第3章 現実《ゆめ》を視る

第17話

 わたしこと秋山小谷は、高校三年生だというのに進路もまともに決まっておらず、どころか漠然としたそれさえ、まるで見えていなかった。担任の教師からは早く決めろと急かされ、周りの友人からはなんとかなると励まされていた。両親からは、好きなように生きろと、今もらって嬉しいのかどうかわからない言葉を頂いた。


 そんなどうしようもないわたしは、なんと夏休みを迎えてしまったのだった。


 受験の勝負を左右する時期とまで言われる夏休みに、未来設計図を描くことなく突入してまった。


 いくら能天気なわたしでも、これには少し焦っていた。周りに置いて行かれる感覚、自分だけが取り残される感覚が、心を蝕み始めている。周りに合わせようとしているわけではないけれど、一緒に前へ進めなくなるような気がしていた。


 将来が決められない。それは誰もがそうである。一生の四分の一も生きていない子供が残りの大半の人生を決定付けることを、そう簡単に決められるわけがないのだ。


 さらにいえば、子供が思い描く夢というのは、失敗が許されないものが多い。成功を続けてこそ辿り着ける夢を思い描いている。大きな夢ほど、褒められる夢ほど、そういう傾向が大きいと思う。


 大人は子供に夢を持てと言う。


 しかし、大人は子供の夢を打ち砕く。


 どんな子供の前にでも、現実を叩きつけてくる。


 恐ろしい限りである。


 悪逆非道の怪人と言っても差し支えなく、できることなら正義の味方にやっつけてもらいたいくらいだ。どんな手段を使ってでも、倒してもらいたい。それが子供たちの願いである。


 けれど、きっとその悪逆非道の怪人と呼ばれる大人を倒した正義の味方も、大人なのだろう。夢を打ち砕く大人が悪逆非道の怪人ならば、夢を与える正義の味方もまたそうであると言える。わたしには、おいそれと夢を与える正義の味方が「悪」だと考える。


 ベッドの上に仰向けで、食べ終えたアイスキャンディーの棒を咥えている自分に、なにをやっているんだと問いを投げかける。返す答えはなかった。


 もう夏休み。


 少し前に、現実から逃げ、現実を見ずに生きてきたことに気付かされた。他人に見えないモノが見える自分が嫌で、自分には見えない未来さきが嫌で、未来を決めることを強要される現在いまが嫌いだった。


『コックリさん』。


 今となっては、やってよかったと思える。辛い経験だったけれど、それ以上に得るものがあった。本当の自分に出会い、見守ってくれていたアヤカシに出会い、それに気付かせてくれた友達と出会った。


 あの二人は今、なにをしているんだろう?


 最後に会ったのが、夏休みに入る少し前、『コックリさん』が解決した少しあと、とても暑い日だったことは憶えている。なにせ遊びに行ったら、電池を買いに行かされたのだから、印象としては強烈だ。


 体を起こし、咥えていたアイスの棒をゴミ箱へと放り投げる。棒は空中で回転することなく、綺麗なアーチを描いて目的地へと辿り着いた。ゴミ箱の中は空に近かったようで、底に付いた棒が何度か音を立てていた。


「遊びに行っちゃおうかな」


 二人のことを思い出していたら、無性に会いたくなってきた。正確には人一人、アヤカシ一体なのだが、別にそんなことはどうでもいい。ただ、会いたかった。


 春の陽気のような朝霞くん。


 赤くて可愛いひなちゃん。


 考え始めたら、あとはもう流れる水のようだった。部屋着を着替え、ボサボサの髪を梳かし、出かける準備を終えていた。


 部屋にいても、気が滅入るだけだ。どうせ進路のことを考えるのなら、朝霞くんの家でも問題ないはずである。


 わたしは朝霞くんの家に向かった。

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