第19話 初めての友人

 さて、話は一月前にさかのぼる。


 ――どっちが魅力的?


 しょうぎょくは隣にいる友人をちらと見て、思った。

 例えば世の男性に、自分と彼女のどちらがいいかと聞けば、確実に彼女の名があがるだろうなと。

 正直うらやましいとは思う。しかしそれは劣等感にはぎりぎりのところで至っていなかった。

 自分が友人ほどではなくても、近い状態になれるという可能性を、小玉はまだ信じていた。

「どうしたんだい、小玉? 少し休むかい?」

 その彼女が小玉の視線を感じ取ったのか、こちらを向いてきた。小玉は問いかけに、なんでもないと首を横に振る。

 そうだ、自分はまだ成長できる、はずだ。だからこんな不毛なことを聞いたりはしない。


 自分と彼女――ちょうめいけいのどちらが、戦力として魅力的か、などと。



 数か月前に友人になったばかりの彼女は、それはもう素晴らしい肉体をしていた。筋骨隆々とした肉体は、まるで無駄がない。小玉を肩に乗せてもびくともしない安定感など、頼もしさの極みである。

 そんな彼女に、小玉は今、個人的に稽古をつけてもらっている。

「やっぱり少し休むか」

「大丈夫なのにー」

 唇をとがらせる小玉に、明慧は嫌みのない笑顔を向ける。

「それを決めるのは、今はあたしだよ」

「……はーい」

 素直に頷くしかなかった。

 そうして二人、並んで腰掛けて微風に身をさらすがままになる。気持ちがよかった。


「……そういえば、ね、明慧。今度の非番、あたしたち重なるでしょ? 街に行って、この前のところでめん食べない?」

 小玉のお誘いに、明慧はおやという顔になった。

「お前さん、あそこの麺、本当に気に入ったんだな」

「駄目?」

「むしろ、いい」

 明慧がにかっと笑う。小玉もにっこりと笑った。

 やった、と思った。小玉から誰かを街に出るのを誘うのは、実はあまりないことだった。

 それは小玉がけちだったからというわけではなく、いつも誘われる側だからというだけだ。

 いつも面倒見のいいねえさんたちやれんたちに連れ出されるばかりだった。それが嫌だったわけではないが、なんというかこう……対等な友達同士誘い、誘われるという感じとはやはり違うなと思っていた。


 前回の異動後には、男の子たちの群れの中に放り込まれたせいで、やはり一緒に買い物に行ったり、ご飯を食べに行ったりという感じにはなれなかった。

 相手側も遠慮してか、声をかけてくることはなかった……いや、そういえばちょっと例外はあった。




 今回小玉がこのえいに異動するにあたり、あのちんしゅくあんが酒を奢ってくれた。はなむけというような、心温まるものではない。


 なにせ、こういう言葉を添えてきたものだから。


「いいか! ここでお前の限界量を覚えておけ! 変な男につぶされるようなことがないようにな!」

「あっ、はい」


 姐さんたちにもある程度鍛えてもらったんだけどなーと思っていた小玉だったが、次々と勧められる強い酒を断りはしなかった。そして最終的に呑んだ酒のほとんどと、それ以外のなにかを盛大に吐いた。

 そんな小玉を、ほらなってない! とぷんすか怒りながらも、叔安は世話までしてくれた。

 そんな彼に対して感謝すればいいんだか、迷惑がればいいんだか、小玉ですらちょっと迷うところである。


 だがやっぱり、彼が全体的にいい人であるのは事実だ。今度許嫁いいなずけと結婚するとのことなので、最高に強い酒を贈ってやろうと思う。


 なお彼の許嫁は、前述の酒の席に同席していたため、小玉とは面識がある。「なんで私、ここにいるのかしら」という戸惑いをにじませながら、吐いた小玉の面倒を未来の夫と共に見てくれた。この人には一点の曇りもなく感謝している。

 ちなみに彼女が同席したのは、叔安によると「結婚前に他の女と二人きりで呑んで、あらぬ疑いをかけられたくないから」という事情によるものらしい。

 その姿勢は正しいが、他にやり方というものがあったのではないかとも小玉は思っている。




 さて叔安との美しくない思い出を胸に異動してきた小玉は、ここで初めて友人らしい友人を作った。それが明慧だ。

 もちろん郷里に友人はいるので、「初めて」という表現はおかしいのかもしれない。

 しかし郷里の友人の場合、生まれたときからご近所さんなので、「作る」という表現は似つかわしくない。いつの間にかそう「なっている」といったほうが正しい。

 そういう意味で、小玉にとって明慧は、やはり「初めて」の友人だった。なお、明慧にとっても小玉はそのようである。

 だから二人は、まるで付きあい始めの彼氏彼女のような初々しさとぎこちなさで、相手との距離を詰めていた。どっちが彼氏で、どっちが彼女なのかは、この際追及しないものとする。


 ちなみに周囲は、それをけっこう面白がって観察している。

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