第27話 鳴り出す不協和音

「本当に彼女は綺麗だった! あんなに綺麗な子だったなんて!」

 フィトが夢中でしゃべっている。

 一行は朝が来ると同時に聖殿を出て、再び旅路をたどっていた。さらに大きな岩が目立つようになった道を、子供は危なげもなく歩きながら、ずっとこの調子でしゃべり通しだった。

 だがロイファはうーんと首を傾げた。

「あたしにはその子、ほとんど見えなかったんだけど……」

 彼女の目に見えた像は、ひどく朧気ではっきりしなかった。しかも像は彼女に背を向けていたため、綺麗だったかどうかなんて正直よく分からない。


 そもそもロイファは、「聖女マトゥナ」などという存在をそれまで知らなかった。子供の頃に彼女が聞いたおとぎ話には、出てこなかったような気がする。

「すごく綺麗だったんだよ、ロイファには分からなかったの?」

「うん」

 うなずくしかない。するとフィトは口をとがらせ、さらに熱弁を振るい出す。

「彼女の髪はすごく長くてね、すごく柔らかそうでね、綺麗な薄桃色でね! あんな色、僕は彼女以外知らない!」

「薄桃色の髪なんて、あたしも見たことないなぁ……」

 聞いたこともない。ロイファは首をひねる。それは、人の髪の色としてありうるのだろうか? いや、動物でさえ見たことがない。


「それに彼女の瞳はすごく大きくてね、ぱっちりしていてね、それが僕を見つめてくれたんだ!」

 ロイファは曖昧に相づちを打つ。だが続くフィトの言葉に驚いた。

「瞳の色も、綺麗な薄桃色だったんだよ! 本当に、咲いた花みたいだった」

「薄桃色の目? 赤じゃなくて?」

 彼女はフィトの顔を見直す。彼は真剣な赤い瞳でうなずいた。彼の赤い瞳だってかなり珍しいのに、薄桃色の瞳だって?

「薄桃色だよ、聖女はすべてが薄桃色なんだ」

 ひどい違和感が、ロイファを襲い始めていた。聖女とは、人なのだろうか。生きているモノなのだろうか。


「なあ、その聖女って……本当に聖樹カルフにいるのか?」

 あれはただの虚像だったのではないか。ついそう思って言ったのだが、

「何言ってるの! ロイファ!」

 フィトが叫んだ。激高したような甲高い声。

「彼女はいるに決まってるじゃないか! 聖樹で僕が行くのを待ってる! 僕は彼女のために聖樹へ行くんだ!」

「そ……そんなに怒るなよ」

 子供の反応にうろたえ、なだめようと手を彼の頭の上に差し出したが、強く振り払われた。ぷいっと横を向かれる。


「いやその、それで聖女って、一体何をするんだ?」

 あの少女の話題なら応えてくれるかと思ったのに、子供は怒った顔のまま足を速め、彼女より前に出て背を向けてくる。

「ロイファになんか、教えてあげない」

 そして顎をつんと上げるようにして言い放つ。

「ザントスとキアネスも、教えちゃ駄目だよ!」

 彼女は困り果ててしまった。聖女とは何なのだろう――フィトにとって。ロイファには、理解できなかった。


   ◇


 険しい道を一日進んだ夕刻、ロイファたち一行の前にあつらえたような石造りの小屋が現れた。聖泉リーナにあったそれによく似た、同じ存在が作ったことを感じさせる物。

「もっと先に進みたい」

 駄々をこねるフィトをザントスがなだめ、そこで夜を過ごすことに決まった。


 キアネスが一面石と岩ばかりの周囲を見渡して、

「見張りを立てる必要があるだろう」

 と低い落ち着いた声で言った。

「いらないんじゃないか? こんな場所だし、先駆けの子カイルドの旅路を襲う者はいない」

 弟の返事に、しかし兄は首を横に振る。

「ただし、他国の先駆けの子は別だ。やはり見張りを置くべきだろう」

「なら兄上が最初の見張りをやれよなっ」

「言われるまでもない」

 ロイファは二人の王子の会話もほとんど無視して、子供の膨れ面だけを見ていた。

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