第4話 異界と、討伐と。

 ピリリが、ずんずんたった、ずんずんたったと坑道の奥に進んでいくと、太陽の代わりとなる宝珠の輝きが見えてきた。里の後ろ盾の東方浄土から戴いた品だ。

 その輝きに照らされて、古風な趣の家々とそこを生活の場とする人影がちらほらと望めた。


 また、道沿いには異変により破損した瓦や倒れたブロック、その他の物がまとめて重ねられていた。里内部の清掃作業の邪魔にならぬように運ばれて、一時的に放置されたのだろう。 


「お、ピリリじゃないか。帰ってきたのかい」


 ピリリがさらに近付くと、道沿いの片付けをしていた浄土ねずみが、ピリリとせせりの姿を見つけ手を止めて話しかけた。


 「うん。ただいま! 一見しただけだけど、どこの家もひび割れとか落ちた瓦とかが目立つね。俺の貸家は大丈夫かなぁ」


 「かあー」


 「せせりも久しぶり。残念ながら、さっきがらくたを置きにきた管理人さんが嘆いていたよ。こんな事は前の震災以来だって」


 「あー、やっぱりそうだよね。あの時も後片付け大変だったし」


 「うん。管理人さんと合流して、手伝ってあげればよろこぶと思うよ。みんな懐かしいお前の姿を見れば、勇気付けられると思う」


 「そうだね。とりあえず自分の住処すみかを片付けてくるよ。周りはその後だね」


 「その時はたのむぜ!」


 「ああ、それじゃ!」


 そう言って、家路を急ぐピリリとせせり。人に近い姿と知恵を得たねずみ達によって築かれた都を、ずんずんと進んで行く。

 時折、人間の建築物のミニチュアサイズである家屋の状態を見て、心を痛めながら。


 「…やりきれないなぁ」


 「…かあー」


 (ちっ! 形あるものはいずれすべて滅びるとは言ってもな。自分の故郷がこうボロボロになっているのを見ると、さすがに心が痛むぜ)


 (…かあー)


 「…急ぐぞ、せせり!」


 「かあー!」


 そう言って管理人さんの待つアパートメントへと走り出す、カラスを頭に乗せたねずみ侍。障害物を躱しつつ、大通りを走り抜けて目的のアパートメントがある区画へと続く側道へと駆け込んでいく。


 「良し! あそこを左に曲がれたすぐそこだ!」


 「かあー!」


 「管理人さん、ただいま!」


 「かあー!」


 「あら、ピリリ君、せせりちゃん、帰っていたのね!」


 ピリリの声を聴き振り向く女性。未亡人の管理人さんは笑顔となってピリリとせせりに応じた。

 

 先程までの一人きりでの長くて辛い作業に疲れ果て、暗い顔でいた事が嘘のような笑顔であった。

 どうやら帰ってきた懐かしい知り合いの姿を見て、生きる張り合いが戻ってきたようだ。

 もっとも、懐かしい知り合いの姿を見て元気を取り戻したのは、ピリリとせせりも同様であったが。


 「手伝うかい? 何でもいってよ!」


 「かあー」


 「帰って早々すまないわね。それじゃあ、割れたガラスのコップをまとめてあるから廃品回収に出してくれる? 町内会で向こうの公園にまとめて置く事に決まったの」 

 

 「お安い御用さ! その後は?」


 「それだけでいいわ。ごめんなさいね、プライバシーの問題もあって、ピリリ君の部屋はまだ片付けていなくて。悪いけど、自分の寝床は自分で確保してほしいのよ」


 「まっ、そりゃそうだ。俺も自分の部屋は自分で片付けたいからね」


 ピリリだって、一冊や二冊、隠したい黒歴史ノートだってある!


 「理解してくれてありがとう。もう少し時間がたったら、老人会のおばあちゃん達が、用意してくれた炊き出しを持ってきてくれるわ。一緒にお昼をいただきましょう」


 「了解。それじゃ、割れ物を持っていくよ。この袋だよね?」


 「ええ。お願いするわね…ふう。ピリリ君も帰ってきてくれたし、頑張らなくちゃ! オン・コロコロ・センダリ・マトウギ・ソワカ」


 ピリリとせせりを見送って一息付く管理人さん。やる気を奮い起こして片付けに戻った。そして、薬師如来様の小咒を唱え、この鼠浄土の平癒を祈るのであった。


 

◇ ◇ ◇


 

 そもそも、御仏への信仰厚い管理人さんをはじめ、多数の仏教徒の鼠が住むこの鼠浄土は、何者によって造りあげられたか?


 それは、御仏の力だと言って差し支えはない。


 なぜなら、鼠浄土は大日如来様をはじめとした御仏の加護を受け、ミニチュアサイズだが、人間に近い姿を得た獣達によって生み出されたからだ。


 日本列島に仏教が伝来して間もなくの事、御仏はその慈悲を、畜生道を生きるしかなかった獣達にも与えたのである。

 現在、鼠浄土が存在するのも、その故事あっての事なのだ。


 また、鼠浄土が瑠璃光浄土と特に深い関係がある理由も同じだ。


 それは、おむすびころりん、ころころりんの童話で語られた時代を経て、明治の時代となった頃に、より深く御仏と縁を結ぶ事件が起きたからである。


 人間社会が江戸時代から明治へと入り、富国強兵政策を取り始めた時代の事。


 富国強兵の資源を得るため、時の政府は各地の山々での開発を大いに推奨した。


 開発が開始された事で、日本列島全体が石炭の炎と、電気の光に照らされる事となり、古来からの信仰は忘れ去られていった。


 列強の脅威に対抗するため、日本人の多くはは夢を見たりする暇も惜しみ働いた。


 それに伴い、闇に潜む妖怪達は、闇を恐れなくなった人間達から畏怖を得られずに零落した。

 その影響は、鼠浄土にも多大な影響を及ぼした。


 長い事、人間社会と一線を引いていた浄土鼠の領域にも、山を切り崩すために人間が入り込みはじめたのである。


 そんな状況下、鼠浄土に恐るべき来客があった。それは零落した妖怪の一群である。


 そこで勇気ある浄土鼠の若者、後のパキリト長老が交渉役となって零落した妖怪達の話を聞く事となった。


 話を聞いてみると、妖怪達の望みは意外なものであった。


 もはや人間に畏怖を抱かれぬ妖怪に未来はない。ならばいっそのこと仏教に帰依し、神将、鬼神へと転生したい。


 何とか東方東海にある瑠璃光浄土に赴き、御仏の加護を受けたいのだ。


 仏教への信仰厚い浄土鼠ねずみ達よ。


 我等と瑠璃光浄土の橋渡し役となってくれぬか。


 そういう依頼を、妖怪達は鼠浄土の鼠達にしたのであった。


 浄土鼠達は話し合い、その申し出を受ける事とした。


 何故なら、浄土鼠達もまた人間社会とのバランスが崩れたために、いつ住処を追われるかわからない瀬戸際だったからである。


 ならば、自分達も零落した妖怪達同様、ダメで元々で瑠璃光浄土の薬師如来様に御縋りしてみようと考えたのである。


 結果、その企ては成功する。


 勇気ある若者パキリトと妖怪達は、大冒険の末、瑠璃光浄土へと到達して、見事、薬師如来様の加護を得る事に成功した。

 なぜならこの時代、瑠璃光浄土も人材を欲っしていたため、互いの利益が一致したのである。


 その後、零落していた妖怪達は仏教に帰依し、新たな姿と天界に住む権利を与えられ、仏法を守護する鬼神、神将となる。

 

 一方、浄土鼠達も、より一層の御仏の加護を受ける事となり、その身体は大きくなり、人間の四分の一程度までとなる。また、瑠璃光の脇侍となれる程度に霊力も強まり、人間に変化して人間社会に出ていく事も可能となった。


 さらに、薬師如来様の御力により、鼠浄土のある御山と人間社会を隔絶するように地殻変動が起き、山のふもとにも大きな湖も生じる事となった。


 以後、人間が近付く事のなくなった鼠浄土は、瑠璃光浄土との行き来も活発となり、天部の脇侍や天女の観光地としても発展。

 独自の歌舞演劇なども盛んとなり、ふたつの浄土は切っても切れない関係となっていったのである。

 現在も、その関係は変わらず続いていて揺るでいないのであった。



 ◇ ◇ ◇



 ピリリとせせりが帰宅したその頃。


 鼠浄土がある御山の上空に、住人である浄土鼠達とは別の、一風変わったいでたちの若者が近づいていた。


 縁ある鼠浄土を救おうと、瑠璃光浄土側は現状で連絡を取りえる人材すべてに連絡し、鼠浄土へと赴くようにと指示を出していた。


 その人員の第一陣が早くも到着したのである。彼等をはじめとして、これ以後も討伐隊が続々と集結してくる事だろう。

 

 「さて、俺。話題の鼠浄土とやらはあの山の下か?」


 「そうだぞ、俺。この宝塔レーダーに間違いがなければな」


 「どうせ探すなら、神龍を呼び出す珠を探したかったぞ、俺。それぞれ1から7の星が宿っているのをさ」


 「ギャルのパンティーは恋人をつくって自力で手に入れる物だと思うぞ。俺」


 「言うほど簡単に、それができれば苦労はないぞ。俺」


 「あの、としあきさん達。私がいるのでそういったセクハラまがいの発言は控えてくれませんか。仮にも今のお二人は、幽星騎士として叙勲された立場ある身。相応しい立ち振る舞いをお願いします」


 「怒られたぞ、俺」


 「悲しいな俺。だが美人のメイドさんに怒られて、新たな性癖に目覚めそうだぞ、俺」


 「はあ(呆れ)、相変わらずですね。としあきさん達おふたりは」


 「褒め言葉として受けてって置くぞ」


 「もっと罵ってくれてもかまわんのだが」


 「ふふ、遠慮しておきますわ」


 空飛ぶハーレー二台と、空飛ぶ巨大な枕に乗ってやってきた男ふたりと女性ひとり。

 

 彼等の中、ハーレー二台に跨る男性二人の名はとしあき。画像投稿サイトふたばバイク板の住人で、旅あきにして游星騎士。れっきとした人間である。

 故あって、仏法の守護たる天部と関係する事となったふたりであった。


 もうひとりは…いや、彼女は一尊と尊名で呼んだ方がよいだろう。


 もう一尊の天女様は、元は妖怪枕返しにして仏教に帰依し神将となった存在。


 夢詩ゆめうた まくら女史である。

 

 今回、瑠璃光浄土からの要請を受けて、いざ鎌倉ととしあき達を伴い、逸早く鼠浄土上空までやって来たのである。


 ちな、枕女史が瀟洒なメイド姿であるのは、妖怪枕返し時代、旅籠に女中に化けて入り込み、悪い旅人に悪夢を見せたり、寝付けない子供に子守唄を謡ってあげて良夢を見せていた名残である。


 ある意味、子供っぽさを残したまま大人となったところのある、としあき達のお目付け役にはピッタリな天女様だった。

 

それはさておき、こうして方々から集まった関係者たちによって、三馬鹿討伐の準備は着々と整っていた。 

 


 「あら! 地上で誘導灯が振られていますね。」


 「どうやら、あそこが入り口のようだな。降りよう」

 

 「了解だ。再び俺達の力を開放する時がきたようだな、俺…いや、ワンドロメロスよ!」


 「そうだな、俺! 油断するなよ、ワンドロウルフよ!」


 「甘寧一番乗りだぞ! 俺!」



ワンドロメロスー メロス! メロス!


ワンドロウルフー ウルフ! ウルフ!


戦え! ワンドロ幽星騎士 ソウルアクター ワンドロメロス!


戦え! 一時間の限られた時間を有効に使って!


ワンドロメロスよ!


ワンドロウルフよ!


いまこそ巨大な悪に立ち向かかうのだ!


良い子のみんな!


後楽園ホールで!


僕と握手!


 次回、ワンドロメロスが三馬鹿相手に大活躍(嘘予告)!


 「はあ(呆れ)、やれやれです」


 子供っぽく自分達のテーマソングを歌い、ネタ発言をするあき二人を眺めて、ため息のメイド天女さまであった。



 第4話 異界と、討伐と。 了  第五話 討伐と、集結と。へ続く

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