第26話 新たな部下
それは
「
隣の衛の将官が激怒しているのを見ながら、
「
「なんで? あいつちゃらんぽらんだけど、こういうところはしっかりしてるじゃん」
小玉は
「え、しっかりしてるかい?」
「うん。しっかりしてる。そこだけは評価してる。そこだけ」
他に評価するところがなにもないみたいな言い方であるが、それについて明慧は
むしろ、あいつにも評価できるところがあるんだな……と感心した面持ちで
「まあ、その評価も今日で地に落ちそうだけどねえ」
「なにがあったんだろうね」
後日判明した理由は、誰かが言った「世にもひっでえ理由」という表現が、まさにあてはまるものだった。
復卿は出征当日、高熱を出して生死の境をさまよっていたらしい。
それ自体はまだいいが、原因が
病気の種類が種類なので、見事な醜聞となり、
そしてそれまでいた部隊から、放逐された。
「天罰……」
と誰もが噂する中、小玉だけはそうは言わなかった。
「本当に性病なのかな」
彼女が言ったのは、聞いている明慧がどう返したらいいのかわからない疑問だった。
しかも麺屋で言うような事柄でもない……じゃあどこで言えばいいのかといえば、明慧にも皆目見当がつかないが。
明慧はほどよく冷めた麺を一口すすってから、口を開く。
「さあ……あたしは復卿の下半身を直接拝んだわけじゃないから、わからんね。拝みたくもないが」
吐き捨てるように言った明慧に、小玉もさらりと同意する。
「うん、あたしも拝みたくないけどさ。聞いたところだと復卿、もう回復したらしいよね。そんなにあっさり治るもんなのかな」
「死にかけたらしいから、病気としては酷いだろう」
「症状はね。でも時間としては、全然長引いてないじゃない。性病ってもっと長引いて、しかもたちが悪いのが多いらしいよ」
明慧は重々しく頷いた。
「そうか……ところであたしは友人として、お前さんがなんでそこまで性病に詳しいのか、聞かせていただきたいと思う。今、ここで」
そして居住まいを正して、小玉に向き直る。明慧自身は、彼女がどのような返事をしても交友を断とうとは思わない。
だが事と次第によっては、小玉自身の交友関係に対してもの申すつもりであった。
小玉は「明慧、なんか目が怖いよ」と述べたあと、事もなげに言う。
「前の衛でお世話になったお医者さんがね、引退して今城下で開業してんの。花街が近くて、そっちのほうの診察もしてるんだよね」
事もなげというか、実際にすべて世は事もなかった。
「そうか……そうか、そうか」
明慧は安心のあまり、無意味に力強く頷いた。
小玉は笑いながら、知己の説明を始める。
「無愛想だけどいい人だよ。お金持ってない人には格安で診てあげてる。さすがに無料は無理らしいけど」
明慧は感心半分、
「ご本人が金持ってなそうな生き方してるなあ」
「うん、貧乏」
小玉はまるで言葉を飾らず、肯定してのけた。
「だから元の衛の有志一同で、たまに差し入れしてる」
結婚して軍を引退した主婦たちも、食べ物を持っていったりしているらしい。実に美しい助け合いの精神である。
世の中まだまだ捨てたもんじゃない、そう思いながら明慧はかしこまって言った。
「今度一口乗らせてくれ」
「おー、ありがとう」
小玉がやったーと喜ぶ。
「おい、俺も今度麺差し入れるから、場所教えてくれ」
そして麺屋の店主も、話にいきなり加わってくる。
「……っておっさん、話聞いてたのか」
「つーか、秘密にしておきたかったの、お前ら? その声の大きさで」
嫌でも耳に入ってくるから迷惑と、ごもっともなことを言われ、小玉たちはここから先の会話については素直に声を潜めた。
ところで、本題は復卿の話である。完全にそれているが、二人がそれを忘れているわけではない。
「……で、復卿の話だけど」
唐突に話を戻す小玉。強引であるが、そこでうろたえる明慧ではない。さらりと話に乗る。
「ああ、性病にしてはおかしいのはわかった。玄人の話が根拠だからな」
「性病って話、どっから出たんだろうね」
「
ここで明慧は沈黙した。小玉も沈黙した。
二人とも同じことを考えていた。
――単なる風邪じゃない?
もちろん風邪だって、馬鹿にしてはいけない病気であるが。
「まあそれだったら、馴染みのお姉さんに病気うつされて、戦に行けなかったこと事態は正しいのかな」
小玉はぽりぽりと頭をかく。その仕草は王将軍に似てきたと、本人が知らぬところで最近言われている事柄だ。
「……でもなんで、彼の馴染みのお姉さんについて、知ってる人がいて、噂も流れるのかなあ」
「小玉」
明慧は制止の意図を込めた声をあげた。それに小玉が苦笑して手をあげる。
「わかってるよ、大丈夫」
つきつめたらろくなことにならない部分に足を突っ込みかけたことを、二人ともわかっていた。
「……それにしても彼、これからどこに所属するのかしら」
「さあ、どこも拾わないって話らしいが……まさか」
明慧は顔を引きつらせた。
「うん。どこにも行かないんだったら、あたしがもらおうと思う」
「正気か?」
友人を思わず揺さぶってしまいそうになったが、彼女の表情があまりにも真剣だったので、肩をがっしり
「仕事してくれるんなら。それにさ、なんか腹立つんだよね。復卿のこと馬鹿にしてる奴の中には、自分だってお盛んなのいるじゃん。仕事ちゃんとしないくせに。自分がたまたま病気にならなかっただけだっての……ところで明慧、肩痛い」
「小玉……」
「ん?」
小玉に、明慧はしみじみと言った。
「性格悪くなったねえ」
小玉はにやりと笑って返してくる。
「知ってる」
前線で戦うようになって一年……それは、そこそこ純朴な娘がすり切れるには充分すぎる時間だった。
しかし、彼女のその性悪な顔、嫌いじゃないと明慧は思った。
食べ終え、料金を支払うと、店主が真面目な顔で問いかけてきた。
「……で、さっきの話題の兄ちゃんの病気は、結局なんだったんだ?」
「自分から聞くのか、おっさん」
「じゃ、ごちそうさまー」
もちろん質問には答えず、二人は店を後にした。
そもそも聞こえるような大声で気になるようなこと言うほうが悪いんだろうがー! と息継ぎをせずに叫ぶ、店主・楊三郎氏の声を背に受けながら。
小玉の話は、話だけで終わることはもちろんなかった。
彼女は本当に上官に申し出た。主に王将軍が大笑いしながら采配したことにより、人事はあっさりと決まった。
かくして復卿は小玉の部下となったのである。
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