第23話 薬商人の子

 薄暗くなった中、ザントスは木の実や薬草を一杯に詰めた袋を腕に抱え、ロイファたちが待つ小屋へ走った。

「おーいっ! 大収穫だぜ!」

 戸口へ駆け込んだ途端、ロイファの半ば怒鳴る声に出迎えられた。

「遅いよ! 心配かけんな!」

 思わず彼は満面の笑顔になった。

「心配してくれたのか!」

「なんでそこで喜ぶんだ?」

 呆れたような言葉が続いたが、彼は気にせず袋の中身を石の床に広げていく。


「兄上も気がついたんだな、じゃあもう治癒術を?」

「とっくにかけてもらったよ」

「ってことは化膿止めと痛み止めの薬草は、とりあえずいらないっと」

 ザントスは手際よく薬草を仕分けていく。

「お前……王子様のくせしてずいぶん薬草に詳しそうだな?」

「俺は薬商人の子でもあるから」

 彼はさらっと答えた。この娘相手なら、気負う必要を感じなかった。

「……へえ」

 彼女はちょっと驚いたような声を出したが、そこには感心したような響きもあった。

 幼い頃に王城の薬草園で母に教えられた知識が、実際に役に立つ時が来るとは。ザントス自身は思いもしなかったが、母はどうだったのだろう。


「ほら兄上、血を増す薬草と精力を増す薬草。これはこのまま食べても苦みもないし、けっこううまいんだぜ」

 既に泉で洗っておいたのを差し出すと、隅にうずくまっていた兄はびっくりしたように顔を上げた。

「あ……ああ」

「呪士は兄上しかいないし、早く回復してもらわないとっ」

 あれだけ大きな呪術を使って、兄は消耗しているだろう。相変わらずキアネスの表情は読めないものだったが、それも疲れのためだろうとザントスは好意的に解釈した。


「ねえ、これ食べていい?」

 フィトが、床に広げた中から赤い大きな実を取り上げた。

「おー、それはかなり甘くてうまいやつだぞ」

 すると子供は首を傾げてから、ロイファに実を差し出した。

「じゃあさ、半分こしよう?」

 彼女は途端に破顔した。

「よしよし。半分こだ!」

 軟らかい実を彼女が二つに裂く。そして二人で食べ出した、にこにこと笑い合いながら。


「……俺が採ってきたんだぞ」

 うらやましくてつい、ザントスは言った。

「ああ、すまんすまん、うまいよ、ありがとう」

「ザントスも食べる?」

 フィトがかじりかけの実を差し出してくれた。だが、ザントスが食べたいのはむしろロイファの口がかじったほうの実だった。

「いや、せびってるわけじゃなくてだな……」

 さすがに望みを言うわけにもいかず、彼はうなだれて別の実を取った。


「フィトはやさしい子だなぁ」

 ロイファはそう言って、微笑みを浮かべていた。

「……ていうか、こいつ、けっこう性格が変わってきたよな」

「そう言えばそうだな。それにグアラの子はまた違う性格に見えた」

 二度遭遇したグアラコリナの先駆けの子カイルドを、ザントスも思い出す。どこか気弱そうな、采女ウージナの後ろに隠れるようにしていた子供。


「国によって、気質に違いがあるのか?」

 ロイファがキアネスの方へ向かって訊いた。彼はまだ、小屋の片隅にいる。

「さてな……そういう伝承はない。むしろ、どの国にも同じ子供が生まれると聞いている」

「同じ?」

 ロイファもザントスも首を傾げた。

「それにしちゃ、同じには見えなかったぜ」

「ああ。そりゃ姿形は似てたけど」


 口を出すことなく食事に熱中している子供の頭を、ロイファがなでる。

「うん、あたしのフィトが、一番かわいい」

「……何だよその結論は!」

「うるさい、文句は言わせない」

 娘は食事ではなく、子供に夢中になっているようだった。自分を見てくれないことに、ザントスは肩を落とした。


 仕方なく自分も食事を続けようと、さらに実を手に取る。そして娘と子供の仲睦まじい姿を眺めながら、もそもそと口にしていった。

 目の前の二人は、母子と言うにはロイファの年が若すぎる。だが彼女たちの様子は、仲の良い母子にしか見えなかった。


 ふとザントスの脳裏に、ある考えが浮かんだ。

 先駆けの子は采女と同じ戦い方をする、それと同じように、先駆けの子は采女に影響されて変化するのではなかろうか。初め同質だった子供たちが、そうやって違う者になっていくのでは。

 そして先駆けの子の旅には采女だけでなく随伴者アレシオも同行しなければならないと定まっている。だとしたら随伴者もまた先駆けの子に影響を与えているのではないか。いやむしろ。

 ザントスの手と口が止まった。


 どの国にも同質の子供が現れるのであれば、旅の勝敗を決めるのは実は先駆けの子ではなく、采女と随伴者たちではないのか?


 そこまで考えてザントスは頭を振った。あれこれ思案したところで今の旅に役立つものでもないだろうし、馬鹿で向いていない彼の頭が痛くなるだけだ。

 先駆けの子の旅について考察するとか仮説を立てて検証するとかは、国の学者連中か、さもなければ兄のキアネスがやるような仕事だろう。

 ザントスは残りの実を口の中に押し込み噛みしめた。


「次はどれ食べようか、フィト?」

「僕、これがいい!」

 彼の前で二人は和気あいあいと食事をしている。笑みこぼれているロイファに、ザントスは見とれた。

 彼女のことが――先駆けの子との旅ではなく、彼女こそが――目下の彼にとっての一番の関心事で、問題だった。

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