第28話 南瓜をもらったりもする

 ところで、先日二十歳を迎えたばかりのそんなしょうぎょくの目の前で今、ささやかな捕り物が行われている。


 自分が出る必要はないな、と思ったところで、小玉は腰にある剣のつかを手放した。

 がちゃり、という音とともに腰に軽く重みがかかった。

 剣を抜かずにすんだことに、軽くほっとする。街中で抜刀すると、あとで色々と面倒くさい。


「では、自分がこいつ連れていきます」

「悪いね。戻らせちゃって」

 部下が笑いかけると、小玉も部下と同質の笑みを浮かべる。すなわち苦笑。

 そして揃って、苦笑の原因を見る。縄でぐるぐる巻きにされて、連行されていくごろつきを。

 なにやらわめいているが、それをじっくり聞いてやる気は、誰の中にもない。


「最後の最後で、仕事増やしてくれましたねえ」

「引き渡さないで、そこらへんに転がしときたいんだけどね……こいつら、その程度じゃ、頭冷えないだろうし」

「はは、それもそうですね」

 犯罪者の捕り物は、本来小玉の属するえいの領分ではない。だというのになぜ、小玉がそれをやっているのか。



 平たくいえば、それは皇帝のせいである。

 まるで皇帝が悪いみたいな表現だが、実際悪かったりする。



 宮中と都の治安維持のために動くのは、きんえいという衛が行うものだ。

 その職務上、城下の皆さんたちと接触する機会の多い部署であるためか、制服が格好よくなおかつ見栄えのいい連中が揃っている。軍人を志す少年たちのひそかなあこがれだったりする。


 ついでに、女性との出会いが多いことから、男性軍人にとっても、配属先としてあからさまに憧れの部署である。


 そんな金吾衛なのだが、治安維持以外にも重要な役目を一つ持っている。それは、皇帝が遠くに出かけるときは、その先駆けや殿しんがりをつとめることである。



 ところで話はさかのぼるが、ほんの一月前、皇帝はいきなり皇后の出身地への行幸を決めた。それもかなり大規模なものを。

 当代の皇帝は、とかく思いつきで行動する人である。そして、待つことができない。

 最高権力者が待てない場合どうするのかといえば、周囲が急ぐしかない。よって、金吾衛の連中の大半はきゅうきょ皇帝のお供にかり出された。

 取るものもとりあえずといったかたちで出ていった彼らは、まことにご愁傷さまである。それについては、小玉も率直に同情する。


 しかし、皇帝にとっての「周囲」とは宮中全体を示す。迷惑を被るのは、金吾衛だけではなかった。


 さて、金吾衛の通常の職掌は、宮中と都の治安維持である。

 宮中の警備は普段からかんもんえいも行っているためなんとかなるが、問題は帝都の治安のほうである。

 金吾衛の人員が激減した間、犯罪者が大人しくしているだろうと考えるほうは誰一人いなかった。したがって、足りない人間が他の衛から動員された。これも急遽。



 ……だから、本当に皇帝が悪いのである。


 今回その動員要員として、小玉とその率いる部下に白羽の矢が立った。

 それから今日にいたるまでの日々ときたら。しかも皇帝不在ということで、妙に城下が浮き足立ったのか騒動が多く、一時期詰め所の収監場所が満杯になったこともあった。おかげで小玉は、一度ごろつきをそこらへんに転がしたまま帰ったこともある。

 またその直前には野菜泥棒を捕まえて、売り子のおばちゃんから南瓜かぼちゃをもらった……などというようなこともあった。そんな下っ端的な経験を、仮にも指揮官である小玉がしていたのは、彼女気性とはこの場合関係ない。場所も人手も本当に足りなかったのだ。

 小玉自身、忙しすぎてこの時期の記憶がだいぶあいまいであった。

 普段やり慣れていない仕事をやるのはまだいい。だが、なんの打ち合わせも下準備もなくやらされるのは、ちょっといただけない。

 小玉のところ以外にもかり出された部隊はいくつもあるが、そんなことがなにかの慰めになるわけではなかった。


「お手当、ほんとに出ないんだねー……」

「出ないんですねー……」

「ごめんなー……俺のせいじゃないけど」

 そしてなにより、超過勤務手当が出ない。これが一番切ない。


 各衛から動員された指揮官、および金吾衛居残り部隊の責任者数名。階級はたがえど、揃って目の下にくまを作ってため息をついたのは、記憶に新しい。

 だが、そんなあまりにもあんまりな日々も、今日で終わりを告げた。ついさっき、皇帝が帝都に帰還したのである。武官は大喜びした。城下の民衆も大喜びした。


 ――お帰りなさいませ、大家のお供の皆さん! ついでに大家!

 誰もがそう思っている。誰も口にはしないけれど。

 ふけーざい、ふけいざい、不敬罪……と幼少の頃から脳裏に焼き付けておけば、余計なことを口に出さない分別もつくというものだ。誰も余計なことで命を落としたくはない。


        ※


 疲労しているはずの小玉たちは、意気揚々と宮城へと引き上げていた。頑張ったみんなに、自腹で酒の一杯でもおごってあげるよと小玉が言ったおかげで、部下たちの士気は激しく高揚していたのだ。


 それなのに、そんなところでにんじょうに出くわしたせいで、水を差されて全員が心底がっかりした。奢る側である小玉ですらがっかりである。

 だが、見つけたからには、放っておくわけにはいかない。

 かくしてささやかな捕り物が展開され、えんを込めた部下たちの突撃のおかげで、ごろつきはあっけなく御用となったのだった。



「では、自分はこれで」

「よろしく」

 ごろつきを引きつれ、ついさっきまでいた……そして当分顔を出さなくてもいいはずだった詰め所に引き返す部下数名を、小玉はかすかなあわれれみを込めて見送った。

 その姿が見えなくなったところで、号令をかける。

「おし、戻るか」

 小玉は目頭を軽くみながらきびすを返した。愛馬に近づき、ひらりとまたがる。

「また途中で、小競り合いに出くわさなきゃいいんですが」

「そう言ってると、本当にそうなるわよ」

 部下に軽口をたたき、馬を走らせる。めいけいがはは、と笑いながらそれに続く。

「今度はせんめつする勢いになりそうだなあ」



 彼女たちがお約束どおり再び足止めを食らったかどうかはさておく。

 重要なのは、ちゃんと宮城にたどりついたかということだ。



 馬から下り、馬をきながら門へと向かう。

 宮城の中に入ったからと言って、はいこれで解散ということにはならない。

 いくら疲労しているとはいえ、まだ勤務時間である以上、仕事はしなくてはならない。


「じゃあ、明慧。あたしはこれから、べい中郎将に報告してくるからよろしく」

「行ってらっしゃい」

 責任者である小玉は、元の職務に復帰するためにもろもろの手続きをしなければならない。

 階級が上がると、もらえる金は増えるが、やらなくてはならないことも格段に増えるものである。

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