第16話
次の日の夕方、家に帰宅するとそこには鳴の姿があった。なんでも、あの家にいる理由がなくなったため、ここに居座るらしい。庭にいい木があるのが、好都合だとも言っていた。
あの家から動けなかったのは、常名ちゃんのお婆さんの言葉が鳴をあの場に縛っていたからだ。見えない鎖が鳴の足枷となり、敷地内からの脱出を封じた。それについては、鳴は特になにも思わなかったらしい。
そして、その鎖を断ち切ったのもまた言葉だった。
俺が聞き逃した常名ちゃんの決意の言葉が、鳴の足枷を解くカギとなった。
あの家から離れた理由を語らなかったが、たぶんあそこには常名ちゃんが訪れることがなくなったからだろう。完全になくなったわけではないが、年に一度か二度、あるかないかくらいの頻度になる。常名ちゃんがあの家に訪れる理由はなくなってしまったのだから、それは仕方のないことである。
鳴は、お婆さんとの約束を、「常名ちゃんを見守ること」をやり遂げるつもりなのだろう。声で確かめるのではなく、その目で確かめようとしている。
「自慢の声は、使わなくなるのか」
「まあ、それも悪くないだろう。なんならお前の代わりにお前の声で電話に応対してやってもいいぞ」
「それは悪くない提案だな」
「あの娘――常名、とか言ったか」
「うん? ああ、やっと呼ぶ気になったな」
「私は、もうあの子に関わることができない。関わってしまえば、あの子の心の成長を停滞させてしまうだけだからな。文字通り、見守ることしかできないわけだ。どんなにあの子が会いたいと願っても、会うことは叶わない。触れることすら、な」
「頑張れよ」
「ふん。頑張るのは、お前もだ」
「どうして」
「今回のことで、あの子のお前に対する信頼度が上がっているからな。困ったことがあれば、すぐにお前に会いに来るぞ」
「ということは、俺がお婆さんの代わりになったってことか」
「あるいは、新しい存在だろう」
俺は鳴の言葉に首を傾げたが、次の一言でそれがなにを意味していたことなのかを知った――いや、思い出した。あの日を境に――具体的に言えば、帰宅しようとあの家の門をくぐり終わったあと、常名ちゃんからそう呼ばれたのだった。
「なあ、『朝霞お兄ちゃん』」
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