第31話 噂の新人、周文林
一日、
相手が
「
そのとき小玉は感心していた。
いっそ感動していたと言ってもいい。こんな経験初めてだった。
――こいつ、絶対そりがあわない!
一目見た瞬間に、相性がわかる相手というのは存在するものだ……それが悪いほうの相性であっても。
しかし、そんな相手は、見た目だけならば大抵の女性が相性のよさを望みたくなるような顔立ちである。
要するに美男子……というには少し年齢が足りないから、美少年と呼ぶべきか。
小玉より三歳下だというが、小玉の三十倍は優秀なのだろう。彼は武科挙に合格しているからだ。これに合格した者はまず選良と言っていい。
徴兵された小玉とは対極に位置する存在である。
小玉はうんざりした。
自分の新しい部下が優秀であることに対してではない。何か月か前に武科挙の手伝いにかり出されたことを思い出したのだ。
戦が終わった直後で、戦死した者が多かったために人手が足りなかったのだが、あれは面倒くさかった。
まあ、それはいい。振り返っても不毛なだけの過去だ。
問題は、新たな部下が出世株だということである。
文林を退出させるや否や、小玉は王将軍に食ってかかった。
「べつに叩き上げが悪いというわけじゃありませんが、こういう場合、もっと人生経験豊富な者にお任せするのが妥当だと思います」
「うーん、まあ……」
王将軍は困った顔で、頬をぽりぽりと
そして問いかける。
「
「えらく目の保養になる見た目だと思いますが」
率直な意見を述べると、王将軍はぱっと破顔した。
「そうだよな、いやあ、そう言ってくれて助かった」
「あたしだって、
「ちゃんと話が進むから
「なんですかそれ」
「綺麗な花見てみんながわあ綺麗だねーとか思ってるときに、『これ便秘に効くんですよ』って言ったりとかさ……」
「いいじゃないですか、毒にも薬にもならないより」
「そういうことじゃないって」
「わかってますけど……というか、将軍のほうが話の腰折ってますよ。わざとですね」
「むう、ばれたか」
黙って二人の会話を聞いていた
それでもなにも言わないのは、王将軍がきちんと話を進めてくれることを、まだ期待しているからだろうか。
幸いなことに、彼の期待は裏切られなかった。
王将軍はここではきりっと顔を引き締め、重々しく言った。
「関。お前はよく知ってるだろうが……軍には青春がない」
……言ってる内容に重みがあるのかは、また別の話である。
「はあ?」
思わず聞き返す小玉。だが今回については無理もないだろう。あまりにも突拍子のない発言だったから。
しかしやはり彼女は察しがよかった。次の王将軍の言葉でぴんと来たのだ。
「まあ、男にとってはだけど」
「あー……なんかわかった、わかりました。あたしの下に女が多くついてるのと同じ理由の人事ですか?」
「そのとおり。いやー、飲み込み早くて助かる」
嫌そうな顔をする小玉に、王将軍と孝先がぱちぱちと拍手した。小玉は馬鹿にされたと思うよりも、孝先が乗ったことのほうにぎょっとした。
軍は基本的に男社会である。
そして外部での出会いはめったにない。
したがって、大抵の場合、男性武官の恋愛対象は数少ない女性武官となる。
逆に、女性のほうはよりどりみどり。彼女たちの中に容姿の整ったものは全然いないが、平凡な顔立ちの女性でも、ここでならもてはやされること間違いなしである。
小玉ですら、その気になれば恋多き女になれるような場所だ。だからなんだかんだいっても、交際歴があるのである。
なお例外中の例外である
だが、必ずあぶれる男というものは出る。そして、残念だが欲求不満が高じて暴行に走る馬鹿もいるのだ。
そのような者には
ただ、小玉にしてみると、それは当然のことであるし、実際、暴行に対して厳正な処分をしている武官のほうが大多数だ。
小玉が特に有名になったのは、若い女性士官ということでなにかと注目されていたというだけのことだ。
だが、理由はさておき名を
そして文林は彼女たちと同じ理由で、小玉の部下となったのである。
断っておくが、文林は誰から見ても、「気弱」という要素を母親の腹の中に置き忘れてきたかのような人間だ。
だが、それを食いつぶしてあまりあるほど容姿に難があった。この場合の「難」とは、
女性武官の数は少ないし、そんなに美人でもない。あぶれた男たちの中には、欲求不満が高じて「顔がよければ、男でもいいんじゃないですかね?」という考えに至るものがいる。
それどころか、文林の顔は、たとえあぶれていない男でも、思わずよろめきかねない危険性をはらんでいた。
かくして、彼の配属先は厳選を余儀なくされたのだという。
……が、話がここまで進んだところで、小玉は懐疑的な表情になった。
「ええ? 確かにすごい……あー、なんていうかとにかくすごい顔ですけど、そこまで言うほどのものですかね」
彼の満足感は、もちろん小玉の語彙に対するものではない。
「お前がそうだから安心できるよ。上官のお前が肉体関係強要するはずないからな」
「…………」
他にも、「するはずない」人はいくらでもいるんですがねと、小玉は思ったが、口を閉ざした。なぜ自分に白羽の矢が立ったのかがわかってきたからだ。
たかが一人の人事に、上層部がここまで頭を悩ませていたのには訳がある。
戦争が続き、慢性的な人材不足の中、多少難があったとしても優秀な人材は貴重だった。
それが暴行で使い物にならなくなると困る。
部隊全体が、恋のさや当てで使い物にならなくなるのも困る。
よって、暴行の心配がなく、文林が入っても浮き足立たないほど指揮がしっかりしているところとして、いくつか候補が挙げられ、そして小玉が選ばれた。
しかし、決め手は小玉に対する評価の高さなどではない。
「ほら、あれあれ。買ってでも苦労しろっていうやつ」
「やっぱりそれですか」
そう、面倒なことは一番若い奴に押しつけようというやつだ。小玉としては、こういうところだけ年功序列を尊重されても困る。
「まあ、もし駄目だったら、俺かこいつが変わるから。とりあえずやってみろ」
なんて場当たり的なと、小玉は顔をしかめた。
「あの、なんか今から駄目な感が漂うんで変わってくれませんか」
「
「どうしてですか!」
抗議する小玉に、王将軍は予想していなかった答えを返した。
「お前、多分周の奴と相性悪いと思う」
小玉はぱちくりと目を見開いた。それは意外だからではない。的を射ていたからだ。
だが、それとこれとどういう関係があるのか。
「だからあ、おじさんとしては、そういうのと付きあってみる経験が、必要だと思うのだよー」
「腹立つ奴とは、けっこう付きあっていますけど……」
だから、それなりに割り切って過ごす程度の処世は身についていたつもりだ。
だが、それを言ったところで、この人事は覆らないだろう……小玉は早々に
仕方がない、これも給料のうちだ。
正直、そんなにたくさんもらっても使い道がないのだが、金をもらっている以上は相応の仕事はしようと思っている。
「わかりました。やってみますよ」
その言葉に王将軍がなにか言うよりも早く、孝先が動いた。差し出される書類。多分、文林配属に関するもの。
「では、書類のこことここに署名と押印を」
発言を遮られたかたちとなった王将軍が、気まずそうに口を閉ざす。押し売りみたいだなと思いながら、小玉は腰からぶら下げていた校尉の印を押した。
書類を受け取ると、孝先はさっさと部屋を出ていった。
なんで口を挟まないのにずっといるのかと思っていたが、どうやらこの人が同席していたのは、書類に印をもらいたかったかららしい。二人の押し問答に実はじりじりしていたのだろう。
「……ま、頑張れ」
「はあ」
残された二人の声は、なんとなく間抜けな響きを含んでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます