第五章 闇の力と聖なる力

☆野上隆之介の推理


 球技大会初日が来た。

 この間、密室首吊り事件の方は、進展がまるでなかった。というより、捜査をする時間がまるでなかったのだ。

 ここ数日の放課後は、球技大会の準備にクラス一丸となって取り組んでいたためだ。

 クラスメイトに球技大会で会長に勝つ協力をお願いした手前、僕達が準備を抜ける訳にはいかなかったのだが、せめて参加競技の練習をするなど有意義に時間を使って欲しかった。

 この間、僕達のクラスは、大激論を交わしていた。議題はいかに美術科に負けないオリジナルTシャツを作るかだ。議論の中心には霧君がいた。

 毎年美術科は球技大会において、試合に勝つことより、いかに素晴らしいクラスTシャツを作るかに重きを置いているそうだ。そんな美術科の企てなんて放っておけばいいのに、なぜか対抗したくなるのが僕達の学科の悪い癖である。

 デザインセンスでは美術科に勝てない事は分かっているので、アイディアで勝負する事になるのだが、去年の様にもはやコスプレとしか言いようのない、運動に支障のあるデザインにされては困る。霧君もその点は承知していたようで、今年は去年に比べ何とか無難なデザインに落ち着き、大会前日にTシャツのプリント作業がやっと完了したのだ。

 そんな僕達の状況に合わせてくれたかのように、怪人も僕の挑戦状に応えて以来、沈黙を続けている。事件を吹聴するようなお調子者ならこちらとしても楽だったのだが、相手はそんな馬鹿な真似をしない慎重で狡賢いやつだ。

 僕達に残された最後の手がかりは、生徒会の『目安箱』のメッセージのみだ。それゆえ、球技大会で安倍会長のクラスに勝利することが目下の最優先事項なのだ。


 球技大会の最初の参加競技はバスケットボールだった。競技に参加するクラスメイトと共に体育館に入ると、普通科の生徒からはTシャツを爆笑されたが、それでクラスの結束が高まるなら我慢しよう。他のクラスメイトはしてやったりという顔をしていた。

 僕は真咲君と一緒に体育館の床に座り、前の試合を見ながら出番を待っていた。

 試合をしている二クラスは盛り上がっていたが、その他のクラスにとっては平凡な試合だ。

 隣の真咲君は試合を見ずに床を見つめ何か考えごとをしている様だった。数日前、真咲君から相談を受けた事だろうか。


「なあ、野上。友達が悩んでいるのだけど聞いてもらえないか」

 僕は驚いた。真咲君に僕の知らない友達がいたなんて思いもよらなかった。イギリス時代の友達であろうか。

「その友達が、イベントというか、参加者同士で競うテストの様なものに参加することになったのだけど、そいつは他の人が持っていない能力を持っているのだ。そいつは、自分だけ能力を使ってそのイベントに参加するのは、フェアではないと思っている。お前ならどうする? そのイベントに参加するか?」

 もちろん優秀な探偵である僕は真咲君がなにを言っているのかすぐに分かった。

「難しい事を考えるなよ。能力ってインチキするわけではないのだろう? できること全てを使って思いっきりやった方がいい」

「そうだな。割り切れればいいのだがな」

「僕はそう思う。友達に伝えておいてくれ」

「あ、ああ。伝えておくよ」

「ところで、君は球技大会どの種目にでるの?」

「サッカーには出るつもりだ。あとバスケとバレーに出ようか考えている」

 それから今日まで、真咲君はずっと考え込んでいるようだ。真咲君は友達思いなのだ。


 そんな事を思い出していると、目の前の試合が終わった。これから僕達クラスの試合が始まる。女子のグループに混じって試合を見ていた霧君も、こちらに手を振って頑張れと声を上げてくれた。僕は真咲の背中を叩き、「行こう!」と声を掛けた。



□芦屋真咲の解明


 大会当日、体育館に来てまで、俺は能力の使用について悩んでいた。

 教授に相談すれば良かったのかもしれないが、前回出したメールの返信に、仕事がとても忙しく徹夜が続いていると書かれていたので、相談するのをためらってしまった。

 しかし、野上に背中を叩かれて決断した。今できる事をやるしかない! 俺はこの力を使って勝利を掴み取る。

 バスケットコートの中では、敵である三年のクラスがシュート練習を始めていた。俺達のクラスもパス回しを開始していたが、俺はその輪に加わらず聖霊の呪文を唱えていた。

 まずは、様子を見るため聖霊の加護の力を10%だけ弱める。ここに同業者がいたら、この空間の闇が僅かに濃くなった事に気が付くだろう。だが、その中心が俺であることは気が付かないはずだ。

 整列の声が掛かり、対戦する二つのチームがコートの中央に集められた。審判役の生徒が早口で何かを話すと選手がコートに散り、試合が始まった。

 異変に気が付いたのは、試合が開始され数分経った時だった。

 右手に力が感じられない! 闇の力が発揮されていないのだ。これは左手の聖霊の加護のコントロールが、なにかの力によって妨害されているということだ。

 左手の聖霊の加護と右手の闇の力は、俺の体に刻まれたいわばハードウェアの様なもの、一方、聖霊の加護のコントロールは、限定効果をもたらすソフトウェアのようなものだ。

 この体育館の中でその妨害が行われているのは確かなのだが、試合中という事もあり、妨害の方法が特定できない。

 悪魔が再び仕掛けてきたのであろうか? 生徒会の手による妨害であろうか? 体育館の中には生徒会の面々の顔は見当たらない。

 攻撃者を探して周りを気にしたことによる集中力の低下と精神的な重圧により、俺はミスを連発してしまった。前半で控えと交代したが、チームは劣勢になった流れを変えることができず、そのまま敗れてしまった。

 まさか、試合を妨害されるとは思っていなかった。敵の見当もつかず、妨害の方法も見つけられず、後手に回ってしまった。完全に俺の失態だ。

 バスケの試合から三十分後、敵を探し当てる間もなくバレーボールの試合が始まった。

 幸い今回は聖霊の加護のコントロールを妨害される事は無かった。

 俺がバスケの試合終了後、体育館を探し回ったので敵は逃げたのだろうか? それとも最初の試合のみ妨害するつもりだったのか? 敵の真意は不明だが、今回は遠慮なく闇の力を解放させてもらった。

 だがこの試合に関しては、致命的な戦略ミスがあった事を認めざるを得ない。バレーボールはレシーブ、トスなど、両手でボールを扱う機会が多いスポーツである事を失念していた。バスケの様にどちらかの手しか使わない競技であれば、闇の力も真価を発揮できたであろうが、両腕を一緒に使うと右手の力がバランスを崩し、ミスを連発してしまった。

 試合後半は、闇の力を元に戻し、右手を使ったサーブとアタックの時のみ力を解放した。しかし、試合中に器用に切り替えができるほど修行を積んでおらず、上手くいかなかった。

 結果として、またしてもチームの力になるどころか足を引っ張ってしまった。

 事前に能力を解放した上で練習を行っていれば対応出来ていたかもしれないが、能力の使用を決めたのはバスケの試合直前だ。悔やまれる失敗だ。

 こうなったら残りのサッカーに全てを賭けるしかない。



☆野上隆之介の推理


 いよいよ、サッカーの第一回戦が始まる。バスケとバレーは午前中の早い時間に試合が組まれていたが、この試合は大会一日目に僕が参加する最後の試合だ。

 バスケとバレーの試合はすぐに負けてしまったが、サッカーこそ僕が活躍できる種目だ。それに参加クラスが少ないために、三回勝てば優勝する事ができる。

 気合は十分なのだが、サッカーに登録した選手十五人の内、四人がテニスの試合に参加しており、テニスの試合が終わるまで交代無しで戦わなくてはならない。

 僕のポジションはフォワードになった。中学の頃は中盤の右のポジションをやっていたが、この試合では経験者ということで点を取る大役を任された。

 球技大会の試合くらいでフォーメーションもないが、中盤に陸上部二人と野球部を置き、センターバックに柔道部と剣道部、サイドに文化系部と帰宅部を配した、真ん中を固める作戦だ。

 緊張さえしなければ持久力のある真咲君は、中盤で敵のボール保持者にプレッシャーを掛ける役目はどうかと勧めたが、本人は頑なにキーパーがいいと譲らなかった。バスケとバレーで活躍できなかった事をひどく気にしていたが、他のクラスメイトも似たり寄ったりだ。強いて言えば両方とも当たった相手が悪かった、気にするなと言ったのだが、

「俺にはこの手しかない。頼む。やらせてくれ」

 そう悲愴な顔で言われたら駄目とは言えず、全ポジションが決まった。

 相手のキックオフで始まった試合は、開始早々、帰宅部と放送部の右サイドを突破された。敵はこちらの右サイドに経験者を置いたらしい。ウチの右サイドバック放送部の染谷君を軽く抜くと、中に切れ込み遠目からシュート。ゴールポストに当たったボールは、柔道部西島君がクリアしたが、真咲君のポジション取りは未経験者そのもの。シュートを打たれたらピンチだ。

 その後の試合は、膠着状態に陥った。敵で注目すべき選手は、試合開始直後にシュートを打った左のウイングのみのようだが、こちらも攻め手を欠いた。

 僕のところに何度かボールが来たが、なかなかシュートまで持ち込めない。敵も遠くから何本かシュートを打ったが、キーパーの真咲君が無難に対応した。ただ、ボールをキャッチしてもキックを使わず、全てスローイングで処理していたのが気になった。

 試合は前半終了間際に、また同じ選手に右サイドを突破されてしまうと、今度は真咲君が前に出たところでクロスを上げられ、逆サイドにいた選手に見事に決められてしまった。

 そのまま1点のビハインドで前半終了。

 ハーフタイム中は、重い空気に包まれた。男子バスケとバレーは一回戦敗退。テニスと女子の結果はまだ分からないが、サッカーもここで負けたら総合優勝はかなり厳しくなる。しかもまだテニスの試合が終了していないため、後半に向けて選手交代もできない。

 そんな沈んだ雰囲気を真咲君の言葉が変えた。

「俺、今年の春に転校してきて三ヶ月も経ってないけど、このクラスに感謝している。ロンドンではろくに友達が出来なかったが、このクラスは俺を温かく迎えてくれた。バスケもバレーも俺のせいで負けてしまったけど、この試合はクラスのためにぜひ勝ちたい。俺にできる事はなにも無いが、せめてみんなと握手してくれないか」

 そう言うと一人一人に、「頑張ろう!」とか、「右サイドはまかせたぞ」とか声を掛け、左手で握手していった。右手を怪我しているのかと心配したが、願掛けの様なものらしい。

 真咲君のおかげで士気が上がったチームは、後半開始から強気の攻めを行い、十分近く主導権を渡さず相手陣内に釘付けにした。しかし、攻め疲れが見えた後半三本目のこちらのコーナーキックの時、チャンスがピンチに変わった。相手キーパーと競ったこぼれ玉を上手く繋がれ、カウンターを食らってしまったのだ。

 スペースに蹴られたボールには、前半から活躍していた敵の左ウイングが走り込んでいる。こちらは染谷君が追うが追いつけない。ここで追加点を取られたら逆転は不可能だ。

「キーパー出ろ!」

 その声に応え、真咲君がペナルティエリアを飛び出すが、先に相手がボールに追いついた。ファーストタッチで真咲君を交わしたと見えたその瞬間、真咲君が綺麗なスライディングでボールを奪い取った。

 びっくりするクラスメイトを後目にそのままドリブルで上がると、「野上!」と僕を呼び、その日初めて右足でボールを蹴った。

 ボールは相手ゴール前に居た僕の胸に正確に収まった。トラップしてシュート。同点。

 あまりにも自然な流れで敵味方しばし呆然としたが、試合を見にきてくれていたクラスメイトから歓喜の声が上がった!

「芦屋くん! かっこいいー」

「芦屋、お前サッカー上手いのか!?」

 みんなから頭を叩かれながら、真咲君は本人が一番釈然としない顔をしていた。

 そこからは作戦を変えた。ボールをキーパーまで戻し、ロングパス一本で攻める作戦だ。

 僕も中盤まで下りてきて繋ぎのボールを受け前線に送る。しかし、良いところまで行くがシュートが決まらない。

 終了間際になったところでフリーキックのチャンスを得た。敵陣ペナルティエリアのすぐ外だ。そこで僕は真咲君を呼んだ。

「蹴ってみない?」

「そうだな。なんか上手そうだし、お前やれよ」

 みんなにもそう言われた真咲君は、自陣ゴール前を離れ相手ゴールのペナルティエリア前までやってきてボールをセットした。僕は外してカウンター食らったときのために下がり、ディフェンダーと一緒に見守った。

 簡単そうに蹴ったボールは、ゴール前に立っている相手選手の壁を越えたところで急に落ち、ゴール右隅に決まった。

 もう一度歓喜の輪ができた。今度は試合に出ていない生徒も加わって真咲君を祝福した。

 試合はその一点のリードを守りきり終了。その時には、ほぼすべてのクラスメイトが集まっており、その劇的勝利は男子のバスケ、バレーが一回戦で敗退した事を忘れさせるに十分だった。歓喜の輪の中で真咲君は英雄となっていた。


 翌日の大会二日目、一回戦を勝ち上がったサッカーは午前の二試合目に普通科一年との対戦が控えていた。勝った方が決勝に進出する。

 この試合は、キーパーにこだわる真咲君をクラス全員で説得して中盤に置いた。ポジショニングは素人そのものだったが、トラップの上手さ、ドリブルのキレ、パスの精度は恐ろしいほど冴えていた。ボールを拾ったら真咲君に預けてそこからフォワードへ、という作戦でチームはチャンスを量産した。空手部の黒帯を含む三人がマークについても、ものともしない真咲君のプレーには心底驚いた。

 試合は5‐0の大差で勝利。ここまでの我がクラス男子の成績は、バスケ、バレーが一回戦負け。テニスは準決勝に進出したが、次の相手は元テニス部が二人もいる普通科三年生のクラスなので、勝ち上がるのは難しそうだ。総合優勝を狙うにはなんとしてもサッカーで優勝しなければならない。

 霧君のソフトボールは初戦に勝ったと言っていたが、準決勝はどうなったのだろうか。



□芦屋真咲の解明


 未知なる者の妨害を受け、また己自身が能力の使い方に未熟であったためにバスケ、バレーと惨敗してしまった。サッカーでも同じ失敗をするところであったが、一回戦のハーフタイム中に大きな間違いに気が付いた。

 闇の力は所詮、悪しき力。人ならざる者との戦いには役に立つが、スポーツという清廉なものに闇の力を利用しようとしたのがそもそも間違いだったのだ。能力を使うのであれば、俺が持っているもう一つの力、聖霊の加護の力こそを使うべきだった。

 ハーフタイム中に左手の聖霊の加護の力を最大限に強め、その手でチーム全員に触れ聖霊の加護を分け与えた。効果はバツグンだ! チームは息を吹き返し、逆転に成功した。

 翌日の準決勝はキーパーというポジションに未練があったが、チームメイトの薦めで真ん中のポジションをやることになった。試合の前、チームメイト全員に再び聖霊の加護を与え、自分の両足にも聖護の印を刻んでおいたのが功を奏し、準決勝も勝つことができた。

 試合中、チャンスの時もピンチの時も何度となく、マルコの阿呆面がなぜか頭をよぎった。

 ロンドンに住んでいる間、マルコと何回一対一のドリブル勝負をした事か分からないが、勝てたのは十回に満たないと思う。

「ドリブルしている時のバランスが悪いヨ。それと、キミはフェイントをかける時に軸足が開くんだヨ。それじゃあフェイントになってないヨ」

 あんな奴とでも毎日サッカーボールを蹴って遊んでいたことが、少しはこの試合の役にたったのだろうか。奴が日本に来たときにはちょっと優しくしてやろうと思った。

 準決勝終了後、応援に来ていたクラスメイトに聞くと、女子ソフトも今準決勝を戦っているらしい。

 サッカーの一回戦の時は女子テニスの試合中、今回は女子ソフトの試合と俺達が勝った試合を龍胆寺に見せる事が出来なかったのが残念だ。俺も龍胆寺の試合は見ていない。バスケとバレーで負けた時、野上が大げさに嘆いている横で、龍胆寺は似合わないくらい優しい言葉で俺を慰めてくれた。サッカー決勝は午後からなので、時間はある。少しでも助けになればと思い、そこにいたクラスメイト全員で女子のソフトの試合を見に行くことにした。

 大学の野球場を借りている女子ソフトの試合場に行くには、大学の構内を少し歩く必要があった。試合はすでに最終回。0‐2で負けていて、俺達のクラスが攻撃を開始するところだった。

 ベンチまで行くと俺に気が付いた見澤が駆け寄ってきた。

「サッカー決勝まで行ったんだって? すごいね」

「ああ、何とかな。お前達もあと少しだろう、何とか逆転頼むぞ」

 ベンチメンバーに応援の言葉を送っていると、嫌な視線に気が付いた。その方を見ると、ベンチを出て打順を待っていた龍胆寺が俺を睨んでいた。睨むなら相手ピッチャーを睨め。そう言ってやろうかと思った瞬間、ある考えが浮かんだ。

 龍胆寺を呼び寄せ、持っていたバットに聖霊の加護をもたらす印を刻み、祈った。

「決勝進出のチームは、今から写真部の撮影があるから戻って来いだって」

 チームメイトの声を受け、バットを龍胆寺に返した。

 龍胆寺は何か言いたそうだったが、「がんばれよ!」とだけ言って頭をポンと叩き、ソフトの試合場に背を向けた。

「あんたもがんばりなさいよ!」

 背後からそれに応えた声が聞こえたので、片手を上げ振り向き、

「必ず勝ってくる」

 そう宣言すると、龍胆寺はバットを胸の前で抱えたまま黙ってうなずいた。



○龍胆寺霧の観察


 球技大会の全試合が終わりました。

 私はテニスとソフトボールにエントリーしていました。

 テニスの方は残念ながらすぐに負けてしまいました。

 ソフトボールは準決勝まで進みましたが、相手のピッチャーが経験者らしく、最終回までヒットゼロ。点差は二点でしたが、逆転は絶望的でした。しかし、そこから私を先頭に五連打による奇跡の逆転で、なんと勝利してしまいました!

 こんなにヒットが出るようになったのは、私の打順の前に真咲君がバットに祈っていたからだよ、とチーム内で噂されていました。さすが真咲君です。

 本当にそうなら、次の試合もそのバットの力を借りないわけにはいきません。

「決勝は三年生のチームとの対戦だけど、これで次も勝ったも同然だね」

 みんなそう言ってはしゃいでいたのですが、最後の試合という事で余っている用具を片付けられてしまったのです。敵も味方もそのバットを使うことになった結果、両チーム打ちまくりの乱打戦となってしまいました。

 それでも、18対16というスコアでなんとか勝ち切り、見事優勝を手にいれました。

 女子のバスケとバレーも三位と四位になり、男子テニスが四位、そして真咲君と野上君が参加したサッカーで見事優勝。その結果、目標通りクラス総合優勝することができました。さらに個人表彰では、真咲君が大会を通じて四得点五アシストと大活躍してMVPを獲得しました。

 これというのも真咲君と野上君がやる気になってくれたおかげです。

 元々私達のクラスはお祭りごとが大好きだったので、球技大会もクラスで大いに盛り上がっていたのですが、二人は探偵部の活動の方に夢中になってしまい、球技大会にあまり関心を示してくれなかったのです。

 去年、野上君が球技大会で起こした事件は伝説になっています。今年はさらに真咲君もいるのだから、やる気になってもらうよう、何とかして欲しい。そうクラス中からお願いされていました。

 そんなわけで、生徒会室で会長さんと言い争いになった時にこれはチャンスだと思い、すかさず球技大会での勝負を提案させてもらったのです。犠牲になってくれた会長さんには申し訳ありませんが、こんなに成功するとは思ってもみませんでした。

 真咲君も転校してきてからクラスに馴染めているか心配していましが、このイベントのお蔭でクラスメイトとの距離がぐっと縮まった様に感じます。

 二人は球技大会が終わってすぐに生徒会に乗り込むつもりだったのですが、打ち上げにMVPが欠席するのはあり得ないというクラスの意見に押され、打ち上げに出席しました。

 真咲君は、「拉致された」と言っていましたが、まんざらではない様子でした。その証拠に、しっかり二次会のカラオケまで参加していました。

 球技大会翌日の放課後、私たちが生徒会室を訪ねると、会長さんと陽子ちゃんが待っていました。

「会長、ほら芦屋君と野上君が仲良く来ましたよ」

「これが、お目当ての資料とパソコンです。いいですか、これで」

 パソコンは、真咲君のMVPの賞品として生徒会に強引に要求したものです。

「MVPなのに賞品も無しか」と呟いた野上君の言葉に、

「パソコンでいいなら生徒会室に都合できるものがあるよ」と陽子ちゃんが返したのをきっかけに陳情団が結成され、クラスみんなで生徒会室に押しかけ強引に会長に約束させたのでした。

 こういう時のウチのクラスの団結力は本当に怖いです。

 昔どこかの部が使っていた古い型のものですが、ネットやメールなど最低限の事はできます。本当にいいのか陽子ちゃんに尋ねると、

「生徒会を引き継いだ時に備品を調べたら、何台か使っていないパソコンが出てきたの。抽選で欲しい部に渡す予定だけど、会長も一台どこかの部に渡したようだし、貰っておけば?」との事なのでありがたく探偵部で頂くことにしました。

「先代や、生徒会に関係していた先生全員に話を聞いて、生徒会室の大掃除をした結果、このファイルが出てきました。この件はこれ以上無理です。生徒会の協力はこれっきりにしてください。それでよければこのファイルとパソコンを渡します。いいですね?」

 会長さんは声に精一杯威厳を込めたのですが、二人にはあまり通じなかったようでした。

「渡す? 生徒会がどこに渡すと言うのですか? ここははっきりしておきましょうか」

 野上君は『郷土史探究偵知部』から『探偵部』への改名も認めさせようとしているのでしょう。あまり無理を言うのも悪いので止めに入りました。

「まあまあ、会長さんはちゃんと用意してくれたじゃないですか、今日の所はこれで、ね」

「安倍会長、僕達は斉藤先生に依頼を受けて公式に捜査しているのです。邪魔をすると生徒会長といえどもあまり良い結果になりませんよ」

「そうだ会長、野上の言う通りだ。調子に乗るとろくな事がないぞ」

 会長さんの事になると二人とも意見が合うようです。

「うう…」

「ほら、会長、泣かないで。早く行かないといけないのでしょ」

 陽子ちゃんによると、会長さんは前回私達が生徒会室を訪れた次の日から、この部屋を一人で必死に探してくれたらしいのです。重ね重ねご迷惑をおかけしました。

 会長さんは陽子ちゃんに背中を押されて部屋から出ていきました。

「ごめんね。会長、今日は用事があるらしくて。後は私が付き合うから。はい、ファイル」

 そう言って『生徒会引き継ぎ資料』と書かれた古いファイルを野上君に渡しました。

 ファイルの中にはA4の紙に印刷した書類が数枚入っていました。野上君は順番に見た後、「うむ」とよく分からない声を出して真咲君に渡しました。真咲君も同じように見た後に、「うむ」とつぶやき、伏せ目がちに私に書類を渡してくれました。

「なんなの? これ」と陽子ちゃんに尋ねると、

「やっぱり二人って仲良いよね。まったく同じ反応だったね」と聞いていないことを嬉しそうに答えてくれたので、無視して中を見ました。

 一枚目には、自画自賛の言葉が並んでいました。要約すると、生徒が匿名で意見を言えるシステムを構築した。学内のシステムは融通が利かないので、自分たちの尽力により大学のサーバーにシステムを置いてもらえることになった。等々、いかにこのシステムが素晴らしいかという事が延々と書かれていました。

 二枚目と三枚目には、投稿システムとその管理画面のURL、およびその使い方。

 四枚目と五枚目は、システムの仕様書らしきもの。

 六枚目には、サーバーにアクセスするためのIDとパスワードが書かれていました。

「どうだ、分かるか?」

「この仕様書が正しいなら、投稿した生徒の情報は一切保存されないみたい。本当かどうかはプログラムを直接見ないと分からないかなあ」

「今のところ怪人の手がかりは、この掲示板に書かれたメッセージしかないからね。どうにかならないかな」

「ちょっと待って、ここにFTPのアカウントが載ってる。アクセスできればプログラムをダウンロードできるかも」

「FTPとは、FBIのようなものか?」

 真咲君が真剣な顔で聞いてきました。

「えーっと、サーバーにファイルをアップしたり、ダウンロードしたりするための決まり事って言えばいいかな。貰ったパソコンでやってみようか?」

「ここでやっていいよ。ちょっと待ってね」

 そう言うと、陽子ちゃんはパソコンを立ち上げてから、席を替わってくれました。人のパソコンを触るのはちょっと緊張します。プログラム一覧にFTPソフトがあったので立ち上げましたが、大学のサーバーに接続する設定はありませんでした。

「このシステムにアクセスしてもいいよね?」と陽子ちゃんに聞くと、

「いいよ~」と無責任な答え。聞いておいてなんですけど、我が校の生徒会は大丈夫なのでしょうか。ちょっと心配です。

「いよいよ敵の本丸に切り込むのか!」

 真咲君も期待しているのでアクセスしてみましょう。

 FTPソフトにアドレスとアカウントを設定してアクセス開始。アクセス制限がかかっているかもと心配していましたが、高校のネットワークも大学内のネットワークの中にあるからなのか問題なく接続できました。

 接続した大学のサーバーには、いくつかのファイルがありました。どれもサイズは大きくないので、全て生徒会のパソコンにダウンロードして接続を切りました。

「どうかね? サイバートラップには気をつけたまえ」

「そうだな。あれはやばいからな。下手を打つと持って行かれるぞ」

 意味は分かりませんが、二人からありがたいアドバイスを頂いたので、気を付けながら『目安箱』システムのプログラムファイルを開きました。

「どうなっている?」

「古いなー。今時こんなの使わないよー。えーっと、投稿の部分は……データベースも使ってないね。投稿されたデータをテキストファイルに残しているだけみたい。それ以外なにも記録していないよ。アクセスした時間もない。私だったら、せめてユーザエージェントとIPアドレスと投稿時間くらいは残しておくけどな」

 テンションが上がると、独り言が多くなるのが私の悪い癖です。

「野上が阿呆面をしている。噛み砕いて教えてくれ」

「ごめんね。本当に本文以外、なにも記録してないのよ。手がかりなし」

「そうなのか? さっきエージェントがなんとかと言っていたが、諜報活動をされているのか?」

 真咲君がなぜか嬉しそうに聞いてきました。どうにかスパイに関連付けたいのでしょうか?

「エージェントというか、ユーザエージェントね。ユーザエージェントが記録されていれば、サーバーに接続してきた相手が、スマホなのか、パソコンなのか分かったのよ。パソコンからのアクセスだった場合、IPアドレスが記録されていれば、校内からなのか校外からなのかが分かったんだけどね」

「なんとか調べる方法はないのか?」

「ウェブサーバーのログを調べれば分かるけど、それは大学のネットワーク管理者にお願いしないといけないのよ」

「よし、会長にやらせよう」

「良い考えだ」

「会長ならやってくれるよ! 面白そう」

 さっきの約束を忘れて三人して勝手な事を言っていますが、さすがにそれは可哀そうです。

「それはやめようよ。投稿された正確な時間が分からないと調べるのが大変だし、大学にも迷惑がかかるよ。第一、データの偽装もできるし正しい情報とは限らないよ」

 みんなすぐ暴走するので、ちょっと大げさに言っておきました。

「つまり、怪人に繋がる手がかりは一切ないと」

 みんな黙ってしまいました。しばらくして野上君ははっとした顔をすると窓際まで進み、外を見ながら言いました。

「いや、結構!」

 振り返るとて大きく手を広げ、左の頬と口の端を上げながら、

「僕達が追っている怪人は大きなミスを犯しました!」と高らかに宣言しました。

「ど、どや~」

 陽子ちゃんが独り言の様に呟きました。私はそれが笑いのツボに入ってしまい、しばらくお腹を押さえて蹲るハメになってしまいました。

「諸君、なぜ生徒会の『目安箱』に怪人がメッセージを残したのか。それは、このシステムが利用者の情報を一切残さないからです」

「そうだな」

「つまり!?」

 野上君は、にやけた顔で私たちを見まわしていました。気が済んだのか、口を開こうとした瞬間、遮るように陽子ちゃんが叫びました。

「わかった! 犯人は、『目安箱』のシステムが投稿した人の情報を記録しないことを知っている人ね」

「おぅ、おおぅ」

 陽子ちゃん駄目です! ここは野上君が話し終わるまで口を挟んではいけないのです。そういうルールなのです。

「なるほど、その線で調べれば少しは犯人が絞れるな」

「今の生徒会メンバーは、知らなかったよ。犯人扱いしないでね」

「いや、知らない振りをしていたかもしれない。特に会長はあやしい」

「怪しむなら会長だけにして欲しいな」

 真咲君と陽子ちゃんが二人で盛り上がっているので、

「さすが、野上君。鋭いね」とフォローしておきましたが、テンションは下がったままでした。

 私もちょっといたたまれなくなったので、

「あと何か分かることないかな~」と大きな独り言を言ってパソコンに向かいました。

 そこには、『目安箱』関連のプログラムとは関係無さそうなファイルが七つありました。

「なにかあったかな?」

 立ち直った野上君が覗き込んできました。

「いろいろなプログラム言語のソースコードファイルみたい」

 一番上にあったC言語のプログラムを開いてみました。最初に定義された文字列を加工するプログラムのようでしたが、一目見て初心者にありがちな間違いをしていることに気が付きました。

「なにか手がかりになるのかい?」

「プログラムの授業の課題なのかな? だけどこのプログラム間違っているのよ。メモリを確保する前に変数にデータを入れているから実行するとエラーになるのだけど…」

 別のプログラムのソースコードも開いてみましたが、どのソースコードもその言語ではエラーとなる記述をみつけました。

「ここにあるのは全部エラーになるソースコードだね。典型的な初心者の間違いを集めたファイルみたい」

 なぜバグがあるプログラムファイルを、わざわざサーバーにアップロードしたのでしょうか。

「手がかりは無いみたい」

 こちらに来た真咲君に言うと、

「お前、プログラムできたのか。すごいな」と別なことに感心していました。

 『目安箱』プログラムに戻ってもう一度ソースコードを見直したところ、さっき読み飛ばしてしまった記述に気が付きました。

「ちょっとこれ見て。作った人の名前が書いてある」

 そこには、今から四年前の作成日と、制作者名としてパソコン部所属『アラキバ』という名前が書いてありました。

「アラキバっていう人が作ったみたい」

「アラキバ! 悪魔の生贄にされた人だ!」

 真咲君が叫びました。



☆野上隆之介の推理


【僕が指揮をとる密室殺人事件に大きな進展があった。有能な助手である霧君が、事件現場に落ちていたノートに書かれた人物を特定したのだ。

 その人物は、荒木場聡。パソコン部に所属していたこの学校の卒業生だ。

 僕の号令により校内に散った我が探偵部のメンバーは、一時間後には現在の荒木場氏の連絡先を携え帰還した。

 さあ、メンバーの評価をしようではないか。

 霧君は、荒木場氏の卒業時の担任を探しだし、卒業後の進路が隣の大学であることを早々に調べ上げた。さらに、元担任に荒木場氏が現在所属しているゼミを調べてもらい、そのゼミの担当教授経由で連絡先を手に入れた。彼女の捜査手腕はなかなかのものだといえよう。かかった時間も申し分無い。

 それに引き替え、生徒名簿に目を付けた真咲君。発想は悪くない、それを管理していると思われる生徒会を訪ねたのも良いとしよう。だがしかし、生徒会室で安倍会長を相手にくだを巻いているだけでは真実に至ることはないと言わざるをえない。これでは残念ながら良い点数を上げることはできない。】


「おい! 勝手な事を書くな! 何で俺が生徒会室に行ったことを知っているんだよ」

「先ほど善意の情報提供者からメールを頂いてね。戻って来た安倍会長と君が生徒会室で熱い語らいをしているから、僕も来ないかとお誘いがあったけど、僕はこれを作っていたので丁重にお断りしたのさ」

 そう言って、生徒会から提供されたパソコンのディスプレイを叩いた。二人が捜査のため学校内を駆け回っている間、僕は部室にパソコンを設置していたのだ。部室にはネットワークの接続口があるし、配線くらい僕でもできる。難しい設定が必要なら霧君を呼ぼうと思ったが、その必要はなかった。

 これで我が部の電脳化が完了した。さっそく晴高ネットに繋いで探偵部の捜査ブログを開設したのだ。

「真咲君やっと戻って来たね。そこにおかけなさい」

 僕としては部下二人を公平に扱っているつもりなのだが、真咲君は僕が霧君を褒めるとすぐに怒り出す。もしかして女の子に贔屓していると思われているのだろうか。それは心外だ。そんな事はありえないし、実績からいっても霧君の方を褒めない訳にはいかない。これが管理職の悩みというヤツなのだろう。

 憮然とした顔で部室の椅子に腰かけた真咲君に、霧君も声を掛けた。

「おかえり。荒木場さんのメールアドレスが分かったよ」

「それは良かったけど、人に使い走りをさせておいて何書いているんだよ」

「真咲君のお蔭で手に入ったパソコンのいい使い道を思いついたのさ。我が探偵部の捜査ブログを作ることにしたよ。見た目はまだシンプルだけど、世界進出の第一歩的だよ」

「パソコンをどう使おうと構わないが、お前、捜査の内容を堂々と公開していいのか? 犯人が見ているかもしれないだろう」

「もちろんそんな初歩的なミスはしないよ。この記事は部員しか見られないようにしてあるのさ。だけど、事件が解決したら全世界に公開するつもりだ。名前は『名探偵捜査手帳』」

 世界進出の第一歩である。

「校内のブログシステムで作っても、外からは見られないけどね」

「えっ! そうなの?」

「晴高ネットにログインしないとダメだから生徒しか見られないよ。でも、一般的なブログサービスも、校内からはウェブフィルタリングのせいでアクセスできないから、部室で更新できるブログとなると校内のシステムを使うしかないよ。ブログだけではなくて、ウェブサイトを見るのもかなり制限されていて、学校が許可したサイトしか見る事ができないのよね」

「そうなんだ。せっかくパソコンを手に入れたのに残念だなあ。でも、迷わずブログを校内システムで作ったのはすごいと思わない? いや、むしろ恐ろしき探偵の勘だよね?」

 同意を求めたつもりだったが、二人の心にはあまり響かなかったようだ。

「それで、次はどうするんだ」

「荒木場氏に会おう。メールでアポを取ってくれたまえ」

 僕は助手二人にメールを書くよう指示をしたつもりだった。だが、それは通じず僕がメールを書いた。探偵とは孤高の存在のようだ。


 その翌々日の土曜日の放課後、隣の大学の食堂で荒木場氏と会った。

 ジーンズに変な柄のTシャツを着て、長髪で黒縁メガネを掛けた姿は、僕が想像する理系の大学生の姿そのままだった。

「荒木場さんですか?」と声を掛けたのは僕だったが、その後は霧君が前に出てあいさつし、僕と真咲君を紹介したので、僕は探偵と名乗ることができなかった。

「さっそくですが、今日お時間を頂いたのは、生徒会で使っている『目安箱』についてです。ソースコードに荒木場さんのお名前があったのですが、荒木場さんが作られたのですか?」

「『目安箱』か。懐かしいね。そう俺が作ったの。まだ使っているの?」

「はい。今の生徒会でも使っています。なぜ、大学のサーバーに置いてあるのか教えてもらえますか?」

 霧君が話を進めた。とても楽しそうだ。

「当時の生徒会長が選挙公約に、誰でも学校に意見ができる投稿システムを作るっていうのを掲げてね。あてがあるのかと思ったら、当選したからパソコン部が作れって。無茶苦茶だよ。校内システムの掲示板を使って勝手に作れって言ったら、校内のシステムだと誰が投稿したか判るから、まったく判らないようにしろって言われてね」

「だから投稿時間も記録しないように作ったのですね」

「あれ見たの? 恥ずかしいなあ。今ならもっと別のやり方で作ると思うけど、あの時はウェブのプログラムも詳しくなかったし、恥ずかしいよ」

 荒木場氏は本当に恥ずかしそうにしていた。僕と真咲君は話についていけなくなったので、黙って聞いていた。

「校内システムが駄目なら、外部の無料のアンケートシステムを使えって言ったら、校内のパソコンから繋がらないから駄目だって言われて。当時はネットワークの制限が厳しくてね。今もそうなの?」

「その辺は変わっていないと思います。だから大学のサーバーに置いてあるのですね」

「そう。大学のドメインなら高校から繋がるから。その当時はパソコン部のOBが大勢在籍している大学の研究室と交流があって、そこの研究室が使っているサーバーの一部を貸してもらって作ったんだよ」

「荒木場さんは、ウチのパソコン部とは交流はないのですか?」

「俺が大学に入った年に、繋がりがあった教授が研究のためイギリスの大学に行ってしまったので、研究室も一時休止して交流は無くなった。それでなくとも、その時にいた研究室の学生には会いたくなかった」

「なぜですか?」

「毎年夏休みにその研究室と共同でやる合宿が最悪で、大学のセミナーハウスに五日間監禁されて、わけの分からないプログラムを勉強させられたりして本当に地獄だった」

 そこで、ずっと黙っていた真咲君が口を開いた。

「あの、悪魔のノートというものを拾ったのですが、そこに荒木場さんの名前が書いてありました。心当たりはありますか?」

「悪魔のノート? デスノート? 俺、誰かに殺されるの? ははは」

 本当に心当たりが無いようで笑っていたが、

「赤いノートで、悪魔の言葉って書かれていて、荒木場さんが犠牲者だって」

 そう真咲君が言った途端に、荒木場氏は目に見えて動揺し始めた。

 探偵の勘が働いた。荒木場氏は何かを隠している!

「荒木場さん、あなた何か知っていますね」

 右手を握り人差し指を一本立てた探偵のポーズで荒木場氏に詰め寄った。

 しかし、横から、「ちょっと、野上君は黙っていて!」と霧君に肩を押されてしまった。

 ここは探偵の出番だろう。抗議の声を上げる前に荒木場氏が答えた。

「いや~。本当に恥ずかしいよ。あれを書いたのは俺なんだ」

「えー!」

 三人とも声を上げてしまった。

「詳しく教えてください」

 霧君の問いに本当に恥ずかしそうにもじもじしていた荒木場氏だったが、

「悪魔と契約したって事ですか!」という真咲君の問いには、答えない方が大事になると思ったのか渋々答えてくれた。

「一年の時の夏休み、さっきも言った大学との共同の合宿があって、じゃんけんに負けて俺が悪魔言語を勉強する事になった」

「悪魔と契約したんですね!」

「ちょっと真咲君も黙っていて!」

 真咲君も怒られていた。

「悪魔言語というのはなんなのですか?」

「一応、コンピューター言語だよ。一言で言えばかなりタチが悪い」

 荒木場氏は、この日何度目かの厭そうな顔をした。

「初心者に正しいプログラミング作法のありがたみを、身を以って知ってもらうための言語だそうだ。先輩は反面教師言語と言っていた」

「面白そうじゃないですか」

「プログラムをちょっと知っている奴はだいたいそんな事を言うんだよ。まずな……」

 そう言って荒木場氏は話し出したのだが、僕には何を言っているのかさっぱり分からなかった。霧君は彼が何か言う度に大層驚いていた。

 辛うじて聞き取れたのは、「ぐろーばるへんすうのみ」「いんでんと禁止」という単語だけだ。まるで暗号だ。荒木場氏との会話に割って入って、何を話しているのか聞いてみた。

 どうもコンピューター言語というのは、用途に合わせ様々な種類があるらしい。では、この悪魔言語の特徴は何だと聞くと、早くも要点を把握してしまった霧君が答えてくれた。

「そうだね。料理に例えると、冷蔵庫は真っ暗で食材にはラベルもなし。調味料は、砂糖も塩も油も醤油も同じ中の見えない容器に入っている、そんなキッチンなわけ。慣れた人ならそんな所でも、容器には自分でラベルを貼る。使ったら元に戻す。冷蔵庫に食材を入れる時には、場所を覚えておく。そんな工夫をすれば、手間はかかるけど料理はできるのよ。でも初心者がそんなキッチンを使ったら、冷蔵庫から食材を出すのも一苦労だし、間違った食材を取っても気が付かない。砂糖と塩は間違える。麦茶だと思ったら、麺つゆだったり。その結果、どんな料理が出来上がるか分かるでしょう?」

「ほう。なるほど、なるほど」

「わざと使いにくい環境を用意して失敗させる事によって、事前の準備とか、決まった手順がいかに重要かを思い知らせるための言語だと思うよ」

「そうか。良く分かった!」

 本当は全然分からなかったのだが、分かった振りをしておいた。探偵の立場というものもあるのだ、ここは仕方無いではないか。

 僕がそう答えると、遠慮が無くなったのか、二人はさらに不明な会話を続けた。

 そこから先は、理解するのを早々に諦め、愛想笑いを浮かべ、曖昧に頷くのに徹することにした。真咲君に至っては頭を抱えて俯いてしまった。

「言語仕様を聞いてみると確かに悪魔的ですね」

「そうだろ、この言語はパソコン部のOBが作ったらしくて、俺がいた頃のパソコン部はこれを代々受け継ぐっていうのが伝統になっていた。先輩もろくにわかっちゃいなかったけど、学年に一人学んだ人間がいればいいやってことで俺が犠牲になったわけだ」

「まさに生け贄ですね」

「そうなんだ。一年の夏合宿の時、部屋に一人閉じこめられてな。言語仕様書を渡されただけで、課題のプログラムを作らされて、それが出来たら他人の書いたプログラムのバグ取りをさせられた。一万ピースの真っ白いジグソーパズルをやる方がましだ。本当にクソみたいな言語だったんで、OBにどんなクソ野郎がこれを作ったんですかって聞いたら、お前はそのクソに質問していると言われたよ。気が狂いそうになったので、四日目に脱走して残りの夏休みを地下に潜ってすごした」

 荒木場氏が心底厭そうな顔をしていた理由がわかった気がした。

「でも怖いもの見たさで、ちょっと勉強してみたい気もします」

「仕様ならサイトに上がっているよ。URLを教えるから興味があるなら勉強してみればいい」

 僕はそれがパソコン部門外不出の秘宝の様なものと想像していたので、公開されている事が意外に感じた。

「本来は別の用途があると聞いたけど、ヒントをやるから自分で探せと言われ、教えてもらえなかった。本当に無責任なOBだ」

「『目安箱』サーバーに置いてあった、バグがあるソースコードはなんですか?」

「ああ、さっき言った悪魔言語の本来の用途のための鍵になるらしい。先輩に渡されたファイルを後輩に渡すため、校外からダウンロードできるあの場所に置いて、そのままになっている」

 その後も霧君と荒木場氏は僕が理解できない事をしゃべっていた。話が一区切りついたときに霧君が、また連絡していいですかと尋ねると、荒木場氏は「いいよ」とにやけた顔で答えた。

 自分がそんな顔をしているのに気が付いたのか、急に真顔になり何気ない風を装って、

「じゃあ連絡先を交換しておいた方がいいかな?」とわざとらしく言った。

 その様子をカメラでとって、挙動不審のモデルとして残しておきたいくらいだ。

 一方、なぜだかすっかり気落ちしてしまった真咲君は、絶望のモデルかな。



□芦屋真咲の解明


 隣の大学から探偵部の部室に戻って来た俺達であったが、部室は一角を除き重苦しい雰囲気に包まれていた。

 悪魔のノートに生贄にされたと書かれていたアラキバなる人物が、実在していたという情報は大きな驚きをもたらした。しかも隣の大学にいるという。満を持して大学に赴き、荒木場という我が校のOBに会ったのだが、望んだ結果は得られなかった。

 俺は今回の事件について、悪魔の存在を初めから信じていたわけではない。しかし、各種の状況証拠や儀式の痕跡、それに廊下での襲撃や体育館での妨害に悪意が存在していたことは確かだ。そしてなにより、あのノートには、悪魔の存在が明記されていたのだ。

 だが、そのノートが悪魔言語とかいうコンピュータープログラムの学習ノートで、生贄にされた犠牲者の魂の叫びだと思われたものは、勉強が嫌で泣き言を書き連ねているだけのものとは、いい加減にして欲しい。

 野上にしても、生徒会の掲示板に書き込んだ犯人の手がかりがつかめるかと期待していたが、それを裏切られ深く落ち込んでいた。

 その重苦しい雰囲気とは皆無な、むしろいつもよりテンションが上がって、パソコンの前で騒々しくしているのが龍胆寺だ。

 何をしているのか聞いてみると、荒木場から教えられた悪魔言語のホームページを見ていると言う。

 こちらの空気を察して黙って見ていればいいものを、きゃーきゃーと、うるさい。

 そんなに面白いことが書かれているのかと問うてみると、こんなに楽しいコンピューター言語は見たことがないと言う。

 龍胆寺がこんな声を出しているのは聞いた事がなかった。普段のやたら突っかかるような言動からは考えられない態度だ。この嬉しそうな声の半分でいいから、俺達に掛ける声にも気を使ってくれないかと思い眺めていると、

「なにをニヤニヤして見ているの!? 気持ち悪いわね。こっちを見ている暇があったら犯人を捕まえてきたらどう?」などと悪態をつかれた。

「せっかくついている頭を使わないなら、もったいないから取り外して漬物石でも乗せておきなさい」だそうだ。ひどい言われようである。

 コンピューターには優しくなっても俺等には厳しいままのようだ。

 荒木場が言っていたことだが、悪魔言語というのは、習得しようとする百人のうち、九十九人は二度と見たくなくなるらしい。だけど一人くらいは、運命の出会いをしたかのごとく大好きになるとのことだ。龍胆寺は明らかにその一人だろう。荒木場はそんなやつは大概ろくな奴ではないと言っていたが、多分その通りだ。

 しかし、龍胆寺がこれほどパソコンに詳しいとは知らなかった。むしろオタクだと言ってもいいかもしれない。

 そういえば、前にデジタル時計が、「12:48」を表示しているのを見て、「ちょうどいい時間」と言っていた。理由を聞くと、二進数の桁上がりだからだそうだが、俺にはまったく理解できない。

 俺は両腕を組んで陰鬱な顔をして窓の外を見ている男に声をかけた。

「あれ見ろよ。嬉々としてパソコンを触っているぜ。部室にパソコンなんか置いたおかげでもうこっちの世界には戻ってこられないぞ」

 その男、野上はこちらを振り返り、

「図らずも彼女の埋もれていた才能を引き出してしまったかな。いや、暴いてしまったと言った方が良いい、探偵だけに」

「世の中には知らない方が良かった事があるんだな」

 思わず本心を口にだしてしまった。

「変な事を言わないでよ。聞こえているんだから!」

 野上のウザい返事に怒ったと思いたいが、パソコンに向かいながらだったので、俺の独り言に怒ったのかもしれない。これ以上機嫌が悪くなられても困るので、話題を変えるため野上に話をふった。

「荒木場も怪しいな。容疑者が一人増えたんじゃないのか?」

 本当に怪しいとは思っていない。話の取っ掛かりとして聞いてみただけだ。

「荒木場氏が? 彼はあまり怪人っぽくないな。小物感が漂っているよ。僕のライバルとしてはちょっと物足りないよね。第一この事件が映画化されたらさ、絶対荒木場氏の役はお笑い芸人になるよ。怪人とはクライマックスに僕の役と崖の上で決闘するわけじゃない? それに見合う人にやって欲しいよね」

 こいつはこの後、崖の上でなにかやらかす気なのだろうか。その後、野上はアニメ化された場合の怪人の声優を妄想していたが、そのチョイスはまるで分かっていない素人だと言わざるを得ない。俺が常識を教えてやろうかと思ったが、話がややこしくなるのでやめておいた。

「まあ、ここは『タンテイ』真咲君の推理を聞きましょう。荒木場氏が犯人だとすると、その動機は?」

 探偵という言葉を自分以外に使う時にムカつく発音になるのはどういうことか。

「あのノートを取り返したかったからじゃないか。あのノートは…」

「かなりイタい事が書いてあったから?」

 彼にとってあのノートは、形は違えど悪魔と戦った証だった、と言いたかったのだが、俺は口をつぐんだ。

「確かにあんなに恥ずかしい事が書いてあったのなら取り返したくなるね。でもあのノートは、合宿の愚痴以外も書いてあったんだよね?」

「ああ、荒木場は最初の数ページだけ書いて逃げたっていっていたな。後半は別の人物が書いたのだろうな」

「ふむ。使いかけのノートを再利用したってところか。そうするとパソコン部が書いたと考えるのが自然だね。何て書いてあったか分かればいいのだがなあ」

 野上は独り言の様にそうつぶやきながら、俺の顔をちらちら見やがった。

 自分もあの時目を通したくせに、俺が内容を説明できないのを責めているようだ。だが、あの日ノートを持ち帰ったのに覚えていない事を突かれると痛い。

「パソコン部の部員が書いたのならパソコンの事だろう。あの時、龍胆寺に見せておけばよかった」

 俺は素直に自分の非を認めた。事件当日に俺が持ち帰り、翌朝野上に渡した。そして放課後、野上が部室に置いた後、龍胆寺に見せる前に盗まれたのだ。

「荒木場氏が嘘を言っていないとすると、ノートを盗んだ目的は、荒木場氏以外が書いた箇所が必要になったか、他人に見せたくないかだろうね。そこが分かれば、怪人の正体もわかるのだが」

 ノートの内容を覚えていないことだけを責められるのは不本意なので、ノートの盗難事件に話題を変えた。

「まさかノートを盗まれるとは思っていなかったからな。偉大な探偵が居たこの部屋から」

 精一杯の嫌味を言ったつもりだったが、野上は、『偉大な探偵』のみに反応して照れている。こいつの天然を甘く見ていた。

「重ねて言うがこれは怪人の仕業だよ。昔から偉大な探偵の敵は、大胆不敵な怪人と決まっている。僕らは、『目安箱』に投稿された犯行声明に目を付けて捜査を行ってきたわけだが、それは残念ながら真実にたどりつかなかった。僕は大学から帰ってきて、ずっとその事を考えていたんだ。なぜ失敗したかをね」

 そう言うと野上は、椅子に座っている俺の後ろまで来て、腰を屈めて耳元でささやいた。

「それが今わかった。なぜだか君にはわかるかな?」

 気色悪いことはやめろ。俺は、間抜けだったから、と答えてやったのだが、野上はそれを無視して俺の両肩に手を置いて言った。

「サーバーのログを調べる探偵なんて、見たことも聞いたこともない!」

 今時の探偵ならログぐらい調べるだろう。

「そんな事はどこぞのSEにでも任せておけばよかったのだ。高潔な探偵の仕事ではなかった」

 お前は全国のSEに謝ったほうがいいな。

「当然ね、ホームズの頃にはインターネットなんてなかったよ。だけどね、あったら調べるかっていう話ですよ。金田一がこそこそとIPアドレスがどうだとかね。違うでしょうと。そんなことはしないでしょうと。つまり僕は探偵の正道に反する事をしていたのだ」

 あったら調べていたと思うぞ。

「なるほどね。納得した」

 俺の反論をことごとく無視して自己完結したようだ。

「あっ!」

 話が終わったかと思ったら、大きな声を上げた。自分の愚かさに気が付いたのか。

「そうか! この場合ノートを盗んでいるわけだから、怪人ではなく怪盗でもいいわけだ! こいつは迂闊だった。おい、どうする!? どっちがいいと思う?」

 どっちでもいいだろう、という俺の言葉は当然のように無視された。

「乱歩先生をリスペクトして個人的には怪人を使いたいのだけど、怪盗も捨てがたいよな? まいったな~。いやいや冗談抜きで」

 返事をするのも面倒くさくなり放っておいたが、パソコンの前では龍胆寺が、「あぁ!」とか、「うぅん」とか妙な声を上げ、俺の背後では野上が、「やべー」とか、「マジ、リスペクト」などとウザい独り言を言っていた。前門の虎、後門の狼か。真剣に帰りたくなった。俺の右手の闇の力を解放してこの部屋を本当の暗黒にしてやろうかと思ったが、理性が押しとどめたので、話しを先に進めた。

「さっきの話だが、やっぱり後半の文章は当時のパソコン部が書いたのではないのか?」

「パソコン部ね。君はパソコン部を疑っているわけですか。分かりますよその気持ち。なにかひとつキーワードがでるとすぐそこに飛びついてしまう。まあ、シロートさんにとっては、そんな捜査の方がいい結果を出すこともありますしね」

「お前は、パソコン部はシロだと言いたいわけか?」

「そうとは言いませんけどね。僕くらいになると、すべての情報をフラットに扱うのです。ある情報に注目しすぎると捜査に予断をきたしますからね。今の段階では数多くの情報の一つですよ。パソコン部? あっそう。ってなもんですよ。まあなんだったら捜査をしてやってもいいですけどね」

 いちいち鬱陶しいやつである。

 俺が呆れていると、

「行くよ」と言って扉の方に向かって歩き出した。どこに行くのかと尋ねると、

「パソコン部に聞き込みだよ」

 当たり前の様な顔をして答えた。行くならごちゃごちゃ言うな。龍胆寺にああ言っているがどうすると聞くと、パソコンの画面から目を離さず、

「いってらっしゃい」とだけ答えた。

 正直、捜査のために野上と一緒に誰かに会いたくはない。普段はそこそこいいやつなのだが、事件となるととんでもなくウザいヤツになる。とはいえ、このまま一人で行かせるのも先方に申し訳ない。仕方なく後に続き廊下に出た。

「大学では僕の尋問テクニックを披露する機会がなかったので、今度こそ学んでくれたまえ。まあ、色々な方法がありますが、今回は良い刑事と悪い刑事の方法でいきましょうか」

 なんだそれはと尋ねると、

「映画やドラマでもあるでしょう。悪い刑事が犯人に乱暴に迫った後、良い刑事が優しく接するとほろっときて吐いてしまうわけです。今回は僕が悪い刑事役になりましょう。威圧的な言葉で相手を問い詰めるので、君がそのあと優しく声を掛けてください。優しくっていっても難しいからね。ちょっと練習しようか」

 野上は歩きながら人通りのある廊下で、犯人のいない刑事の取り調べコントを始めた。パソコン部員を前にしてこのコントを行うのかと思うと気が重くなった。

 パソコン部の部室の前まで来たので、オチの見えないコントを適当に終わらせ、扉をノックすると中から返事があった。いっその事誰もいなければいいと思ったが上手くいかないものだ。

「失礼します」と挨拶をしながら野上は入っていった。

 いつかのように、「探偵だ!」と言って飛び込んでいかないだけましだと自分を慰めた。

「僕は先生から命じられて、ある事件の捜査を行っている探偵です。こちらは助手です。残念ながら二人いる内の優秀ではない方ですが」

 探偵というのは主張するのだな。それにしても一言余計な事を言わないと気が済まないのだろうか。パソコン部の部室の中には小島の姿は見えなかったが、四人の部員が居て、部屋の中央にある長机に集まって話をしていた。

 前に小島を訪ねてきた時にいた四人だと思うが、印象が薄く確証が持てない。相手も覚えていないようで、野上の話を聞いて全員ポカンとしていたので、この際お互い初対面ということでいいだろう。

 野上も気にせず話を進めた。

「先々週の水曜日、化学室であった事件を調べています。捜査を進めると僕の元に疑いようのない情報がもたらされました。ずばり言います! 犯人はあなた達だ!!」

 おい!

 俺は心の中で叫んだ。これでは悪い刑事ではなく、ただのチンピラの言いがかりだろう。

 満足げな顔をしている野上とは対照的に、パソコン部員達は顔を見合わせ、明らかに困惑していた。

 どうやってここからフォローをすればいいのか。

 廊下のコントを再現されても困るが、打ち合わせにない事をいきなりやられるともっと困る。

「本当は犯人じゃないよね?」とでも言えば良いのだろうか?

 だが、顔を寄せて話合っていたパソコン部の一人が口にした言葉は、俺を驚愕させた。

「はい……俺達がやりました」

 一瞬の間のあと、

「えー!」と叫んでしまったが、隣からもっと大きい声が聞こえた。

「えー! えっ!? えー!! ウソでしょ!!」

 普段はこいつのボケを放置する俺だが、その時は無意識のうちに突っ込みを入れた。


「お前が言うな!!」

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