第22話 まだら色の運勢

 一月後。


 前線組が出発したあと、しょうぎょくは天幕の中で物資の確認の作業に入った。その最中、急に辺りが騒がしくなった。

「……なに?」

 小玉より階級の高い女性兵が戸惑いの声をあげる。しかし対して小玉は表情を険しくさせた。

 どんどん激しくなるこの騒がしさ、覚えがある。


 ――敵襲だ。


「ちょっと小玉、どうしたの!?」

 いきなりがちゃがちゃと物資を集め始めた小玉に、女性兵が驚きの声をあげる。その彼女の腕に剣とやりを押しつける。

「先輩、ここから出ましょう! 多分敵です!」

「えっ? えっ?」

 あたふたしている彼女をよそに、小玉は腰に一振り剣をき、背にももう一振りくくりつけた。

 そして槍を手にして、そっと天幕の外をうかがった……案の定だった。

 相手の数は少数だったが、こちらは完全に不意を突かれた。

 そのうえ、補給のために動員されている人員だ。練度は言うまでもない。


 次々と殺される仲間たち。地に引き倒される女性兵たち。


 それに群がる男たちに吐き気を催すが、彼女たちを助けることはできなかった。今は自分自身を助けることができるかどうかすら怪しかった。

「行きましょう先輩」

「わ、わかったわ……」

 武器を抱えてこくこくうなずく相手を連れて、小玉はそっと天幕から出た。物陰に隠れつつ移動する。

 この状態から立て直すのは無理だろうと、小玉は思った。以前、しん中郎将がやったような、さいはいができるものはここにはいない。


 だから今できることは、逃げることだ。


 本隊に合流し、この事態を知らせなくてはならない。そうでなければ、本隊もやられる可能性がある。

 なんとか馬をつないでいる場所に到着したが……小玉はちっと舌打ちをした。見張りがいる。向こうからしてみれば当然のことであろうが、こちらにしてみれば都合の悪いことこのうえない。


 とはいえ、このまま物陰に隠れていても、いずれ見つかる。それくらいならば今動くべきだと、小玉は腹を決めた。


 ――けっこうな人数がいる。でも手薄なところだってある。そこが狙い目だ。そして勝負は迅速に決める。


「先輩。あそこの一人倒します。そしたらその隣の馬。二頭いますからそれぞれ綱切って、乗って逃げますよ」

「えっ、ええ……」

 相手の返事を聞くと同時に、小玉は左手で剣を抜いた。

「行きます!」

 駆け出しながら右手で槍をとうてきする。突き刺さった相手が倒れたところで、目的の場所にたどりつき、抜いていた剣で馬を縛り付けていた縄を切った。そのまま裸馬に、跳ねるように飛び乗る。

「行け!」

 いきなりのことに馬は驚いたようであったものの、むやみに飛び跳ねることなく、とりあえず走ってくれた。方向はどっちだかわからないが、とにかく今は走ってくれればいい。この場から一刻も早く離れられれば。


「待て!」


 このときになって、他の者たちがようやく反応し、激しい怒鳴り声が聞こえる。それを背に受け、走り続けようとした小玉だったが、耳に入った女の声に目を見開いた。


「置いていかないで!」

 ここで初めて振り返った。


 あの女性兵が何人もの男たちに取り押さえられながら、髪を振り乱している……彼女は、出遅れたのだ。

 しかし止まることはできなかった。馬が恐慌状態になっているということもあるが、仮に御することができたとしても小玉は戻らなかっただろう。

 それが今の小玉の限界だった。

 どんどん遠くなる姿がやがて、ぴくりとも動かなくなった。あきらめたのか、殺されたのか、それとも……自害したのか。

 小玉にはわからない。

 ただ、自分は彼女が見捨てたこと、それだけはわかった。


        ※


 この日の小玉の運勢は、幸運の色と不運の色とでまだらに染まっていた。

 逃げおおせたのは運がいい。前線の部隊が向かった先に無事に着けたのも運がいい。しかし、小玉がたどりついたころには戦いはすでに終わっていた。


 ――どうすればいいだろう。


 小玉は馬上から頭を巡らす。動いているものはあるじを失った馬と、にくをついばむために集まってきた烏だけであった。

 見下ろせば、累々と転がる屍。見たところ圧倒的に味方側のものが多い。おそらく自分たちは負けたのだろう。


 めいけいは大丈夫なのだろうか。


 小玉の表情がひときわ硬くなる。その顔を、半端に伸びた髪がなぶった。不快な感触だった。

 初陣のときはこんな感じはなかった――と考えたところで、そのときは髪が短かったことを思い出す。

 小玉は短刀を抜いた。片手で髪をむんずとつかんで、ざりざりとぐように切り落とす。

 手を開くと、はらはらと髪が舞い落ちた。

 頭がすっきりしたおかげか、なにやら気持ちもすっきりした。次の行動について頭を巡らせる――生き延びるためにはどうすればいいか。

 ややあって小玉は馬から降りた。武器、そして食糧を死体から失敬する。そして馬を捨てて歩き出した。

 馬があると移動は楽だが、すでに乗ってきた馬は疲れている。そして今馬で移動すると、確実に目立つ。


 幸い、近くに森があった。そこにいれば身を隠すことができる。水を得ることもできる。その中にしばらく潜んでから、動こう。

 肉食獣に出会う危険もある。森の中に敵がいないとも限らない。

 とはいえそれが、今のところ考えつく最良の策であった。小玉は足にしっかりと布を巻き付けてから、森の中へと歩を進めた。

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