第37話 希望の顕現

 フィトはオストコリナの随伴者アレシオたちに囲まれ、なぶり殺しにされようとしていた。


 一人の剣をかろうじて剣で受け止め、激しい打撃音が響く。

「くっ……!」

 相手はそのまま力でフィトの動きを封じてくる。いけない、と思った時には別の剣が足へ迫った。無理に後ろへ飛びすさる。だがそのせいで抑えられなくなった剣が一気にフィトの左肩を裂いた。バッと鮮血が散る。

 フィトは激痛に剣を取り落としかけ、かろうじて片手で構え直す。そんな彼を、三人の随伴者はゆっくりと再び取り囲んだ。


 オストコリナの随伴者たちは慎重だった。本来なら人間など歯牙にもかけぬはずの、聖化ドシウを受けた先駆けの子カイルドをやはり警戒している。それが逆に、なぶり殺しの体を生じさせていた。


「はっ……はっ……」

 フィトの息は完全に上がっていた。逆にオストコリナの者たちは空を仰ぐ余裕すら見せていた。

「おい、そろそろ日が暮れる」

「そうだな、暗くなると面倒だ」

 二振りの剣と一枚の呪札が掲げられた。フィトは一瞬呼吸を止め、思わず前方、聖樹カルフがあるはずの方角を見た。


 もう少し、もう少しなのに。

 どうしようもない絶望を感じながら、彼は力の入らない右手で懸命に剣を構える。オストの男たちが一斉に動いた。

 その時。


「フィト――っ!」

 後ろから高い声が聞こえた。

 男たちも、フィトも、振り返った。


 赤い短い髪。長身の鍛えられた身体。剣を握る手は強く、でもとてもやさしい。フィトが知っている、とてもよく知っている、娘が走ってくる。

 フィトは目を見開いた。とっさに信じられなかった。でも彼女は彼へ向かって、走ってくる。

 次第に彼の胸が大きく膨らむ。そして、

「ロイファ!!」

 フィトは全身で彼の采女ウージナを呼んだ。


 ザントスが走ってきた勢いのままオストの呪士に斬りかかる。意表を突かれていた呪士のマントが大きく裂けた。

 対してロイファは、フィトの後ろにぴったりとついた。背と背が合う。

「しっかりしろフィト!」

 強い声、強い剣士、強い味方。


「ロイファ、ロイファ」

 フィトは小さな子供のように彼女を呼んだ。体の奥底から沸き上がる、熱い感情を止められない。

「あたしが来たから、もう大丈夫だ」

 彼女は彼に背を向けたまま言った。

「あたしは、お前を助ける」

 凜と響く声だった。

「お前が望みを叶えるのを、助ける」


 風を感じた。温かくて、爽やかで、心地よい風。彼の采女から吹いてくる。フィトは全身でそれを浴びる。

「ロイファ……!」

 白い光が目に入る。彼の体が輝きだしていた。無数の傷の痛みが、嘘のように消えていく。


 フィトは足を踏み出した。軽い。羽が生えたかのように、いや。

 バサリと彼の背中で鳴る音。

「な……っ!」

「しまった……!」

 白く輝く翼を打ち振って、フィトは飛んだ。


 一瞬でオストの剣士の一人に近づき、剣を天辺から振り下ろす。相手は剣で受け止めたが、その剣が折れた。

「げっ……!」

 そのまま頭が縦二つに斬られ、男はドウッと倒れた。

 フィトは振り返る。そこにあるのはロイファとザントスの姿だけ。すでにオストコリナの随伴者たちは、一人も立っていなかった。


「すげえな、その翼!」

 金茶の髪の少年、フィトの随伴者が目を輝かせて言った。ロイファ、彼の采女もまぶしそうに目を細めている。

「とても綺麗だよ」

 フィトは胸が一杯になるのを感じた。嬉しさ、誇り、そして実感を伴った愛。

 その気持ちが突き動かすままに、彼は一点を指さした。その先にあるのは聖樹。

「一緒に、来てくれるよね?」

 二人は大きくうなずいてくれた。

「もちろんだ、フィト!」

「よっしゃ! 行こうぜ!」


 先駆けの子と采女、随伴者は駆け出した。聖樹へ、聖女マトゥナのもとへ。

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