第25話 名うての遊び人

 翌年のことである。

 あれから一年が過ぎた……と表現すればあっさり終わるが、もちろんその間にも過ぎた時間相応のことが起こっている。


 具体的には、しょうぎょくが二人目の彼氏と交際を始め、そして破局を迎えた。


 真顔で報告してくる小玉に、めいけいは真顔で返した。

「お前さん、また振られたのかい」

「いや、『また』って、前回は振られたわけじゃないから……」

 浮気しているのを見つけて、交際終了をこちらから宣言したわけだから、厳密には振ったのは小玉のほうである。


 なるほど、と呟いた明慧は律儀に言い直す。

「じゃあ、『今回は』、振られたのかい」

 わざわざ言い直すほどのことではないうえに、いささか皮肉っぽいが、小玉もかなり真面目に返す。

「うーん……うん、振られたね!」

「なんだい、ずいぶん歯切れが悪い」

「いや、お前のことは好きだけど~とか、前置きでいろんなこと言われたけど、そもそも他の女と寝ちゃったっていう事実がある時点で駄目だわ」

「駄目だな、それは」

 うんうん、と二人で頷く。


「その点では、前のほうがまだましだったかな。お相手と一緒に買い物に行ってるだけだったしね」

 そんなことを言う小玉に、明慧は妙に慈愛に満ちた笑みを向けてくる。

「……言ってて不毛じゃないかい?」

 小玉も妙に……なにかに満ちた笑みを明慧に向けた。

「うん」

 明慧の言っていることは正しすぎて、それ以外の反応を返せるわけがなかった。

「そうそう。あと、今回は『俺より階級高い女は嫌』とか言われた」

 思い出したことを淡々と付け加える小玉に、明慧はうんうんと頷く。

「そうか……ところで言い忘れてたけど、出世おめでとう」

 このときの明慧は、「発言は時と場所を考えるべき」という戒めがよく似合う人間だった。

 とはいえ彼女に他意はない。それをよく知っている小玉は、特段怒りもせず、ぼそっと呟きを返すのみだった。

「今この瞬間に言われても、なにもうれしくないわー……」

 特に気にしていないのにはもう一つ理由がある。

 それは今、針に糸を通すのに集中しているからだ。


 ……そちらのほうを優先しているという時点で、小玉の二人目の彼氏に対する感情は完全に整理し終えていることが推察できる。


「……よしっ」

 小玉は心なしか誇らしげに針をかざした。

 いつも一発で通せるのが、彼女のひそかな自慢である。




 さて二人の会話中でさらっと流されたことではあるが、最近、小玉は階級が上がった。

 というか、ここしばらく上がりっぱなしである。


 なにせ最近戦が多い。そして小玉は戦の度に功績をあげる。

 よって周囲を二馬身も三馬身も引き離して、前へ前へと進んでしまったのである。

 馬ってあんまり急いで走らせるとつぶれるんだけどな、しかもはぐれるかもしれないんだけどなと、本人はすごく不安な思いを抱えている。

 ともあれ今や小玉は部下持ちである。しかも明慧がその一人である。

「……明慧はさ、いいの?」

「なにが?」

「あたしの部下でさ」

 小玉の言葉に、明慧はまじまじと顔を眺めてから、一言返す。

「むしろ、なにか悪いことがあるのかい?」

「だってさあ、あたしたち、同輩だよ。むしろあたし、明慧の後輩だよ。そんなやつに先越されてんじゃん」

 小玉のほうが不満げに言っている。しかし明慧はどこまでも冷静だった。

「そういう見方も、あるっちゃあるがね。あたしの場合、個人的な戦う能力は自信があっても、指揮の能力とかはそれと別だから」

「そんなことないと思うけど」


「兄貴!」という感じで慕ってくる舎弟(としかいいようのない連中)を統率する能力は、誰にも真似できないものだと小玉は思っている。


「あたし自身の認識がそうなんだよ。だから下につくなら気心が知れてて、信頼できる相手がいい」

「明慧……」


 やだ、振ってきた彼氏と違いすぎて、恋しちゃいそうと、小玉は一瞬血迷いそうになった。本当に一瞬だけであるが。

 問題は明慧と一緒にいると、そういう瞬間が何度も訪れることである。これについては本当に困っている。




「おっ、かんちょうじゃないか。こんなところで女子力の特訓か?」

 そんな二人にかけられた声があった。振り向くとそこには、いかにも軽そうな男がいた。実際軽いことを、小玉も明慧もよくわかっている。


 うわ……と思いながら、小玉と明慧は目を見合わせる。


 口を開いたのは、明慧のほうだった。

「違うね。あんたの口を縫い合わせる特訓だよ」

 きらりと針を構える明慧。彼女が言うと、本当にできてしまいそうだ。

「わーこわっ!」

 そう言ってへらへらと笑う男は、そそくさと逃げていった。

「なにしたかったんだろう、あいつ……」

「構ってほしかったんじゃない?」


 男の名前はこうふくけいという、十六衛の中でも名うての遊び人だ。

 女なら誰でもいいと豪語していた彼が、唯一「あれは無理」と言ったのが明慧である。

 そして彼は事あるごとに、明慧にちょっかいをかけてくる。


「もしかして明慧のこと、好きとか!」

「いや、それはないな……」


 実際、彼には本当にそういう感情がないのだが、この時点の二人は知るよしもない。

 ついでに、最近復卿が「あれは無理」と言っている女の中に、小玉も含まれているのだが、それもやっぱり二人は知らない。


「そのうちさ、あんたあいつより出世して、懲罰加えてくれないか。ちょん切るみたいな……」

 どこを、とは言わない。明慧も一応は花も恥じらう乙女なので。

「ああ、それいいね。あたし頑張るわ」

 小玉はあははと笑う。

 冗談を言い合う二人だったが、まさかそれが妙に当たってしまうとは思わなかった。

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