第10話 黒いゼリーと走馬燈

「ふえええええええええええ!!」


ゆのが泣き出した。咄嗟にこころがゆのの目を塞ぎ、壁と人形の神器を起動する。

続けて鏡坂、蒼月も神器を起動して黒いゼリーを警戒しながら、自然と散開する。


「マジかよ……」


鏡坂はショックで呆然としていた。

殺人自体を見るのは神社構内とあわせて二回目だが、

今まで一緒に会話してた人間が目の前で殺されるのは初めてだった。


「蓑原さんッ……!」


蒼月は蓑原の死体を見て泣き出しそうな顔をしていた。

初めて依頼をこなした時以来、

蓑原とは何回もコンビを組んで依頼をこなしていた仲であり、

蒼月にとっての師匠みたいな存在だった。


蓑原を殺した黒いゼリーはぷるぷると漂い、次の獲物を探しているかのように様子を見定めている。


「な、何これ……?」


呆然としたこころが呟く。


すると、黒いゼリーはピタッと動きを止める。

――――次の獲物はこころに決まったようだ。

黒いゼリーがこころに飛びかかって行った。



「ひぃッ!!」


黒いゼリーはこころにまとわりつく。こころは透明な壁を展開していたが、

黒いゼリーは影響を受けずに侵食してきた。


「嘘だっ!!なんで壁を通り抜けられるの!?」


強い恐怖心がこころを包み込み、恐慌状態に陥らせる。

必死に逃げようと壁を展開させたまま逃げ出すが、

黒いゼリーからは逃げられない。


こころの人形が黒いゼリーを攻撃するが、まったく手ごたえがない。

スカスカと空振りするだけで、空気を相手に殴っているようなものだ。


黒いゼリーは、こころを中心に球体型に展開してある壁の上の部分にひっつき、

こころの顔の目の前にまで侵食してる。

『しかし、それ以上は侵食できていない』

黒いゼリーの中の、何かがつっかえている様子だ。



『ガリガリガリ!ギチギチッ!』


耳を貫く、不快で大きな音が響き渡る。

こころの壁に、もの凄く強い力がかかっている事がわかる。


「えっ!えっ!これもしかしてもう、壊れちゃう!?」

「うえええええええええええええん!!」


『ミチミチッ!バギィ!!』


こころが心から恐れていた『その時』がやって来た。

黒いゼリーはこころの透明な壁を破壊に成功した。

こころは粉々に砕け散る透明の壁を驚愕の表情で見つめていた。

そして、その勢いのまま、黒いゼリーはこころに襲い掛かる。


「いやああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


こころは黒いゼリーにゆっくりと飲まれていく。

こころの視界がだんだん暗くなり、ゼリーの中に取り込まれていく。

黒いゼリーの中は外気よりも少しひんやりとしていた。

ああ、自分は死ぬんだなと思った。

ありったけの恐怖の叫び声をあげながらこころは『みんな』の事を考えていた。


私は『みんな』をずっと待っていた。

私は最年少だったし、一番弱かった。足を引っ張ってばかりだった。

でも、どんなピンチでも『みんな』は私をいつも助けてくれた。


もし、ここに『みんな』がいたならきっと助けてくれる。

この程度の敵なんて、敵じゃないんだ。

『みんな』の中の一人でもいてくれれば脅威でもなんでもない。

それだけ強かった。ものすごく優秀で優しい人達だった。

家に居場所のない私を仲間にしてくれた……!

そして、貴重な神器を二つもくれた。

色んな事を教えてくれて、訓練をしてくれたし、

遠い場所にも冒険しにいった。

とても楽しかったよ!


――――なんで、『みんな』は私を置いて行ってしまったんだろう?

『みんな』はそれぞれグループを作って世界中に散らばってしまった。

いや、この世界では無いところにも行ってる。

私も、連れて行ってくれればよかったのに。

そのグループの中に、私を入れてくれればよかったのに。

そうすれば、ここで死ぬ事も無かったのに。


こころの腹部に何か硬くてひんやりしたものが当たる。

大きな金属の様だ。力強い感触をしている。

――蓑原の結末から想像する限り、それはこころを凄まじい力で両断するつもりなのだろう。


しかし、こころの意識は既に現実の中にはなかった。



「私は、『みんな』の足手まといだったのかなぁ……」

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