東海瑠璃光浄土抄 鼠浄土騒乱篇

@byakuennga

第1話 帰郷と、反乱と。

 「えいっ! やあっ!」


 小鳥たちのさえずりさえ、いまだ聞こえぬ早朝。

 朝靄の立ち込める大きな湖の中州にて、それはそれは小さな何者かが、気合を発して小振りな棒(?)を振り回していた。


 小人?


 いや違う。

 朝靄に霞むシルエットは、人とも、獣とも取れない。

 しかし、その者が確かな技術で棒を振るにつれ、姿を隠す朝靄は切り裂かれ、その正体は徐々に顕となっていく。


 程なく、靄と草花の隙間から、烏帽子を被った頭部と、ぴんと張った丸耳が。

 また、臀部よりは長い尻尾が伸びて態勢を安定させている様がそれぞれ見て取れた。


 さらに、別の隙間からは両腕で振り下ろされる長物、黒い刀身を持つ大太刀の、鈍く光る刀身が見て取れた。大業物だ。


 何と何と。


 何たる摩訶不思議さか。


 靄が晴れて、生い茂る草花の合間から時折覗くその姿は、小人と鼠を掛け合わせたような、鼠人間の侍であったのだ。

 

「ふうぅぅぅ…たあー!」


 ゆっくりと息を吐いた鼠侍の口腔から一転、残る靄を吹き飛ばすが如き大きな気合が発せられた。

 気合と共に強靭な足腰がその身を重力より解き放ち、草花程度の背丈の身体を、高々と天空へ舞い上がらせた。

 続いて、飛び上がる限界点へと達した瞬間、その場からさらに一歩、二歩、三歩と、鼠侍は上空へと駆け上がっていった。

 自らの種族特性、浄土ねずみの高い霊力を活かした、空歩の術を使用したのである。


 はたして、人間の背丈の十倍以上もの上空に達した鼠侍。


 十余二束の大太刀(浄土ねずみサイズ)を尻尾に持ち替え、腰から大小の刀をも取り出し、三刀での剣舞を開始した。


「宇! 久! 須! 州! 奴! 不! 牟! 由! 流! 宇!」


 落下しつつ態勢を入れ替え、一閃。二閃。三閃。

 霊力波動を纏う連撃が続き、刀閃が描かれる度、中州の朝靄が切り払われ、視界がクリアとなっていく。

 晴れ渡った空に満足したのか、鼠ねずみは不敵にほほ笑む。


「止っ!」

 

 しかる後、我が身をくるりとくるりと回転させながら落下させていく。遠心力によって自然と尻尾に持った大太刀が大きく振り回され、さながら草刈機の刈刃、チップソーの如き凶悪な有様となる。


 そのままに母なる大地へと迫っていく鼠ねずみ。


 だが、大地へと激突するかと思われた瞬間、アンバックの要領で方向転換。生きた草刈機と化していた鼠侍は、盛大に中州の草花を薙ぎ払うと、その反動で上手く減速し、何事もなく、すとんと爪先から着地を果たした。


 この成功は、過去に剣聖が残した言葉、千日の稽古を鍛とし、万日の稽古を錬とせよ。それを鼠侍が実践していた故であった。


 この有様には、上記の言葉を五輪の書に残した宮本武蔵も、九段でニッコリすることだろう。

 

 「ふうう」


 回転後のふらつきもなく、まず腰の大小、続いて大太刀と順番に鞘へと戻していくねずみ侍。

 そんなねずみ侍を祝福するように、切り裂かれた草花、取り分け春を告げる季節の花びらが、はらはらと空を舞踊った。


 自身の業の終了も、自身で美しく演出する。


 自らに妥協を許さず、日々の研鑽を重ねてきた過去が読み取れる、ねずみ侍の見事な業前。その発露であった。

 

 「ふうぅぅぅぅぅ」


 大太刀を戻し終え、今朝の鍛錬はこれで終了と、ねずみ侍がこれまた緩やかに息を吐いた。


 「むふん!(どやぁ~!)」

 

 続いて、空の彼方の何者かに見せつけるように、どや顔になる鼠侍。ちっちゃくなかったら、何ともなぐりたくなる表情だ。

 

 「東海瑠璃光浄土の薬師如来様! このピリリ、ここまで強くなりましたぞ。いずれは浄土に上り、瑠璃光の脇侍となっていたい! いてっ!」


 いつの間にか、大望を語るねずみ侍ピリリの側に、小さな烏がレイダーしていた。その鉤爪から放り出されたどんぐりの弾幕に被弾し、悲鳴を上げて一回休みとなるねずみ侍。


 ピチューン!

 

 「この、てめっ、せせり! 何をするだー!」


 まんまとせせりと呼ばれたからすに奇襲を受けたピリリは、再度、悲鳴と抗議の声を上げた。

 しかし、せせりは動じずピリリの頭上を一周した後、早速説教を開始した。


 「かぁー! かぁー! かあああっ!」


 「はあぁっ! 簡単に奇襲を受けるくせに慢心するなだとっ!」


 「かぁー!」


 「おのれぇ…おのれぇ! 悔しくなんかないぞ! だって男の子だもの!」


 予想外に痛かったどんぐり弾幕で涙目になるも、ピリリはただ強がりを言うだけで、怒りにまかせて刀を抜いたりはしなかった。


 なぜなら、修業の旅の相棒せせりに、何時でも奇襲してみろ。受けて立ってやると大言を吐いていたのは、ピリリの方であったからだ。


 ついでに、奇襲を撃退できなかった場合、一回休みで説教を聞いてやるとほざいたのもピリリであったからだ。


 自業自得なのである。


 せせりは、ピリリを涙目にしただけではすまさず、ばさばさと翼を羽ばたかせて降下。ピリリの烏帽子を止まり木代わりにし、説教を続行した。


 「かあああー!」


 「ぐぎぎぎぎぎ」


 「かあー」


 「そんな歯を噛み締めると歯が欠けるだと! 余計なお世話だ!」


 「かああっ、かー!」


 「ふん! ケチが付いた。もう出発するぞ。故郷ももうすぐだ」


 「かかぁー、かあかああ、かあうー」


 「なっ! 誰が、もうお家帰るーだ! 俺は虐められた子供じゃねえ!」


 「かー」


 「ふん、解ってる。ルンバーン師匠も忘れずに持っていくって」


 ルンバーン師匠とは、お掃除ロボットのルンバそんを改造し、本体上部に、一面六臂のあしゅらだよー人形と、六種類の装備を施した存在である。


 今はバッテリーを取り外していて動かないが、ピリリのトレーニング相手として苦楽を共にした存在である。カオスモード設定にすると、それはメラゾーマではない。メラだといった感じで、ピリリも苦戦を強いられる存在であった。

 どこぞの大魔王かよ。 

 

 「かー」

 

 「さて、と。この因縁の湖を自力で越えて、俺はもっと強くなるぜ」

 

 しばらくの後、師匠を分解、コンパクトにしまい込んだピリリは、せせりを烏帽子にとまらせたまま、故郷、ねずみ浄土へ向かう最後の難関、因縁の岸辺へとやってきていた。

 一見して湖は、朝日に照らされて輝き、長閑な雰囲気である。


 しかし、今居る中州より向こう側の水底。


 そこは、ねずみすら飲み込む巨大な怪魚達の領域であった。おむすびころりんの昔話で有名なピリリの故郷、鼠浄土では、決して子鼠は近づいてはならぬと教えられた場所であった。

 

 「…」


 「かー?」


 「怖いかって?…ああ、正直怖いな」


 「かー?」


 「やめるっかって? 冗談言うなよ。今日は水、陸、空の歩法修業の総決算! 水上だけでなく、すべての歩法を極めたと言い切るには、ここを渡り切る必要があるんだ! せせりは先に向こう岸に行って、待っていてくれ!」


 「かー!」


 小首をかしげながら、ピリリを質問攻めにしていたせせりであったが、旅の仲間の決意を聞くと、ばさりと羽ばたいてピリリの頭から飛び立ち、向こう岸へ去っていった。

 離れるにつれ、その姿は豆粒の如くなり、ついには対岸の緑に紛れ、識別不能となってしまう。


 「さて…征くか」


 せせりを見送った後、湖面をじっと見つめていたピリリ。一拍置いて決意を言い放つと、かつて自分を捕食しようとした存在が潜む湖上へと、一歩を踏み出した。


 じつは、ピリリは昔わんぱく小僧であった。


 親の言いつけを守らずに湖に遊びに来て、危うく怪魚に捕食されそうになった過去があるのだ。

 今回の修業は、そのリベンジも兼ねている。怪魚を退け無事に向こう岸に辿り着けば、ピリリの勝利である。

 

 「あーん!」


 ごくんと、高カロリーの丸薬を取り出し飲み込むと、ピリリは水面を走り出した。


 草花程度…人間成人の膝上程度の背丈しかない浄土ねずみは、体温を維持するために定期的な飲食が必須である。

 まして、命がけの修業途中にスタミナ切れになっては大変だ。修業開始と同時に飲み込んだ丸薬は、そんなまぬけにならぬための措置であった。


 「はっ、はっ、はっ、はっ!」


 分解したルンバーン師匠を、しっかりと帯で身体に巻き付けているにも拘らず、ピリリは規則正しいリズムを刻み、湖面を疾走する。

 空を征する鳳仙歩法、陸を征する白詰歩法と並ぶ三大歩法、水を征する蓮華歩法を使い、一直線に対岸を目指す。


 ここまでの道中は何事もなく平穏無事。問題は、この先である。


 しばらくすると、湖での一番の深み付近まで達した。

 今まさに、その一歩一歩の振動が波紋となって伝わり、湖底から怪魚達を呼び寄せる原因となっていた。


 (餌だ! 馬鹿な食い物がやってきたぞ!)

 (俺だ! 俺が食う!)

 (追え! 逃がすな!)

 

 早速、怪魚共の若い下っ端達が騒ぎ出し、全身と鰭を使って水面目指して昇っていった。その後に追うように、中堅、そして最後に湖の主サイズの、もっとも大きな個体が続いた。

 このサイズの怪魚であれば、確かに人間の膝丈程度の大きさであるピリリも一飲みであろう。


 「来やがったな、化け物共!」


 化け物。


 怪魚接近に気付き、そう叫んだピリリの表現は適切であった。怪魚の大きさは若い個体でも2メートル近い。これだけ大きいと、人間の感覚でも十分化け物だ。

 ましてや、主サイズは5メートルを超える。ちょっとした怪獣と言えるレベルである。

 そして、浄土鼠は人間の四分の一程度の大きさしかない。ピリリにしてみれば、若い個体は8メートル、主は20メートルサイズの感覚であった。


 「師匠、あんたの武装、使わせてもらうぜ!」


 そう言ってピリリが手に取った得物は、高圧縮水鉄砲。ルンバーン師匠の上部を構成するあしゅらだよーさんの武装、税込みで129万6千円の代物。それはそれは高価な、こいつから殺していいのかであった。


 「そこ!」


 ざぱぁっと水音を響かせ、水底から追走してきた下っ端共が水上へと躍り出た瞬間、ピリリは高く跳び上がり、八艘跳びの如く、あるいは、赤や緑の配管工が羽根突きカメを次々と踏ん付けるが如く、その頭に次々と飛び移っていった。

 

 (この俺達を踏み台にしたあ!!!)


 驚く下っ端怪魚共。その機を逃さず、ピリリは怪魚共の鼻先に、容赦なく高圧縮水鉄砲を放っていく。


 見事な三次元機動!


 「ひとつ!」

 「ふたつ!」

 「みっつ!」


 (((ぐわー!)))

 

 「そして、よっつ!」

 

 (ぐおおー!)


 続いて、水面から高く跳び上がり、真上から獲物を一飲みにしようとした中堅怪魚を撃墜し、ピリリは対岸めがけ、さらに走った。


 「ちぃぃ!」


 そんなピリリの前方に、水面から頭を出して大口を開けた、もう一匹の中堅怪魚が立ちはだかった。下っ端共を足止めにして先回りした、悪知恵の働く個体であった。

 されど、臆せずに立ち向かうピリリ。

 先程、義経の如く軽快に舞い、那須与一の如く敵を撃ち倒した余勢を駆って、今度は弁慶の大立ち回りと、ネギ刺又を新たに取り出し、突進する。


 (生意気な子鼠が! 俺の腹に収まりやがれ!)

 

 「はああああっ!」


 悪知恵怪魚が空中へと躍り上がった瞬間、ピリリもまた跳んだ。


 迫り来た悪知恵怪魚を刺又の柄先、U字曲がりのネギで受け止め、その体制のまま、水面歩法を空征く歩法に切り替え、天高く駆け上がる。


 「うおおお! どりゃあ!」

  

 (げぇー!)


 高所から投げ落とされた悪知恵怪魚が、ばしゃあああああんんと盛大に水音を響かせ、水面に巨大な波紋と、天高く舞い上がる水柱を作りあげた。


 ブクブクぶく………ぷかあっ…


 波が収まると、強かに身体を水面に打ち付けられた悪知恵怪魚は気を失ったのか、ぷかりんと腹を上に水面に浮かびあがり、情けない姿を周囲に晒した。


 そんな、ぷかりんと浮かぶ悪知恵怪魚を足場として着地し、はぁはぁと肩で息をするピリリ。幸いなことに他の怪魚は水柱に驚き、小賢しく一定の距離を取って、気絶した仲間と獲物であるピリリの様子を覗っている。

 

 「あーん」


 これはチャンスと、手早く丸薬二つも飲み込み、体力の回復をはかるピリリ。さすがに怪魚丸々一匹を抱え、高所まで駆け上がったのはやりすぎであった。一気に体力を消費し、新たにカロリー満載の丸薬ふたつにお世話となった次第である。


 「さて、と」

 

 小休止がてら、思案するピリリ。

 下っ端、中堅の怪魚共は退けた。

 だが、連中など前座に過ぎない。問題は、如何にして残る湖の主共を攻略するかである。


 先程の戦闘程度では、逃げ出す主クラスではない。


 今は足場にしている悪知恵怪魚が人質代わりとなって、こちらの様子を覗っているだけだが、対岸へと向かうことを再開すれば、必ず襲い掛かってくるだろう。


 今、肌にピリピリと刺さるようなプレッシャーが、その証拠だ。


 ならば、ならばである。主共は、どの段階で仕掛けてくるのか? それには、どうやって対抗すればいい?


 「なんて、考えても仕方ねえや。ははっ!」


 そう言って自らの思考を否定し、ピリリは眉を寄せる思案顔から一転、晴れやかに笑った。

 無駄に余裕が出来て、くだらない事を考えてしまった。

 戦の準備は、湖に分け入る前に十分やっていたではないか。今更ここで下手な考えに陥っても何の益もない。ただ、いたずらに不安が募るのみだ。


 ここは、無駄な思考にカロリーを使用する状況ではなく、少しでも多く体力を回復するべき場面だろうが!

 しかる後、全力で一直線に対岸まで駆け抜けるだけだろうが!


 「下手な考え、休むに似たりってね!」


 そう言い放ち、無駄な思考を嫌ったピリリは再び水面を駆け出した。さりげなく、事前にルンバそんから取り外しておいたバッテリーを、ネギ刺又に取り付けて。


「はっ、はっ、はっ、はっ!」


 再び一定のリズムを維持し、水面を疾走するピリリ。程なく、もっとも深い水域を突破して、浅い水域との境界へと至るが、肌に突き刺さるようなプレッシャーは消えはしない。


 (来る!)


 そして、ついにピリリが深い水域から完全に離脱を果たそうとした瞬間、プレッシャーが一層強烈に放たれ、間を置かずに主共の本気の攻撃が開始された。

 三方向から獲物であるピリリと一定の距離を取り、ざばりと浮き上がった巨大な三怪魚。立派な髭の生えた顎を突き出し、しゅるしゅると伸ばした髭で、獲物ピリリを絡め獲ろうとの作戦だ。


 お髭フォーメーションアタック!


 「げげげのげっ!」


 これには、さすがのピリリも吃驚仰天。故、水木しげる大先生の有名作品のような叫び声を上げて、得物の刺又を取り落としそうになった。


 「おっとっと…だがね! 三方に離れたのは失敗だったな!」


 今度はお魚型のスナック菓子のような声を上げて、落としそうになった刺又をしっかりと握る!

 間を置かずに、たたたたたっと一番右側の主怪魚の髭に向かって突進し、狙いすまして刺又を車輪の如く廻す、廻す!


 (ぬっ!ぬおおおおおっ!!!)


 自慢の髭が絡め獲られ、吃驚仰天する主怪魚!


 ピリリは、そうして髭を絡め獲ると、得物の隠された機能を、待ってましたとばかりに使用した!


 「刺又コレダー稲妻鬼、入ります! 急々如律令!!!」


 続けて、稲妻を操る鬼、零鬼の如く無慈悲に電撃を放つ!


 ちな、急々如律令とは、零鬼の如く速やかに命令を実行せよという意味である。


 (ぐうおおおお!!!)


 (おおおお! 兄弟! 大丈夫かあ!)


 (おのれぇ! 子鼠! 何をしたぁ!)

 

 「動くなぁ! こいつが死んでもいいのかあ!」


 速やかに刺又は放電し、絡め獲られた髭から伝わった高圧電流により、しゅうしゅうと煙を上げてぷかりんと浮かび上がった主怪魚の一匹。ピリリは早速、気絶した主に飛び乗り、他の二匹を牽制すべく叫んだ。


 残り二匹は、ピリリの叫びの意図を理解し、びくりと巨大な身体を震わせた後、霊力を使って伸ばした髭を停止させた。

 齢を重ねて巨大化しただけでなく、霊力すら振るう怪魚は、当然の如く知恵も発達しているのである。

 その様子を見て、電撃刺又を足元の主怪魚に突き付けたピリリが続ける。


 「退けよ! 手下を連れて湖の底に帰れ! そうすれば、こいつの身を開放してやる!」

 

 (おのれぇ! 子鼠風情がぁ!)


 (まて、兄弟! ここは抑えろ! 兄弟が死んでもいいのか!)


 (ぬっ! ぐうぅう!!!)


 「それとも、仲間を見捨てて! お前等の弱点である雷撃を操る俺と、一戦交えるか!」


 (これは分が悪い! 兄弟、冷静になれ!)


 (ぐっ、ぬうううううう!!!)


 ピリリに煽られ一匹が激高するも、残る冷静なもう一匹がそれを止めた。


 (ぐぬぬぬ…仕方あるまい!)


 (兄弟、理解してくれたか!)


 しばらくすると、覚悟を決めた二匹の主怪魚は、伸ばしていた髭を引っ込め、住処たるカルデラの深みへと帰って行った。

 誇りのために兄弟を失うよりも、誇りを捨て兄弟を生き延びさせる道を選んだのだ。


 (ふう。何とか追い返せたか。虎の子の改造バッテリー、これ一つだけだから、追い返せなかったらやばかったな)


 (俺、空中で戦う技は多彩だけど、水中戦は苦手だからな。零鬼刺又を待っていなかったら、逃げ出したのは俺だったな)


 (まっ、勝ったから細かい事はいいや。しかし、文明の利器も十全に使い熟す俺、格好イイ…ん?)


 内心、ギリギリの勝利だったと思いながら、状況の推移を見守っていたピリリの足元で、気絶していた主怪魚が身動ぎしたのだ。

 遠からず目覚めるであろう。


 (うん。伏兵の気配はないな。どうやら、残りの怪魚共もおとなしく帰ったようだ。ならば!)


 「長居は無用! スピードピリリはクールに去るぜ!」


 霊力探査を含めて、全身の感覚器官を総動員して安全を確認したピリリは、有名なイギリス紳士の如き捨て台詞を残し、一目散に目的地目掛けて駆け出した。


 全力で逃げるんだよおー。


 「あーん」


 最後に残った丸薬一つを飲み込み、ラストスパートだぜと、全力疾走するピリリ。


 目的地のもうすぐだ。小さな両足で、ぱしゃぱしゃぱしゃぱしゃと、水面を叩いて疾走する。


 「はっ、はっ!…えへへ。はっ、はっ、この主の髭はお土産だ。故郷の奴ら、驚くだろうな…はっ、はっ!」


 完全に怪魚共を振り切って、ようやく安心したピリリは、刺又に絡みついてちぎれた主の髭を眺めて、御満悦となる。


 むふん!


 (滾ってきたぁ!)


 「主の髭は、水上歩法を極めた証として十分だぜ。今から俺は、ただのピリリじゃない!…大華流霊光術皆伝の水陸空歩法を極めた侍として、花蕾三将からいさんしょうピリリと名乗るぜ!」


 山椒は小粒でもぴりりと辛い。自身の二つ名の由来通りの、辛くぴりりと電流が奔った戦を終えたピリリ。対岸はすぐそこだ。


 「良し!到着!たあっ!!!」


 最後に大ジャンプして、対岸の大地へと着地するピリリ。


 「本日の修業、終了!」


 こうしてピリリは、若かりし頃の武蔵坊弁慶、鬼若丸のお化け鯉退治の如く立ち回り、本日予定していた修業のすべてを終了したのであった。


 「かあー!」


 そこに、ピリリの到着を待ち侘びていたせせりが急降下!


 「おう、せせり、俺は何事もなく無事いたい! どんぐりはやめっ、げええー! それは脅威の松ぼっくり! ボムはもうやめてください! 吐いている子だっているんですよ! ほら! 背中のあしゅらだよーが吐いてるだろ!」


 「かあー!(吐いてないぞ!)」

 

 一足早くゴール地点でスネークして、ピリリに対する迎撃体制を敷いていたせせり。その熱い歓迎を受け、別の意味で涙の再開を果たしたピリリである。


 ダンボールがないために致命傷になり兼ねない攻撃を、ピリリは絶妙なタイミングで受けてしまった。


 こうしてピリリは、再びせせりに慢心を諫められるのであった。


 「てめっ、このせせりぃ! さすがにキレるわ! 空気読めやあ! 日本の烏だろうが! 同じ日本に住む動物として、同胞に少しは優しくしてくれよ!」


 「かあああー! かあああああー!」


 「なにが、慢心するな! 慢心するなと言っている! だ! 惑わされるっちゅーの!」



 どっおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおんんんんん!


 ぐらぐらぐらぐらぐらぐらぐらぐらぐらぐらぐらぐらぐらぐらぐらぐら!!!!


 「かああー!」


 「なっ、何だぁ! あっ、あっちは、鼠浄土がある方角か?」


  仲良くねずみと烏が岸辺で、ぎゃーてーぎゃーてーとじゃれあっていたその時であった!


  突如、御山のふもと、童話おむすびころりんの里である鼠浄土内部から、大きな怪音が発せられたのは!


 そして、続く地震! 大地が盛大に揺れ動く!


 「うわああっ! なんだ! なんなんだ!!!」


 「かあ、かああー!」

 

 見事に主怪魚を倒したピリリも、地震雷火事親父はどうしようもない。四つん這いになり、身体を安定させる事で、精一杯地震に耐えた。


 そして。


 「こりゃヤバイ。急ぐぞ!」


 「かあー!」


 御山に住む小動物が、突然の轟音と地震の後にぎゃあぎゃあと騒ぎ出した最中、ピリリはあーんと予備の携帯食料を仲良く口の中に放り込み、駆け出した。


 浄土ねずみとからすは、事の真相を究明すべく、鼠浄土の入り口へと急ぐ。


 「くそ!」


 生まれてこの方、故郷が異変に見舞われたと聞いたこともないピリリである。珍しく動揺して、大変なその瞬間に居合わせなかった自分に悪態を吐いた。

 さすがにこれは、せせりも空気を読んで咎めだてはしない。


 太陽が少しずつ真上へと移動していく中、ふたりが草花をかき分けて目的地が見渡せる位置までくると、ぽっかりと普段通りに、鼠浄土への入り口の洞穴が見て取れた。

 とは言え安心はできない。問題は、内部の状況なのだから。


 「よし、いくぞ!」


 「かあー!」


 決意を決めた鼠と烏は頷き合った後、入り口へと歩を進めた。


 「う…うう」


 「はあっ、はあっ」


 すると、その目的地より這い出してくる影がふたつ。


 (あっ! あの人たちは!) 


 「あっ! おじさん! おばさん!」


 「ひっ、だっ、だれだ!」

 

 「俺だよ! 向かい側、三軒隣に住んでいたピリリだよ!」


 「ピリリちゃん?…まあ、立派になったわねぇ!」


 「ありがとう、おばさん…って、今はそんな事言ってる場合じゃないよ。里のある御山から轟音が響いた後、地震が起きた。御山の底で何があったんだい?」


 顔を見合わせる、浄土鼠のおじさんとおばさん。


 「…そっ、それがなピリリ君、またあの三馬鹿が悪さをして…」


 「…当地に御逗留していた瑠璃光の脇侍様一行の…」


 「「…瑠璃光宝珠に手を出してしまったのよ!」」





 「…」



  無言のピリリ。そしてお供のせせり。説明が理解の範疇を超えていて、うまく事態が飲み込めない。


 「…へー、三馬鹿ってあの、ネズゴットとネズデビと、あとひとり誰だっけ?」


 「ネズプロトンよ! ピリリちゃん!」


 「そう、ネズプランだった」


 「ネズプロトン」


 「…」


 「…」


 「…」


 「…」


 「春風

  春風 若草を揺らす

  豊穣は是 四季神の加護かと

  頭を上げ耳を澄ませば

  恋を謡う小鳥達の声 数多」


 「ほう!」

 

 「あら漢詩の日本語訳? 御上手ね、ピリリちゃん」


 「ありがとうございます」

 

 「かー」


 「…」


 「…」


 「…」


 「…っおいいいい!詩なんて詠んでる場合じゃねえ! それって、東方東海瑠璃光浄土、教主たる薬師如来様に対する反乱じゃねえか! それで異変が起きたのか!」


 「かあああああー!」


 「うわっ!」


 「きゃっ!」



 あまりの大事に、一時、正気を失っていたピリリとせせり。状況を理解すると同時に叫び声を上げ、前を塞ぐおじさんとおばさんを突き飛ばし、一目散に鼠浄土へと駆け込んでいった。


 これが、これから始まる大冒険の最初の騒動とは思いもよらぬピリリとせせり。


 今はただ、懸命に御山の故郷、鼠浄土を目指すのであった。


 ちな、内部の状況は動揺して聞き忘れた模様。


 シティアドベンチャーの基本、情報収集忘れているぞっと。


 

 まあ、とりあえず。


 東海浄土抄 鼠浄土騒乱篇 第一話 帰郷と、反乱と。了 


 第二話 反乱と、仏罰と。 に続く。

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