第3話 仏罰と、異界と。

 「ああ、それはだな…」


 おっちゃんが、一拍置いて真相を語り出す。


 「シャキリの奴の話と結果から判断するとだな、三馬鹿の魂が、新たな罪人の魂として新地獄用だった宝珠に認定されたようなんだわ」

 

 「つまりだ。新地獄宝珠は、これまでにない新たな罪を犯した人の魂を閉じ込めて地獄を生み出す存在。そして、三馬鹿は今回初めて地獄宝珠を含めた瑠璃光宝珠を奪おうとした罪人」


 「だから、その地獄宝珠が新たな地獄を生み出す状況に、三馬鹿の状況が合致してしまったんだ。そのために、三馬鹿の肉体は宝珠に魂を引き抜かれて死んじまって、魂は宝珠と共に異空間にさよならバイバイ元気でいてねって、なっちまった訳だ」


 「ついでに言うと、里一番の霊力の持ち主である長老によるとだな。この鼠浄土のすぐ隣、世界の壁一枚を隔てて、異空間ができあがっているそうだ」


 「先程の轟音と地震は、その異空間が誕生した影響だとよ」


 説明を聞き終えたピリリとせせりと、そしてこの場にいる一同の間を、沈黙が支配した。



 「…本当、三馬鹿の自業自得だね。ネズゴット、ネズデビ、後、名前が思い出せない三人目。こうなったからには、魂だけは地獄でおとなしく反省して、悔い改めてほしい」


 哀しみを含んだ声色で、空気を読んだピリリが哀悼の言葉を口から絞り出した。いくら故郷一のクズ連中だとはいえ、一応は同じ浄土ねずみである。


 しかし。


 「おいおい、三人目はネズプラスだぜ。ピリリ」


 「いや、ネズプライスだろ?」


 「違う、ネズプペポだったはず!」


 「みんな間違ってるぜ。ネズペッポだろ!」


 「違う違う、ネズミーンだぜ」


 「うーん、ネズーミン?」


 「そうそう、同志ネズーミン!」

 

 「同志、ヨシフ・ネズーミン!」


 「みんな悪ふざけが過ぎるぜ………ネズ沢東だろ!」

 

 「お前が一番不謹慎だわ。そいつ、朝鮮戦争で息子を失った後とち狂って、文化大革命で自国民を4000万人以上も大虐殺した狂人だろ!」


 「いや、飢餓輸出して、昔のウクライナの民衆餓死させた奴も大概だろう!」


 「共産主義、マジ邪教」


 悪ふざけを言い始める土方のおっちゃん達。しめっぽい雰囲気に、長時間耐えられない者達なのだ。ちな、正しくはネズプロトンである。


 「ははっ、偉大なる共産主義者の魂よ! 宇宙を飛んで、永遠の歓びの中を漂いたまえ! ラーメン!」


 「「「「「「ラーメン!!!」」」」」」


 「だが、地獄に堕ちたから宇宙は無理スジだろ。スプートニクで打ち上げられたライカ犬じゃあるまいし」


 「確かに真逆。三馬鹿の魂が旅立ったのは、地の底にある鼠浄土の、その隣に生まれた異空間だからな」


 「しかし、宇宙葬か…ロマンだな!」


 「しかりしかり!」


 「おいおい、みんなその位にしておこう。悪乗りし過ぎだよ。確かに三馬鹿は我々に迷惑ばかりかけてきた。今も、その所為で迷惑している最中だ。だが死んでしまえば皆仏さま。非礼を詫びて、手を合わせようじゃないか。ピリリ君も、さあ」


 「え?…うん」


 (おなか減ったなぁ。ラーメンとか聞いたから、なおさらだよ)


 温厚な性格で信心深いおじさんが、流石に不謹慎と皆を窘めた。おなかが減ったため、どうでもよくなってきたのか、ピリリも流れで同意する。


 おなかがへって、もう動けないよ、○○パンマン。


 度々の説明で申し訳ないが、浄土鼠は身体が小さいために、定期的なカロリー補給が必須である。しかし、高カロリーの丸薬も、携帯食料も使用済み。鼠浄土が近くにあったため、物資の補給は故郷に帰ってからと考えていたピリリである。


 湖の主を倒してから異変発生の流れで、ろくにカロリー補給をしていないままここまできたため、現在は役立たずの腹ペコキャラなのであった。

 そんなピリリの状態をよそに、おっちゃん達の話は続いた。


 「まあ、仕方ないか!」


 「ないない!」


 「じゃあ、湿っぽいのは嫌いなんだがな、今回だけは手を合わせるかな。どうだい、皆の衆!」

 

 「そうだな、そうするかい、みんな?」


 「いいぜ」


 「よろしい」


 「しかりしかり!」


 「なんだよ、しかりしかりってのは? 気に入ったのか、その表現!」


 「しかりしかり!」


 「ははは。それでは皆の衆、しわとしわを合わせて、なーむー!」


 「「「「「「なーむー!」」」」」」


 「…うーん」


 「かー! かあー!」


 「んん? どうしたんだいピリリ君!」


 「…おなかが減って、もう、うごけないよう」

 

 かなりまずい状態になっていたピリリが、ぺたんとその場に座り込んだで言った。


 助けて! ○○パンマン! 数多くの童話を生み出し、子供達に夢を与えた故人、やなせたかし先生は本当に偉大でした!


 「ははは! なんだピリリ! 腹ペコか!」


 「よしきた! たくさん持ってきた食料の一部をくれてやるぜ!」


 「坑道の修繕用に、本当にいっぱいあるから遠慮するなよ!」


 「しかりしかり!」


 「それはもういいって!」


 同じ浄土鼠という種族であるため、エネルギー切れを放っておくと、深刻な事態を招くと知る、土方のおっちゃん達である。

 早速、ふたりのおっちゃんが荷物置き場へと走り出し、程なく座り込んだピリリの下へと、大きなおむすびと、お茶が入った魔法瓶をもたらした。


 「ありがとう、おっちゃん達! いただきます!」


 瞳を輝かせて、遠慮なくおむすびにありつくピリリ。


 ほむほむ、はむっ! ほむほむ! ごくごく、ぷはぁ!

 

 「ふうっ、生き返った!」


 口の中いっぱいにおむすびを頬張り、お茶で流し込んで、やっと一息付くのピリリであった。

 そんな時であった。


 「なあピリリよ。これは何だい!」


 おっちゃんのひとりが、ピリリの零鬼刺又に巻き付いた主の髭を指さして質問をしてきた。

 すると、瞳に輝きを戻して、元気いっぱいに語り出すピリリ。


 「よくぞ聞いてくれました! それは御山の下の湖の、一番大きな主の奴から奪い取った髭さ! ここに帰ってくる前に一戦交えてきたんだよ!」


 「なんだと! そいつは凄いじゃねえか! 本当に強くなったんだな! ピリリ!」


 「そうかいそうかい。お前も日々成長していたんだな。こんな時じゃなかったら、お前の話を酒の肴にして宴でも開くんだがな。残念だぜ。」


 「しかりしかり」


 「宴会かあ。やりたかったなあ…だが、仕事がなあ」


 「はいはい、そこまで。ピリリ君、疲れているんだろう。それに、みなさんは坑道の修繕中だ。邪魔しちゃいけないよ」

 

 話を聞き俄かに盛り上がるピリリとおっちゃん達。しかし、ピリリの身体を心配したおじさんが、騒ぎを抑えた。


 「おっと、いけねえ。あんたの言う通りだ。俺達には、天下の公道を修繕するっていう、大仕事があったんだ!」


 「ピリリ! 武勇伝は今度時間の許す時に聞かせてくれ!」


 「しかりしかり」


 「うん! それじゃ、また後で。おにぎりとお茶ありがとう!」


 「かあー! かあー!」


 「おっと、いけない! おっちゃん達ひとついいかい?」


 「なんだぁ? 言ってみな」


「道の途中にさ、邪魔になると思って、荷物と人形を置いてあるんだ。回収して邪魔にならないところに置いてくれないかい?」


 「ああ、かまわんが」


 「ああ、あの怖い人形なら、表にいる妻と合流するから、後で私が持ち帰るよ。ピリリ君、任せてくれたまえ」


 「いいのかい。おじさん?」


「ああ。ピリリ君にせせり君達は早く、里のみんなに元気な顔を見せてあげなさい。さて、すいませんが親方、予備の台車をすこしの間、貸して貰えますか?」


 「ああ、いいぜ!」


 「それじゃあ、いくね! ありがとう、おじさん、おっちゃん達!」 

 

 「おう、元気でな!」


 「達者でな」


 「また後で」


 「たまには里で、ゆっくりしていけよ!


 「ゆっくりしていってね!」


 「しかししかり!」


 こうして、ピリリとせせりは、おじさん、土方のおっちゃん達と別れて故郷へと向かう帰路につき、懐かしい道を奥へと進んでいった。


 一方。


 ピリリが故郷にずんずんったったと近付いている頃。その鼠浄土の長老の家では、千瓶薬師パキリト長老が、遠距離通信用宝珠が通話状態になる事を、今か今かと待ち望んでいた。


 「ええい。まだか! まだ繋がらんのか!」


 手に持つ杖で、コツリコツリンと宝珠を叩き、ついにキレはじめるパキリト長老。

 何をそんなに焦っているのか?


 「緊急事態なんじゃ! 異空間の歪みが増大しておる。このままでは時空振動が起きて、この鼠浄土も共に滅びてしまうかもしれんというに、このポンコツ宝珠が!」


 不測の事態に焦る長老。


 「むうう…、いや、これも時空振動の影響か? だとしたら、早急に使者を送らんと!」


 長老が、苛立たし気に他の通信手段を検討しだしたその時、ブ…ブウゥゥウオンンン…と駆動音を響かせ、やっと宝珠が先方の瑠璃光浄土と繋がった。


 「…久しいな、パキリト翁よ。どうやら息災のようだ」


 「おお…講主様、ヘッドオン・コロコロ様、あなた様と直々に繋がりまするとは思いもよらぬ事でした。もしや、こちらの状況もお分かりでしょうか?」


 「然り。時空振動波はこちらでも観測済みだ。地蔵菩薩様よりも、こちらに問い合わせがあった。翁よ、何故にそちらで地獄宝珠が発動しているのか? そちらに送った礼多寿神将シャキリトは何をしているのか?」


 「そっ、それが…」


 長老は、包み隠さず、それでいて要所を整理し、手短に事のあらましをヘッドオン・コロコロに伝えた。

 長老は引退してはいるが、長年瑠璃光の脇侍として薬師如来様に仕えた身。一方のへッドオン・コロコロは、現在の瑠璃光脇侍の頂点。


 瑠璃光浄土の侍所にあたる、超時空講堂フロウジョン是空のヘッドマスターだ。隠し立てすることなど論外。何もなかった。


 「…そうであったか。ならば、その三馬鹿に対し、討伐隊を組織しなければならぬな」


 「やはり、そうなりますか?」


 「然り。地獄宝珠は、現世で新たに生じた罪用の地獄を作り出すだけでなく、それを犯した者の魂をも取り込む。鬼の身体を与えるのだ」


 コロコロの説明は続く。


 「次に、その鬼は新地獄の獄卒鬼となり、転生も許されずに後から来た同じ罪を犯した者に罪を与え続ける事となる。そして、それは時として逆転する」


 「現世で理不尽に罪を犯した者は、地獄に落ち、理不尽な罪を犯した者同士、憎しみ合い、罰を与え合うのですな」


 「然り。三馬鹿とやらは、例に漏れず新地獄で鬼となっている事だろう。倒して地獄宝珠との繋がりを絶たなければ、異空間の新地獄は排除できん」


 「そして、本来設置するはずだった空間から外れて生み出された新地獄は、放置すれば現世に破滅をもたらす事だろう。早急に排除せねばならん」


 「確かに、その通りですな」


 過去の瑠璃光の脇侍と、現在の瑠璃光の脇侍トップは、こうして長々と語り合うことで互いの認識のすり合わせ、これからの目標の一本化を図った。


 意識の統一を図り、それぞれが如何に立ち回るべきかを事前につめていなければ、互いにちぐはぐな、調和の無い行動をして互いの足を引っ張ってしまう。

 そうと知る、過去と現在の瑠璃光脇侍ふたりであった。


 「時に翁よ。鼠浄土には、ピリリという若者がいるそうではないか」


 「は? 今は修業に出していますが確かにおります。しかし、何故に講主様がピリリの事をご存じなのですかな?」


 突然の話題の変更に困惑し、長老が講主に聞き返した。質問に質問で返すのは、あまり行儀の良い事ではないが、この質問ばかりは、長老といえども理由を聞かなければ答えようがなかった。


 「知っているのは私ではなく薬師如来様だ。先日、東方の地の状況報告の折、楽しそうに話してくれた。ピリリと言う若者が、頑張ってひとつの修業を果たす度に、天に向かって叫んでいるそうだ」


 「何と、薬師如来様が!…して、ピリリは何と?」


 「ふ。かならず瑠璃光の脇侍となるから、薬師如来様、どうか見守っていてください。そう叫んでいるそうだ」


 「ほっほ。まさか、ピリリの奴め、本当に薬師如来様に見守ってもらっておるとは露ほども思うまい! ほっほ。講主様、このような状況下で心温まるお話を。このパキリト、ありがたく思いますぞ!」


 そう言って、己が自慢の髭をなでる長老。まさに地獄に仏とはこの事。新地獄に悩まされる状況で、薬師如来様に弟子を褒められ、満更でもない長老であった。


 「それとな、翁よ」


 「何でございましょう?」


 「若者には、せせりなるお供がいるそうだな。常々、慢心する若者を、よく窘めているそうだ。そのやりとりが大層面白く、それを一番に薬師如来様は褒めていらしたよ」


 「およよ! それがオチで御座いましたか! はっはっはっは!」


 「ふっ、然り然り!」


 その頃。


 「ふっふーん。里はもうすぐだぞ。ダッシュだせせり!」


 「かあー!」


 長老の所で、自分達の話題が出ていると露とも知らず、無邪気に走るピリリとせせりであった。


 第3話 仏罰と、異界と。 了  第四話 異界と、討伐と。 へと続く 

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