第2話 反乱と、仏罰と。

 ずんずんずんずんずんずん!


 「うおおおお! どこだぁ、三馬鹿!」


 「かあああああー!」


 鼠浄土内部へと続く洞穴に、怒りのままに突入したピリリとせせり。残りの体力も考えずに、三馬鹿の姿を求めて全速力で坑道を突き進んでいた。


 里の広場へと続く坑道には、先程の異変によって崩落した箇所があり、通れないことはないが、所々、迂回や幅跳びをして越えなければならない危険地帯となっていた。


 「っと、やべぇ!」


 広場まで後半分という地点にまで到達した頃だった。このままではさすがにスタミナが持たないと悟って、ピリリが急停止し足を止めた。

 せせりも、ピリリの発した声で正気を取り戻し、それに倣う。


 「うーん、どうするかな…そうだ!」


 烏帽子を止まり木代わりにしているせせりをそののまに、ピリリは何を思いついたのか、コンパクトに分解し背負っていたルンバーン師匠を道に降ろし、ルンバそんを取り出した。

 刺又コレダーにエネルギーを使ってしまって、バッテリーの残量は心もとないが、乗っていく事は可能だろう。


 「かあー?」


 「あしゅらだよーは置いていくのかって?…仕方ないだろ」

 

 「かあー?」


 「そんな装備で大丈夫かって?…一番いい装備は持っていくからいーのっく! それよりも、肝心な時にスタミナ切れになってちゃ、意味ないって」


 「かああー、かあああああー?」


 「そーそー、仏さまは言っている。まだ死ぬ時ではないって。行くよ」


 「かああー」


 置き去りのあしゅらだよーに後ろ髪を引かれ、首を曲げて何度も後方を顧みるせせり。ピリリも想いは同じであったが、今は三馬鹿を倒して、宝珠を取り返す事が第一だ。

 そうしなければ、瑠璃光の脇侍を目指す者として立場がないし、一生、薬師如来様へも顔向けできない。

 軍師孔明、泣いて馬謖を切るの故事同様、ピリリは一時、あしゅらだよーを切り捨てる覚悟を決めたのだ。


 諺の使い方、間違ってるぞ(笑)


 起動スイッチが入れられたルンバそんが、次第にあしゅらだよーから離れていく。その駆動音だけが、坑道内に寂しげに響いた。


 (あばよ、友達ダチ公。しばしの別れだ。必ず迎えにくるからな!)


 心の底からそう思うピリリ。これ以後、ピリリは振り返る事なく、必死に今後の事だけを考えた。

 三馬鹿は、不当な方法とはいえ宝珠を手に入れ、強大なパワーアップを遂げているはずだ。


 正直、考えるだけでも怖い。


 だが、それでもせせりだけを味方に、脇侍を志す者として立ち向かわなければならないのだ。


 こうなると、おじさんとおばさんに、鼠浄土の内部の様子を聞かなかったことが悔やまれた。情報収集は戦に臨む武士にとって、基本中の基本である。


 (さすがに先走ったかな…)


 それなのに、怒りに任せて突っ走ってしまったのは、完全に悪手であった。


 今さら考えても益はないとは知りつつも、頭は勝手と思考してしまう。


 (止め止め!)


 そんな思考を頭の中から振り払いつつ、以下の事を決意し、自らに言って聞かせるピリリであった。

 

 「せせり、聞け。とりあえず、おじさんおばさんは無事だ。二人が緊急事態を東方浄土に知らせてくれるはずだ……状況次第だが、俺は最低でも援軍が到着するまで、ゲリラのように立ち回って時間を稼ぐ。まあ、三馬鹿がへたれだった場合、倒してしまうけど」


 「かー!」


「今は情報不足で、これ位しか作戦がないが、状況次第で臨機応変に動くぞ」


 「かああー!」


 「では、これを」


 ピリリが懐から取り出した物は、せせりでも扱える山椒爆弾であった。手早くせせりが胸に付けているポーチへと、山椒爆弾をセットするピリリ。

 ポーチは、せせりが嘴で紐を引くと中身が投下できる仕様であり、相手を攪乱するには最適である。


 「さっ、覚悟決めていこうぜ」


 「かあー!」


 「へへへ!」


 頼もしく一声鳴き、烏帽子の上で翼を使って敬礼するせせり。つられてピリリも共に敬礼して見せた。 

 こうして準備を整えた一匹と一羽は笑い合い、鼠浄土の奥底へと油断なく進むのであった。


聞こえてるだろーおー!


 「むむっ!」


しばらく進んで、曲がり角にさしかかると、数名の者の歌とおぼしき声が聞こえてきた。


聞こえてるだろーおー!(あっ、よいしょ!)


就業の鐘さ、ワーキング! ワーキング!


あっんっぜっん二の次 働け!


見えているだろーおー!(さっ、ほいさっ!)


悪夢の色さ! ブラック! ブラック!


ひっろっうっととっもに 働け!


苦しい顔で何時でもー


ほほ笑み浮かべているー


そんな自分もわからないー


地獄の職場ぁー!


きっかっいっのように はったっらっき続けろー!(あっ、よいよい!)


きっかっいっのように 止められないー


ワーキング…マシン!



かっろうし! かろうし! かっろうし! かろうし!


かっろうし! かろうし! かっろうし! かろうし!


かっろうし! かろうし! かっろうし! かろうし!



感じてるだろーおー!(あっ、そーれ!)


体限界 スリープ トウ スリープ!


微睡むなか 働けぇ!


消えていくだろーおー!(あっ、ちょいと!)


休みと暇が キル トウ キル!


手っおっくれなのさ! バッドエンド!


倒れる仲間見るたび!


ぞくぞくするぜ そうだろ!


そんな犠牲者 待ってる!


地獄の企業ぉー!


きっかっいっのように はったっらっき続けろー!


きっかっいっのように……止まれはしないー


ワーキング…マシン!


安月給! 働け! 安月給! 働け!


厚生年金! なしだよ! 厚生年金! なしだよ!


安月給! 喜べ! 安月給! 喜べ!


経営者! 崇めよ! 経営者! 讃えよ!



そっれっでっも! お前ら――――働き続けろよ―――!


働け!


 (くっ、何て歌だ! まるで奴隷じゃないか! みんな無理矢理働かされている! 待っていてくれ、隙を見て必ず助けるから!)


 あまりの歌の内容に絶句し、義憤に駆られたピリリ。隠れる事をやめ駆け出しそうになる自身の足を、理性で押し留めることで精一杯だった。


 そのために、ピリリは何かがおかしい事に気付く事ができなかった。


 何がおかしいかと言うと、作業中、みんなでブラックな歌を披露しているが、別に行動で働く浄土ねずみは誰も、強制されて働いてなどいないことである。


 しかたねえなあ。だが、俺達がやらねば誰がやる。


 そんな決意の宿る顔で、土方のおっちゃんねずみ達は、懸命に働いていた。流れる汗も健康的なもので、脅された恐怖のための汗ではなかった。


 つまり、先程の嫌過ぎる変な歌は、単なる作業用BGMでしかないのだ。


 そして、もうひとつ。


 ピリリにとっては思いもよらない事態が、後方から迫ってきていた。しかし、それにもピリリは気付く事が出来ないでいた。


 「おーい。ピリリ君」


 「ふぁっ!」 ビクリッ!


 突如、後方から話しかけられた事に吃驚仰天し、ピリリは奇妙な叫び声を上げてしまった。その背後から迫った人物とは。


 「おじさん、何で戻ってきているんだ! 折角、三馬鹿から逃げ出せたのに!」


 「いや、それがね、鼠浄土は大丈夫なんだ。私達も言葉が足りなかったが、ピリリ君、ずんずんと先に進んでしまうから」


 「大丈夫って…どうゆう事なの!」


 「三馬鹿は死んだよ。瑠璃光の宝珠に手出しなんてするから。仏罰が降ったんだだろうね」


 哀しそうにそう言ったおじさんは、愛用の眼鏡を、取り出したハンカチーフで拭きながら天を仰いだ。

 ここ、坑道の内部だけど。


 「死んだ…」


ピリリも、それを聞き呆然となった。


 「うん。でも問題は、その瑠璃光の宝珠が三馬鹿の魂と一緒になって、新地獄に行ってしまった事なんだけどね」


 「…そうなんですか…」


「…」

「…」

「…」


 「って、どういう事なの!」


 「かあー!」


「おお、なんだぁ? 俺達の美声を聞かないで騒いでいるのは誰だぁ」


「ああん? なんだなんだ?」


「どうした?」


 ピリリとせせりが発した大声に気付いて、坑道整備をしていた土方仕事のねずみ達が集まってきた。


 「おう。おっさん、あんたか。外の様子はどうだった?」


 「ええ。野鳥や小動物たちが音に驚いて、騒いでいただけで特に問題はありませんでした」


 「そりゃあ良かった。ん?…なんだ、妙に懐かしい顔があるじゃあねえか!」


 「おおっ、お前は!」


 「おおっ、ピリリとせせりじゃねえか。帰って来たのかい」


 「いや、しかしこりゃ、大変な時分に帰ってきたもんだねえ」


 「まさか、シャキリとモモが、三馬鹿に襲われて、新地獄創世の宝珠を奪られた時分に帰ってくるとはなぁ」


 「シャキリ兄ちゃん! おじちゃん、もしかして、逗留してた脇侍様御一行ってのは、四軒隣に住んでいて五年前に脇侍になった、シャキリ兄ちゃんとお供だったモモの事なのかい!」


 「おっ、おう。知らなかったのかい?」


 「あはは。ピリリ君は外で再開して宝珠が奪われたと伝えた時点で、ここの中に駆けこんでしまいまして。今、三馬鹿が死んだと伝えるために、追いかけていたきたところでして」


 「はっはっ! 早とちりか! そいつはピリリらしいな!」


 「「「「ははははは!」」」」

 

 ピリリ、せせりを間に挟んで、話し始めたおじさんと土方のおっちゃん達。

 その会話の話題が自分である事で、赤面していまうピリリ。しかも、笑われる原因は、先走った自分であるから言い返す事もできない。


 また一方で、少しお間抜けな一面がある自分だから、同族に好意を持たれているとも知るピリリである。おじさんとおっちゃん達の笑いが収まるまで、耐えて待つしかないと覚悟を決めた。


 それ以外、選択肢は思い浮かばなかったから。


 笑われている状況を、耐えて耐えて耐え抜いて、聞きたい事を聞くのはその後だ。


 そんな状況であるため、烏帽子に止まるせせりも黙っていた。翼を器用に動かして、肩を竦めるような仕草をしたのみであった。


 とは言え、ピリリの立場は。


 ねー、いまどんな気持ち? ねーねー、いまどんな気持ち? きゃはははは!


 そう笑われていると同義である。正直ピリリは―――


 くそ! いっそ殺せえー!

 

 ―――などと叫び、転がりまわりたい心境であった。


 ちくしょー!


 輝夜思

 竹林中 月光を看る

 疑うらくは是 中空の蛍灯かと

 目を細め 林間を望めば

 輝夜の姫の御姿


 頭の中でかぐや姫の漢詩(それを日本語訳)でも創作して、現実逃避してなくちゃ自分の立場を保てなかった。


 仕方ないね!


 「っこほん。それでおじさんとおっちゃん達、地獄宝珠ってなんなのさ? シャキリ兄ちゃんとモモはどうなったの?」

 

 ねー、いまどんな気持ち? ねーねー、いまどんな気持ち? 

 そんな恥かしい状況を乗り切ったピリリが、咳払いをして土方のおっちゃんに質問を再開した。


 「ん? ああ。まずシャキリとお供のモモの奴だが、あいつらは今度な、地蔵菩薩様がいらっしゃる地獄に赴いて、新しい地獄を異空間に創造する任務にあたるってんで、その前に一度、許嫁のシトリちゃんに会いてえって帰郷したんだ」


 「それで、地獄宝珠ってぇ代物は、現代で新たに発生した新しい罪状の罪人を閉じ込める地獄を生み出すらしい。シャキリの奴が、そう説明してくれたぜ」


 「何でも、太陽光発電パネル詐欺ってのらしい」


 「それでシャキリの奴、シトリちゃんとの愛の行為が終わった今朝、無防備なところを三馬鹿に踏み込まれて、シトリちゃんを人質に取られちまってな、仕方なく宝珠を渡したらしいわ…シトリちゃんも、今回は運がなかったんだは」


 「ふたりとも、今はショックで寝込んでるよ」


 「そうなんだ…シトリ姉ちゃんも災難だったな。それはそれとして、何で三馬鹿は死んだんだい?」


 「かあー?」


 ついに、事の真相に迫るピリリとせせり。


 「ああ、それはだな…」



 第2話 反乱と、仏罰と。  了  第3話 仏罰と、異界と。 に続く

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