第7話 いきなりの勝負
ロイファは足早に人混みの中を歩いていた。王都の縁にほど近い、商隊の人間や荷が集まって出立準備をする広場。先ほどから護衛として紛れ込めそうな商隊を探しているのだが、どうもいいのが見つからない。
人の多い大きな商隊にはしっかりと武装したいかにもな護衛が複数ついていたし、護衛がいない商隊には人が三、四人しかいなくてロイファが加わるとひどく目立ってしまいそうだった。
ぐるりと広場を一周してしまったところで、ロイファはうなって足を止めた。そこへ突然、周囲の喧噪を吹き飛ばして大声が響いた。
「見つけたぞーっ!! フロランのロイファっ!!」
不意をつかれ彼女は飛び上がりかけた。声の聞こえた方へ振り向くと、やや離れた場所から金茶の髪の少年が思いっきりロイファを指さしていた。
「逃げるなんて許さないぞ! それなら俺と勝負だっ!」
少年の声を聞いた商人たちが何事かと騒ぎ始める。さらに商人相手の屋台やら店やらから一斉に人が飛び出てきた。
「おおっ、ザントス様がまた剣の勝負か!」
「今度の相手は誰だ? 見ない顔だな」
にわかに周囲に人だかりができ始めた。ロイファは逃亡の機会を逸してしまい、そうこうする間にザントス様とやらは目の前まで突進してきていた。
「勝負だ!」
拳を勢いよく突き出してくる。
「……なんであたしが、あんたと勝負しなきゃいけないんだよっ」
しかしものすごい勢いで野次が飛んできた。
「なんだ、てめえ! 逃げるのか!?」
「この王都一番の剣士ザントス様に恐れをなしたか!」
「お前だって剣を腰に下げてるじゃないか!」
「ザントス様、いつもみたいにヤっちまってくださいよ!」
「きゃー! ザントス様、すてきーっ!」
ロイファは悟らざるをえなかった。これはあれだ、街の祭りの、剣闘試合。市民たちにとって絶好の見せ物なのだ、このザントス様とやらの剣の勝負は。
「ほら、ザントス様!」
棒が目の前に放り出された。試合用の木剣の代わりだと言うのだろう。
もう逃げられまい。ロイファは諦めて、棒を蹴っ飛ばしてどけた。
「逃げる気か!」
野次の中、彼女は黙って腰の剣を抜いた。
一瞬、周囲のざわめきが消える。
「あんたも、抜け」
抜き身の片刃剣を突きつけ、少年に告げる。綺麗な金茶の髪の彼は、目を瞬いていた。
だがやがて、彼の顔に笑みが浮かび出す。
「面白えっ!」
そして抜刀。どっと周りの人垣が沸いた。
「真剣勝負だ!」
「すげえ!」
何がすごいものか。冷めてくる頭でロイファは思う。彼女はいつだって真剣で戦ってきた。盗賊たちと、魔獣たちと、命がけで。
手入れの行き届いてそうな髪で、質の良さそうな服を着た、いいところのお坊ちゃん風のこの少年。ロイファはにらみつける。余計な装飾の多い高価そうな両刃剣、そんな物で命のやりとりなんて、これまでしたことがないに違いない。
実戦と試合の違い、見せつけてやる!
少年が踏み出すと同時に、ロイファも地を蹴って跳んだ。互いに頭上から振り下ろした剣が激しくぶつかる。火花が散った。
少年が力任せに剣を横に払おうとする。彼女は抵抗せず、ふっと剣を流した。そして彼が反応する前に剣を翻し、少年の側頭部めがけ切りつけた。
「わっ!」
少年は横っ飛びに避けた。そのまま互いににらみ合う。しかし少年の茶色い目は、いかにも楽しそうに輝いていた。
こいつは、命のやりとりを何だと思っているのか。
ロイファが舌打ちした隙を突いたように、少年が剣を水平になぎ払ってきた。負けじと彼女も剣を横に振る。また激突と火花。
だが力では彼女が押し負けるのが当然。少年がそのまま剣を下に向け、突きを仕掛けようとしたのに、今度はロイファが後ろに飛びすさる。
剣を足下まで下げたロイファと、上段に構え直した少年。
「ザントス様、頑張れーっ!」
「やっちまえーっ!」
この少年は明らかに、力の強さが自慢で頼りな剣士だった。彼女は目をすがめて相手の鍛えられた体を見つめる。こういう奴と女の自分が戦うには、これまでどうしてきたか。
ロイファは踏み込みながら剣を思い切り下から上へ斬り上げた。大振りの、円を描く切っ先。
だが少年に下がられて剣は外れる。そして大きな動きをした彼女につけ込んで、彼はここぞと大上段から剣を振り下ろす。必殺の一撃。
それがロイファの狙いだった。
彼女はさらに踏み込みながら振った勢いのまま剣を肩に担いだ。彼女の剣は少年の剣の先を行くように斜めに彼女の肩へ、そして彼女の背中側へと伸びる。少年の剣が激しい火花とともに彼女の剣の上を滑っていった。
「うわっ!」
バランスを崩した彼の背を、ロイファは片手でぐいっと押した。
「わわわっ!?」
ドサッという音を立て少年が倒れる。即座に彼女は身を返し、這いつくばっている少年の首筋に剣を当てた。
「……動くな」
瞬時に歓声が消える。場が静まり返った。
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