第42話 男前でも黄復卿

 眠る前に用を足しに行こうとするぶんりんに、ふくけいが声をかけてくる。

「俺も行くわ」

「お前も……行くのか?」

「いや、俺だって出るもんは出る。さっき失禁したとか言っただろ」

「そういうことじゃない」

 べつに文林は、復卿に対して美しい幻想を抱いているわけではない。

「……その格好で行くのか?」

 その格好――女装で。文林の問いに、復卿はなにを今更という顔をした。

「俺、いつもこれで用足してるぜ」

 いつも女装でいるのだから、いつも女装で用を足しているに決まっている。

 当たり前のことではあるが、胸を張って言われると「どうしよう」という気持ちしかわかない。


 とはいえ、「なんとなく嫌」以外の断る理由がなかったから、文林は結局復卿と一緒に行くことになってしまった。納得できない。


 かわや……と言っても、戦場で立派な設備があるわけではない。ただ、ところ構わず用を足したら不衛生なので、場所が決められているだけだ。

 適当に掘られた穴の前、二人並んで立つ。復卿は女装のままなんのためらいもなく、下穿きをくつろげて用を足し始める。

 倒錯的というより、わけのわからない世界だ。

「……さっきさ、空気落ち着いただろ」

「え?」

しょうぎょくの『あつから!』事件だよ」

「その命名どうなんだ……」

 と言いつつも、文林は復卿の言葉に頷く。

「あれさ、半分わざとだよ。半分は無意識ってとこがあざといよなー」

 わかっていてそれにきちんと乗って手助けをする復卿も、大概な人間である。

「あざとい……」

 思わず繰り返した文林に、復卿が次に言った言葉は存外に真剣な響きを帯びていた。

「全部無意識だったり、全部意識的だったりしたら、俺、あの人にここまでのめり込まなかったと思うわ」

「復卿……お前……」


 文林は復卿の横顔をまじまじと見た……ら、言わんとした言葉を先取りされた。

「言っとくけど俺、小玉のこと性的にはなんの興味もないからな。前に素っ裸見たことあるけど、まるで心躍らなかったし」


「……待て。そもそも素っ裸見るような機会が、なんで発生した」

 復卿はその疑問には答えず、ただこう返した。

「明日。小玉のことずっと見て、ついていきな。そのうちお前は、わかる。目の当たりにするはずだ」

 そう言ってにやりと笑う復卿は男臭く格好よかった……下半身丸出しだったが。

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