第8話 純白の輝き
静寂を打ち破ったのは、突然の笑い声だった。
ロイファは信じられないものを見る思いで、這ったまま笑っている少年を眺めた。
「まいった、まいったよ!」
少年は剣を放り出した。一気に周囲がざわめく。
「ザントス様ーっ!?」
「なんだ、このガキ、強かったのか!?」
悲鳴めいた声が上がっている中で、少年はまだ笑いながら言った。
「できたら、剣を引いてくれないか?」
ロイファは渋々言われた通り剣を鞘に収めた。すると少年はごろりと仰向けに転がった。
弾けるような笑顔。対する彼女は思いきり渋面。
「お前やっぱ、すげえや!」
少年は手を伸ばしてきた。ロイファへ向かって、無邪気に。
彼女はその手をまじまじと見た。待っていても手は下がらなかったので、仕方なく、彼女も手を差し出した。少年の手を掴んで、引き起こす。
すると彼はそのまま彼女の手を離そうとせずに、逆にさらにがっちりと握ってきた。
「お前、ロイファ、どこで誰から剣を習ったんだ? それともやっぱ実戦で経験積んだのか? フロラン出身なんだよな? あそこは百合花騎士団が有名だけど、あ、でも金羊騎士団のほうが実力は上だよな」
ものすごい勢いでまくしたて始めた。むしろ彼女が口を挟む暇がない。というかロイファはさっさとこの場から逃げ出したかったのだが、少年が強固に彼女の手を握って離さない。だいたい騎士団って何だ。孤児院出身の自分がそんなところに入れるわけがない。
つい助けを求めて彼女は周囲を見回した。人垣は散り始めていた。
「お前の剣ってどうして片刃なんだ? 両刃よりも使いやすいのか? 俺も片刃の剣に変えてみようかな、どんなのがいいんだ?」
まだ少年はひたすら喋っている。両刃剣なんて高くて貴重な物、しがない戦士団の平剣士が持てるわけがなかろうが。
いい加減殴ってでも黙らせて逃げるべきか、と彼女が思い始めた時。
小さな声が聞こえた。
「待って……」
ロイファはハッと顔を上げた。
「行かないで……」
雑踏の中で、その声は本当に小さいのに、なぜか彼女の耳に突き刺さるように聞こえてきた。辺りを見回すが、声の主が見えない。代わりに、
「邪魔だぞ、このガキ!」
男の怒声と、何かが地面に倒れ込む音が聞こえた。
衝動的にロイファは走り出そうとしたが、少年がまだ手を離さない。
「ちょ、どこへ行こうってんだよ!」
「ええい、離せ!」
とうとう彼女はザントス様の顔を殴りつけた。思い切り、拳で。
「ぐぉっ!?」
さすがにひるんだ彼の手を振り
人混みをかき分けて進むと、やがて泥だらけの何かが転がっているのが見えた。突き出ているのは、あざの浮いた細い腕と足。
「大丈夫かっ!?」
彼女は駆け寄ってそれを抱き起こした。汚れて色も分からない髪、土がなすりつけられたような頬、ボロボロになった服。胸がかすかにだけ動いていた。
「しっかりしろ、おい!」
閉じられていたまぶたが小さく反応した。そしてゆっくり開いていく。
宝玉のような赤い瞳だった。
息を飲んだロイファの目の前で、血の気のない唇が震えるように動いた。
「行かないで……」
「
遅れてやってきた少年が驚きの声を上げた。
「なんでこんなとこに、ってかなんて姿に!」
だがロイファも先駆けの子も、少年の声を聞いてはいなかった。
「お願い……」
か細い腕が弱々しく動いて、ロイファの服を掴んだ。
「お前……一人で、ここまで来たのか? あたしを追いかけて?」
返事の代わりに、服を掴む指の力が強くなる。
彼女は視線を子供の足にやった。細くて今にも折れてしまいそうなその足は、靴もなくすっかり泥まみれだった。とがった石を踏んだのか、怪我をして血も出ていた。
「お願い、行かないで……」
あまりにも弱々しい声が、ロイファの胸に痛みを引き起こす。
つい衝動的に、彼女の口が動いた。
「行かないよ」
子供がわずかに頭を上げ、ロイファの顔を見た。
「ほんとう……?」
赤い瞳に見つめられて彼女は反射的にうなずいた。
子供は腕を持ち上げて、彼女の首に回した。抱きつかれた。泥だらけの頬が彼女の頬にすり寄せられる。
「あなたが……僕の、
子供がそう呟いた瞬間、突然ロイファは白い閃光に包まれた。
「わぁっ!?」
「な、何だ!?」
周りで叫び声が起こり、ロイファも何が起こったのか分からない。光は子供の体からあふれ出していた。
「いっしょに来て。
か細い腕が、彼女にしがみついていた。
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