第11話 断章~ある少年の視点~

 しょうぎょくが遺書を用意した前日、ある少年はこんなことを考えていた。


 ――今日の彼女は、明らかに精彩を欠いている。


 少年が時折視線をやる先には剣を持った……構えているのではなく、ただ持っているだけの少女。彼の仲間の一人である彼女の名はかん小玉という。

 少年が彼女と出会ったのは、つい数ヶ月前である。しん中郎将の従卒として彼女を紹介されたとき、率直にいってうらやましかった。

 沈中郎将は人望があるうえ、地位も高い人なのに、なぜかこれまで従卒を持とうとしなかったために、多くの者がその座を目指していたのだ。少年も例外ではない。

 それをぽっと出のよそ者に奪われたのだから、あまりいい感情を抱けなくて当然といえる。

 だが、少年も所詮年頃の「オトコノコ」であった。ずっと同性に囲まれて、近い年の異性とは会話をすることさえなかったのだから、そこに一人現れた少女が気になるのは仕方がない。たとえそれが、娘とは思えないほど短い髪をした、たいして可愛くもない女の子であってもだ。


 そんな気になるあの子は、性別以外でもけっこう気になる人間だった。まず、やたら武術の上達が早いという点で。次に、性格で。


 ここにしゅくあんという人物が登場する。最も年嵩だということもあってか、彼は稽古仲間の中で最も腕の立つ奴だった。

 大体予想がつくと思うが、小玉は初めての手合わせの時、そんな叔安に快勝してしまったのである。

 叔安は年下の少女相手ということで、多少油断していたのであろう。また、小玉は年上の少年相手ということで、全力でかかっていったのかもしれない。しかし、それを考慮したとしても見事な負けっぷりであり、また勝ちっぷりであった。

 叔安は常日頃から己の腕と年齢を頼みにして偉そうだったが、小玉はその鼻っ柱を折ってしまったのだ。それはもう根本から見事に。以来、叔安は小玉への隔意を隠そうとしなくなった。



 最初は傍観していた少年だったが、それが続くとさすがに関小玉が心配になる。ある日会話をかわしてみると、

「ええ? ……や、そりゃ、気になりはするけどさ、特に困ってはいないよ」

 彼女は特にこたえたそぶりを見せなかった。思わず彼女の様子を観察してみても、とり繕っているような様子はまったくうかがえなかった。

「本当かよ……」

 あそこまであからさまに嫌われているというのに。思わず声をあげると、彼女はあっけらかんと笑う。

「本当だって」

 この様子が演技だったらお前は一流の悪女になれるよと、わけのわからない太鼓判を押しながら、少年は話を聞いた。

 小玉にしてみれば、叔安は小玉を嫌っているが、嫌がらせをしようとはしないし、仕事の上でも先輩として、聞けば教えてくれるらしい。一々嫌みったらしいようだが。

 それ以前に、そこまで嫌われている相手に仕事のことを聞くなんて蛮行、普通はやらないものである。

「え、だって、そのとき叔安しか近くにいなかったから……」

「にしたって……」

 だから小玉は、叔安にそれなりの敬意を持っているのだという。

「偉そうにしてるだけのことはあるよね!」

 なんかその感心の仕方、間違ってると少年は思った。

「でもさ、今のところあたしから働きかけても、多分関係改善しないよ?」

 関小玉にしてみれば、男の面目を潰してしまったかなという気はするが、意図してやったわけではないし、全力を尽くして勝った以上、自分に悪いところはない。だから謝ったことはないし、多分謝れば事態がもっと悪くなるだろうと思っているのだという。

 一応きちんと考えてはいるのだなと少年は思い、以降叔安とのことについては触れないことにした。


 この時の会話がきっかけで、少年は関小玉と徐々にうち解けていった。叔安は少年が関小玉に近づいていっても手前勝手にそれを止めようとはせず、なるほど案外に公正なんだなと少年は感心した。関小玉に言われなかったら、ただの偉そうな奴としか思わなかっただろう。

 そして少年は関小玉と親しくなり、その人柄に触れれば触れるほど惹かれていった……ということは全然無い。触れた人柄が嫋々じょうじょうとか繊細とかだったりするならばそういうこともあったろうが、関小玉を一言で表現すると『飄々ひょうひょう』である。こいつ女としてこれでいいのかという気持ちが強くなっていくばかりであった。


 少年より先に関小玉と親しくなった者たちの中には、一部、

「女だと思うからいけないんだよ」

「ていうかお前、まだあいつのこと女だと思っているのか」

 とぬかす者もいたが、大半の者は苦笑いで同意した。そんな風につかみ所がない人間のはずだったのだが……。


 今の関小玉の状態は、とてつもなくつかみやすい。すんごく調子悪い。



 関小玉は溌剌はつらつという感じの人間ではないが、消沈という言葉とも縁がなさそうな少女である。

 決して落ち込んだり反省しないわけではないが、根っこの部分まで痛めつけられることはないだろうと、安心して見ていられるところがあった。

 しかし、今の彼女は見ていて安心できるところが少しもない。とてつもなく心配である。


 短い付き合いとはいえ、こんな彼女を見るのは初めてだった。とても心配だった。後で声をかけよう。そう思いながらちらちらと彼女のほうに目をやる。すると、叔安が彼女にズカズカと歩み寄っていた。

「腹具合が悪いんだかなんだか知らねえが、お前みたいなやる気のない奴がここにいると邪魔なんだよ! とっとと帰れ!」

 ――お前、それは無いだろう!

 さすがにあきれた少年だったが、言われた当の本人は、

「うん……心配してくれてありがと」


 ――そこでお礼言っちゃうの!?

 ――無敵に前向き!

 ――それ超皮肉じゃない!?

 ――だから嫌われるんだよお前!


 などという心の声が、周囲から聞こえてくるのを少年は感じた。自分もまったく同じことを思っていた。そして、その心の声が小玉にも聞こえてほしいと、心の底から思った。

 しかし願いは叶えられないし、時は戻らない。

 当然、叔安は怒った。

「心配なんてしてねえし! 馬鹿にすんじゃねえよ!」

 そんなふうに去っていく小玉の背に向かって毒づいていたが、そもそも調子悪そうな関小玉を放っておかないあたり……。

 誰かがぼそりとつぶやく。

「あいつって、絶対あまのじゃだよな……」

 声には出さなかったが、少年は心の中で激しく賛同していた。


 ……ああ、そんなこともあったなあ。


 まるで走馬燈のように過去の記憶が頭をよぎる。視界がまるで振り回されているかのように目まぐるしく変わる。空が目に一杯に映し出された時、少年は自分の首が宙に舞っているのだということを理解した。

「ように」ではなく、本当に走馬燈だったらしい。

 一瞬、小玉の姿が見えた気がした。目をこらそうとした瞬間、視界が激しく揺さぶられた。

 自分の首が地面に落ちたのだと認識することもなく、少年の意識は闇に覆われた。

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