刺さった。明慧が放ったものだ。歩兵は首から血しぶきを噴き出しながら、あおけに倒れる。


 明慧は、小玉のすぐ近くに馬を寄せる。倒れた敵兵から矛を引き抜いた。文林は、明慧が怒鳴りつけるだろうと思った。

「ごめん、さすがに気を散らしすぎてた」 

「いいさ」

 しかし、二人のやりとりは実にあっさりとしたものだった。


 それからの小玉は、さすがに剣を振るうことをやめたりはしなかったが、動きに精彩がない。戦うこと以外に気を取られている様子だった。

 明慧を含む部下たちは、そんな彼女に不平をいわずその周囲を固めている。


 なぜ? などと悠長に問いかけることができるような状態ではなく、文林もそれに加わった。

 そんな状態がどれほど続いただろうか。実際は短い時間だったのだろうが、文林には長く感じられた。


 その状況を打破したのは、小玉の一言だった。

「よし!」

 なにもよくねえよ……文林がそう思った瞬間、小玉は、前方のある部分をびしっと指さした。


「これから、全員であそこに突撃するから!」


 文林にはそれが自殺行為としか思えなかった。

「やめ……!」

 止めようとする声は、

「よしわかった!」

「行くぞ!」

 他の人間のやる気満々な声でかき消された。がくぜんとする文林をよそに、後ろに指示を飛ばし、隊列を整える。その間にも敵の攻撃は続く。

 文林はやりを目の前に突き出されたところで我に返った。そう、動揺している暇などないのだ。槍を剣で払いながら、一瞬考えた。


 ――どうする?


 小玉の命令は無茶に思えた。しかし、周囲がごく当然のように命令を受け入れているという事実。そして、昨日の復卿の言葉。

 だが、仮にここで離脱しても、待っているのは何人もの敵に囲まれたなぶり殺しである。考えがどうまとまったところで、「小玉についていく」以外の道はなかった。

「進め!」

 突進する小玉に、文林は舌打ちして自らも馬を駆った。


 今の文林の心境を一言で言い表すならば、それは「やけくそ」以外にない。

 ――馬鹿だろ馬鹿だろ馬鹿だろ!


 頭の中にせいが渦巻く。それが、自分に対するものなのか、上官に対するものなのかわからない。心のかなりの部分で死を覚悟した。

 敵の集団の中に突っ込んでいくわけだから、受ける攻撃はこれまでの比ではない。剣と槍の群れに身を投げ出すようなものだ。

 もう文林は、攻撃とか反撃とかいう言葉を忘れることにした。剣を振るえば、自動的に敵の剣とか槍とかに当たるような有様で、防御以外の行動ができるわけがない。

 だが、この状況がいつまでもつわけがない。すでに体はそうとう疲れている。動きも鈍ってきていることを、文林は自覚していた。

 死にたくなかった。今死んだら、なにもかもが無駄になる。だが、このままでは確実に死ぬ。


 ――あの女のせいで。

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