エピローグ

 鉄吉と連れ立って戻った山水荘では、失神した高木先輩が発見されて、ちょっとした騒動になっていた。

 気を取り戻した先輩は、何も覚えていないようで、私はほっとした。

 鉄吉が何をしたのかはわからないけれど、うまくいったみたいだ。

 頭のたんこぶ以外に先輩に怪我はなく、結局、飲みすぎて記憶をなくしたということで落ち着いた。

 もちろん、先輩はそんなに飲んでいないと主張したけど、肝試しの夜に不可解なことが起こったとは、みんな認めたくなかったようだ。

 そうして、うやむやのまま、山水荘での合宿は幕を閉じた。


 合宿が終わってすぐ、私は叔母の元に帰省した。

 頼子さんについて詳しい話を聞き、叔母と一緒に墓参りをするためだ。

「写真、探してみたら一枚だけあったわ」

 叔母が出してきてくれた写真には、小学生の頃の母と叔母と頼子さんが、仲良く並んで写っていた。

 写真の中で笑顔を見せる頼子さんは、私の小さな頃とよく似ていた。

「叔母さん、ごめんね。関係ないのに、私を育てさせちゃった」

 ずっと気になっていた。

 頼子さんが本当の母親なのだから、育ててくれた両親も、叔母夫婦も、赤の他人なのだ。

 叔母さんはちょっと目を瞬いた。

 それから、そっと私の肩に手を置いた。

「いやねえ。それは違うわよ。姉さんところもうちも、どういうわけか、こどもに恵まれなかったんだもの。こども好きの私たちにとって、のりちゃんがいてくれたことで、どれだけ幸せをもらったことか。だから、そんなふうに思わなくていいよ。のりちゃんはもう、うちの子なんだから」

「……うん」

 叔母の手のひらが、温かい。

 頼子さんが母や叔母がいるこの家を、預け先に選んだのは、きっとこの人たちなら信じられると思ったからだ。

 頼子さんが眠る墓地へ、叔母とともに向かう。

 彼岸花は咲いていなかったけど、記憶にある小さな墓石はひっそりとそこにあった。

 墓の手入れは思ったよりずっと行き届いていて、真新しい花が供えてあった。頼子さんの母親がもってきたのだろうと叔母が言った。

 事故の後、警察が探し出した頼子さんの母親は、失踪していた間の罪滅ぼしのように、葬式や墓の手配を全て行ったのだという。

 もう少し早く、頼子さんに手をさしのべていてくれたら、と思わずにはいられなくて、私は墓の前で、少し泣いてしまった。

 

 こうして夏が過ぎ、私は下宿先に戻ってきた。

 玄関を開けたとたん、部屋の中央にある文机がでんと私を迎えてくれた。

 頼子さんがいないことに、もうだいぶ慣れたのに、文机を見ると、まだ胸がきゅうっと痛む。

 その上には紙が置かれたままになっていた。

 頼子さんがいなくなってから、文机に近づくのが悲しくて、ずっとそのままになっていたものだ。

 ひっくり返すと、愛され女子の絶対法則、と私の下手糞な字で書かれているのが目に入った。

 文字の印象が投げやりなのは、いやいや書かされたからだろう。


 服装に気をつけること。ファッションは周りの人への思いやりだ!

 お化粧は可愛く、甘目を心がけること!

 早寝、早起、野菜を食べて美肌を守る!

 お酒、たばこは美容の大敵!

 いつも笑顔を忘れずに!

 追いかけるな、追いかけさせろ!

 自分を大好きでいること! 自分を大切にすること!

 

 ぷっと笑ってしまうような文言が並ぶ。

 絶対法則というような、たいそうなものでもないように思う。

 だけど、頼子さんと過ごしてきた日々のおかげで、私は自分に自信が持てた。

 自分を大好きでいること! 自分を大切にすること!

 最後のその文章は、赤字で大きく書いてあった。

 頼子さんが私に一番大事だと赤字で書かせたのだ。

「わかったよ、頼子さん」

 文机に向かって話しかける。 

 頼子さんからの返事はもうないけど、思い出はちゃんとある。

 だから大丈夫。もう寂しくはない。

 紙を磁石で冷蔵庫に止める。

 と、携帯からメールの着信音が響いた。

 鉄吉からだ。

 『バイトが終わった。今から会える』

 久しぶりに会うと言うのに、そっけないメールだ。

 いかにも鉄吉らしい。

 お気に入りの服を選び、念入りに化粧をする。

 最後に頼子さんのために買った、水玉の髪留めをぱちんと止めた。

 鈍感な鉄吉は、気合の入り具合に気がつかないだろうけど、それでもいい。

 私の一番可愛い姿を、鉄吉に見せたい。

 そして、鉄吉に私の思いを伝えるんだ。

 冷蔵庫に貼った紙をちらりと見る。

 私を好きだといってくれた鉄吉に、いつかは愛していると言わせることができるように、愛され女子の絶対法則、使わせてもらうね、頼子さん。







※最後までお読みいただき、本当にありがとうございます。

 物語の中で、未成年の飲酒の場面がありますが、この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

愛され女子の絶対法則教わります 笹井 理穂子 @kojikausagi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ