第13話 困窮の村

 先頭を歩くのはキアネス自身が望んだことだった。異母弟の背中を見ながら歩くのは、彼には耐えられなかったからだ。そして彼の背後では異母弟と赤毛の娘がにぎやかに喋っている。

 逃げ出した娘を捕まえる際に真剣で勝負をした――と弟から聞かされた時には呆れすぎて物も言えなかったが、そのせいか二人はもうすっかり打ち解けた様子だった。

 キアネスは密かに唇を噛む。どうしてあの弟、ザントスは、誰からも好かれる?


 夕暮れが迫った頃、ようやく宿まる予定の村が見えてきた。彼が目をすがめるようにしたのと同時に、後ろから戸惑いも露わな弟の声が聞こえた。

「この村……人が住んでるのか?」

 すぐに娘の声が答える。

「煙突から煙が出てるじゃないか」

 その通り、いくつかの家の煙突は煙を出していた。だが半数近くの家は屋根が落ち、崩れかけていた。

 村の外周、畑であるはずの土地もほとんどが雑草だらけだった。わずかな面積にだけ穀物か何からしき物が生えているが、明らかにしなだれて枯れる寸前だった。


「ど、どうして……なんでこんな……」

 弟ザントスはまだうろたえている。キアネスは村を見つめたまま、動揺を声に出さないように注意しながら言った。

「長らく雨が少なすぎ、不作が続いている。飢えで死ぬ民が多く、地方では全滅した村も珍しくなくなっている。

 お前は何を学んできた?」

「そりゃ……教えられはした……けど……」

 そう、耳で聞くのと実際に目にするのはまったく違っていた。だがその衝撃を、表に現すことはキアネスはしない。してはならない。


「ったく、これだから深窓のお坊っちゃまは」

 娘が馬鹿にしたように嘲笑している。ザントスはもごもごと何か言っていたが、急に大声を出した。

「決めた! 俺は何としてもこの旅を成功させる! そして黄金期をこの大陸にもたらすんだ! そんでこの土地を全部、作物とかまどの煙でいっぱいにしてやる!」

「おーおー、頑張れ」

 まともに受け取っていない娘の声。キアネスも追い打ちをかけてやる。

「お前がこの旅の中心ではない」

 一瞬だけ振り返ると、ザントスはうなだれていた。ほんの少しキアネスの胸がすく。

 この一行で最も重要な人物は、先駆けの子カイルドですらない。裏切りを企む、自分なのだ――。


 宿屋を兼ねる酒場は幸いにも潰れることなく営業を続けていた。血色の悪い主人が、入っていったキアネスたちをじろりとにらんでくる。店内の痩せた客たちもひどく気だるげに、目だけ動かしてこちらを見てきた。

「部屋は一つ、ベッドは二つしかねえぞ」

「それで構わない」

 キアネスは答えた。

 他国に動きを察知されないよう、先駆けの子と王子たちの一行だとは明かさないことになっていた。子供の白い髪と赤い瞳はフードを深く被らせ隠している。


 主人は顎を二階へ向けてしゃくった。

「鍵なんて上等な物はねえ」

「宿代はいくらだ?」

「あんたたちに宿代をどうこう言う余地はあるのかね?」

 随分とふっかけられたものだったが、この宿屋以外に泊まれる場所は存在しないようだった。路銀も国庫からありあまるほど持たされている、問題はない。


 子供を背負った赤毛の娘がさっさと階段を上がり始める。キアネスたちも彼女に続いた。

 しかし、みすぼらしい部屋に入るなりザントスが戸惑ったように言い出した。

「いいのか……? 全員、同じ部屋で……」

「他に部屋はないのだから、選択肢はない」

 荷物を置いてキアネスは息をつく。

「いやだって……」

「なんか都合の悪いことでもあるのか?」

 子供をベッドに下ろして娘も言った。

 そして彼女は身につけていた鎧を外し、ためらいもなく服を脱ぎ始める。


「おおおおおいっ!!」

「何だよ、うるさいな」

「着替えるなら俺、外出るから! ほら兄上も!」

 顔を真っ赤にした弟が、ぐいとキアネスの二の腕を掴んで引っ張る。その乱暴さにキアネスは眉根を強く寄せた。

「あたしは気にしないぞ」

 娘は何でもないことのように言い、キアネスも弟の手を振り払った。

「私も気にはしない」


「ちょ、二人ともっ!? あーああああっ!!」

 弟は部屋を飛び出していった。キアネスは肩をすくめ、荷袋の中の整理を始める。

 娘も下着姿のまま、着替えを探してか荷物をひっくり返していた。

「あんたの弟、面倒くさいやつだなぁ」

 彼はふんと鼻だけで笑った。

「お前も女としては珍しい部類だがな」

「あたしは戦士団育ちだし。男も女もないとこだったから」


 軽い興味を覚え、キアネスもさらに話の水を向ける気になった。

「そもそも女で剣士というのが珍しい」

「ああ、あたし、ガキの頃に戦士団に買われたんだよ。そこの団長が、自分には実力がないくせに出世欲の強いやつでね。体つきのいい女のガキを十人以上も買い集めて、采女ウージナの候補にしようと剣をガンガン仕込んだわけ。

 采女の育ての親ともなれば領主様さえ足蹴あしげにできる、が口癖だったね、あいつの」

 ようやく娘は着替えを終えたらしい。キアネスは荷袋から顔を上げた。


「では、その育ての親の目的は達成されたわけだ。お前が采女になったことで」

「不愉快極まることにね。だいたい、あいつは育ての親なんて呼べるようなもんじゃない。良く言って監獄の看守ってとこだ」

 ――この旅が終われば、采女のこの娘は王都での高い地位が与えられることになる。女の身ながら公爵にもなれようし、王族や貴族からの求婚もあるだろう。そうなれば、地方の戦士団団長ごときの運命は、この娘の気分一つ、指先一つでどうとでもできるものなのだ。

 育ての親あるいは監獄の看守は、この娘への対応を根本的に間違えたらしい。キアネスは口の中で含み笑った。


「しかし戦士団といえば男所帯だろう。よく采女の資格を保てたな?」

「処女のこと? そこは団長の目的が目的だからね、きっついお達しが団員全員にあった。まぁ中には手籠めにされた女もいたけど、犯人の男は団長に首刎ね飛ばされてたなぁ。それとあとは、あたしの腕一つだったね」

 なるほど異母弟に剣で勝てるほどの腕前なら、力ずくで襲われることはなかったのかもしれない。娘もにやりと口の端を上げていた。

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