第2章
第12話 多難な始まり
追い立てられるようにして訳の分からない儀式やら挨拶やらをさせられ、やっと旅立って半日後。ロイファは既に、自分のうかつな言動――
穏やかに晴れた秋の日、絶好の旅日和。やせた草がかすかな風に波のように揺れる一面の平原、そこを横断するまっすぐな道。しかし。
「なんっで馬とか馬車とか使わないんだよっ!」
彼女は子供の手を引っ張りながら歩いていた。赤い瞳と白い髪の子供は、背の高いロイファにほとんど引きずられるような格好になっている。
「俺だって馬で思いっきり走りたいよ、せっかくの遠出なのに」
後ろから少年が言ってくるのに、彼女は猛然と振り向いた。
「だったら今からでも馬を調達してこい! 王子様だったらすぐだろ!」
真剣で勝負をした相手、金茶の髪のザントス少年がデイアコリナの王子だと知った時はさすがにロイファも驚いた。が、貴人への行儀作法など習っていない彼女は態度を変えようにも変えられなかった。
一方、王子とは思えないような軽い言動でザントスは顔をしかめた。
「んなこと言ったって仕方ねーじゃん。
「ああもう! 何なんだよ規定って!」
ザントスと子供に捕まって王城へ連れ戻されてから、監禁状態の中で教え込まれはした。
一つ、
一つ、先駆けの子の旅には采女と随伴者以外が付き従ってはならない。
一つ、先駆けの子と采女、随伴者は徒歩で
他にもたくさんあり過ぎて、一歩歩くたびに一つずつロイファの頭からこぼれ落ちていく。
「ともかく聖樹に一番乗りすればいいんじゃないのかっ、規定なんて無視してっ」
「それは駄目だ、規定に違反するのはまずい……らしい」
「なんでっ」
そこで低い淡々とした声が割り込んだ。
「規定に従わなかった国の先駆けの子は、資格を失うからだ」
そちらをロイファは振り返る。先頭を行く長い黒髪の男、王子キアネスは前を向いたまま続けた。
「具体的にどんなことになるのかは分からないが」
彼女は口をへの字に曲げた。
「ていうか、その規定ってのはいったい誰が決めたのさ」
「天だよ」
突然下から声が聞こえてロイファはびっくりする。赤い瞳が彼女を見上げていた。
「天って……」
「天だよ」
阿呆のような会話を交わす。これは子供に訊いても無理だと、彼女は前へ声をかける。
「どういうことだ? キアネス」
男は相変わらず振り向かずに答えた。
「王家の伝承でも天と呼ばれている。あるいは、この世界を創造した者を天と呼称しているのではないか――という学説もあるが」
「なんだそりゃ。誰だよ、その作ったやつって」
「さてな、しょせん学者連中の机上の空論だ。いずれにせよ前回の旅は百四十年近く前で、はっきりとした記録もない。だから結局、安全策を取るしかない」
はあ、とロイファはため息をついた。そこへまた下から、
「ねえ、待って……」
と声がした。
見下ろすと、子供はもう足ががくがくになっている様子だった。
「ああもう、ちょっと休むか?」
歩みを止めて二人の王子に提案したが、キアネスが言う。
「いや。日が暮れる前に、宿を取る村まで着く必要がある」
「あ、じゃあ俺が背負ってやろうか!」
ザントス少年が子供の脇に来てかがんだが、白い髪の子供は首を横に振った。そしてロイファに、手を伸ばした。
「……おい、あたしに背負えって言いたいのか?」
子供は答えず、ただその赤い瞳でじっと見つめてくるだけ。ロイファはまたため息をついて、荷袋を体の前に回してしゃがんだ。子供が背に乗ってくる。たまらなく軽かった。
「両手がふさがるのは、襲撃されたときに
再び歩き出しながら、つい彼女はぼやく。
「あ、それは大丈夫だぜ」
金茶の髪の少年が横に並んできて言った。
「先駆けの子の旅路は、他の国の先駆けの子たち以外には何者にも害されない。って、伝承でなってる」
彼女は眉をひそめた。
「そんな都合のいい話があるかっ」
「でも今までの調子なら、本当っぽいだろ。俺、王都の外は危ないって散々聞かされてたんだけど、全然じゃん?」
たしかに、朝方王都を
ロイファがフロラン領から王都へ向かった時には村と村の間で盗人か魔獣に一、二度は襲われるのが常だった。しかしその日は、物乞いの群にすら遭わなかった。
「じゃあただ単に聖樹へ行けばいいだけなのか?」
それならかなり楽だと期待して言ったのだが、
「それは違うな」
前を歩くキアネスが水を差してきた。
「他国の先駆けの子一行から襲撃を受ける可能性は高い」
ちらりと黒い瞳がこちらを見てくる。
「そのために闘技会を開いて、お前を選んだのだから」
おっしゃる通りでございます。ロイファは肩を落とした。
「来るなら来い! 俺の剣で返り討ちにしてやる!」
隣の少年は元気よく気炎を吐いている。
「あたしに負けたやつが何言ってやがる」
指摘してやると途端に少年はしおれた。だがそれもつかの間、すぐにまた勢いよく、
「いいや見てろ! この旅の間に俺もぐんぐん力を付けて、それで旅が終わったらまた勝負してお前を負かしてやるからな!」
「はいはい、分かったよ」
少年の明るい前向きさは、尊敬すべきものかもしれなかった。腕っぷしだけの軽いやつだが。
それにひきかえ。ロイファは先頭を行く男に目をやる。キアネス王子は長い髪を持つ呪士らしく、頭がよく回るしっかり者という印象だった。だが、弟と逆に全く感情や考えが読めない。常に淡々とし過ぎている。
そしてこの、あまりに脆弱な子供だ。彼女は背負った先駆けの子を揺すり上げる。彼女の旅の前途は、うんざりするほど多難そうだった。
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