第9話 『護衛』の依頼と黒いゼリー
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
街中で奇声を発する男がいた。
当然だが、街中に奇声を発する男がいれば、周囲の人々は驚く。
「あっ……」
そして、何かを察せられ、苦い顔をされたり、目をそらされたりする。
たまたま近くにいた通行人は、小走りで男の傍から逃げ出した。
「うおおおおおおおおおあああああああああああああああああああああ!!!」
この発狂した男の名前は鏡坂と言う。
鏡坂はパチンコ屋に行き10万円をすって荒れていたようだ。
「なんでだよおおおおおおおおおお!?なんで出ないんだよ!?
うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
そのまま、1時間ぐらい経過すると鏡坂の気持ちは落ち着いていた。
ふと、預金通帳には580万円も入っていることを思い出したからだ。
「なんだ俺金持ちじゃん。やったぜ」
鏡坂は500万円もらってからというもの、
警備員のバイトも辞めてぷらぷらしていた。
「なんか物足りねえな……」
500万円と言うのは予想以上に大金だ。
普段フリーター生活に慣れている鏡坂にとっては、
なかなか使い切る事はできない。
パチンコ屋に言っても10万負ける事もあれば9万円勝つこともある。
「また女子中学生を腹パンしてえなぁ……」
鏡坂の趣味はギャンブルと貯金である。
しかし今は報酬以上の趣味を見つけていた。
廃墟での、非日常の空間が今はたまらなく魅力的に思えた。
「よし!掲示板を見てみよう!!!」
鏡坂は町の巨大掲示板へ歩を進めた。
数分ほど歩くと目的地に着いた。
「おう。これが連歌の依頼ってやつか?」
巨大な掲示板の中に神社の枠は常に作られている。
そこで依頼は書き込まれており、募集人数が集まるまで掲載され続ける。
本日の掲示板にはこう書かれていた。
『真に神を信じる者の心は、
300万の兵隊にも負ける事はありません。
必要なものは3つの法であり、法を守るものこそ神に愛されているのです』
――――『神社』より
「神社っぽさかけらもねえ文章だな!」
鏡坂は神社へと移動した。
「連歌ぁ!依頼受けに来たぞ!!」
「相変わらず呼び捨てですか……下級国民風情が……」
「お前もどんだけ特権意識あるんだよ!」
「下品で無礼で育ちの悪い鏡坂さんを見るたび思い出すんですよ!」
「あ、そうだ。今回は高山いる?」
「唐突に話題変えますね……。
高山さんは500万円もらったら500万円使いきるまでは来ないんです。
多趣味な方ですからね~」
「何人でやるんだあれ?」
「今回の参加者は3~4人です。
報酬は300万円。まあ、普通の規模の依頼ですね」
「俺が最初の参加者か?」
「もう3人埋まってますよ。
というか、掲示板見たでしょう?
参加者は掲示板に書いてありますよ。それがルールです」
「そ、そんなこと聞いてねえぞ!?」
「まさか、書いてないのに来たんですか?
迷惑ですねぇ……。
まあ掲示板には3人書いてあったので鏡坂さんも参加できますよ♪」
「そっか。やったぜ。で、今回はどこの女子中学生を腹パンして来る仕事なんだ?」
「そんな仕事ありませんよ!」
連歌は持っていた書類に目を通す。
「今回は『護衛』ですね。
今、守るべき対象は、
野良の神器所有者に目をつけられて狙われてるんです。
その対象を安全な場所まで逃げるのを手伝ってね。
という依頼です」
「ふーん。で護衛の対象はどんな奴だ?」
「少女ですよ。小学校一年生の女の子ですね」
「小学生を腹パンするのか……」
「守るべき対象っていってるでしょう!?」
「敵は?」
「謎です。狙ってる人達はどんな奴らか情報はありません。
この件は結構有名なので、他の派閥や『世界宗教同盟』からも来る可能性はあります」
「は!?『世界宗教同盟』は味方じゃねえのかよ!?」
「私達『世界宗教同盟』は平等な経済活動を応援するものです。
なので手駒を使って競い合う事もあります」
「他の参加者は?」
「ああ、それはですね……」
「私だよ!」
腹パン女子中学生中野沢こころだった。
「えっ……!?」
「こころさんおはようございます!」
「おいおいなんでお前がこんなところにいるんだよ」
「由緒ある私の『神社』がこんなところってどういう事なんですか……?」
「私がここに来たのは、お金のためだよ!」
「なんで300万円なんて大金がガキに必要なんだよ」
「生活費だよ!」
「お前もしかして……家出少女ってやつか?」
「そうだよ!」
「JC5Kホ別」
「すみませんが、神聖なる『神社』で謎めいた交渉はやめてください」
「しかも安すぎるよ!」
「やっぱり今時の女子中学生は意味が解るんだな……。
まあ、お金が必要なのはわかった。
だからってお前の居場所を奪った連歌の所に来るなんてプライドってもんがねえのか?
「実行者はあなたですよ!?」
「お家に帰って子供らしく過ごしとけよ」
「私だって何も解らない訳じゃない!いずれはこうなるとは解ってたよ。
だから……いいんだよ。別に。
『みんな』が帰って来た時、取り戻してやるから!」
「ふーん。いいのか連歌?このメスガキはこんなこと言ってるぞ」
「何言ってるんですか?
こころさんがいつの日か誰かと手を組んで、あの廃墟の土地を奪い取ったとして……。
それで、私に何か損がありますか?
その時はまた仕事になって、お金がもらえるじゃないですか」
「!?」
「やっぱり大人って汚いよ!」
「他の2人の参加者は車に乗ってますよ。
本殿出て、正門の前の道路に駐車してある黒いお車です!
さっさと仕事を完遂してきてください!」
鏡坂とこころの二人は神社から出て黒い車の後部座席に乗り込んだ。
「おっす!俺は四人目の参加者、鏡坂だ!」
「わ、私はこころと言います」
運転席にはしっかりとした服装の20代後半の男が座っていた。
眼鏡をかけており、しっかりとした風貌をしている。
私服だがエリートなサラリーマン風の男だ。
助手席には
運転席の男が後ろを振り返って言う。
「そうか。俺は蓑原と言う。今回はチームだから、最初に機能も伝えておこう。
俺は『熱』を持つ機能を持ち、形態は両腕装甲と身体能力向上だ。
装甲はとんがった刃物をイメージしてくれ。
向上した身体能力で、両腕の刃に熱を持たせて焼き切るのが基本戦術だ」
「ほう……わかりやすいな。俺の機能は『振動』だ。形態はなし。
ただ起動条件が……触れなくても見えてればできる。地面を揺らして転ばしたりする。
廃墟ぐらいなら揺らして壊せる」
「遠距離も可能なのか。なるほどな」
蓑原が頷いた。続いて、助手席の男が後ろを振り返って言う。
「僕の名前は蒼月さ。機能は『粉』。
形態は全身半装甲。完全に全身を覆ってる訳じゃないんだよね。
触れたものを『粉末』にすることができるので、
まあ、直接、長い時間触る事ができれば大体それで終わりなんだ」
「へえ~。かなり強力だな!」
こころは蒼月の顔を見て驚いた。
その男の顔があまりにも美少年だったから。
年頃は高校生ぐらい。中性的な顔だちをしてサラサラの髪で、服もおしゃれだった。
「イケメンだよ!鏡坂さん!この男の子、イケメンだよ!!」
「なんで俺に報告するんだ……?」
「ふふふ。面白い女の子だね。よろしくね」
「よ、よろしくお願いします///」
「完全にメス顔してるな。中学生のくせにませやがってクソが……」
「私の名前は中野沢こころ!機能は『剥がす』のと『透明の壁』だよ!」
「ん?二つって事は、君は……」
「中野沢さんは、神器を二つ持っているって事?」
「そうだよ!」
「凄いな。まだ子供なのに複数神器もちとは」
「内宮さん以外で初めて見た」
「えへへ!」
「どうやって戦うのかな?」
「はい!説明を続けますね!
『剥がす』方の形態は『人形』で、自分で動かしてる。
『透明の壁』の形態は右手装甲で、そこから起動する。
人形で攻撃して、自分の身を守るのが基本戦術だよ!」
「中野沢さんの機能、一人で攻守完結してるね。すごいなぁ」
「私の事は名前で呼んでいただいて結構です!」
「こころさん?」
「呼び捨てでお願いします!」
「そっか。じゃあ、よろしくねこころ」
「わーい!」
「いちゃついてねえで真面目にやれよ!!
ま、いいわ。さっさと出発しようぜ。護衛対象は?」
「護衛対象は今、とある山小屋に潜んでいる。そこから港の船まで運ぶのが仕事だ。
この依頼は、かなり厳しいぞ。山のふもとは包囲されていて、そこを通る車は監視されてるからな」
車で目的の山へと移動する。
4時間分ほど走ったところ、目的の山のふもとに到着した。
「すっげークソ田舎だな。こんなところに護衛対象が?」
「そうなるね」
「ここはかつて『楽園』が存在した山だ」
「なんだよ楽園って?店の名前か?」
鏡坂の発言に他の三人は驚いた。
「鏡坂さん『楽園』を知らないんですか!?あ、もしかして最近『神器』を所有したんですか?」
「そうだよ。だから昔話の類はまったくわからんな」
「『楽園』ってのは柱野さんっていう一人の男性が、神器で作った地域の事さ。
とんでもない機能を持った神器でね。自分の想像した通りの生命体を創造する機能を持っていた」
「……なんだそりゃ!?無敵じゃねえか!?」
「そうだ。柱野は実際に個人でありながら完結した理論上無敵だった。
手を出せる者は誰もいないほどだった。あの時までは……」
「あの時?」
「かつての柱野さんは影響力が極めて強く、ここら周囲一帯を支配してたんだ。
『教会』所属の人でね。本当にあの神器の機能は凄かったな。
戦いになるとほんと無茶苦茶な性能の生物を創造していた。
見えない高速スズメバチを何万匹と作ったりとかさ。もう馬鹿みたいだよね?」
「クソみてーな神器だな。クソ神器だわ」
「噂によると死者蘇生すらできたらしいな。
ただ柱野にとっては退屈な日常だったようだ。
全盛期のまま引退して、この山にこもった」
「そして、『あの男』に殺されたんだよ……」
「マジか……『あの男』って相当ヤバイ奴なんだな」
「ただ一つ、『あの男』の弱点を言うと……」
「おお!?なんだそれ!?」
「あいつの仕事はわりと『雑』なんだよな」
「なんだそりゃ」
鏡坂は上半身だけずっこけた。
蓑原は運転しながら、眼鏡の位置を直す。
「『あの男』は『楽園』で柱野が創造した生き物を皆殺しにしたんだが、
色々漏れてた。その一つが今回の依頼に大きく関係している。
護衛対象がその『楽園』の生物を1つ持っている。だから狙われているんだ」
「その生物ってどんな生き物なんですか!?」
「どんな生き物なんだろうね?それは内宮さんに聞いても答えてくれなかったよ」
「きっと、とんでもねー金になるようなもんなんだろうな!!」
「柱野は完全完璧な楽園を目指して生命を創造していた。
そのうちの、ほんの小さな生物でも――――世界にとっては貴重なものだろう。
ん。車で行けるのはここまでのようだな。目的の山小屋まで警戒しながら行くぞ」
四人は警戒しながら山小屋に向かって歩いた。
「しかし、今回の依頼だが……狙ってくるのが『地下室』のメンバーだったらどうすんだ?
あいつらとかかわるとヤバイんだろ?」
蓑原が答える。
「別に『あの男』の依頼を失敗させたって目はつけられないぞ」
「内宮さんが過剰に恐れてるんだ。戦争の時の関係者だったからね。
終わった後に『あの男』からプレゼントを貰ったのさ」
「蒼月さん!その、プレゼントってどんなの?」
「はは……まあ、その。ね……」
蒼月は口を濁した。
「――――普通に依頼をこなす中で『地下室』の人間と戦ったって大丈夫だ。それは普通の事だからな。
『あの男』に目をつけられるのは、もっと変な事をする時だ。
あいつを『笑わせる』ような事をするのが危険なんだ」
20分ほど道なき道を歩くと、目的の山小屋に到着した。
少女がおもちゃで遊んでいた。
「おにいさんたち、だれ?」
「私達は護衛だよ!あなたを守りに来たの!お名前はなんていうの?」
「ゆの。こいでゆのっていうの」
「お前ひとりなのか?」
「ううん。おそとにいるよ。みえないけど」
「姿を消す神器か……」
「誰だそいつは?」
「『神社』のスタッフだよ。仕事は主に一般人の暗殺だけどね。
特権の行使の時に働くらしい」
「そういやお前、『楽園』の生物を持ってるんだろ。どこにある?どんなのだ?」
「ひみつ」
「見せろや……」
「いや、それをすると依頼失敗だ。」
「は?」
「『楽園』の生物は彼女の中にある。俺達じゃ解体しなきゃ見れない」
「ん!?どういうことだよ?」
「神器によって埋め込んだんだ。重要な臓器とくっついてる。
融合の神器だな。無理やりに取り出したら彼女は死ぬぞ」
「じゃあ、護衛してもしなくても、どっちにしろゆのは死ぬって事かよ!」
「ん?なんだその反応は」
「もしかして、鏡坂さん……怒ってる?」
ガラになく腹を立てる鏡坂に対し、蓑原が説明した。
「いや違う。彼女を殺しても生物は壊れる。できるのは見る事だけだ。
壊れ物だから、『神社』スタッフの神器によってしか取り出せないという訳だ。よくできてるだろ?
まあ人間を動く金庫として使ってるという事だな」
「なるほど。……そういう事か」
「そういう事さ。護衛成功したら、彼女を傷つけずにスタッフの神器で取り出せる。
失敗したら……どうなるかわからないけど、普通ではない方法で取り出される。
だから護衛する意味はあるのさ。報酬以外にもね?」
「よかった!」
「しかし、なんでこんな子供に運ばせようとするんだ?」
「わからん。わからんが……子供しか接続できない神器もあるからな」
「そんなのあるのかよ!?」
「おにいさんたち、おそいよ~。はやくいこうよっ!」
「そうだね。早く山から出て仕事を完遂させよう。港まではこれから3時間かかる。
夜の8時頃に到着さ」
「かなり長いね!」
5人は山を下るため歩く。
……10分ほど歩いたところだろうか。
木と木の間に、謎の黒い物体を見つけた。
それは真っ黒な色をしていて、ぷるぷるとゼリー状の物体のようだった。
「なんだこれ?」
鏡坂は首をかしげながら、謎の黒い物体に近づく。
「近付かない方がいいですよ!」
こころが鏡坂の裾を握り、引き戻した。
「これは明らかに神器によって作られたものさ。迂闊に近づくと危ないよ。
しかし、なんで唐突にこんなものが置いてあるんだ……?」
蒼月は警戒し、周囲を見回した。不審なものは見つからない。
「まごまごしてても仕方ない。
ちょっと攻撃してみるか。こういう時は鏡坂に頼みたいな。
安全に遠距離攻撃ができるだろ?」
「おう!わかったぜ」
鏡坂は手をかざし、振動の機能を使う。
しかし黒いゼリーが震る様子はない。
「まったく手ごたえがねえな」
「どういうこと?触れるような実態がないってこと」
「攻撃ではないのか?という事は……注意を反らすための罠か?」
突然、蓑原の暗闇に包まれた。
「ハッ!?」
蓑原の視界は真っ暗で、何も見えない。
瞬時に神器を起動するが……。
「うあああああああああああああああああああああああああああああ!!」
他の四人の視点からでは、
蓑原は巨大な黒いゼリーに包まれて姿が見えなくなっていた。
上の、木から降って来たのだ。
「バカなッ!上を見たけど不審なものはなかった!」
「ひぃ!こわいよー!」
「蓑原さん!?大丈夫ですか!?何が起きてるの!?」
「どういう事だよこりゃあ……!」
「ぐあああああああああああああああああああああああああああああ!!」
蓑原に話しかけても、反って来るのは痛ましい絶叫のみ。
『ブチィ!ブチチィ!!』
黒いゼリーの中から、引きちぎるような音が聞こえた。
黒いゼリーがぷるぷると震えて、『何か』を投げつけて来た。
『ドサッ!ドササッ!』
それは蓑原の死体だった。
上半身と下半身が大きな力で引きちぎられており、
内臓が飛び散っている。
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