第10話 決定と宿怨

 最高決定権を持つ国王と先駆けの子カイルドの二人が欠けた会議は、最初から紛糾した。


「そもそも、清い身でなければ随伴者アレシオになれぬという決まりに何の意味があるのか! そんなことにとらわれず、広い視野で選ぶべきだ!」

 第二王子の後ろ盾である侯爵が唾を飛ばすのに、すかさずアデルフル公爵が応酬する。

規定デオネは遵守せねばならぬものだ! 王家に代々伝えられてきたことを貴殿は無視するつもりか!」

「ただの言い伝えだ! 迷信が混じっていても不思議はない!」

「迷信だと?! 天より与えられた聖なる規定こそ、迷える我らを導く最優先の指針ぞ! それを迷信と称するのか?!」


あやまつな、両名! 迷信かどうかを判断するのは貴殿たちではない」

 老人のしわがれた声が響き、ただの口論になりかけた議論を遮った。注視の中、この場の最年長である老公爵は枯れ果てた枝のような体で立ち上がる。

「あるいは侯爵は、『先駆けの子を勝利させた国が次の黄金期に他の三国を率いる』という伝承さえ否定するつもりか」

「いや、それは……」

 さすがに口ごもった侯爵へ、老人は続けた。

「先の黄金期を知らぬ貴殿には分からぬことも多いだろう。しかし儂は見てきた。

 皇帝セアゼル陛下を戴いた勝利国グアラコリナは常に豊作を誇り、何もかもが平らかに進み、その大いに栄える姿は他国の強烈な羨望の的だった。一方、グアラに逆らったノロンコリナには天災と疫病が襲いかかり、それはノロンを率いる王が替わった途端にぴたりと止んだ。

 よいか、すべては伝承通りだったのだ」


 侯爵は完全に黙り込み、アデルフル公爵が意気盛んに言い立てる。

「ここは、清い身であり非常に優れた剣士でもあるザントス王子殿下に、我らがデイアコリナの将来を占う重要な旅を、お任せしようではないか!」

 他の王子たちやその後ろ盾が視線を左右させる。しかし既に場の形勢はザントスに有利に傾いていた。


 伝承の規定によれば黄金期最初の国王は、先駆けの子と共に旅した随伴者の中から選ぶことになっている。ゆえに次の国王の座を目指す王子たちは皆、剣士か呪士の技術を身につけていた。ただし采女ウージナが呪士になる可能性の高さを考えて、ほとんどの王子は剣士だった。

 しかしここで謀ったのがザントスを王位に即けたいアデルフル公爵だ。他の剣士である王子たちに対し、清い身――童貞を捨てさせるためにありとあらゆる手段を使って誘惑を行っていると、誰もが陰で噂していた。

 結果として、先駆けの子によって随伴者の資格ありと認められた王子は、剣士ではザントスだけ。あとは呪士であるキアネスと第五王子だった。


 誰かが咳払いをして言った。

「では、ザントス殿下と他のお二方の王子から随伴者を選ぶということで」

 アデルフル公爵は喜色満面でうなずく。

「第五王子殿下と第七王子殿下は呪士でいらっしゃるのだから、剣士はやはり第八王子、ザントス殿下だろう!」

「ザントス王子殿下のご意向は、如何いかに?」

 会議場にいる全員の視線が、ザントスへ集まった。キアネスも異母弟を凝視する。


 ザントスが勢いよく席から立ち上がった。

「俺は……自分が強いと思っていた。だから旅なんて興味がなかった。でも、それは間違いだったと気づいたんだ。俺は本当は強くなかった、だったら」

 その表情は輝いていた。

「俺は先駆けの子様と一緒に旅に出る。それで誰よりも強い剣士になってやる!」

「すばらしい!」

 間髪挟まずアデルフル公爵が叫ぶ。

「決まりですな!」

 ざわめく座の中で、キアネスは心底呆れていた。

 そんな詭弁じみた理由、と思った。だが異母弟が嘘をつけない性格だと、キアネスはよく知っていた。だからこそ呆れかえり、同時に激しい怒りにとらわれた。


 激情を必死に押し殺し、キアネスは口を開く。代わりに発言してくれるような後ろ盾を、彼は持っていなかったから。

「ならば呪士が必要となりますな」

 今度は視線が彼に集まった。

「采女も剣士でいらっしゃるのだから。

 さて、兄上と私、どちらが随伴者となるか……采女のように闘技会でもして決めますか」

「いや、わっ、私はっ……」

 線が細く気も弱い第五王子が口走った。

「殿下!」

 その後ろ盾が止めようとするが、

「私はっ、誰に襲われるか分からない旅なんて無理だ! ま、まして、キアネスとたた、戦うなんて――」

 第五王子は震えだしたようだった。それは賢明な態度だとキアネスは思った。異母兄だろうが、必要とあれば殺してでも目的を達するつもりだったから。


「では、随伴者はキアネス王子殿下とザントス王子殿下。それでよろしいか」

 最年長の老人が重々しい口調で告げたのに、アデルフル公爵が真っ先に返した。

「よろしいでしょうな。意義のある方は?」

 誰も声を上げなかった。

「であればこれで決定と致し、国王陛下と先駆けの子様にご報告申し上げる!」

 人々からため息めいた囁きが湧き起こる。そして次々と席を立つ音が鳴った。


 キアネスも立ち上がりながら、何より先に幼なじみの少女へ視線を投げた。だが彼女は彼のことなど見ていなかった。

「すばらしいですわ、ザントス様!」

 澄んだ声。はしゃぎきった声。メルローダはザントスに駆け寄って、抱きつかんばかりにしていた。

 どうして、あいつだけ――異母弟ザントスだけ。キアネスはきつくきつく拳を握った。

 第七王子と、第八王子。どちらも妾腹。母の身分は低い。年も二十才と十六才、大して変わりはしない。二人は同じだ、同じなのに。


 メルローダ、美しい幼なじみを振り向かせたくて、キアネスは子供の頃から勉学に励んだ。血のにじむような努力を重ねて呪士として一流になり、こうして随伴者にも選ばれてみせた。

 それなのになぜザントスだけが愛されて、自分は愛されない?

 キアネスは異母弟のことを食い入るように凝視した。けれど弟もその周囲も、キアネスのことは見ていなかった。

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