第11話
その子がこの家を訪問したのは、小谷さんが帰ったあとのことだった。
俺と小谷さん、そしてヒナで、三人仲良くとはいかないまでも、同じテーブルに着いた。もちろんただの近衛家の昼食のつもりだったので、小谷さんには別のなにかを頼んでもらおうと思ったのだけれど(もちろん有料だ)、小谷さんは「同じもので!」と定食屋をあとにするサラリーマンのようにテーブルに五百円玉を置いた。余りものを使っての料理だったため、さすがに五百円も貰えないのだが、どう言っても小谷さんは引いてくれる気がないようだった。
昼食後に、一時間ほど小谷さんからの話を聞いた。いわゆる後日談というやつだ。ヒナは嫌がっていたが、なんやかんやでちゃんと聞いていた。興味がないわけではなく、ただつまらない話だと思っていたのだろう。しかし聞いてみれば、この家にいるだけでは入り得ない情報が満載だった。
ヒナはあまり外出をすることがない。それは留守番をしているからなのか、それとも寝ていたいだけなのか、どちらにしても外出をするという選択肢はない。
これには少し語弊があるが、絶対に外出をしないわけではない。先ほども電池を買いに行こうとしたように、買い物にはよく行くのだ。ヒナと買いだしに行くことはよくある。というか買いだしに付いてこなかったことはなかった。
ゆえに、ヒナの持っている人の情報は偏っている。そもそも『女子高生』というワードを知っているとも思えなかった。
この家の近くに学校はない。それは俺の通っている高校も同様で、バス通学をしている。
近くの商店街に行けば、女子高生くらいいるのだろうが、しかしそれは放課後の女子高生であって、学校での女子高生ではない。それは当たり前だった。
俺にはだけれど。
ヒナには違った。
だから小谷さんの話を聞いて、ヒナの持っていない情報が手に入った。それは新鮮だったことだろう。いくら長い時間を生きているからといって、必ずしもそんな情が入ってくるとは限らない。ヒナは人に興味はなかったのだ。それこそ見下すほどに。
そう考えてみるとヒナも随分丸くなったような気がする。商店街の人を無視しなくなったし、蔑むような目をしなくなったし、侮蔑しなくなったし、それなりだと認めてくれたのかもしれない。
人という生き物を食料として以外に見るようになったのかも……。
話を終えた小谷さんは名残惜しそうにしながらも、「また来るからねっ!」と言って出て行った。そのときヒナが見た目通りの小学生らしく手を振っていたのが、印象的だった。
ヒナが誰かの来訪を待つことなんてあるんだな。
初めて、人の友達ができたのかもしれない。
「良かったね、朝霞」
「ん? なにが?」
「なにがって友達ができたじゃん。初めての友達じゃない?」
「そんなことねえよ。というかお前の友達だろ、小谷さんは。お前だって楽しそうにしてたじゃないか」
「ヒナ、高校生の友達はいらないよ。小学生が高校生と歩いてたら、弱みでも握られてるんじゃないかって思われちゃうじゃん」
「……いつも俺と歩いてるだろ」
「大丈夫、朝霞は家族に見えるから」
そう言ってヒナは笑った。
笑うところだったのだろうか?
しかし実際家族やら親族に見えていないと、世間的には問題になってしまう。そういう事件が増えているというし、もしかしたら俺だって通報されかけているかもしれない。あの商店街でなければ、どうなっていたことだろう。なかなか許容範囲の広いおおらかな商店街だ。感謝しておこう。
「なら、お前は小学生の友達なら欲しいのか? そうは見えないけどな」
どちらかといえば、独りでいたいタイプだろう。
「友達って、なんだかよくわからない概念だよね。なんのために必要なんだろう? 自分の痛みを分かち合うためにいるのかなぁ。それってつまり、ただ相手に痛みを共有して欲しいっていうだけの存在ってことでしょう? それならいらないと思うけど、というか、なりたくないよね」
「痛みだけじゃないだろ。楽しさとか嬉しさも分かち合えるわけだし。でもまあ、お前みたいに長い時間を生きていると、そういうのも必要ないのかもな。孤独とか感じたりするのか?」
「どうだろ? 長い時間生きていると、やっぱり感覚が薄れるのもそうだし、記憶も曖昧になってきちゃうんだよね。アヤカシって基本的には独りなんだよ。善孤とかみたいに例外もいるけど」
仲間と一緒にいることを選ぶアヤカシもいるということか。善孤は特に――かなり特別なアヤカシだった。仲間とい続けようとするそれは、まるで人のようだ。
「じゃあ家族のこととかも覚えてないのか。というかアヤカシに家族とかいるのか?」
「いないことはないけど、ヒナにはいないよ。誰かから生まれたわけじゃなくて、いつの間にか『そこ』にいたのかな」
以前にヒナに聞いたことがあった。
アヤカシはなんの前触れもなく『そこ』に現れるのだと。
『そこ』というのはどこでもなくどこでもあり、言ってしまえば、この家の中でも、学校でも、商店街でもある。山でも、海でも、空でも関係なく、ただ条件さえ揃ってしまえば、場所は問わないのだ。
条件というのは、案外複雑なもので、その場の気の流れなどのことだが、詳しいことは専門家でもない俺にはわからないし、ヒナも説明を省いていた。
人が理解できるモノではないのだ。
アヤカシという存在は。
けれど、同じ世界に住んでいるというのなら、必然的に理解しなければならないのではないだろうか。ある意味で共存をしているわけなのだから。人がアヤカシを頼っているわけではないが、アヤカシが人を頼っているわけでもない。その奇妙な共存を続けていく上で、多少なりの理解は必要な気もするけれど。広く浅く知識を得るのではなく、狭く浅い知識でいい。それだけでも充分な関係になれるはずだ。
だが、そうはならない。
アヤカシにとって人は、
ただの獲物だ。
それだけでしかない。
それ以下になることはあっても、それ以上になることはない。
「ん?」
ふと、視界に奇妙なものが入り込んだ。
窓の外になにかがいたような……。
奇妙とは思ったものの、それはただ俺が認識できなかっただけだ。ちゃんと見えていれば、意識して見ていれば、そんな表現を使う必要はなかった。
「どうしたの?」
ヒナの座っている席からは見えないことだったので、ヒナは俺に対して疑問を抱いたようだ。
「いや、なんでもない……ような」
ヒナは首を傾げた。
遠くの門の付近を見てみても、特に目新しいものはない。車やバイクが止まっていれば、そういう業者が来たのだと判断できるのだが。
「こんにちはー……」
そんな幼い声と共に、扉に付けられているベルが鳴った。扉は少ししか開いておらず、どうやら相手は緊張していて、恐る恐る中を確認しているようだ。
「はーい!」と返事をしたのは、ヒナの方だった。こういうときにヒナが自分から返事をするのは珍しいことだ。なんやかんや言って、やはり上機嫌なのだろう。
ヒナは椅子から飛び降り、ぱたぱたと扉に向かって行く。
俺もそのあとをついて行った。
扉の向こうにいたのは、年端のいかない女の子だった。身長は今のヒナよりも低い。低学年か中学年といったところだろうか。おかっぱ頭と麦わら帽子がよく似合っていた。白いワンピースを着ており、肩からはキャラものの小さなポシェットをかけている。
「お客さん、かな?」
ヒナが訊いた。
「えっと……、その、ここは、近衛さんのおうちで間違いない、でしょうか……」
女の子は麦わら帽子で顔を隠しながら、消え入りそうな声で訊ねてきた。
小さいのにしっかりした子だ。
俺はそれに答える。
「そうだよ。この家のことを知ってるってことは、母さんを尋ねてきたのかな?」
「あのあの、お婆ちゃんが友達だって……、言って、ました」
「そうなんだ。名前、教えてもらえる?」
「
女の子は続ける。
「常名と言います」
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