第4話 想定外の事態
日中行われた武闘会がすべて終わり、既に夕刻。ロイファは呆然と座り込んでいた。
座っている長椅子は、すばらしく、経験したことがないくらい、現実とは信じられないぐらい、ふかふかだった。それにただ身を任せながら、このままどこまでも沈み込んでいってしまうんじゃないかと彼女は思った。
目の前には不可思議な模様に細工されたテーブルがあって、お茶のカップが置かれている。さっき一口飲んだのだが、美味しいのかまずいのかさえ彼女には分からず、そのまま放置していた。
「お口に合いませんでしたでしょうか、ロイファ様」
話しかけられて彼女は飛び上がった。いかにも上品な物腰の侍女らしき女性が、彼女の様子をうかがうようにしていた。
ロイファは完全に固まり、そんな彼女に侍女も困ったような表情になった、そこへ部屋の扉がノックされた。
「アデルフル公爵令嬢メルローダ・コーリ様がいらっしゃいました」
彼女が声も出せずただ口を開け閉めしているのを見て、侍女が動き扉を開けた。
入ってきたのは薄桃色のドレスの娘だった。あ、この娘見たことがある、とロイファはやや遅れて気づく。
「ご挨拶いたします、ロイファ様。アデルフル公爵の娘、メルローダ・コーリでございます」
金の髪を結い上げた美しい娘は、実に優雅に一礼した。一方、ロイファは礼を返すこともできずにまだ固まっている。
「この王城にロイファ様がいらっしゃる間、お世話をさせていただきます。ご不自由のことがございましたら、何なりと仰ってくださいませ」
目の前の少女はにっこりと完璧な笑みを浮かべた。
「あなた様はこれより速やかに、
どうしてこんなことに、とロイファは本気で途方に暮れた。
決勝まで進めたら適当に手を抜いてわざと負ける予定だった。そのつもりで試合場に出たのに――試合開始の声がかかると同時に、対戦相手は力が抜けたように座り込み、声を上げて泣き出した。
とっさに事態を把握できないでいるうちに大勢の人間が駆け寄ってきて、あれよあれよという間にロイファは建物の中へ連れ込まれ、そして放り込まれたのがこのどこまでも沈んでいきそうな長椅子の部屋だ。
国の威信やら覇権やらを背負って旅するなんて面倒事、関わる気は毛頭なかったのだ。狙っていたのはただ、上位入賞だけだったのに。名声と金を手に入れて、戦士団の拘束から解放された自由な生活を送るはずだったのに。自分の計画が崩壊していく絶望的にけたたましい音が、彼女の耳にはっきり聞こえた。
「ではロイファ様」
笑顔のまま、公爵のご令嬢様はひどくきっぱりと言った。
「まずは湯浴みをいたしましょう!」
「へ?」
ご令嬢様が手を挙げて合図すると、その背後から湧いて出たように大勢の侍女たちが現れた。
「さあロイファ様」
「お手伝いさせていただきます」
「え、ちょ、ちょっ!?」
丁重かつ断固とした手が何本も伸びてきて、ロイファは立たされ、鎧の留め金が外されて、服が脱がされていって。
「ちょ、ちょっと?!」
焦って手足を振り回そうとしたが、すでに数人がかりであちこちをしっかり押さえ込まれていた。その間に巨大なたらいが運ばれてきて、湯気の上がるお湯がなみなみと注がれた。
「さあどうぞ」
お湯の中に放り込まれる。何かの花の香りが鼻をついた。そしてロイファの体をこすりだす、いくつもの手。
「いや待って、自分で洗えるしー?!」
いくら叫んでも、誰も聞く者はいなかった。
湯浴みという名の
「ちょっ、な、何だよこの服はっ!」
スカートは床にずるずる引きずるくらい長い。袖も腕だけでなく手の先まで覆う布飾りが付いている。胸元にもスカートにもヒラヒラゴテゴテと布飾りが付きまくって、所々に煌めいているのはもしかして宝石だろうか。というかこの服、やたら重い!
「こんなん着て剣が持てるかーっ!」
ご令嬢様は素知らぬ顔で首を傾げる。
「この王城の中では、ロイファ様が剣を振るわれる必要などございませんでしょう?」
「いやっ、でもあたしは剣士だっ!」
「このドレスはお気に召しませんのでしょうか。それなら――」
侍女がさっと別の服を見せてきた。さらにキラキラケバケバゴテゴテした、見るからに最重量級のドレスだった。ロイファは卒倒しそうになりながら無言で首を横に振る。
するとご令嬢様は再び完璧な笑顔になって宣言した。
「では、先駆けの子様にご挨拶に参りましょう。こちらでございます」
扉の方を手で示され、とりあえずロイファは足を踏み出そうとした。
そして思い切りドレスの裾を踏んづけて転んだ。
「だーっ!」
「ロイファ様!?」
「大丈夫でございますか!?」
二階にあったロイファの部屋から一階の先駆けの子様とやらの部屋にたどり着くまでに、彼女は都合十六回転んだ。
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