第25話 祭りと決心

 建物の外へ出ると、目の前の広場に大きな篝火かがりびが燃えていた。日はもうすっかり暮れていたが、その場はとても明るく、そして大勢の人々が集まっていた。

先駆けの子カイルド様だ!」

采女ウージナ様!」

 ロイファとフィトを見た人々から歓声が沸き起こる。太鼓の音が大きくなった。笛や鈴の音も混じり出す。


「さあどうぞこちらへ」

 女たちに案内され、用意されていた席に着いた。すぐにテーブルに様々な食べ物が運ばれてくる。

 こんがり焼かれた肉。湯気を上げるパイ。ふかした根菜。瑞々しい果物。ロイファの腹が鳴った。

「おいしい!」

 さっそく頬張ったフィトが声を上げる。彼女も肉に手を伸ばしてみた。信じられないくらい分厚く切られている。口に入れ噛むと、じゅわっと肉汁があふれた。

「うまい……!」

 周りの村人たちも笑顔だった。


 篝火を囲んで踊りが始まっていた。たくさんの人が手をつないで輪になって、あるいは二人が組になって、太鼓に合わせてステップを踏んでいる。それを見ながら、ロイファとフィトは次々と出される豪勢な料理を食べた。

 踊りのステップは素朴なものだった。右、左、右、そして跳ねる。

 フィトと同じくらいに見える少年が、手を取った少女を振り回していた。二人は楽しくて仕方がないように笑っている。晴れ着の装飾が火に照らされてきらきら輝く。


 酒を飲んでもいないのに、ロイファはすっかり酔い始めていた。

「なあフィト、あたしたちも踊らないか」

「うん! 踊りたい!」

 彼女たちは立ち上がり、手を取り合った。

 篝火のそばに進むと、また歓声が起こる。それに包まれながら、二人は向き合った。炎の光で、フィトの頬が上気した赤い色に染まった。


 太鼓に合わせてステップを始める。右、左、右、跳ねる。くるくると回る。その度に、ロイファの着ているスカートがふわっと広がった。

 フィトの足の運びは大きくしっかりしていてそれでいて軽やかで、踊り手としても剣士としても素晴らしかった。

「楽しい……!」

 彼は見惚みほれるような笑顔だった。彼女の手を握る手。彼女の腕を引く腕。彼女の瞳を見つめる瞳。

 ああ、もうすぐこいつは、飛び切りのいい男に育つ。

 それは「母」としての確信だった。


   ◇


 異母弟の手にしているパイから、中身がボトッと落ちた。しかし弟は気づいてもいない。それを見たキアネスは内心で笑った。

 篝火のそばで先駆けの子と采女が踊っていた。ザントスはずっとその姿を見つめていて、完全に口と手が止まっていた。せっかく豪華な料理が前に並んでいるのに。


 先駆けの子と采女の席から少し離れて、随伴者アレシオ二人の席も設けられていた。キアネスは黙々と用意された食事を飲み食いする。

 一人だけ村の女が給仕についていたが、彼女もしきりに先駆けの子と采女の方を見ていた。


 ロイファのスカートがひるがえり、刺繍と飾りが炎に輝く。まぶしい。初めて見る赤毛の娘の女装は、意外なほど似合っていた。

 何よりも彼女の表情が、ひどく女らしかった。とろけているような目元。ふっくらとほころんだ唇。

 ザントスが見とれているのも分からなくはなかった。

「綺麗だ……」

 キアネスの隣で、弟はただ呆然と呟いている。そう、篝火に照らされ踊るロイファは、美しかった。


 しかし彼女の瞳は、手を取り合った先駆けの子だけを見つめていた。

「あの娘はすっかり、先駆けの子に夢中だな」

 キアネスは冷水のような声で言った。とたんにうなだれるザントスに、少しだけ胸がすく。

「余人の入り込む隙などありはしない」

 追い打ちをかけてやる。

「……分かってるさ……」

 ぼそぼそとした聞き取りにくい言葉が返ってきた。


 だが急に、異母弟は顔を上げた。

「だから! 俺は頑張って! フィトを勝利させる!」

 驚いたキアネスの方を向きもせず、ザントスは食い入るように娘を見つめていた。

「そうすれば……俺にだって、きっとチャンスが巡ってくる! そうさ、勝った後ならきっと、ロイファも俺を見てくれる!」

 あんな風に? 後になれば?


 一瞬遅れてザントスの言わんとすることが分かった時、キアネスの全身が、沸騰した。

 デイアコリナの先駆けの子が勝利すれば、それでザントスはあの女を手に入れられると言うのか。待ちさえすれば、それだけであの女を手に入れられると言うのか。

 視界がゆっくりと、暗黒に塗り潰されていった。


 どうして――どうしてこの弟だけが、労せず、全てを手に入れられるのか。過去幾度も繰り返してきた問いが、キアネスの中に湧き起こる。

 旅に出て以来、気づけば遠ざかっていた問い。それが再び、彼の全てを覆い尽くしていく。

 キアネスは目をきつくつぶり、歯を食いしばった。ギリ、と音がしたが彼の耳には聞こえない。全てから意識を閉ざした。

 舞い踊る火の輝きも届かない、真っ暗な闇に、自らどこまでも沈んでいった。


 そのまま、どれくらい経っただろう。

 キアネスはおもむろに目を開いた。周囲の様子は変わっていない。相変わらず篝火は燃え、目の前には豪華な料理が並び、そして采女と先駆けの子が踊っているのを弟が見つめていた。

 ゆっくりと頭を巡らし、彼は采女を見、先駆けの子を見、そして隣に座る異母弟を見た。

 キアネスは裏切りの計画を決めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る