第19話
店内は心地よい涼しさだった。クーラーの設定温度が丁度いいのだろう。さすがは喫茶店である。室温のこともそうだけれど、朝早くからクーラーを点けていることもさすがと言える。まだ日がたいして昇っていないのに、外の気温は高かった。その中を歩いてきたわたしにとってここは天国のようだった。
しかしよく考えてみれば、いつだってここは天国だ。初めて訪れたとき、わたしを助けてくれた場所だし、ここには助けてくれた人、アヤカシがいる。それも可愛い。
朝霞くんはキッチンで洗い物をしているようだ。ひなちゃんの姿はない。
ふと、聞き慣れない――初めて聞く声があった。
「朝霞の知り合いは女ばかりだな」
声のした方へと目をやると、着物のような服を着た人がいた。どこか朝霞くんに似ている風貌をしている。こちらに目を向けずに、ずっと窓の外を見ていた。
わたしはあることに気付く。その着物の人が座っている席は、わたしが初めてここに訪れたときの席で、店内から外が見えるように、外からも店内の様子が窺える場所だ。けれど、わたしは外からその人を見ていない。
気付かなかったわけじゃない。わたしはここへ来るたびに正面からの外観を眺めている。いつか自分もこんな場所に住みたいと思いを馳せながらだ。だから窓の近くに人がいれば気付くはずなのだ。それが声を聞くまで、存在に気付けなかった。
それはつまり――。
「あなた、アヤカシなの?」
朝霞くんに遠く及ばないまでも、わたしにもアヤカシを見る力がある。最近まで拒絶していた力だ。朝霞くんは常時見てしまうらしいが、わたしはそうではなかった。力に波があり、見える日は見えるし、見えないときは見えない。見えるときでもはっきりと見ることはできずに、ぼやけてしまうこともある。
着物の人はようやくわたしに顔を向けた。やはり朝霞くんに似ている。その驚いた表情を見る限り、どうやら当たりらしい。着物の人ではなく、アヤカシ。
朝霞くんが家に入れているということは、悪いアヤカシではないみたいだ。
「おい、朝霞。この女はアヤカシが見えるのか?」
「見えてなかったら、お前に話しかけてないだろ」
キッチンから朝霞くんが移動してきた。彼の普段着を見るのは初めてだったが、なんとも好青年らしい格好だ。さわやか系というのだろうか。失礼だとは思うけれど、朝霞くんは素でこういう服を選ぶのだろう。ファッションなどに興味を持っているとは思えなかった。
「おはようございます、小谷さん。こんな朝早くにどうしたんですか?」
「ちょっと、久しぶりに二人の顔を見たくてね。ひなちゃんは? おでかけ?」
「奥にいますよ。なにをしてるのかは知りませんけど」
この感じだ。わたしの求めていた感覚はこれだ。わたしは今まさに進路という都会の喧騒から抜けだし、田舎の心地よい静けさを手に入れたのだ。
「奥に行きますか?」
「え、いいの?」
突然の申し出に驚いてしまった。まさかプライベートな空間にまで入れるとは思っていなかった。朝霞くんはそういうのを嫌うタイプだと思っていたけれど、どうやら思い違いだったみたいだ。
友達だと思ってくれているのだろうか。以前までは、どちらかといえば「お客さん」という括りで囲われていたような気がする。ついに一段、階段を上ったようだ。お客さんから友達へのランクアップ。悪くない響きだ。
しかし、朝霞くんが続けた言葉はわたしの期待を見事に打ち壊してくれた。
「俺はいいですけど、ヒナはきっと嫌がるでしょうね。出ていけって言われるかもしれません」
「それってひなちゃんに嫌われちゃうってことじゃん」
「嫌われはしないと思いますけど」
「ここでいいよ」
わたしは朝霞くんに似たアヤカシと同席した。このアヤカシが見え、声を聞くことができるのだから、話さない手はない。どうして朝霞くんに似ているのかなど訊きたいことがあった。
アヤカシは驚いた表情を見せてから、一度もこっちを向いてくれない。わたしと朝霞くんが話している間、ずっと外を眺めていた。
なにかあるのだろうか? わたしには気になることがなかった。見えなかっただけかもしれない。
あるいは誰かを待っている、とか。
そう思うと微笑ましかった。喫茶店で待ち合わせなんて人間がやることなのに、アヤカシがそれをやっていると思うと、なんだか案外近い存在なのかもしれないと淡い期待を持ってしまう。
わたしがいくら視線を向けても、目の前のアヤカシはこちらを見る素振りすら見せなかった。アヤカシを見ることができる人ということに一瞬興味を持ったようだったけれど、それは本当に一瞬だった。考えてみれば、わたしという存在は珍しくないのだ。朝霞くんの前では、わたしの力なんて比べるまでもない。
「麦茶でいいですか? アイスコーヒーでもいいですよ?」
「やっぱりお金とるの?」
「とりませんよ。今日はヒナの友達としてきてくれたんでしょう? だったらお金をとるなんて失礼じゃないですか」
「この間も友達としてきたんだけどなぁ」
「あれは小谷さんから払ったんですよ。俺は催促してません」
「そうだったっけ?」
「そうです。でも、きっと小谷さんがお金を払わなかったら、払うように言ったと思います。ここはあくまでも喫茶店ですから」
「そうだね。じゃあ、アイスコーヒーお願いしようかな」
わかりました、と言い残して、朝霞くんはキッチンに入っていった。朝霞くんがいなくなると急に空気が重くなったような気がした。先ほどまでの楽しい会話がなくなってしまったせいか、時計の秒針の鳴る音やクーラーの微かな駆動音が聞こえてくる。
わたしは数分前の自分を責めた。どうしてアヤカシと同じテーブルに座ったのか、問い質したかった。いや、それはわかっているのだ。目の前のアヤカシに訊きたいことがあったから同席した。しかし、どうだろう。まったくと言って、話しかけられるような雰囲気じゃない。
朝霞くん、早く戻ってきて……。そう願うばかりだ。
アヤカシが見えると言っても、関わっているというわけじゃない。見えたとしても話しかける勇気なんてないし、むしろ少し避けてしまう。ひなちゃんのような可愛いアヤカシならば近づきたくもなるのだけれど、そういったアヤカシは見なかった。
見えてしまうからこそ気まずい。
見えているのが人にそっくりだから、なお気まずい。
気まずさのあまり縮こまって、ついにはテーブルの木目でも数え始めようかと思った矢先、救世主が現れた。
「あれ? この感じ、小谷ちゃん?」
振り向くとそこには天使がいた。赤い天使。赤い天使がはたしていい表現なのかどうかわからなかったけれど、少なくともわたしには彼女が天使に見えた。
赤い髪、赤いワンピース、赤いサンダル。上から下まで真っ赤である。
「ひなちゃーん!」
わたしはその空間から逃げ出すように、ひなちゃんに抱き付いた。ひなちゃんは驚き、逃げ出そうとしたけれど、そんなことはさせなかった。
「く、苦しい……」
「ひなちゃん、久しぶり! 全然変わらないね! 可愛いな、もう!」
髪を撫でると、ほのかにシャンプーの甘い香りがした。朝霞くんが、男子が同じものを使っていることは考えられないような香りだ。女の子が好きそうな香り。女の子だから髪に気を使っているのだろうか。
なんにしても香りまで可愛いなんて反則である。
一段落して、ひなちゃんから離れた。名残惜しかったけれど、いつまでも抱いていると、ひなちゃんに思いっきり嫌われそうだったから自重した。
「まったく……。小谷ちゃんはあれだね。ここに来たら、手錠をするべきだね」
「ごめんね。あまりにひなちゃんが可愛いから、つい」
「もし朝霞の友達じゃなかったら、切り刻んで食べているところだよ」
「へ、へえ……。それは笑えないなぁ」
なんといってもアヤカシは人を食べるのである。そのことは図書室や図書館のアヤカシについての本で調べていた。妖怪図鑑などであるが、載っている情報にそんなに間違いはいないはずである。
「というか、朝霞くんってわたしのこと友達だって思ってくれてたんだ」
「違うの?」
「さっきはひなちゃんの友達だからって言われたから、わたしのことはやっぱりお客さんくらいにしか思ってないのかなって」
「ヒナが小谷ちゃんと友達はないとして」
「あ、ないんだ」
「ないからこそ、ヒナは小谷ちゃんのことを朝霞の友達だと思ったんだけどね。おそらくだけど、朝霞の記念すべき初めての人の友達」
「え?」
わたしは耳を疑ってしまった。
ひなちゃんは今なんて言った?
わたしが朝霞くんの記念すべき初めての人の友達だって?
それは――そういうことなのだろうか。
「ヒナ。あまり余計なことを言うなよ。それはお前の主観であって、事実とは大きく異なるんだから」
朝霞くんがアイスコーヒーを持って、キッチンから出てきた。そしてそれをコースターとマドラーをテーブルに並べて置いた。その際に、グラスに入れられた氷がカランと音を立てた。
「小谷さんもあまりヒナを不機嫌にさせないでください。機嫌を戻すの、大変なんですから」
「……はい」
わたしは自分の逃避行動を反省した。自重していたと思っていたけど、自重できていなかったようだ。
「ヒナは間違ったことを言ってないと思うけど?」
「自覚がないだけだ」
朝霞くんはそう言いながら、いまだに窓の外を眺め続けているアヤカシの横に座った。忘れていたけれど、そろそろあのアヤカシについて訊かなければならない。なにを待っているのだろうか。
「朝霞! 朝霞はヒナの隣じゃないといけないんだよ!」
ひなちゃんは怒りながら、テーブルに向かった。
たしか凄いアヤカシだと聞いていたような気がする。しかし、今の発言を聞く限り――いや、それを除いたとしても、ただの駄々をこねる小学生にしか見えない。アヤカシはその姿に相応しい精神年齢になることもできるのだろうか。本には詳しいことは書いていなかったけれど、凄いアヤカシならば例外もあるのかもしれない。
朝霞くんはそんなひなちゃんに冷静に応える。
「小谷さんは鳴の前に座ったんだ。だからそれはどうしても無理な話だ」
「じゃあ、朝霞の上に座る」
「今のヒナは大きいからなぁ。足がしびれそう」
「大丈夫。ヒナ、軽いもん」
そう言うが早く、ひなちゃんは朝霞くんの膝の上に飛び乗った。その拍子に赤い髪がふわりと広がったのは、思わず見とれてしまうほど綺麗なものだった。わたしも髪を赤く染めてみようと思ったけれど、似合う気がしなかった。たぶん、どんなに人が頑張っても、あそこまで綺麗な赤い髪になることはないだろう。アヤカシ特有の神秘性がそうさせているのだと、早々に諦めた。
わたしも席に着き、アイスコーヒーをいただいた。そのままでは飲めないことを憶えていてくれていたのか、ガムシロップが三つ置いてあった。それをすべて入れ、マドラーでかき混ぜた。
正面に席にいる朝霞くんはひなちゃんと話しているけれど、時期も時期であるせいかとても暑そうだった。クーラーが効いているとはいえ、あんなに密着されればそれも関係なくなるだろう。ひなちゃんに抱き付いたわたしが言うのだから間違いない。
「あのさ、朝霞くん」
「なんですか?」
「そちらのアヤカシさん……」
朝霞くんが呼んでいた名前を思い出す。
「――えっと、鳴さんはどういった関係なの?」
「そうですね……」
朝霞くんは考えながら、ひなちゃんの頬を引っ張って遊んでいた。初めは抵抗していたひなちゃんだったけれど、振り払うのが無理だと悟ったのか、不機嫌そうな顔で身を任せている。それは可愛さと面白さがいい感じに配合された表情だった。
「居候ではない居候って感じです」
「どういうこと?」
「鳴は、ここに来るある人を待っているだけなんです。この家の敷地にずっといるのはそうなんですけど、基本的にはそこの木にいるんです」
朝霞くんが指差したのは、窓から見える木である。朝霞くんはどの木に鳴さんが住んでいるのか知っているのだろうけれど、わたしが見ても数ある木のどれに住んでいるのか見当がつかなかった。
この家の玄関である喫茶店は、外との境界となっている門を超えてから少し歩かないといけない。煉瓦でできた一本道の左右には多少ながら背の高い木がいくつか伸び並んでいる。そのどれかに鳴さんは済んでいるのだと言う。そこで人を待ち続けている。
「最近できた常連さんなんですけど、それに合わせるようにここにいるってわけです。四六時中、その人を待ち続けているだけなので、関わらなければ無害ですよ」
「関わるとどうなっちゃうの?」
「罵詈雑言を浴びせられます――と言っても、普通に話す分にはなにもありませんよ。ただいつも喧嘩しているヒナは相性が悪いんでしょうけど」
「なるほど……」
その姿は容易に想像することができた。なんと言っても、ひなちゃんは嫌いなものは嫌いだとはっきり言うタイプのようだから、気にくわないことがあればすぐに口に出してしまうはずだ。たぶん、喧嘩の原因はひなちゃんなのだろう。
「まだ質問いい?」
「いいですよ」
「どうして鳴さんはどことなく朝霞くんに似てるの?」
「それは鳴の本当の姿が『これ』ではないからですよ。人型の方がいろいろと便利だったりするんです。それで身近な俺を元に、変身? してるんです。俺も本当の姿は知らないんですけど、人型ではないのは確かです」
「そうなんだ。ひなちゃんはどうなの?」
わたしは思い切って、ひなちゃんにも訊いてみた。今の姿が、本当の姿なはずがない。きっと、もっと神々しい姿なのだろう。
ひなちゃんの頬が解放される。
「教えてあげない」
「なんで?」
「それも教えてあげない」
どうしても教えてくれないので、朝霞くんに目で助けを訴えたが、朝霞くんは首を横に振った。それはひなちゃんにそのことについて話させるのは無理だということだ。そして朝霞くんもそのことについて口を開くことがない。
少しでもヒントがあれば、そこからひなちゃんの正体を図鑑や資料で逆算していこうとも思っていたのだけれど、それは叶わないようだ。わかっているのは、偉くて、凄いアヤカシだということ。しかし、それはヒントがないに等しかった。
アヤカシという区分には、妖怪、幽霊、そして神様までもが含まれている。人間が見ることのできない存在を総じてアヤカシと呼ぶ。
人の力の一つである、科学を使ってもその正体を掴むことができない存在。それは後天的な力であり、人が本来持つ力ではないからだろう。どうしてそうなってしまうのかという疑問が解決させられるのは、もっと未来のことだと思う。今の技術では、偶然の産物でしか、その姿を捉えることができない。しかも、捉えたとしてもそれを解明するに至らないのだ。
そして仮に見えていたとしても、どうにかなるものでもない。ただただ、アヤカシと人の圧倒的な差を見せつけられるだけで、人にはなにもできない。同じテーブルについて会話をするというだけで奇跡なのだ。アヤカシにとって、人は格下の存在で、ただの得物に過ぎない。
だから、もしかしたらわたしがひなちゃんの正体を探ろうという魂胆がすでに愚かしいことなのかもしれない。妖怪、幽霊、神様を総称してアヤカシ――その中でも、ひなちゃんは頂点付近に君臨しているらしい。神様に近い、あるいは神様そのものの可能性だってある。
意味不明だった。考えれば考えるほど、ひなちゃんの存在がわからなくなる。
ひなちゃんがここにいる理由がわからない。
朝霞くんはどう思っているのだろう? 以前に似たような疑問を投げかけたときは、「不思議ですね」とはぐらかされてしまった。知らないわけではない。けれど、話したくない。曖昧に返事したということは、そういうことなのだろう。
他人であるわたしが、第三者であるわたしが割り込んでいい関係ではなさそうだ。
「小谷ちゃんはさ」
ひなちゃんが、じっとわたしの目を見ながら言う。
「ヒナの正体を知りたいんだろうけど、それは無理だよ。人が保持している図鑑や資料なんかにヒナはいないよ。元の姿から探そうなんて、時間の無駄。そんなことをするなら、『現実』と向き合った方がいいよ。今日も今日で、逃げ出してきたんでしょ?」
「うん、まあ……、そうなんだけど」
やっぱりひなちゃんには、なにもかもお見通しのようだ。わたしが考えていることなんて、手に取るようにわかってしまうのだろう。
「人ってのは不便だよね。将来のことで迷わないといけないんだから。『今』という時があって、『未来』は存在できるのに、人は『未来』あっての『今』なんだよね」
「アヤカシに比べたら、人の一生は短いから仕方ないよ。短い人生を有意義に過ごしたいと思うし、そうしないといけないシステムになってるもん」
「あれだけ平等だの自由だの言ってるのに、全然そうじゃないんだね」
「たぶんわたしが思うに、そんな言葉を使ってる限りは、本当の平等や自由はないのかもしれない」
「これはアヤカシにも人にも言えることだけど、本当の平等や自由なんて手に入らないよ。完璧に同じ存在のモノはいないからね」
「アヤカシは自由じゃないの?」
「アヤカシは人よりも自由じゃないよ。必ずなにかに縛られているし、存在を保つのだって難しい。そうだね……、個々にルールがあってそれを守らないといけなくて、それでいて弱者は強者から逃げるように生きないといけない。人がいないと生きていけないアヤカシもいるし、自由なんてどこにもないよ」
人がいないと生きていけないアヤカシというのは、ただ栄養としてのことだけでなく、その存在を保つための力が人に委ねられているのだろう。アヤカシのほとんどは、人の作る噂で生まれると言う。噂が流れている間は、存在を保つことができ、廃れてしまえば、存在は消え失せる。
たしかに自由とも平等とも言えない。そこにあるのは、圧倒的な格差だけだ。
だけど、どうだろう。ひなちゃんの言い方は人もアヤカシも貶しているように聞こえる。わたしの知っているひなちゃんは、アヤカシを称え、人を侮蔑していた。考え方が変わったのだろうか?
「気にしないでください」
朝霞くんが、場の空気を変えるためか言う。
「アヤカシなんてこんなもんです。わからないことだらけで、考えるだけ無駄ですよ」
「そうそう」
ひなちゃんもそれに同意して頷く。
「朝霞くんは――」
彼の言葉にわたしの口が勝手に動き始める。訊いてはいけない。そう自分に言い聞かせているのに、思うようにいかない。聞かれれば、今の決して良好とは言えない関係に亀裂が走る。もしかしたら。もうここに来られなくなるかもしれない。
けれど、わたしは訊く。心のままに。
「気持ち悪くないの?」
アヤカシといて。
不可解なモノといて。
なんて酷いことを訊いたのだろうか。だが、口を塞ごうとは思わなかった。それはもう空気を震わせ、世界に現れ、力となってしまったのだから、わたしにはどうすることもできない。ただ、彼からの返答を待つことだけ。発してしまった言葉をなかったことにするなんてことは、決して――できない。
鳴さんは、動かない。ただ外を見ているだけ。それは見方によっては、わたしと同じように彼の返答を待っているようにも見える。
ひなちゃんは、瞼を閉じている。彼からの返答を待っているようにも見えるが、たぶん彼女は知っているのだ。彼がなにを言うのかを。それは彼女が一度言われているからなのかもしれない。
朝霞くんは、静かに微笑んだ。
「俺にとっては、人もアヤカシも同じです。同じようにわからなくて、どうしようもなくて……。だから、どっちも気持ち悪いんです。どっちも気持ち悪いせいか、感覚が狂ってどっちも気持ち悪くないと思うときがありますけどね」
でも、と朝霞くんは続けた。
「一番気持ち悪いのは、俺自身です」
わからないことだらけで。
本当に気持ち悪い。
そのとき、わたしは朝霞くんの内に秘めるものを見たような気がした。
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