第7話

「どうして『コックリさん』で善孤が来たんだろう?」


 わたしは善孤との別れのあと、朝霞くんたちと夜が明けるまで話した。わたしは迷惑だろうから、帰ろうと思ったのだけれど、ひなちゃんが朝方まではいたほうがいい、と言ったから、その言葉に甘えさせてもらった。


 たぶんだけど、と朝霞くんが言った。


「最初からいたんじゃないですか、小谷さんのそばに」


「可能性はあるね。小谷ちゃんが見た善孤は小さかったんでしょ? だったらかなりの力を消費していることになるよ。少しずつどこかで善孤は小谷ちゃんを助けていたんじゃないかな。『コックリさん』で善孤が来たのは、もしかしたら気付いて欲しかったのかもしれないね。善孤は仲間といるのが好きなアヤカシだから」


 だとしたらわたしは善孤に頼り過ぎていたのだろう。わたしの気付かないところで、善孤が助けてくれていたのか。そう考えるのはけして悪くはなかったけれど、善孤にはもう少し謝っておくべきだったのかもしれない。


 もしくは感謝の言葉を――。


「善孤がこの建物に入ってこなかったのは?」


 わたしはなんとなく気になったことを言った。それは気になっていたが、聞けなかったことだ。


「それはここが特殊な場所だからだよ。まずヒナがいることが要因の一つ。ヒナはこう見えても、凄いアヤカシなんだよ。聖なるアヤカシ。どう? 凄いでしょ」


 そう言うひなちゃんには悪いけれど、わたしにはずっとひなちゃんがめっちゃ可愛い女の子にしか見えていなかった。そんな子(いまだに牛乳でできた髭を付けている)にあんなに言われて、わたしは結構へこんだりしたのだけれど、それをわざわざ口に出すことはないだろう。


 帰り際にでも抱き締めさせてもらうことにした。


「もう一つは朝霞がいること」


「朝霞くん?」


「朝霞は小谷ちゃんよりずっと力の強い人だから、それもその辺のアヤカシよりも強い。だから力を消耗していた善孤には入って来れなかったんだよ」


「そうなんだ」


 やっぱりここは不思議なところなんだ。入ったときから、不気味――というわけじゃないけれど、普通じゃないような気はしていた。


 可愛い子が二人いるから、気にならないけど。


「でもあの善孤は凄いですよ。中に自分より強いモノがいるとわかっていたのに、入ってこようとしましたからね」


「そうなの? 泣いていたとは聞いたけど」


「叩いてましたよ。泣きながらだって叩けますし。小谷さんは現実逃避に成功していたから、聞こえなかったのかもしれませんね」


 そうか、あの善孤は本当に優しい子だったのか。


 それもとびっきりの優しさだ。


 わたしはちょっぴり嬉しくなった。そしてその優しさに照れてしまった。


「じゃあ、あれは? あの気持ち悪い手はなに?」


「それは小谷ちゃんの恐怖が具現化したモノだね。その場にいなかったからわからないけど、教室には二つの『場』があったんじゃないかな。一つは善孤の、もう一つは『コックリさん』の。『コックリさん』は降霊術だけど、よくないモノを集めるものでもあるからね。それがカタチになったんだと思う。そう考えると善孤が現れたのは、小谷ちゃんを『コックリさん』から守るためかもしれないね」


「見たくないけど見ちゃったんだ……」


 そういうモノを見ないために、いつからか自分に力があることを忘れてしまうほどに、目を瞑ってきたのにそのときは目を開いてしまったのか。


「でも小谷ちゃんはそういうモノも見ていくんでしょ? 小谷ちゃんくらいの力なら力のないアヤカシくらいなら見えると思うよ」


「うん。やっぱり見えちゃうモノは見えちゃうんだよね。わたしにとってはこれが現実なんだから、目を瞑るわけにはいかないよ」


「まあでも、《現実》は見たくなくても見えちゃうんだけどね」


 それは笑えない言葉だった。


 ひなちゃんが言っていたのはこのことだろう。


 人は誰もが現実から目を逸らすことができる。だけどわたしみたいに完全に目を瞑ることはできないのだろう。なかったことにはできない。結局前を向けばそこに現実はあるのだ。目を瞑ることだってそう。いつかは目を開けてしまう。誰もがわたしのようだったら、この世界は終わってしまう。


「あの善孤は仲間のもとへ帰れたのかな」


 わたしは二人に聞こえないくらいの声で呟いた。


 長く続いた夏の夜を打ち消すかのように、窓から光のラインが差しこんでくる。もう朝なのだ。恐怖で始まり、優しさで終わった長い夜は明けた。長かったけれど、なんだかあっという間だった。色んなことがあって、自分には新鮮だったからかもしれない。


 この夜のことは一生忘れることはないと誓おう。わたしがようやくわたしとして始まった夜のことを忘れられるはずがない。この日を記念日にでもしたいくらいだ。


 それはいい考えかもしれない。


 なんていう日にしよう。


 わたしがわたしになった日?


 なんかダサい。


 ……善孤の日にしよう。それならあの善孤のことも忘れることはない。なによりあの子はわたしの大切な友達だ。わたしを導いてくれた、大事な、大事な友達。


 さて、現実と向き合うためにまずは――。


 まずは、あの三人になにを話そうか。

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