第27話 衝撃的な噂

 わかりやすくすさんでいたふくけいは当初、「なんで俺を拾った」と、問い詰めたが、

「人手欲しいんだよね」

 と、しょうぎょくは非常に単純に説明した。

「なに、あんた俺にれてんの?」

 そして、馬鹿にしたように小玉を笑う復卿に、

「ねえ、去勢の仕方って知ってる? あたし、実は知ってるの!」

 と明るく笑い、なおかつ実際に道具まで見せて、彼を黙らせたのだった。どこから調達したのかは、小玉以外わからない。


 そんな様子を目の当たりにしためいけいは、この二人は絶対にくっつかないだろうなと確信したが、周囲はそうではなかった。

 女好きで有名な男と、それを拾った女。噂にならないほうがおかしい。実にあっさりと、二人ができているという噂が流れた。


「だからあいつはやめとけって、言っただろ」

「まあ、こうなるのは予想の範囲内よ。一度背負ったからには、最後まで責任を持ちます」

 明慧が今更とわかっていながら苦言を呈するも、小玉はからからと笑って一切気にしなかった。だが、実害が出始めたのである。




 ある日、小玉が別の衛の男どもに絡まれた。


「お前、男だったら誰でもいいんだろ?」

「去年、慰み者になっても生き延びるーとか言ったんだって?」

 傍で聞いていても眉をひそめたくなる言い種に、真っ先に動いたのは復卿……ではなく、明慧だった。


 男二人の頭を背後からがっしりと抱え込み、

「男ならなんでもいい女でいいくらい、あんたたちも女ならなんでもいいんだろう? ちょっとあたしの相手しておくれよ」

「えっ、ちょっ……」

「待っ……」

 そうして物陰に引きずり込みながら小玉の様子を見ると、彼女は復卿の肩を気にするなというように、ぽんぽんとたたいていた。


 ――あー、あれは絶対に気にするな。


 明慧は思ったが、復卿にはしっかり気にしてほしかったので、その点についてはなにも言わないことにした。

 そしてらちな男ども二人を、言葉どおりの意味で締め上げた。



 しかし、である。

 ――気にしてほしいとは思ったが、まさかこんなふうに実を結ぶとは思わなかった。



 翌々日、復卿は女装して出勤してきたのである。


 なにを思ったのか想像もできないし、知らないままの自分でいたかった明慧だったが、一応聞いてみると彼はそっぽを向いて言った。

「噂は……もっと衝撃的な噂でかき消すのが一番だろ」


 方針としては間違っていないと思うが、方策が多分間違っている。


 ぜんとする明慧の視界に、朝の隊正同士の打ち合わせを終えた小玉が、とことこと歩いてくる姿が入った。さすがの彼女も驚いた顔をする。


「あれ……復卿どうしたの? あ、おはよう」

「……おはよう」

「明慧もおはよう」

「ああ……おはよう」

 小玉の反応……正しいけれど、違うと思った。


 違和感を指摘するのはよい。驚きのあまりあいさつを忘れたのも、慌ててそれを付け足すのも正しい。

 そう、反応としては正しいが……事態のわりに、緊迫感がない。


 復卿は辺りをちらと見回し――おそらく人目が集まっているか確認したのだろう――衆目のある前で堂々と言った。

「お……わたくし、女で失敗して懲りました。ですから今日から女になります!」

 ほぼ全員が噴いた。


 なおとんだ告白を受けた小玉自身の反応は、

「……『ですから』の使い方、多分間違ってるよ。前後いまいちつながってないと思う」

 というものであった。それを聞いた明慧は、「問題はそこかい!?」と叫んだりはしなかった。もっとやるべきことがあったから。

 

 ――どごっ!

「そぉい!」

「ごおっ!」

 すなわち、復卿に跳びりを食らわすこと。


 復卿からのしのしとおおまたで離れた明慧は、助走をつけてこんしんの勢いで飛び上がり、復卿に両足裏を叩きつけた。

 当然の結果として、復卿は華麗に吹っ飛んだ。華やかな衣装がひらひらと宙に舞う様子は、無駄に美しかった。

 見目うるわしいものは、無駄なものであることが多い……なぜかそんな感慨が、明慧の胸をよぎった。


 ――速い!

 ――馬鹿な、技が決まったあとにかけ声が聞こえる……だと!


 周囲が騒ぐのも気にせず、明慧は地に伏した復卿の服をはぎ取ろうとした。

 しかし復卿は案外骨のある男だった。明慧の跳び蹴りを食らっても骨折しなかったばかりか、心も折れなかったのである。

 彼は一度宣言したことは貫徹する男だった……女装しているのに男らしい。

 明慧の攻勢を防いだ彼は、そして言動も完全に女のものとした。女好きだった故に磨かれた審美眼のおかげだろう。挙措も見事に洗練されたものだった。

 心底くだらない成果である。


        ※


 復卿の思惑どおり、新たな噂はとてつもなく激しい嵐となって吹き狂った。これまでの噂がどうでもよくなるくらいに。


 いくらなんでもあれはどうかとまっとうな苦言を呈する者。

 女ひでりのため女装男でもこの際よしと言い寄ってくる男性兵。

 美容について復卿に相談を持ちかける女性兵。大笑いする王将軍。

 頭を抱える王将軍の副官。


 ……総合的に見て、事態はこんとんとしたものになった。


 しかも本人が苦労する分には自業自得だが、直属の上官である小玉もそれに振り回された。

 小玉も半笑いではあったものの、こっちの噂のほうがよっぽど苦労したようである。

 その後、噂が下火になったころを見計らって、復卿は女装以外、普通の男に戻った。

 女装もやめればいいのだが、癖になったらしい。

 真の自分を見つけることができたというのであれば、それはそれでけっこうなことだと明慧は思っている。要するに、さじを投げたのである。



 そして復卿は、女遊びも以前より慎重になったものの再開させた。

 このころになると、明慧はもう尊敬の念すら抱くようになっていた。

 ふつう、生死の境をさまよったら、その原因に対してひるむだろうに。

 とはいえその時点ではもう、明慧も復卿とそれなりに仲よくなっていた。彼が絶対に小玉には手を出さないという確信があったから。


        ※


 さて、ここまで露骨に特殊な事例はめったにないが、このようにして小玉は信頼できる仲間を増やしてきた。

 そしてもう一人、男と付きあって別れた。

 自分には仲間運はあっても男運はない――そういう一種のていかんを抱いたころ、小玉は二十歳になった。

 そのころには敵、味方、国そのものに失望を重ね、その感情にそれなりに折り合いもつけられるようになっていた。


 要するに、完全に身もふたもない女性になっていた。

 

 具体的には、

 ――出世なんかするもんじゃない。特に、年不相応な出世はくそったれです。

 ……などと考えるくらいに。

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