第11話 VS黒いゼリー決着 +瓶詰の蓑原
こころが自らの死を受け入れたその瞬間に、
蒼月はしっかりと動いていた。
「おっと。危ないよ?二人とも」
蒼月は黒いゼリーがこころの体をまさに挟み込んで両断しようとするその瞬間に、
こころとゆのを抱えて駆け抜けた。
生身の人間では出せない速度だ。
黒いゼリーは攻撃が不発に終わり、べちょんと地面に落ちた。
蒼月は蓑原が殺されたショックが解け、すでに冷静さを取り戻していた。
黒いゼリーがこころに対し、攻撃するさまをゆっくり観察していたのだ。
「あれ?私生きてる!?
完全に死ぬかと思った……助けてくれてありがとう蒼月さん!」
こころは蒼月に強くしがみつく。
「怪我はないかい?」
「はい!」
「……黒いゼリーの中はどうだった?」
蒼月は黒いゼリーについて考えていた。
蓑原がやられた時、ゼリーに包まれてから神器を起動するまで僅かに時間があった。
だから、こころが襲われてもその数瞬は待ち、
こころから情報を得ようとしていた。
「ひんやりしてました。真っ暗で何も見えない。
そして完全に暗闇に包まれた後、腹部に硬い金属みたいなものに触れました。
あれできっと蓑原さんを真っ二つにしたんだと思いますよ!」
「なるほどね……」
黒いゼリーが蒼月の方へ飛び込んでくる。
しかし、神器形態が全身半装甲の蒼月は人間を超えたスピードで動き、
黒いゼリーの突進を避けた。
「あの木から落ちてきた方の黒いゼリーには中身があるんだろう。
――今度は手ごたえありだぞ?」
鏡坂が推理に加わる。
『振動』の神器を起動させ、黒いゼリーをぷるぷる震わせている。
「恐らく、あれは『影』なんじゃねえの?暗い部分を集めて、ゼリー状態にする『神器』。
暗いってだけだからこころの壁も突破できるって事だ。
しかし、中身は突破できないから壁を壊した」
「なるほど。確かにそうかも。
あの時、僕は周囲を警戒して上を見ても、何も不審なものはなかった……。
という事は、不審なものに見えない姿になってたって事だね」
「それが木の影だったんだろうよ」
蒼月は2つの黒いゼリーを観察し、推理を始めている。
「もう一個の方の黒いゼリーはいまだに動きがない。これは中身が入っていないって事かな?」
「そういう事だぜ。くだらねー話だよな?
あいつはただ単に暗闇の中に隠れているだけだ。
だが、最初に中身なしの影を見せられたから、
神秘的な存在に見えた……」
「でも、『人形』が黒いゼリーを攻撃してたけよね?」
「まあ中身は必死こいて避けてたんだろうな。
いずれにせよ俺の『振動』で中身を震えさせてる間は大丈夫だろ」
黒いゼリーが震えながら、その体のゼリーを鏡坂の目を狙って飛ばしてきた。
鏡坂はそれを避けられず、まともに食らうが、黒いゼリーに触れた感覚はない。
しかし、鏡坂の視覚は黒いゼリーに覆われ見えなくなった。
「うぐっ!や、やべえっ!」
鏡坂は目についた黒いゼリーを取ろうとするが、触れる事が出来ない。
「これだけ時間を稼げれば十分だよ!鏡坂さん」
こころの『人形』が黒いゼリーの中身を掴む。
中身は、黒いゼリーを構成する端っこにいた。
そのため黒いゼリーの中心めがけて攻撃しても空振るだけ。
そして、そのまま中身を引きずり出す。
「う、ぐ……」
ほっそりとした小柄な男が、うめき声を発しながら出てきた。
両手に大きな装甲が張り付いており、その手には蓑原の返り血で真っ赤に染まっている。
「クソッ!何も見えねえ!」
鏡坂は必死に目の前の黒いゼリーを取ろうとしている。
蒼月はそんな鏡坂の体を押してあげた。
すると鏡坂の視界が戻った。
「おおっ?」
黒いゼリーは、鏡坂の目があった位置にぷかぷかと浮いている。
「触れられないって事は、付着してないって事でもある。
空間に固定されているんだ。中身の神器所有者はそれを動かすことができるようだね」
「ネタがばれちまえば弱いタイプだな」
「機能はバレたけど、形態は力がある。
その両手に挟み込めれば、神器を起動した蓑原さんを真っ二つにして、
こころの壁を壊すほどの力があるからね。
まあ、いずれにせよ……」
蒼月は『人形』に拘束されている小柄な男の方へ近づいていく。
「『始末』してしまえる今がチャンスって事だね」
「う……!」
小柄な男は『人形』に両手を当てて、『人形』を破壊しようとする。
小柄な男の神器の形態は、万力のような形をしており、
徐々に力を強めていって対象を破壊するというタイプの様だ。
しかし力を入れれば入れるほどに装甲がべろんべろんと次々に剥がれていく。
「オオォラァ!!」
草陰の中のゼリー状の暗闇の中に男が一人潜んでおり、
その男が飛び出してこころに攻撃する。
『ガキィィン!』
「ひぃっ!うわあああああん!」
ゆのが男を見て泣き出す。
しかし、こころは『壁』を張っていたので、そのダメージを受けない。
「くっ!なんつー硬い壁だッ!」
男は大柄で、180センチ以上はある。
また、全身装甲の形態をしていた。殴った時に神器の機能を使った形跡はない。
大柄な男の奇襲と同時に、蒼月も奇襲を受ける。
地中から足を掴まれ、下から一気に半装甲の隙間を『槍』で突き刺す。
しかし、その奇襲を蒼月は警戒しており、体をねじって避けた。
同時に掴まれた足も引きはがす。掴んでいた手の薄皮部分が粉状になって滑った。
「クソッ!?これを避けれるのか!?」
「そう、何度も奇襲は受けないよ。
この人数相手に、一人でかかってくるとは誰も思っていないさ」
地面に潜っていた男が地面から這い上がる。
機能を『槍』の形態を持たせる神器であり、体に装甲はない。
「チッ!お前ら……めんどくせえ奴らだなああああぁぁぁぁぁ~~~~~!!」
「さっさと渡せ!そこの幼女を!」
全身装甲の男と『槍』の男が怒気を含んだ声で吠えている。
その声からは焦りを感じる。
「大きな態度だね。こっちは一人拘束しているんだよ?」
「……うっ!」
小柄な男が絶望の悲鳴を小さく上げた。
「そんなの関係ねーよ!」
大柄な男が答えた。
「僕が何を言っているのか理解してない?
『逃げたらいいよ』と言ったんだよ。この男を始末したら君達は数的不利だよ?」
蒼月は『人形』が拘束している小柄な男のこめかみを指で押す。
「ほら、どんどん粉みじんになっていくね」
小柄な男の頭部から粉が出てくる。それは彼の肉であり骨であり……やがては脳みそも粉になる。
小柄な男は必死に抵抗しようとするが、人形に押さえつけられる。
ゼリー状態の『暗闇』を蒼月やこころに吹きかけたが、すでにネタはばれている。
首を傾けて暗闇を避けた。
「鏡坂さんもこっちに来て、後ろに下がった方がいいよ。
奇襲は強い相手から倒すのがセオリーだけど、
集団戦は弱い相手から倒すのがセオリーだから」
「そうだな!遠くから見守ってるわ!」
その言葉を聞いて、二人の神器所有者は装甲の無い鏡坂に襲い掛かる。
そして同時に――――鏡坂も自分が囮になっている事を自覚していた。
「うおっ!やべえ!逆に狙われてるじゃねえか蒼月よぉ!?ふざけんなよッ!!」
わざとらしい台詞を吐きながら、わざとらしく逃げ出す。
「……ん?」
その素人演技に、全身装甲の男と『槍』の男が気が付いた時。
――――その時には二人ともすでに鏡坂の近くにいて、
『振動』の機能により木の根に足を引っかけさせられ、敵二名は転倒した。
「決着がついたようだね」
二人の敵が立ち上がった頃には、小柄な男は脳を『粉末状』にされ絶命していた。
状況を整理すると、
こころと蒼月は二人がかりで一人を殺した。
対して、
全身装甲の男と『槍』の男は二人でかかって一人を殺すのに失敗した。
少人数での神器所有者の戦いの決着というのは、
ほとんどの場合……『これだけ』の事である。
たった1回の、これっぽっちのミスによって人数の優劣が確定し、
戦いが実質的に決着してしまうのである。
小柄な男が死亡したため、『神器』の作りだした生体構造は動力源を失う。
そのため、周囲に浮かんでいた、ゼリー状の『暗闇』も飛散していく。
「クソッ!てめえら皆殺しにしてやるからなッ!!」
全身装甲の男が吠えて、『槍』の男が構える。
二人とも蒼月に向かって走り出す。
攻撃力の高い蒼月を潰せば、まだ逆転の目はあると考えた様だ。
「俺がフリーになってるぞ~」
鏡坂がわざと声を出すが、一瞥もくれない。
全身装甲の男に対してはこころの『人形』が片足タックルを仕掛けた。
「クソッ!邪魔くせえ!」
『人形』の片足タックルを受けても全身装甲の男は倒れなかった。
男の全身装甲の内、一部が剥がれていくが、お構いなしに人形の背中を殴りつけていく。
どんどん人形は破壊されていく。
「まだやる気なんだね!?見通し甘いと思うよ!もう、逃げた方がいいよ?」
「うるせえぞッ!!」
男は破壊した人形の破片を手にして、こころに投げつける。
しかし、こころが展開している透明な『壁』が破片を弾く。
「クソがああああああああああああああああああ!!」
『槍』の男が蒼月の目の前に立つ。
「お前を先に始末するぞッ!」
「いいとも。かかって来て。一対一で決着をつけよう」
『槍』の男は『蜃気楼』を作りだしていく。
これも暗闇の神器と同じく視覚攪乱のタイプだ。
蒼月は思った。
これが一対一ならば、相当な死闘になるはずだと。
槍と言う長いリーチを持つ武器との組み合わせと相性がいい。
そもそも槍の形態の神器と言う時点で強いが、
その上実際の槍の動きと違う。
肉体が露出しているが槍で距離を取っている事に加えて、
蜃気楼
自分の半形態のパワーやスピードだけでは勝つことはできない。
自分の『神器』の機能。
『粉』にする機能を使ってなんとか出し抜く事でしか勝利はできないだろう。
――――仮に一対一ならば。
「鏡坂さん。フォロー頼みますよ」
「ぬっ!?」
槍の男は後方にいるちらりと見た。
「わかってるよ。わざわざ一対一とか言ってるもんな」
鏡坂は男の持っている『槍』を震えさせた。
「うおおっ!?おおっ?」
突如、ぶるぶると激しく震えだす槍。どうやら穂先を揺らされている様だ。
こういった長物は穂先に強い衝撃を与えると、反動で持ち手に大きな力がかかる。
しかも鏡坂の『振動』は起動している限り持続する。
「ぬうぅっ!!」
男はついには『槍』を落としてしまった。
蒼月は蹴り飛ばし、『槍』の男自身へと距離を詰める。
「終わりだね」
「ま、待てッ!!」
蒼月は男の静止の言葉に聞く耳を持たなかった。
『槍』の男の首を掴み、頸動脈を『粉状』にして『始末』した。
そのタイミングで、全身装甲の男はようやく人形を破壊し終わった。
『槍』の男がすでに敗北しているのに気が付き、顔を歪める。
「クソッ!もう少し持ってくれればッ!!ぐおおおおおおおおおおおおお!!」
全身装甲の男は激怒しながら、
蒼月に向かって襲い掛かる。
これは必然の行動だ。
『人形』のいない間に蒼月を打ち負かさなくてはならない。
鏡坂の『振動』を受けるだろうが、その状態で倒すしか道はないのだ。
その『振動』の影響を軽減する策は考えてある。
仮に鏡坂へ向かえば、後ろから蒼月の攻撃を受けるだろう。
この時点で全身装甲の男の勝利とは蒼月を殺し、鏡坂を始末する。
しかし、こころ相手にはどうやっても勝てないので逃げる。
これがこの状況に置かれた全身装甲の男が得る事の出来る最大の勝利である。目標であった。
鏡坂が『振動』を起動し、全身装甲の男を震えさせる。
全身装甲の男は同時のタイミングでジャンプし、
こうすれば少なくとも転倒しない。
体当たりで蒼月にぶつかり、一撃で決着をつけるつもりだ。
そして、蒼月はそれを読んでいた。だから腰を落とし、地面すれすれに伏せる。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
体当たりが外れた全身装甲の男は木を何本もなぎ倒しながら、ついには地に足をつけてしまう。
そして転倒する。視界も上下にシェイクされ、何が何やらわからない。
しかし蒼月が近づいてくる事は僅かに見えていた。
「クソがああああああああああああ!こんな場所、こんな奴らに俺がッ!!」
全身装甲の男は吠える。もはや自分の敗北を察したようだ。
「何が悪かったのか。その時間を考えている暇はないよ」
蒼月が全身装甲の男を殴る。殴り続ける。
装甲は粉末になって飛び散り、やがては中身の男も粉みじんになって死亡した。
戦いは完全に決着がついたようだ。
「ゆのちゃん怖かった?ごめんね!」
「うええええ……こわかったよぉ……ちゃんとまもってぇ」
こころの足にゆのがしがみつく。
「さて、『神器』を回収しようか」
「こいつらを解体するのか?そんな時間あるのかよ?」
「いや、簡単だよ。僕の『神器』の機能を使うのさ」
蒼月は全身装甲の男に触れ、体を粉末状にしていく。
しばらく経過し、全てサラサラの粉末になった後、粉を払うと『神器』が出てきた。
「ほう……確かに便利だな」
蒼月は他の二人の男の死体も粉末にして『神器』を回収した。
「しかし結局最後まで戦ってしまったね!」
「そうだね。逃げるよう勧告はしたんだけどね。
まあ、自ら死にたいのであれば仕方ないさ」
「数的不利でも勝てると思ってたのかな?」
「数的不利なら一旦逃走がセオリーだけどね。
で、後で再び奇襲をかけて1人落とす。
あるいは、そのまま逃走すると……」
「ふっ」
鏡坂がこころと蒼月の会話を鼻で笑う。
「なんですか鏡坂さん!こっちはベテランの話をしてるんですよ!」
「何言ってやがる。たかが女子中学生じゃねえか。
上っ面の会話しやがって。今更嘘つくなよ」
「何が嘘だって言うのかな?」
蒼月は鏡坂に問いかけた。だが、表情は微笑んでいた。
「お前ら逃がす気なかったろ?どうせ逃走したらしたで追撃するんだろ?
俺の神器の振動で、転ばせて、後ろから簡単に攻撃して殺すつもりだっただろ!
だからこそ逃走するよう促した。ただ楽して勝つための戦術にすぎねえ!
そんな事は雰囲気でわかるんだよ。わかってんだよ。
それは相手もわかってたって事だ。
上っ面の会話して、まるで逃げれば殺さないような事をよく言えるな。
子供のくせして、ほんと外道だなお前ら!はははははは!笑えるぜ!」
鏡坂は本当に心の底から笑っていた。喜んでいた。
ここまでぶっ飛んでる高校生と中学生は初めて見たからだ。
社会から外れた自分の仲間のような気がした。
「そんな情けも容赦もない事しませんよ。今までも自分は何度も敵を逃がした事はありましたよ。
――――復讐戦でなければね」
蒼月の表情が曇る。
二人は、蒼月の痛い心境を察した。
「蓑原さん……。
まさか、出撃回数20回のあなたが最初にやられるとは……」
蓑原の死体を見る蒼月の目には涙があった。
蒼月にとって蓑原は師匠であり、戦友だった。
こみ上げるものがある。
「みんな。少し先に行っておいてくれないか?」
「……マジか?この状況で一人になるのは危険だぞ」
「いいんだ。仮に襲われたら逃げるよ」
「うん。気持ちはわかるよ。蒼月さんと蓑原さんは……『仲間』だったんだね」
蒼月は蓑原の死体を全身粉状にして、一部をビンに詰めた。
一部は自分の口に入れ、腹いっぱいになるまで食べた。そして食べきれないものは地面に埋めた。
これら一連の行動は言うまでもなく奇行であり、
反社会的なものだった。しかし、これは蒼月なりの弔いだった。
そして残った蓑原の神器は、自分と接続させた。
鋭い痛みが走るが、すぐに収まった。接続は成功した。
「蓑原さん。これからも僕はあなたと一緒に仕事をしますよ」
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