第24話 生き延びた兵士として

 先に結果を述べれば、作戦は成功した。

 しかし、しょうぎょくは生き残った。

 それは、敵の捕虜になったせいではなかった。



 決めたからには、速やかに行動する必要があった。

 その速やかさは、突撃の動き自体にも求められた。だから皆、最低限の防具と武器のみを身につけ、残りのものはその場に捨てた。

 そして夜陰に紛れて、全員が走る。森を抜け、包囲網の厚いところの前に躍り出た。


 相手側から声があがる。それはときの声ではなく、動揺の声だった。敵はそこを突かれるとは、予想だにしなかったのだろう。


 相手の反応をろくに確認せず、小玉たちは的の群れに突っ込む。

 相手が取り乱さなかったら死ぬし、相手が取り乱したとしても落ち着きを取り戻されたらやはり死ぬのである。

 どのみち死んでしまうのであれば、生き残る可能性の高い行動――とにかく急いで包囲網を抜けること――を優先するしかなかった。


 皆、力を振り絞って駆ける。分散せず固まって、敵兵のはざを抜け、時には相手を突き飛ばし、駆ける。


 それでも、まったく攻撃を受けないというわけではなかった。

「攻撃しろ!」という声、小玉たちに対するせいが響き、剣やらやりやらが突きつけられる。それを手持ちの武器ではじいたり、かわしたりしながら小玉たちは進んだ。

 今は立ち止まって応戦する余裕はなかった。いや、応戦はする……しかし小玉にとって、それは「このとき」ではなかった。

 だから小玉は必死にかわした。はじくことはしなかった。そんな力は小玉にない。切り結ぶことになったら、確実に立ち止まってしまう。

 もっと鍛えていればよかった……そう悔やみながら、小玉はひたすらかわす。かわしきれなくて、あちこちに傷を負っても、まっすぐに走った。


 ――どれくらい走ればいいんだろう。


 小玉はそう思った。それくらい包囲網が厚かった……というわけではない。単に最中は、この時間が無限に続くように感じられてしまったのだ。

 それでも、小玉は命を終えることなく、この時間を終えることができた。



 ある瞬間に、ぱっと周囲が開けた。一番の難所を抜けたのだ。

 しかしそれは、全員ではなかった。

 やはり数の差は大きい。包囲網を抜けきる前に、数名が死んだ。ある者は転び、全身に槍を突き立てられて。ある者は単純に、急所をき切られて。

 それでも残った者は誰が死んだのか、誰が生き残ったのかを把握する余裕もなく、必死に走る。生きるために……小玉は死ぬために。


 小玉にとって、一番の難所はこれから訪れるのだ。


 ある程度進んだところで、小玉は立ち止まった。走ってきた方に向き直る。

 追っ手が迫ってくるのがわかる。明かりを持って迫ってくる様子は、まるで火が自分を追ってくるようだった。


 ――あの火に、自分は燃やし尽くされてしまうんだ。


 そんなことを思いながら武器を構えた。ここが自分の死に場所だと覚悟した……そのとき。


 いきなり武器が、横から奪われた。


「へえっ!?」

 場に似合わない間抜けな声を出す小玉に、壮年の男が叫ぶ。先ほど斥候をしていた男だった。

「行け!」

 そう言って、男は小玉を突き飛ばす。おう将軍たちが走っていった方向に。


「待ってください、それ、それ、あたしの、それ」

「いいから行けって! 俺玄人だから、なんとかできるから!」

 もう一度どんと突き飛ばされて、小玉は一瞬よろめき……まるで、歩くような速度で、続いてためらいながらも走る速度で進み始めた。

 それでも何度か振り向きながら走る小玉に、男がさらに叫ぶ。


「前向いて走れぇ!」

「はいっ!」

 相手は上官だ。その命令に、忠実にしたがって、小玉は前を向く。そのまま走り――ふと横を見ると、めいけいも走っていた。


 お互い、なんで? という表情を見合わせながら、ひたすら走った。

 追っ手は、来なかった。


「ここまでくれば……」

 王将軍の合図で止まる。全員足はがたがたで、まともに立っていられないほどだった。

 小玉も同様であったが、それどころではなかった。聞かなければならないことがあった。

「将軍!」

 人をかきわけて前に出て、王将軍にしがみつくようにして呼びかける。

「なに?」

 相手は捨て駒になったはずの小玉がいることに、驚いた様子も見せなかった。そのことに違和感を覚える余裕もなく、小玉は疑問を口にする。

「あの、なんか他の人がなんとかできるからって、交代したんですけど、なんとかなるんですか!?」


「ならないよ、そんなもん」

 返事は簡潔だった。


「え……」

 明慧からもはっと息をむ音が聞こえた。どうやら彼女も、小玉と同じかたちで逃がされたようだった。

「あいつらは、あそこで死ぬ。もう死んだと思う」

 王将軍は補足説明も、簡潔だった。

「でも……」

「あいつらにとって、若い娘にあそこで捨て駒になってもらって、自分たちがおめおめと生き延びるのは恥なんだよ」

「そんな……」

「それに、この作戦を立てたのは君だよ。立てた以上、見届ける義務がある。あそこで死ぬのは一種の逃げだなあ」

 小玉はぼうぜんと王将軍を見上げた。



 効果的な作戦だと思ったのだ。

 でも損害が出てしまうことは確実だった。だからその作戦を立てた本人である自分が、その損害を負おうと思った。

 それは間違いだったのだろうか……逃げだったのだろうか。



「自分の言ったことの責任をとろうとしたのも、間違いじゃないがね」

「じゃあ、どっちが正しいんですか……」

 ぼんやりと、つぶやくように言う小玉に、王将軍はにべもなかった。

「知らん。とはいっても、あいつらの行動に許可を出したのは俺だから、今回の責任は俺にあるね」

 ――ただ、君のおかげで何人も助かったんだよ。そして何人か死んだんだ。

 最後にそう言われ、小玉はうつむいた。

 いつの間にか横に立っていた明慧が、肩を抱いてきた。

「明慧……」

 

 ――あたし、間違ってるの?


 そう聞こうとする自分を、小玉は必死に止めた。判断を明慧に押しつけてはいけない。

 しかし、明慧は小玉の思いをみ取ったようにぼそっと呟いた。

「あたしには、あんなこと思いつかなかった。あんたが思いついたから、あんたとあたしが今生きてる」

「うん……」

 小玉は呆然とうなずいた。しかしそれは納得によるものではなく、ただの条件反射でしかなかった。小玉は今、ただ考えていた。そのことに全精力を注いでいた。


 自分はどうすればよかったのか。そして、これからどうすればいいのか。

 ……他の人間の命をすすって生き延びた身で。




 この戦いを機に、小玉は後方を離れ、前線に移る。

 そして数々の武勲を立て、順当に出世したのだが……それはそれで、大きな問題をはらんでいた。

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