14.敬慕
「というか僕たちは授業が終わってすぐここに来たのに、なぜ皆さんこんなに待ち構えて・・・?」
ほとんどもみくちゃにされながらミクローシュはふと疑問を抱いた。
「それはあれだよ、教官方もわかってるから」
「たぶん高等部一年以外はどこも四限が定刻より早く終わったはず」
上級生たちの答えにミクローシュは軽く呆れた。この学園の教官たちはなかなかノリが良いようだ。確かにアンジャル学園長からしてあの調子ではあるが。
「毎年四月に新入生が来たときにやる恒例行事みたいなものだね。今日は編入ということで特別に」
「教官方はだいたい卒業生だからさ」
なるほど、ただミクローシュが男だから異例の反応をしたというわけでもないらしい。ミクローシュが納得していると、群衆の後方から
「アタシを忘れてもらっちゃ困るよ」
と少ししゃがれた逞しい声が響いた。
「あ、ギゼラ姉さん」
「ギゼラ姉さんだ」
生徒たちが口々に言って、たちまち二手に分かれて通り道を作る。そこから大きな皿を抱えて現れたのは恰幅の良い白髪交じりの濃い茶髪の女性だった。年のほどは若くて五十というところ。どう見ても「姉さん」という年齢ではない。
「アタシはサカーチ・ギゼラ、ここの料理人だよ。気軽に『ギゼラ姉さん』と呼んでくれればいい」
そう名のって女性は大皿を手近の机にドンと置いた。大皿の上には大きな肉塊が香ばしい匂いを立てている。
「鴨の丸焼きだよ。これはアタシからのプレゼント。ま、そういう伝統なんでね。いつから続いているのかは知らんが、少なくともアタシはここの料理人になってから五十二年間、毎年やってるよ」
五十二年?ミクローシュは驚いた。なるほどそれで五十代に見えるのだから若々しいものである。確かにその若々しさに敬意を表して「ギゼラ姉さん」と呼ぶべきかも知れない。
「これ、全部ですか?」
もっとも女性に迂闊に年齢の話をするものではないから、ミクローシュはあくまで料理について言うことにした。
「ああ、もちろんだよ」
ギゼラが誇らしそうに即答する。
「ありがとうございます!とても美味しそうですね。ちょうどお腹も空いていたところですし」
「はっはっは、時間なら気にせず食べてくれ。教官諸君も了解してる」
ミクローシュが感謝を述べるとギゼラは顔をしわくちゃにして笑った。時計を見てみればいつのまにか昼食休憩は残り半分、すなわち三十分ほどになっていた。確かに三十分で鴨一羽を食べきるとなったら大変そうだ。
「じゃ、そういうことで、アタシは戻るよ」
そう言って料理人は厨房へと引き返していく。その途中で上級生たちになぜか「お疲れさん」と声を掛けた。
「いえいえ」
一人の上級生が手をヒラヒラと振ってみせる。
「アンタたち、間違っても横取りするんじゃないよ」
ギゼラが冗談めかした感じに言って、鴨の丸焼きの方をあごでしゃくる。
「ギゼラ姉さんったらいやだなあ。しませんよ」
「どうだか」
そんなふうに笑いあう様子を見て、ミクローシュはこの料理人が「ギゼラ姉さん」と呼ぶにまことにふさわしいことをつくづく理解したのだった。
聖剣と静かなる水 淡 深波 @Awashi_Minami
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