第六章 学園で起きる事件は殺人とは限らない

☆野上隆之介の推理


「う~ん。所々分からない事があるんだけど。もう一回最初から説明してくれない?」

 霧君が困り顔で言った。

「了解した。真咲君、今度は途中で口を挟まないでくれたまえ。君が茶々を入れるから、霧君が混乱してしまったじゃないか」

「分かったよ。もう何も言わない」と応えたものの、まだ真咲君はぶつぶつ言っている。

 快刀乱麻を断つ活躍を目の前で見ておいて、何が不満なのだろうか。

 先ほどパソコン部の部室に颯爽と赴き、僕の巧みな話術で部員達に犯行を白状させたのだ。

 その顛末を、その場にいなかった霧君に懇切丁寧に解説していたのだが、真咲君がいちいち邪魔をするため話が一向に進まない。

「じゃあ、最初から説明するよ。パソコン部部室の前に立ったところからでいいかな。それで、部室の扉をノックしたのですが、その瞬間に違和感をもちましてね。これは何かあると。それで部室に入った瞬間に分かりましたよ。あっ、ここに犯人がいるんじゃないかって。でも、それとは別に何か怪しい気配も感じましてね」

「へ~」

「それで軽く自己紹介をして空気を和ませておいて、いきなり核心をついてやったんです。『あなた達が犯人ですね!』ってね。会話に緩急をつけるという探偵のテクニックですね。何気ない話で相手を油断させておいてから、相手の懐に飛び込んで一気に片を付ける! これがミソです」

「すご~い」

「その時のパソコン部員達の顔を見せてやりたかったよ。『観念した』『もう逃げられない』って顔に書いてありました。だけど、それだけじゃなくて、どこかほっとした様な顔をしていたんですね。それで僕がゆっくり頷いたら、臼井部長が手首を合わせるようにして僕の目の前に出して、『私がやりました』って白状したんです」

「そんな、手錠をかけてくださいみたいなポーズはしてなかったぞ」

「うるさいな。黙っているという約束でしょう。まあ、ポーズはいいじゃないですか。そういう気持ちって事です」

 ここまで説明して霧君を見ると、話の続きを急かす様に聞いてきた。

「それで、パソコン部の人たちが密室を作った犯人だったのよね」

「そう。彼等が化学室に密室を作った! なんでも、化学準備室にあるネットワークの口に部のパソコンを繋ぎたかったらしいのです。あそこのネットワークは、校内のネットワークとは別で大学のネットワークに繋がっているそうです。高校のネットワークではできないゲームがしたかったと言っていた」

「なるほど、ちょっと興味があるね」

「お前、ゲーム好きだっけ」

 真咲君がまた口を挟んできた。

「ゲームではなくネットワーク環境の方。そんな事ができるのなら、このパソコンもそっちのネットワークにつなげられないかなあ」

「あまり物騒なことはしないでくれよ」

 霧君は時折り大胆な事をする。探偵部部長として釘を刺しておいたが、とても心配だ。

「高校から大学のネットワークにアクセスするための、なんとかっていう機材があるらしい。昔は一階下の情報学習室に置いてあったのだけど、生徒がいたずらするので、鍵が掛かって管理が厳しい四階の化学準備室に移動させたそうだ」

「なるほど。特別教室棟の東端だからあの教室が一番大学に近いのか。高校と大学の間を無線で繋いでいるのかもね」

 パソコン部からは何回も説明をしてもらったのだが、聞く人が聞けばすぐに分かるらしい。

「それで少し前に学校の備品だったパソコンを貰ったのだけど、昔のパソコン部が使っていたパソコンだったらしくて、中を見るとマニアに有名なネットゲームが入っていたそうだ。それで、前の代の荷物を探したら、大学のネットワークに繋げる設定が書いてあるノートと無線のなんだっけ? 真咲君」

「俺に聞くなよ」

「無線LANルーター?」

「そう、それが出てきたそうだ。前の代が大学のネットワークに接続してゲームをやっていたのなら自分達がやっても大丈夫だろうと、化学準備室に忍び込んでゲームができるように設定したそうだ。その設定が書かれたノートというのが、事件現場に落ちていた荒木場氏のノート。昔のパソコン部がノートの後半に設定方法をメモしておいたみたい。前半部は、イタいポエムだと思って無視したそうだ」

「そうか、そのパソコンをサーバーにして、部室のパソコンから無線LANで繋いでいたわけね。パソコン部の部室は、一階下だけど中庭を挟んで化学室の向かいだもんね。無線が届くわけか。ここまでは分かったけど、どうして密室で首吊り殺人になったわけ?」

「そこだ。まず密室の謎だが、僕達が調べた様に化学室は管理が厳重だ。申請すれば鍵を借りることもできるが、何時間も鍵を借りたままにしておくのは怪しまれる。さあ、どうすれば怪しまれず化学室に入る事ができるか!? 分かりますかな?」

「えっ? クイズ?」

 黙って聞いているだけではつまらないし、なにより探偵として成長して欲しいのだ。座学より実際の事件を検討した方が、はるかに勉強になるだろう。

「僕はすぐに分かったけどね」

「こいつ、さっきもパソコン部の人たちが説明するのを遮って、僕が答えるって、うるさかったぞ。間違えまくった挙句、ヒントをくれとか言って」

 失礼な、もちろん僕はそんな事はしていない。

「分からない? 分からない? 時間切れになっちゃうよ。3、2、1、0。はい、終了~」

「お前、答えさせる気ないだろう」

「正解はこうだ! 化学室の掃除当番が、パソコン部の臼井部長のクラスだったのだけど、」

「あっ! 分かった! 掃除が終わった時にどこかに隠れていて、先生が鍵を掛けた後、中から鍵を開けて化学室を出たんでしょう。それで放課後に鍵の開いている化学室に戻った!」

「正解! さすが霧君は理解が早い。僕はすぐ分かったけどね」

「嘘をつけ。お前は、『掃除の後ずっと化学室に隠れていた』とか言っていたじゃないか」

「だから横からうるさいよ。どっちも同じだろう」

「でもそれじゃあ帰る時はどうするの? 鍵は開けっ放し?」

「帰る時には、掃除の時忘れ物をしたとか言って、正式な手順で鍵を借りるつもりだったらしい。それならきちんと鍵を掛けられるし、数分で返せるから怪しまれない。犯行日は僕の捜査通り、化学部のスケジュール帳を見て決めたそうだ」

「なるほど、それでなんで首吊りしたの?」

「パソコンを繋げるネットワークの機材は、化学準備室にあるわけですが、化学準備室の鍵は生徒には借してもらえない。しかし、化学準備室の天井にも作業用のハッチが付いていたのです。それを知っていたパソコン部は、臼井部長と部員の二人で天井裏から準備室に侵入したそうだ。パソコンの設置が終わって、また天井裏を通って化学室に戻る時に、後から降りた部員が足を踏み外して天井から宙吊りになってしまったそうだ」

「それをどこかの探偵さんが見て、首吊りだと騒いだのが事件の発端だな」

 また真咲君が横から事実を歪曲した事を言う。天井から人がぶら下がっていたら、普通首吊りだと思う。天井からぶら下がったパソコン部部員にとっても、それを見誤った僕にとっても不幸な事故だったのだ。

「最初の物音は、天井から降りる時に重ねた椅子を倒してしまった音と、宙吊りになってしまった部員の叫び声。その次の悲鳴は、宙吊りになっている部員に顔を蹴られた臼井部長の情けない声。床に落ちていた血は臼井部長の鼻血。その他のケーブルとかノートは、慌てた二人が置いていったもの」

「わははは、殺人事件だって張り切っていたのに、野上君災難だったねぇ」

 同情するわ、と言った割には、お腹を抱えて笑い転げている。

「そっ、それで、ふひひひ。パソコン部の二人はどうやって外に出たの? 野上君達が中に入った時には居なかったのでしょう?」

「僕が職員室に鍵を取りに行っている間、掃除用具入れに隠れたそうだ。そして、小島君の手引きで外に逃げたと言っていた。君が来たときに僕等の他にもう一人居たでしょう。あいつが小島君だ。そういえば小島君はパソコン部だと言っていた。あの時あの場所にいたのは、化学室を外から見張っていたのだろう。本当に忌々しい」

 これは僕の唯一のミスだ。反省しよう。

「俺も一つ龍胆寺に言いたい事がある」

 怒った様な声でそう言って、真咲君が手をあげた。

「なあに?」

「その忘れ物のケーブルだが、お前、聖十字の刻印がついたケーブルとか言っていたよな? 全然関係ないだろう。いい加減なこと言うなよ」

「そんな事言ったっけ? ケーブルは確かにあったけど……あっ!」

 何かに気付くと同時にまた笑いだした。

「あはは! クッ、クッ、クッ」

「何笑っているんだよ!」

「クロスケーブルね! びゃははは!」

 真咲君はそう言われても理解できないようだ。僕も同じだ。

「わはは。ふっ、普通のLANケーブルは、パソコンとハブを繋ぐでしょ。クロスケーブルはパソコンとパソコンを繋ぐケーブルなのね。ケーブルの中で配線がクロスしているのよ。わははは!」

 霧君は笑っているが、真咲君はかなりへこんでいるようだ。掛ける言葉が見つからない。

「笑ってゴメンね。でもこれで事件解決、一件落着だね」

 呑気に言う霧君だったが、そんな簡単な問題ではないのだ。

「ところが、そう上手くいかないのだよ。生徒会の『目安箱』に投稿されたメッセージがあったでしょう。悪魔が復活したとかなんとか。あれはパソコン部が書いたものではないと言っているのです」

「そうなの? 嘘をついているとか」

「もちろんその可能性はあります。ですが、臼井部長は生徒会の『目安箱』にそんなメッセージが投稿された事さえ知らないと言っているのです。ここの部室から荒木場氏のノートを盗んだのも、自分達ではないと主張しています。それどころか、ノートを化学室に置き忘れた事にも気付いていなかった」

「パソコン部がやっていないという証拠はあるの?」

 僕は立ち上がり、狭い部室の中を一周した。元の場所に戻ってきたところで、パチンと指を鳴らし助手に指示を出した。

「真咲君、説明してあげて」

「お前、指鳴らす下手だなあ」

 真咲君、それは今言うことではないだろう。落ち込んでいたので、活躍の場を与えてやればこれだ。助手の心構えは後で教えて差し上げるとして、ここは自分で説明しよう。

「なんと、パソコン部はぁぁ!」

 ここで一息ついて最高の溜めを作っていると、かぶせるように霧君が、

「野上君、指を鳴らすコツはねえ」と言って割り込んできた。

 真咲君も、「おいやめろよー。野上の格好良いところがだいなしだよー」と棒読みの声でにやにやしながら言っている。本当に失礼な助手共だ。

「わははは! ゴメンね! もう邪魔しないから! はい。先進めてください」

 気を取り直して話を進めよう。真咲君だったらここで話を始めようとすると、同じくだりを何回か繰り返し邪魔をしてくるのだが、霧君はその心配は少ない。真咲君を目で牽制しつつ話を進めた。

「パソコン部は、何者かに脅迫されています!」

 それまで笑っていた霧君だったが、僕の宣告を聞くと口を開け唖然とした。しかしすぐに、前にも増した満面の笑みを浮かべた。あまりの驚きに感情が混乱してしまったのだろう。

 無理もないことだ、僕自身もそれを聞いた時、心底驚いた。しかし、それと同時に納得もした。なぜならば、最初にパソコン部の部室に入った時に感じた違和感の正体が分かったからだ。

 それは、僕が追っている怪人はこの部屋に居ない、という事を直観的に感じ取ったからに他ならない。恐るべき探偵の勘というしかないだろう。

「そして、先ほど臼井部長から、『パソコン部脅迫事件』の解決を正式に依頼されました。最初に説明した通り、パソコン部は斉藤先生から依頼された事件の犯人かもしれない。だけど、大局的に見れば、パソコン部脅迫事件もノート窃盗事件も大きな事件の一部と見ることができます。僕は部長権限によりこの依頼を受けました。諸君も探偵部の部員として心得ておくように」

 決まった。完璧な演説だった。

 だが、そのありがたみをあまり理解していない真咲君は、霧君に、

「依頼を受けたとか言っているけど、そう仕向けたんだぜ。というより脅迫だな。パソコン部も、野上と犯人の両方から脅迫を受けて大変だな」などと大変失礼な事を言っている。

 いい加減な事を言うのをやめたまえ、と注意すると、今度は霧君にだけ聞こえるような声で何かつぶやいた。何を言ったかしらないが、真咲君の戯れ言を信じるほど愚かではないだろう。話を続けようとしたが、霧君は両手で顔を覆って下を向いて泣き出してしまった。肩が大きくふるえているのが気になる。もしかして笑っているのだろうか?

 顔を上げるのを待っていると、霧君の方から口を開いた。

「それで……なんて……脅されているの? びゃははっはっ」

 笑っているようだ。

「最初はゲームのシステムメッセージを装って、ソフトのバージョンアップのため、ウェブサイトから追加ソフトをダウンロードしろと指示されたらしい。それでそのウェブサイトに行くと、ダウンロードに必要と言われ、メールアドレスの登録を求められたそうだ。臼井部長の個人メールアドレスを登録して追加ソフトをダウンロードする事ができたのだが、三日前の今週の水曜日にその時登録したメールアドレスに要求が届いたそうだ」

 その日は球技大会の最終日で、僕達はクラス打ち上げの最中だった。

「パソコン部の癖にいろいろ迂闊だねえ」

「そのメールがこれだ」

 メールのプリントアウトを霧君に渡した。


【『晴高パソコン部の皆様、この度はユーザー登録をして頂き、誠にありがとうございます。

 ユーザー様には以下の作業を実行していただきます。

 ゲームサーバーを二十四時間365日動かし続けること。

 今後メールで指示されたことは、迅速に実行すること。

 以上が守られない場合、化学準備室に忍び込んだこと、学校のサーバーに進入して中間テストの問題を盗んだことを学校に報告させて頂きます。

ラプラスの悪魔より】


 黙ってメールを読んでいた霧君がはしゃいだ声を出した。

「学校のサーバーをハッキングするなんてやるじゃん」

「いや、中間試験の問題を盗んだ覚えはないそうだ」

「なーんだ。でもこのメールには、ファイルが添付してあるようだけど、本物?」

「添付ファイルは、二年の数学の問題と言っていた。印刷して本物の問題用紙と比べたところ、そっくりだそうだ。パソコン部は本物だと思っているよ」

「なるほどね。実際、生徒に配られた問題用紙から添付されたファイルを作る事はできると思うけど、本物かどうかは先生に確かめないと分からないし、脅迫に使うには十分だよね」

 霧君はそう言うと、メールを僕に返しながらにっこり笑った。

「野上君は怪人がやったと思っているの?」

「おいおい、霧君にしては迂闊な事を言うじゃないか。これが怪人の仕業でないわけがない」

「真咲君はどう思っているの?」

「怪人かどうかは置いておいて、一連の事件は『ラプラスの悪魔』と名乗る存在がやったと思っている」

「ずいぶん持って回った言い方じゃないか。つまり何が言いたいのかな」

 真咲君は、なぜか嬉しそうに説明した。

「俺は、相手がそもそも人間なのかを疑っている。相手はラプラスの悪魔と言っているんだ。悪魔かもしれないだろう? キリスト教徒の敵という意味の悪魔ではなく、悪意を持った超常現象的な存在という意味でだが」

 なるほど、今の段階で考えを狭める必要はない。捜査に予断は不要だ。考えうる全ての可能性を検討して、その中からベストの選択をすればいい。それに、怪人がなぜ自ら悪魔と名乗っているかは考慮に値する。

「真咲君にしては気の利いた意見だね」

 久しぶりに僕が褒めると、調子に乗ってとんでもない提案をした。

「怪人という呼び方を変えないか? 本人が悪魔と言っているのだから、そう呼ぶべきだ」

 何という事を言いだすのだ! 怪人は怪人だ! 一時期、怪盗と呼ぶ事も考えたが、はっきりと脅迫してきた事を考えると怪人が相応しい。僕は強く否定した。

「ねえねえ。両方の意見をくっつけて、悪魔怪人と呼ぶのは?」

 横から霧君が口を出した。

「そんな悪魔超人みたいな呼び方もっと嫌だ!」

 僕は即座に否定した。

「ないな」

 真咲君も同意見のようだ。

 霧君は、「えー。良いアイディアだと思ったのに」と口をとがらせた。

「真咲君の提案は却下だ! 怪人の呼び名は変えない!」

 真咲君は、「お前しか怪人なんて呼ばないからいいけどな」と不満そうだったが、僕の部長権限により決断を下した。

「とんだ横槍だったが、もう下校の時間だ。真咲君はファンタジーものが得意だろう。なぜ自らを悪魔と名乗るのかについては、君がまとめてくれたまえ」

 珍しく真咲君が文句も言わず頷いた。

「さっき見ていた悪魔言語だけど、関係があるかもしれないからもう少し勉強してみるね」

 霧君が発言した。助手達が積極的になってくれて嬉しい。

「よし、明日は日曜だ。各自テーマを持ち帰って検討、研究して月曜日に報告しよう。それから、怪人は生徒か、教師か、それとも人間ではない存在なのか。今のところ不明だが、学校内の様子は把握されていると考えた方がいい。今日、僕達がパソコン部を訪れた事を怪人が掴んでいるかは不明だが、今後はパソコン部と直接接触する姿を見せない方がいいだろう。臼井部長のメールアドレスを聞いてきたので、これから連絡はメールで行う事にする」

 一拍おいた後に、

「今日はこれにて解散!」と号令をかけたのだが、部下二人はマンガの貸し借りの話をしだした。ここは号令に従って、サッと立って、サッと帰るところだろう!

「なんでやねーん」とツッコミを入れたが、軽く無視された。

 明日の日曜日は、図書館に行って部下を管理するための本を借りて勉強しようと思った。



○龍胆寺霧の観察


 大学で荒木場先輩のお話を聞いたあと部室に戻ってくると、私はすぐにパソコンを立ち上げました。真咲君が球技大会のMVPの賞品としてもらったパソコンです。

 先ほど教えてもらった悪魔言語のウェブサイトを見るためですが、こういう時に部室にパソコンがあると本当に助かります。

 荒木場先輩は隣の大学に通っている学生さんで、お会いしたのはその時が初めてです。首吊り事件の現場に落ちていたノートに書いてあった名前が、生徒会の掲示板プログラムのソースコードにも書いてあり、その人が荒木場先輩だったのです。

 真咲君は、悪魔に殺された人間が生きていたと喜んでいましたが、『生きていた』ことより『悪魔の生贄にされた人』に話を聞ける事に興味があるようでした。野上君は、「証拠が、証拠が。探偵が、探偵が」と興奮して真咲君に怒られていました。

 私も大学のサーバーに置かれた『目安箱』のシステムが気になっていたので楽しみでした。

 みんな多かれ少なかれ期待を持って大学に向かったのですが、真咲君と野上君は残念ながら期待通りの成果を得ることができなかったようでした。一方、私の方はというと、大収穫でした! 現場に落ちていたノートには悪魔の言葉が書いてあったそうですが、それはなんとコンピュータ言語でした。

 荒木場先輩によると、初心者の教育用として反面教師となるように設計された言語だそうですが、詳しく聞くと非常に興味深く、勉強し甲斐のある言語であることがわかりました。

 その時から私は、『悪魔言語』に夢中になってしまいました。恋に落ちたと言ってもいいかもしれません。

 パソコンが起動すると、さっそく教えてもらったウェブサイトから開発ツールをダウンロードしました。開発ツールといっても、中間コードを生成するコンパイラとそれを実行する実行環境がついているだけです。ドキュメントはすべてウェブを参照しろと書かれています。

 ウェブサイトを見ていると、言語の記述方法がなんとなく分かってきたので、実際にプログラムをしてみました。当たって砕けろ、それが私のモットーです。真咲君に言わせると当たった事に気付いていないらしいですが。

 パソコンに付属している『メモ帳』ソフトを立ち上げ、画面に【Hello World】と表示する定番のプログラムを書いてみました。荒木場先輩が言っていた通り、文法が他のコンピュータ言語とはまるで違います。

 いつも使っているテキストエディタではない事もあり、苦労しましたがなんとか完成しました。後でお気に入りのソフトをインストールしておこうと思いつつ、実行しましたが上手くいきません。開発ツールのインストールに失敗したのかと思い、サンプルプログラムを実行してみましたが、そちらはうまく実行できました。

 むむむ。いきなり躓きました。まさか、この段階で失敗するとは思いもしませんでした。

 私が頭を抱えている一方で、真咲君と野上君は二人で難しい議論を交わしていました。

 荒木場先輩に聞いた事を考察しているようですが、専門用語が多くて私にはついていけません。時折、気を使って私に話しかけてくれますが、今はこの『悪魔言語』で手一杯なので、私に気にせず二人でお話を進めてくださいとお願いしました。

 ウェブサイトの言語仕様とソースコードを何十回と見直して、やっと誤りに気が付きました。記号の使い方が場面によってまったく変わった意味になるのです。

 中学の頃英語で、『what』は『なに』と教わったのに、ここの『what』は関係代名詞だから、『なに』ではないと先生に告げられた時のような、理不尽な感じを思い出しました。

 バグを修正して無事実行できた時は大声で、「やったー!」と叫んでしまいました。二人にもこの喜びを分かってもらいたかったのですが、残念ながら二人とも部室にはいませんでした。

 しばらくして戻って来た二人は、パソコン部の部長さんから聞いた重要なお話をしてくれました。なんと、首吊り事件は、パソコン部が犯人だったそうです。

 校内からネットゲームをするために、化学準備室に設置されていた大学のネットワークにパソコンを繋げようとして事件になったと聞きました。

 ずるい! 私だってネットを自由に使いたかったのに! そう言えば、部室から『悪魔言語』のウェブサイトには繋がります。荒木場先輩も勉強していたそうなので、その時からアクセス制限が解除されていたのでしょうか。

 でも、パソコン部はそのせいで誰かに脅迫されているそうです。真咲君と野上君は今度こそ脅迫している人を捕まえると言っていました。新しい目標ができたようで楽しそうでした。

 その日は新しい事件の話が長引いたので、それっきり『悪魔言語』に触ることはできませんでした。家に帰えるとすぐに自分のパソコンにも開発ツールをインストールしました。

 翌日の日曜日もずっとパソコンに向かい、この難解なプログラム言語と格闘していると、なんとなくこの子の癖が分かってきました。

 普通のプログラム言語と思ってはダメなのです。最初は、理不尽な思いもしましたが、考え方を変えると感心させられる事もたくさんあるのです。

 うまく言えませんが、他のプログラム言語の常識を捨てて、頭をからっぽにして簡潔に、そして自由にプログラミングしていくと上手く書けるようになりました。

 それに、このコンピュータ言語は、日本語でも英語でも言葉を論理的に扱う事ができるのです。荒木場先輩は、反面教師言語なんて言っていましたが、学習用にはいいのかもしれません。


 翌週の月曜日も、一日中授業に集中できず悪魔言語の事ばかり考えていました。

 放課後は、真っ先に部室に駆け込んで悪魔言語のお勉強を再開したのですが、真咲君と野上君はパソコン部の部長から聞き込みを行うと言って外出してしまいました。

 校内では怪人に目撃されるかもしれないという事で、わざわざ外で会うそうです。

 大学のラウンジでも使わせてもらえばと言ったところ、雰囲気が出ないので喫茶店でないといけないそうです。

 野上君によると、こんな時のために依頼人との面会に使える喫茶店を確保してあるので大丈夫との事でした。私もついていって大丈夫な店と駄目な店の違いをレクチャーしてもらおうかと思ったのですが、悪魔言語が気になったので部室に残る事にしました。

 部室ではいつも三人でいることが多いので、一人きりの部室はちょっと寂しく感じられましたが、気になる事を見つけてしまい、それどころではなくなってしまいました。

 それは、悪魔言語のウェブサイトを見ている時の事でした。ページの隅に追加ライブラリのダウンロードというリンクがあるのを発見したのです。

 すぐにそのリンク先のページを見てみると、

【悪魔言語追加ライブラリ&APIリファレンスダウンロード

キーワードを入力してください。】

 そのようなメッセージとテキスト入力フォームがありました。さらに、その下には小さな文字でこんな注意書きが書いてありました。

【注意:コードからキーワードを生成してください。コードをお持ちで無い方はダウンロードの資格がありません。】

 追加ライブラリ! 私はピンときました。悪魔言語は確かに変わったプログラム言語なのですが、「悪魔」という名前の割には物足りなさを感じていたのです。きっとこの追加ライブラリを手に入れられれば面白い事ができるに違いない!

 それにしても「キーワード」ってなんでしょうか? 「コード」が何を指すのか分かりませんが、すぐに思い当たるものがないという事は私には資格がないのでしょうか。

 数分考えましたが、何も思いつきませんでした。

 しかし、クレープ屋さんでは必ず追加のトッピングを注文してしまうほど追加好きの私が、こんな秘密めいている追加ライブラリを無視できるはずがありません。

 さらに考えていると、先週の土曜日に荒木場先輩が仰った事を思い出しました。

 先輩は、「分からない事があったら何でも聞いてくれ」と言って、私とメールアドレスを交換してくれていたのです。私は遠慮なくメールで聞いてみました。

 すぐに返事がありました。

 コードというのは、先輩が高校生の時の夏合宿で渡された色々なコンピュータ言語のソースコードの事で間違いないだろうとの事でした。そのソースコードの謎を解けば追加のライブラリが使えるようになると、一緒に合宿に参加していた大学生のOBに言われたそうです。

 そうです、『目安箱』が動いているサーバーに置いてあった、実行するとエラーになるバグ有りのあのソースコードです。

 生徒会の陽子ちゃんにお願いするとすぐに送ってもらえたので、改めて見てみましたが、ここからどうやってキーワードを作ればいいのかわかりません。

 ファイルには番号がついているので、ソースコードを実行し、出てきた結果を順番に並べればいいのかと思いましたが、これらのソースコードはどれも間違いがあるので実行できません。

 バグを修正してから実行してみればいいのでしょうか?

 パソコンの画面を見ながら考えていると、荒木場先輩から新しいメールが来ました。大学生のOBの方が言っていたヒントを思い出したとの事でした。

 先輩が合宿中、答えが分からず考え込んでいると、そのOBの方はわざわざホワイトボードに、【KISS】と書き、

「これが答えだ」と言ったそうです。

 先輩は、そのヒントがなにを示すのか結局分からなかった、とメールに書いていました。私にもさっぱりわかりません。むしろ謎が深まった思いです。

 ソースコードの謎を解くにも、部室のパソコンにはこれらのコンピュータ言語の実行環境が入っていないので、家に帰ってから確かめてみるしかありません。

 追加ライブラリの事はあきらめて悪魔言語の仕様の勉強をしていると、外の喫茶店でパソコン部の部長さんと会っていた真咲君と野上君が帰ってきました。

 野上君が満面の笑みなのに反して、真咲君は浮かない顔をしています。

 きっとものすごく楽しい事があったに違いありません。私には分かります!



□芦屋真咲の解明


 月曜日の放課後、先週発覚したパソコン部脅迫事件について推理しようという名目で部室に集められた。だが、龍胆寺は部室に着くやいなやパソコンを立ち上げ、どこかのホームページを見るのに没頭してしまった。

 それなのに野上は、龍胆寺をパソコンの前から引きはがして連れてこいなどと無理を言う。

 お前がみんなで推理をしようと言って集めたのだから、お前が連れてくればいいだろうと文句を言うと、「君の方が龍胆寺君の扱いが上手い」などとぬかす。

 俺は龍胆寺の専属執事か! そんな言い争いをしている時に野上の電話が鳴った。

「パソコン部の臼井部長からメールが届いた」

 野上がスマートフォンを見ながら言った。

「えーと……おっ! 僕に相談したい事があるらしい! よし、さっそく出かけよう! 行くぞワトソン君、いざパソコン部へ!」

 今更ワトソン呼ばわりで突っ込んでいては身が持たないのでそこには触れないが、こいつは自分が言ったことをもう忘れたのだろうか。

「おい待てよ。学校内で会わない方がいいって言ったのはお前だろう」

「偉いぞ真咲君! 君を試したのだが、それにはひっかからなかったようだね。その通りだよ」

 顔が赤くなっている。もはや哀れなのでスルーした。

「メールかチャットをするか?」

「いけないな。依頼人とチャットする探偵がいるかね? こういう時は面と向かって会わないといけないのだ」

 言っている事はウザいが、直接会うのは賛成だ。スマートフォンに文字を打ち込むのは好きではないし面倒だ。パソコン部は当然自前のパソコンを持っているので、晴高ネットを使えばチャットをすることはできるが、それには龍胆寺をパソコンの前からどけなければならない。それはさらに面倒だ。

「大学の食堂にでも行ってくればぁ~」

 パソコンに向かっていた龍胆寺が、画面から目を離さず興味のなさそうな声を出した。

 一応、話は聞いているようである。もしかしたら、自分がパソコンの前からどかされる危機に気が付いたのかもしれない。

「ふふふ。君達、シュミレーションゲームは好きかな」

 野上がまたおかしな事を言い出した。あと、シュミレーションじゃなく、シミュレーションな。

「ウォー・シュミレーションゲームに地形効果と言うものがあるのをご存知かな? 戦闘部隊のユニットが山岳地帯にいると防御力プラスいくつとか、索敵能力マイナスいくつとか」

 話がさっぱりみえない。

「探偵の業務も同じなのだ!」

 左手をフェンシングの構えの様に上にあげ、伸ばした右手で俺を指差しながら言いやがった。

 ウザいので差した指を払ってやった。

「場のもつ力ですよ! その場所の雰囲気が、物事に良かれ悪しかれ効果を及ぼすのです。君達は、二時間ドラマの犯人はなぜ崖の上に逃げるのかと笑うけど、あれは探偵が地形効果を最大限に活用するために追い詰めているのだよ」

 そんな効果があったとしても、狙っているのはそのドラマの脚本家だけだと思うが。

「安心したまえ。僕は依頼人と会うのに相応しいポイントを、この近くに十数箇所ストックしています。今の状況にあったベストのポイントはここだ!」

「どこだよ、言えよ。分からねーよ」

 妙なポーズで固まったまま答えないので思わず突っ込んでしまった。

「大学正門前駅近くの喫茶店だ! 十六時に待ち合わせしよう」

 大学正門前駅は、隣の駅になるが大学構内を通ればそう遠くない上、我が校の生徒がその駅を使うメリットは無いので、人に見つからず会うにはいいだろう。野上はそう言うとスマートフォンを操作し、部長にメールの返事を書きだした。

 言うまでもなく俺も連れて行かれるらしい。龍胆寺に一緒に行くかと聞くと、

「行ってらっしゃ~い」と気の抜けた返事。

「お土産期待しているよ~」と言う声に見送られ部室を後にした。誰が買ってくるか。


 生徒玄関から外に出て、高校正門に向かう生徒達の流れに逆らって大学に向かう。高校と大学の間の森の中の道は、秋の紅葉の時に歩けばそれなりに風情があるらしいが、梅雨の合間に野上と一緒では台無しだ。

 せめて、あいつとなら……

 いや別に龍胆寺と一緒に歩きたいわけではない。ただでさえ蒸し暑いのに野上の鬱陶しい話を聞きたくないというだけだ。あくまでも消去法による結論にすぎない。

 道の横に紫陽花が咲いているのを見つけた。

 野上は目もくれないで通り過ぎたが、俺にとっては久しぶりに日本の梅雨を感じさせられた光景だった。帰ったら、龍胆寺にも教えてやろう。もっともあいつには、雨が似合う紫陽花より、太陽の様な向日葵の方が似合っている。向日葵といえば……

「なんかニコニコしてない? そんなに楽しみなの?」

「あ、阿呆か! 楽しみじゃない!」

「そう? 依頼人に会いに行く事で、君も探偵の自覚が出てきたのかと思ったけど」

 ちょっと考え事をしていただけだと主張するが、横を歩く男は何を考えていたのか、などとうるさい事を聞く。別になんだっていいだろう、そんな言い合いをしながら大学の正門を抜け、数分歩くと目的の喫茶店が見えてきた。時間を確認しようとすると、後ろから声を掛けられた。

 パソコン部の部長もちょうど到着したようだ。

「外で声を掛けない方がよかったかな」

 俺は、「まわりには誰もいないし大丈夫でしょう」と答えたが、野上はあまり良い顔をしていなかった。

「先に入ってください」

 部長と目を合わせずそう言うと、喫茶店を通り過ぎ歩いて行ってしまった。

「誰も見ていないって。気にしすぎだろ」

 急いで追いつきそう言うと、

「探偵が先に待っているパターン、探偵が遅れて到着するパターン、今回の場合どちらでもいいでしょう。だけど、探偵と依頼人が仲良く一緒に店に入るなんて、ありえないよ!」

 そう真顔で答えた。俺はこの阿呆に掛ける言葉を持ち合わせていない。

 ぶらぶら歩いて適当に時間をつぶしてから先ほどの喫茶店に入ると、店の奥に一人いた客がこちらをチラリと見た。言うまでもなくパソコン部部長の臼井だ。

「お待たせしました。話を伺いましょうか」

 前の席に二人並んで座ると、部長は、

「外で声を掛けてちょっと迂闊だったかな。気を付けるよ」と小声で謝ってきた。

 俺も反射的に、「こちらこそすみません」と謝ってしまった。

 しかし、本当に謝罪しなればいけない隣の男は、「なに、探偵の流儀が色々ありまして。気にしていませんよ」などと応えながら、呑気にコーヒーを注文している。

「それで、なにか進展がありましたか?」

「脅迫状がまた届いた」

「なに!」

「もう、どうしていいか分からない」

「詳しく話してください」

「昨日、僕に犯人からメールが届いたんだ。内容はメモリ、ハードディスク、その他機材を買って化学準備室のパソコンに取り付けろって。悩んだんだが、そんなお金は無いって返事のメールを書いたんだ。そうしたら、今日の昼休みにまたこんなメールが来て」

 部長は自分のスマートフォンを取り出すと、なにか操作してこちらに寄越した。

「パソコン部の口座に百万円を振り込んだから、それで買えって」

 受け取ったスマートフォンのメール画面には、確かにそのような事が書いてあった。

「部で使っている銀行口座の残高を学校前のコンビニで確認したら、本当に百万円増えていた……もうどうすればいいのか……」

 部長は半泣きでつぶやくように言った。

 脅して物品を購入させるのは言うまでもなく脅迫だが、この場合はどうなるのだ?

 脅迫なら警察に駆け込むという手もあるが、今の所ただの依頼だ。警察は相手にしてくれないだろう。それに警察に訴えれば必ず学校にもばれる。勝手にパソコンを化学準備室に置いた事で学校に怒られるばかりか、試験問題を盗んだ罪をなすりつけられたら停学、下手をしたら退学もありえる。

「落ち着いて。整理して考えましょう」

 野上が真面目な顔をして応えた。

「その銀行口座を知っている人物は何人いますか?」

「僕が入部した時に顧問の先生から渡された口座なんだ。僕が入部した時には部員ゼロだったんで、前のパソコン部がどんな使い方をしていたかはわからない。僕たちは、機材を学校に買ってもらうより自分達で探した方が安く買えるので、部費は現金でもらってその口座に入れて管理している。キャッシュカードは会計が管理しているけど、口座番号は歴代の部長や会計なら知っているかな。あっ! そういえば部のホームページに寄付歓迎ってこの口座番号が書いてあった。去年冗談で書いたのがこんなことになるなんて……」

「なるほど。では校内の生徒教師なら誰でもその口座に入金できるという事ですね。振込人は誰です?」

「キャッシュカードしか持っていないので分からない。通帳に記帳すれば振込元は分かるかな? でも通帳は顧問の先生が持っている」

「先生から借りられませんか?」

「借りられると思うけど、返す時に残高を確認されたら言い訳できない」

「確かにそうですね。通帳に記帳するのはやめておきましょう。他に振込人が分かる方法がないか調べてみます」

 ここで店員が俺と野上にコーヒーを持ってきた。

 野上はテーブルの上のシュガーポットを引き寄せ、自分の前に置いたところで一瞬硬直して、俺の方に押しやった。

「君、砂糖だ。使いたまえ。僕はブラック派です」

「俺も珈琲には何も入れない主義だ」

「そうか。気が合うね」

「ああ」

 俺と野上の間に緊張が走った。

「君はこの前、苦い苦いと言ってエスプレッソに砂糖を山ほど入れていたじゃないか」

「普段はドリップコーヒー派なんだが、たまには違うものを飲みたくなったんだ。それに本場イタリアではエスプレッソを地獄の様に甘くするのが通の飲み方だ。お前こそいつもファミレスのドリンクバーではジュースしか飲まないのにどうした?」

「まずいコーヒーを飲むくらいならジュースを飲むさ。っていうか、ジュースじゃないコーラかウーロン茶だ!」

 コーラもウーロン茶もジュースだろ! と思ったが、他人もいる事だ。この辺で追及はやめにしておいてやる。誰が見ても俺の勝ちだしな。

「話を元に戻しましょう。前に犯人に心当たりは無いと仰っていましたが、百万円をすぐに振り込める人間に心当たりはありますか?」

「う~ん、高校生はまず無理だし、先生……にも心当たりは無いし、後はOBだけど……色々伝説を残した人がいるらしいけど、僕が入部した時は、パソコン部は前の年に全員辞めてしまって部員ゼロだったから、先輩がいなかったんだよね」

 俺は先週会った荒木場を思い出したが、あの身なりを見ると百万円を都合できる様には思えなかった。

「その伝説を残したOBの話を聞かせてください」

「噂だけど、パソコン部のOBにすごい人が居て、アメリカのNSAに勤めているとか」

「NSなに? なんですかそこは」

 野上が間抜けな質問をしたので俺が代わりに答えた。

「NSAはアメリカの国家機関で、確か日本語だと『国家安全保障局』だったかな。CIAとかFBIとかと同じようなものだと思えばいい。世界中のデータを盗聴しているエシュロンっていうシステムを動かしている」

「へー。どうやって?」

 そんな事知るか! 野上の質問には答えず部長に尋ねた。

「本当にNSAに就職したのですか?」

「まさか、日本人が入れるはずがないだろう。本当に入ったのなら、ウチの学校も、担任の先生から入っていた部活まで、徹底的に調査されるだろうけど、そんな話聞いたこと無い。だけど、ボルチモアにある大学に留学した学生がいたというは本当らしい。それがいつのまにかNSAに就職した事になったんじゃないかな」

 野上の合点がいかない顔を察知して部長が付け加えた。

「えーと、NSAはアメリカのメリーランド州にあって、同じくメリーランド州のボルチモアにあるその大学と近かったという事らしい」

「なるほど、その先輩と連絡を取ることはできますか?」

「ちょっと方法が思いつかないな。さっきも言ったけど、パソコン部は直接の先輩がいないんだ。そもそも名前も知らないし、本当にいた人かどうかも分からない」

「そうですか、分かりました。それでは、僕のルートを使って調べましょう」

 『僕の』という部分をやけに強調し野上が言った。どうせ荒木場あたりに聞くのだろう。一度こいつに関わると本当に大変だ。あるいは生徒会長に調べさせるのか? それなら文句はない。精々こき使ってやればいい。

 その後も野上は部長を質問攻めにしたが、犯人に繋がる情報は聞き出せなかった。

 そして全員の飲み物が無くなり、お冷を二回おかわりしたところで、我が校の制服を着たカップルが店に入ってきた。こちらを気にしているところをみると、他の生徒に見られたくないという同じ理由でこの店を選んだようだ。顔を覚えられる前に出ようという野上の主張により店を出ることになった。

「とにかく、時間を稼ぎましょう。パソコンの機材もどれがいいのか知らない振りをして聞いて、買うのを出来るだけ先延ばしにしてください」

 最後にそう言って部長を先に帰したのだが、野上は部長が見えなくなったとたんにいやらしい薄ら笑いを浮かべた。数分後、俺達も店を出たのだが、高校までの道中、野上はずっとその薄ら笑いを浮かべ、やたら嬉しそうだった。下手をすればスキップをしかねない勢いだ。

 なぜだと聞くと、

「僕の敵にふさわしい怪人になってきたからですよ。社会人相手なら百万円と言う額は大したものではないけど、高校生にとっては大金だ!」

 社会人でも百万円は大金だろ。

「しかもですよ、脅し取るのではなく脅し与えるっていうのが素晴らしい。怪人かくあるべし。僕はこんな事件を待っていた!」

 並んで歩いていたはずが、前に回って迫りくる勢いで熱弁しだした。顔が近いよ、落ち着け!

 その後はずっと野上のターンが続いた。最初は怪人について推理していたはずが、最後は『僕が考えた理想の怪人』を熱く語り出す始末だ。もう手に負えない。


 部室に着くと龍胆寺はまだパソコンに向かっていた。

 野上が「ただいま」とあいさつをすると、それを無視して、

「KISSってなんだと思う?」と突拍子もない事を聞いてきた。

「荒木場先輩に教えてもらったのだけど」

「えっ!?」

 荒木場の野郎! 俺達が留守にしている間になんて事をしやがるんだ。今から乗り込んで事の次第を確かめてやる! 寝惚けた顔をしていたが、野上も同意するに違いない。だが、龍胆寺は俺達の困惑をよそに、KISSとは悪魔言語とやらに何かを追加するためのヒントらしいと説明した。

 紛らわしい事を言うな。それにこれ以上、謎を抱え込むのは勘弁して欲しい。

 俺が龍胆寺に先ほどパソコン部部長から聞いた話を語って聞かせようとすると、横から野上が理想の怪人がどうだとか興奮して支離滅裂な話をした。当の龍胆寺も、俺にそのKISSの謎を解かせたいらしく、隙あれば話を脱線させた。

 そのお蔭で、パソコン部の話を終えた時にはもう下校の時刻を過ぎていた。

 それでも話が止まらない二人に帰り支度をさせ、部室に鍵を掛け、生徒玄関から校舎の外に出てもまだ話が止まらない。しかも二人とも別々の話題なのだ。

 それが帰りの道中、二人と別れるまでずっと続いた。真ん中で両方に相槌を打つ俺の気苦労を二人とも分かっているのだろうか。

 一人になってからやっと俺も今回の件について考えてみた。気になる事は一つだけだ。

 今となっては野上の先走りだった密室首吊り事件、あの時から感じている違和感についてだ。

 はっきり言おう。野上が怪人と言っているものの正体は悪魔に違いないと俺は確信している。

 パソコン部が儀式を行っていないことは明らかだ。だが、不運が重なり偶然悪魔を召喚してしまったのではないだろうか。そうでなければ、化学室の廊下で何者かに襲われた事、そして、球技大会の試合中に邪魔をされた事の説明がつかない。

 そしてその悪魔が、パソコン部が設置したパソコンに何らかの関わりがあるのだろう。

 二人が頼りにならない以上、いや、二人を頼りにしてはいけない以上、これは俺が解決するしかない。



☆野上隆之介の推理


【パソコン部の部長である臼井氏から、探偵部主任探偵宛てに面談を申し込むメールが届く。ポイント『チャーリー』で話を聞くと、例の怪人から再度脅迫を受けたという(百万円を振り込まれ機材を買えと強要)。

 臼井部長は振込をした人物に心当たりは無いと言っていたが、この人物が怪人と見て間違いない。我が部はこの怪人を好敵手と認め、正々堂々戦うつもりである。】

 部室のパソコンを使って昨日の日付で探偵部ブログを更新していると、横から画面を覗き込んだ真咲君が口を挟んできた。

「おい、主任探偵って誰だよ。それと勝手に好敵手と認めるなよ」

「真咲君、好敵手と書いてあるけど、ライバルと発音してくれないか」

 そうは言いつつも、僕も公式の書類で怪人の事を持ち上げすぎるのもどうかと思うので、潔く最後の文を消した。真咲君はそれに満足したのか、それ以上口を出してこなかった。

 今日は霧君が部室に来なかったため、パソコンが自由に使える。昨日書けなかった探偵部ブログを今更新しているのである。

【やることメモ:パソコン部部員に話を聞く。伝説を残したパソコン部OBに心当たりがないか荒木場氏に聞く】

「そうだ、真咲君。銀行口座の件はどうなったのかな」

 パソコン部の銀行口座に振り込みを行った人物を通帳記帳せずに調べる方法がないか、調査の指示をしておいたのだ。

「駅前にパソコン部が使っている銀行の支店があったから、さっき行って聞いてきた。結果は、」と言うと、手で大きな×を作り続けて言った。

「ダメだな。通帳記帳以外で振り込んだ人間を知る事はできないと言われた」

「聞き方が悪かったんじゃないのか? こういうのはテクニックがあるんですよ」

「俺だって色々頼んだが、個人情報保護の一点張りだ。お前が行っても無理だと思うぞ」

 僕の対人懐柔テクニックを試す手もあるが、ここは真咲君を立てておこう。

 しかし、振込元から怪人をたどる線を絶たれると痛い。ブログの編集画面から先ほど書いた昨日の記事を選択し、【通帳記帳以外に振込元を特定する方法がない】と追記する。

 さて、次は残りのパソコン部員から話を聞かなくてはならないのだが、できれば全員一度に話を聞いてしまいたい。問題はどこで話をするかという事につきる。

 昨日のポイント『チャーリー』は、我が校の生徒も利用する事が判明したため使いにくい。ポイント『アルファ』『ブラボー』は隠匿性で言えば『チャーリー』より劣る。なにより大勢で話をする雰囲気ではないのである。四月に転校してきた真咲君が気の利いた店を知っているとも思えない。この際校内で妥協してしまおうか、しかし探偵との面談に適する応接セットがあるような場所は、校長室くらいしか思い浮かばない。

「真咲君、どうしたら校長室を借りられると思う? 一時間くらいでいいんだ」

「そりゃあ欲しいものは力ずくで手に入れるしかないだろう。まず体育館あたりで騒ぎを起こしておいてから校長室を一気に強襲する。陽動が利いているうちにバリケードを築ければ、一時間ぐらいは籠城可能だろう」

「いや、そこまで大げさにしなくてもいいのだ。でも、いざという時のため検討しておく価値はあるかもしれないな。後でレポートにまとめておいてくれないか」

 真咲君にしては大胆な回答である。たくさんの選択枝を用意しておく事は悪い事ではない。

「冗談だよ」

「冗談なのか…」

「……」

「……」

 部室に訪れたちょっとした沈黙は、ノックによって破られた。

「いやあ、誰だろうなー」

 重くなった空気を壊そうと、努めて明るい声でそう呟き、扉に向かった。

 扉を開けるとパソコン部一年の小島氏が立っていた。急いで部室の中に招き入れ、廊下に人の目が無いか確認した。

「大丈夫ですよ。ちゃんと人が居ない時を見計らってノックしましたから」

「尾行されていないでしょうね?」

「はい。多分」

「気を付けて欲しいと臼井部長に伝えておいたのだがね。校内でパソコン部と探偵部が接触している姿を見せたくないのだよ」

「その部長の用できたんですよ」

「来てしまったのは仕方ない。そこに掛けたまえ」

 小島氏に席を勧める。例え年下であろうと依頼人には敬意を払うのが僕の流儀だ。

「久しぶりだね。あの密室事件以来だったかな?」

「そうですかね」

「君にはやられたよ。あの時、部長達を化学室から外に誘導したのは君だというじゃないか。探偵の裏をかくとはなかなかのものですよ」

「そうですか、部長に聞いたんですね。あの時は失礼しました」

 あの首吊り事件のあった日、密室状態の化学室から臼井部長達を外に逃がしたのがこの小島氏だと、先日臼井部長が打ち明けたのだ。

「化学室の前で会ったのは偶然かと思ったら、君はあそこで見張りをしていたのだろう。パソコン部の部長は良い部下をお持ちだ」

 ちらりと真咲君を見るが、気難しそうな顔をしている。僕の言葉の意図を感じ取って欲しいものだ。

「それで、臼井部長の用と言うのは?」

「はい。部員にも聞き込みをすると聞いたので、代表して僕がきました」

 依頼人が協力的なのは助かるが、出来れば依頼人には探偵自らが話を聞きたいところだ。しかし、先ほどから思案している面会場所の問題を考えれば、このような方法も仕方ない。

「分かりました。君に質問を取りまとめてもらいましょう。だけど、くれぐれも慎重に行動してくださいよ」

「大丈夫です。僕は幽霊部員なんですよ。パソコン部にはあの事件のちょっと前に仮入部したまま、正式に入部届を出していないんです。あれ以来、部にはほとんど顔を出していないので、僕がパソコン部だと知っている人は恐らくいません」

「なるほど、だから君を指名したわけですね。ところで君は何か心当たりはありますか」

「まったくありませんね。この学校の生徒が犯人なんでしょうか?」

 出た! シロートはこれだから怖い。

「安易な推理による予断は間違いの元ですよ。探偵以外が犯人を詮索するのはやめた方がいい。僕はこの事件の犯人の事を怪人と呼んでいます。なかなか一筋縄ではいかない相手です。君もこの事件に関わるなら覚悟を決めた方がいいですよ」

 当事者意識が無い依頼人に忠告するのも探偵の仕事の一つだ。

「怪人ですか、これは僕が侮っていたかもしれませんね」

 この依頼人は素直に僕の言う事を聞いてくれるようだ。部下に見習わせたいものだ。

「そう、怪人だ! 怪人が企み、探偵が暴く。探偵が罠を仕掛け、怪人が裏をかく。探偵と怪人は捕まえる者と逃げる者という関係だけでなく、お互いの知力と体力を戦わせる好敵手なんだ!」

「なるほど。ライバルですね」

 僕は小島氏の手を両手で取り握手をした。感動で涙が出そうだ。

「そう! 君は分かっているねぇ~。僕はねえ、この際、パソコン部の機材がどうしたとか、どうでもいいのですよ。僕の探偵人生で初めて現れたライバルに己の力の全てをぶつけられれば満足なのです!」

「おい、気持ち悪いからそんな事で泣くな」

 横から聞いていない振りをしていた真咲君が口を出した。部外者にはこんなに理解してもらえるのに、部下には僕の感動がどうして伝わらないのか。だが、一部言い過ぎた点もあるのでフォローを入れた。

「どうでもいいは口が滑りましたが、僕が怪人を圧倒する事が依頼人であるパソコン部の利益になりますからね。どんな細かい点でもいいので気になる事は教えてください」

「他の部員も犯人に心当たりは無いと言っています。部員に聞くことがあれば教えてください。後でまとめて連絡します」

 昨日、臼井部長にした質問と他に気になる事数点をまとめて小島氏に託した。だが、部員から伝えたいことがあればこの時点で小島氏から伝えられているだろう。これ以上の情報がもたらされるのは難しいと予想している。

 連絡先を交換した後、小島氏は戻って行った。

 横を見ると真咲君がまだ仏頂面をしているので、どうしたのかと問うと、小島氏が気に入らないと言う。

「まあ仕方ないよ、僕も出し抜かれたんだ。あれでも今は依頼人の一人だし、気にしないことだよ」

 そうは言ってみたが、真咲君の機嫌の悪い本当の理由は分かっていた。今日は、霧君が来ていないからだろう。だが、僕には真咲君のご機嫌取りをしている暇はなかった。

 荒木場氏にメールして、伝説のOBに心当たりがないか聞かないといけないのだ。



□芦屋真咲の解明


 週の初めの月曜日こそ、パソコン部の部長に会う野上に付き合って隣駅の喫茶店に行ったりしていたのだが、火曜日から今日までの三日間、俺は部室で静かに本を読むことができた。

 その理由の一つは、龍胆寺が月曜を最後に部室に顔を出さなくなったからだ。

 もちろん学校には来ているのだが、朝は眠そうな疲れた顔をしていて、休み時間もずっと頭を抱えて考え込んでおり、放課後はすぐ帰る。

 何をしているのか聞いても、よく分からない事を言うばかりで要領を得ないが、先週の土曜日に大学で荒木場から聞いたホームページに関連するという事だけは分かった。普段俺が部活をさぼると怒るくせに勝手なやつだ。それに、そんなに大変なら俺に頼ってきてもいいのではないか。多少の文句は言わせてもらうが、本心で言っている訳ではない。

 もう一つの理由は、パソコン部の小島が休んでいる龍胆寺に代わるかのように毎日部室に顔を出して野上の相手をしているからだ。

 小島が初めて部室に来た時は、パソコン部の部長の使いだった。その翌日は、パソコン部の部員から事件に関する心当たりを聞いた結果を持ってきた。用が終わったらさっさと帰ればいいのに、小島は野上に興味を持ったらしく、ずっと二人で話し込んでいた。

 そして、今日はなにも用が無いはずなのに、小島はパソコン部では無く俺等の部室に顔を出し、野上のする探偵話に聞き入っていた。

 野上の方もいつものくだらない話を真剣に聞いてくれる人間を歓迎し、快く迎え入れいている。自分では先生と生徒のつもりだろうが、小島にしたら珍獣に直接触れ合えるサファリパークに来ているようなものだろう。

 捜査に出なくていいのかと聞くと、

「必要な情報はすべて手に入るように指示しています。僕はこの椅子に座って考えるだけでいいのです」などと言い放った。

 いつだったか、「自分は安楽椅子探偵ではない」と言っていたのは誰なんだ。

 それに加え、小島に、「さすがですね! 先輩すごいです! いや~、僕はそんな事考え付かなかったな~」などとおだてられていい気になっている。

 むしろ、おだてる振りをして馬鹿にしているのではないかと思うが、さすがにそれを指摘するのは忍びないので放っておいていた。

 俺が来たるべき戦いに備え、部室で悪魔祓いの聖水を作っている時も、野上は小島に首絞めによる殺人と首吊りの違いなどという役に立たない知識を披露していた。

 それが終わったら今度は水鉄砲を片手に、犯人から銃を突き付けられた時の防御方法というさらにどうでもいい講義に入った。犯人に撃たれた時に言ったら格好いい最期のセリフは何かについて、真剣に議論する様子を見ていると、憐みさえ覚えた。

 俺の憐憫の視線を仲間に入りたいと勘違いした野上が、俺に犯人役をやれと言うので、水鉄砲に出来たばかりの聖水を詰めて二人を撃ってやった。

 だが悲しいかな聖霊のご加護をもってしても、こいつらの頭を良くすることはできないのだ。

 野上の下らない講義が終わると、「今日はブログを書かないのですか?」と小島に言われ、二人揃ってパソコンの前に移動してきた。

「荒木場さんから返事はありました?」

「まだ来ていないのだ。彼は不誠実な男だな。霧君には、なんでも聞いて~なんて言っていたのになあ。これも書いておこう、ええと、【荒木場氏からメールの返事来ず】後は…」

 やたらゆっくりとしたキータッチが続いた後、最後に「ターン!」という威勢のいい音が聞こえた。エンターキーだけ叩くように押したらしい。しかもキーを押した右手がライダーの変身ポーズの様な形を作っている。

 俺でもその行為がネットでネタになっている事を知っている。小島はなにも言わず黙っていたが、本人は小島を前に精一杯恰好を付けているつもりなのが情けない。注意してもいいが恥の上塗りなのでやめておいた。何年か後に、寝る前布団の中で思い出して頭を抱えればいい。

 俺が冷ややかな目で見ていると、小島が驚いたような声を出した。沈黙に耐えられなかったのかと思ったが違うらしい。

「先輩! さっきの記事にコメントが付いていませんか?」

「あ、本当だ。外部に公開はしていないのだけどな。変なところをクリックしてしまったかな。あーーー!!」

 呑気な声が叫び声に変わった。俺もすぐにパソコンの前に駆け寄った。

 野上が付けている探偵部のブログは、晴高ネットのブログを利用している。他のブログと同様に投稿した記事にコメントを付けられるが、野上は記事を関係者以外見られないようにしておくと言っていたはずだ。画面を覗き込み、書かれたコメントを見てみると、さらに驚くべきことが書かれていた。


【探偵部の諸君、ごきげんいかがかな。諸君は吾輩の事を怪人と呼んでいるそうですな。身に余る栄誉であり、こうして諸君とお手合わせできて大変光栄に思う。お互い知恵を絞り正々堂々対決しようではないか。と言いたいところであるが、吾輩にも事情があり、このままでは十全の力が出せない。吾輩がパソコン部に依頼している内容を諸君はご存じのはずだ。吾輩が使う道具はあのパソコンのみ、今のままでは諸君と対等に闘う事はできない。諸君が確実に勝利を収めるために手段を選ばないというなら今の吾輩を叩けばいい。しかし、清廉な諸君の事だ、貧弱な吾輩を打ち負かしても心が晴れないだろう。お互い万全の状態で正々堂々勝負するためにも、諸君からパソコン部に口添えして頂けないだろうか。吾輩はただ諸君と対決したいだけだ。他に誰にも迷惑を掛けない。宜しく頼む。】


「これはなんだ」

「こっちが聞きたいよ」

「先輩がブログをアップしてすぐにこのコメントが書き込まれたんですよ。は~、すごいですね。怪人は本当にいたんですね。どうするんですか先輩! 名指しされていますよ。もちろん対決するんですよね?」

 小島が期待を込めた目で野上を見ている。

「お、おう。対決はするが…」

 野上にしては歯切れが悪い。

「逃げませんよね?」

「うん…」

「要するにこれ、パソコン部に機材を買わせろってことでしょう? お金も怪人が振り込んだものだし、誰も損してないですよ! 相手に言い訳できないようにしてから叩き潰してやりましょうよ!」

 小島の企んでいる事は分かっている。正式なパソコン部員でも、もちろん探偵部員でもない外野の立場で話を大きくして楽しもうという魂胆だろう。ここ数日、部室に顔を出しただけの奴にいいように仕切られるのは御免だ。

「なあ、野上」

 俺はできるだけ怯えた様な声で呼びかけた。

「ここは、悔しいけど怪人の要求をのんだ方がいいと思うぞ」

「……」

「こいつは今まで俺達に尻尾をつかませないやばい奴だ」

「そうでもないでしょう」

「だって、なにも手が出せないだろう」

「いや、手はあるよ」

「ここは大人しく手を引こう。逃げるわけじゃない。戦略的撤退だ」

「もちろん、逃げはしないさ」

「パソコン部も謝れば許してくれるだろう」

「おいおい、依頼人を見捨てるつもりか! 僕は依頼人のためになにがあっても戦うぞ!」

「だって、怪人が…」

「怪人の都合なんて知らない! 僕は依頼人のために戦う! 闘う! そうだ、怪人の都合なんて知ったこっちゃない! ぐうの音も出ないように叩き潰す! 探偵の本気を見せてやる! よし、真咲君作戦会議だ! 小島君、悪いが今日の探偵の講義はここまでにしよう。やるぞ! うお~!」

 小島、悪いが野上の扱いはこうやるのだ。



○龍胆寺霧の観察


 パソコンの画面には、とてもシンプルなウェブページが表示されていました。

 私は深夜自宅で悪魔言語の追加ライブラリダウンロードページを見ていました。

 溜息をついて机の上の時計を見ると深夜一時を回っていました。そろそろ寝ないと明日がつらい事は分かっていましたが、後三十分だけ考えてみようと思いました。

「昨日の夜もあと三十分だけ、あと三十分だけ、なんて言いながら結局三時まで起きていたじゃないか。今日こそは本当に後三十分だけだゾ」

 なんて深夜のテンションで自分にツッコミをいれてしました。しかも口に出して。

 いつもは遅くても日付が変わる前には寝ているのに、こんなに夜更かししているのは今日で三日目です。それというのもすべてはこのウェブページのせい。本当に答えがあるのでしょうか。性質の悪い悪戯ではないでしょうか。せめてそれだけでも教えてもらえれば、頑張り甲斐があるのですが。

 ウェブページにはこんな注意書きが書かれています。

【注意:コードからキーワードを生成してください。コードをお持ちで無い方はダウンロードの資格がありません。】

 荒木場先輩によるとこの問題を解く鍵は、生徒会の掲示板サーバーに入っていた色々な言語のソースコードだそうです。この注意書きからもそれは間違っていないと思うのですが、どうすれば良いか分かりません。そして『KISSが答え』というヒント。

 朝起きてから、通学中、授業中もずっと、部室にいても、家に帰ってきてから、昨日も、その前もずっと同じことを考えています。学校にいる間、「KISS……KISS……」と口に出して言っていたら真咲君に怒られてしまったくらいです。

 コードからキーワードってなに!? KISSってなに!?

 考えられる事は全てやったつもりですが、まだやり残したことがあるという事でしょうか。

 初めにやったことは、そのままではエラーになってしまうそのソースコードを修正して、それぞれのプログラム環境で実行することでした。

 ファイル1の実行結果を、追加ライブラリダウンロードページのコード入力フォームに入れて送信ボタンを押してみましたが、【コードが違います】のメッセージ。

 ファイル2も3も4も5も6も7も、全てエラーです。全部の結果を繋げて入力しようとすると文字数制限に引っかかります。出力された文字はランダムなアルファベットのように思えます。何かの法則を見つけようとしても、何も思いつきません。

「ああもう! 追加ライブラリなんてもう知らない! 悪魔言語なんて!」

 悪魔言語なんてもうやらない、そう叫び声を上げようとして、はっと気付きました。悪魔言語で実行したらどうなるの?

 そう思い、元のファイルを見直したところ、エラーになる箇所は初心者がよくやるミスなのですが、悪魔言語ではエラーにならずそのまま実行できるのです。

 試しにC言語で書かれているソースコードをそのまま悪魔言語に移植して実行したところ、C言語の実行結果とは異なる文字が出力されました。

 他の言語ではエラーとなりプログラムの実行が止まるところで止まらず、間違った実行結果を出力する。エラーならバグがあったと思いプログラムの見直しをしますが、実行できたならならそれが正しい結果だと思ってしまいます。これこそ悪魔言語の恐ろしいところなのです。

 ファイル1の実行結果は、【Kee】という文字です。

 続いて残りのファイルを悪魔言語に変換して実行してみると、

【p I】【t S】【im】【ple】【, Stu】【pid】という結果になりました。繋げてみると、

『Keep It Simple, Stupid』

 日本語だと『単純にしておけ、間抜け』という意味でしょうか。

 今までの苦労を馬鹿にされたような気がしましたが、フォームに入力して送信してみました。すると、何度も見たエラー画面の代わりに見慣れない画面が!

 そうです、ついに成功したのです! なるほど答えは『KISS』その通りでした。

 相変わらずテキストのみのシンプルなページの真ん中に、【追加ライブラリダウンロード】と書かれたリンクがあります。クリックするとファイルのダウンロードが始まりました。

「やった! やった!」深夜三時を過ぎていたのに大声で叫んでしまいました。

 やっと追加ライブラリのダウンロードができました。圧縮ファイルを解凍し、フォルダを開くとたくさんのファイルがありました。その中に『ライブラリ追加の手順』と書かれたテキストファイルがあったので、指示通りにインストールを行いました。

 これで追加ライブラリを使う準備はできたようですが、ひとつだけいかにも怪しいアプリケーションがありました。ファイル名は『d-a-emon.exe』。手順書にも、『おまけです。使い方は起動後に直接聞いてください。』と書かれているだけです。

「直接聞いてくださいって、誰に?」

 普通なら即ウィルス認定なのですが、好奇心に負けてそのアプリを起動してしまいました。

【起動中… 追加ライブラリを探しています… 情報を取得しています…】

「情報を取得ってなに? 怖いなあ」

 起動したのをちょっと後悔しました。

 起動メッセージを表示していたウインドウが閉じると、別のウインドウが開きました。

 そのウインドウは画面の半分ぐらいの大きさで、真ん中に黒猫がこちらに背中を向けた形で丸まって寝ています。画面下の方に文字を入力できるテキスト入力フィールドがついており、『I』のマークが点滅しています。メニューなどは一切ありません。キーボードから「aaa」と打ち込むとそのテキストフィールドに【aaa】と表示されました。

 怪しさ満点ですが、その文字を消し、「こんにちは」と打ち込んでエンターキーを押しました。

 すると、その黒猫はこちらを向いて立ち上がったのですが、その場でジャンプし空中で一回転したかと思うと、派手なエフェクトとともに人型に変身してしまったのです。

 顔はちょっと釣り目で、口からは牙の様な八重歯が左右にのぞいています。髪は黒髪のツインテールで、大きなネコミミがついていました。露出度の高い黒い水着の様な服を着ていて、手には肘まである肉球付の黒い手袋をはめ、足にはファー付きの黒いロングブーツを履いて、黒い猫のしっぽを付けていました。

 黒猫がネコミミ少女に変身してしまったのです。画面の中の猫少女は左右をきょろきょろ見回すと口をパクパク動かしました。すると同時に吹き出しが現れ、

【ここは初めてくる場所だにゃー】という文字が表示されたのでした。

 これはデスクトップマスコットとか、エージェントアプリのようなものでしょうか。

 使い方を探そうにもヘルプメニューが見当たりません。仕方なくテキストフィールドに「使い方」と入力しエンターキーを押してみました。

【おいおい。初対面の悪魔にものを聞くのにそんな口のきき方はないにゃ。まあ、せっかくの呼び出しなんで、ボクから先にご挨拶しておくかナ。ボクの名前はラプラスの悪魔というにゃ】

 えっ! ラプラスの悪魔! いろいろなところで聞いたキーワードがまた出てきました。しかも今回は自分で名乗っているし。

【お前さんの名前は?】

「キリです」と打ち込みました。

【晴高の生徒かにゃ?】と吹き出しに表示。

 色々混乱してきました。なんでそんな事を知っているのでしょうか。

 晴高と略しているということは、学校の関係者かOB? OG? なのでしょうか。

「そうです。なぜ知っているの?」

【お前さんが入れたキーワードは、マスターが何年か前に晴高のパソコン部用に出した問題にゃ。最近晴高からアクセスがあったし、悪魔の巣もできたしナ】

 悪魔の巣ってなに? 質問すれば答えてくれるのでしょうか? 質問を打ち込もうとすると先に画面に文字が表示されました。

【キリって、龍胆寺霧かにゃ?】

 文字を打ち込む手が止まりました。怖くなってきましたが、意を決して質問しました。

「なんで私の名前を知っているの?」

【なんでって、調べたから。調べて答えるのがボクの仕事にゃー。晴高の生徒名簿を調べたら、キリという名前は龍胆寺霧しかなかったし、お前さんの所属している探偵部がいろいろ調べているのは知っているにゃ。お前さん、ちょっとカメラに顔を写せにゃ】

 仕方なくノートパソコンについているカメラの角度を調整し、手を振ってみました。

【フム。偽物ではないようダナ。それで、なんか用かにゃ?】

 おまけなんていうかわいいものではなく、どうやら恐ろしいものを実行してしまったようです。頭が混乱して、何をすればいいかわかりません。しばらく頭を抱えてあたふたしていると、

【もう用がないなら帰るケド。にゃ】

 手を振ってバイバイのような仕草をしました。帰るって、アプリを終了するという事でしょうか。ここは帰してはいけないような気がしたのですが、焦って変な質問をしてしまいました。

「なんで」

「そんなかっこうを」

「しているの?」

 急いでいたので質問が細切れになってしまいましたが、猫少女は答えてくれました。

【ボクだって最初はこんな格好をしてなかったにゃ。ローブを着て、杖を持った老人だったのだけど、世の中の流行に乗って、執事になったり、魔法少女になったり、女装した少年になったり、今は一周まわってこの格好に落ち着いたにゃー】

「かわいいよ」

 そう文字を入力すると嬉しそうに体をくねくねさせて言いました。

【良い体が手に入ったノダ。開発中止されたゲームのキャラだけど、デキはいいダロ? アニメ放送と同時にリリース予定だったゲームなんだけど、アニメの方の企画が潰れたおかげで、ゲームの方もお蔵入りだにゃ。企画はともかく3Dモデリングデータはなかなかのものなので、使ってやっている。ドウだ? いいダロ?】

 手に入ったって、その口ぶりは勝手に拝借してきたの?

 その後、服を褒めたり、当たり障りのない会話をしていると、私も大分落ち着いてきたので踏み込んで聞いてみました。

「このソフトは誰が作ったの?」

【このガワ、お前さんも気になるのかにゃ? NSAのバカヤロウもそんな事を言っていたケド、この無骨さがイカスにゃ。ウインドウの枠を消してデスクトップを透過してもいいと思うけどナ。まあ、これは手っ取り早くボクと話をするためのおまけソフトだにゃー。ドキュメントが付いていたダロ、自分のソフトに組み込むのが本来の使い方にゃ。気になるなら、お前さんも作ればいいゾ。どんなガワでもボクは気にしないにゃー。ダケド、音声合成でしゃべらせるなら、モデルの声優はチェックさせろヨナ】

 NSAとかすごい事を言った気がしますが、アメリカの国家安全保障局ではないと思いたい。日本サーフィン連盟かな。って聞きたいのはそんな事では無くてですね、

「ええと、そうじゃなくて。このチャットの先に居るのは人間なの? プログラムなの?」

【最初から悪魔って言っているにゃ~】

 猫少女は左手を腰にあて、右手を突き出し肉球の付いた手のひらを振りながら答えました。とぼけているのか天然なのか。

「さっき言っていた悪魔の巣っていうのは?」

【もしかして何も知らないのかにゃ?】

「知りません」

【仕方ない。一から説明してヤル。『ラプラスの悪魔』というのは、ボク達悪魔の名前にゃんだけど、広い意味では、データを無差別に収集し自力で進化する人工知能ネットワークシステムの名前だにゃー】

 どこから突っ込めばいいのやら。

「何のために作られたの?」

【質問に答えるためだにゃ!】

 こちらをビシッと指差して答えました。

「検索エンジンって事?」

【その答えでは不十分ダナ。『ラプラスの悪魔』の機能は大きく分けて三つ。『データ収集』『データ分析&共有』『サーバント』だにゃ。『サーバント』とはボク達の事だゾ】

 なるほど、一般的な検索サイトは検索結果をリストで表示しますが、このシステムでは、キャラクターと会話する事で知りたい事を手に入れるのでしょう。

【さっきの質問に答えると、『悪魔の巣』というのは、最低でも『データ収集』プログラムを実行しているサーバーとかパソコンのことだにゃ】

「パソコン版ソフトもあるってこと? そんな名前のソフト聞いたことないけど」

【データ収集プログラムに名乗らせるわけないにゃー。一般的にはウィルスとかトロイの木馬と言われているにゃ。バカヤロウが作った甘いソフトがたまにアンチウィルスソフトに引っかかるけどナ。他にもゲームソフトやツールに偽装したり色々だにゃ。パソコンの所有者の承認の元動いているプログラムも多いゾ。ウェブサーバーのプラグイン版もあるゾ】

 やっぱり、そっち系のソフトなんですね。嫌な予感的中です。

【とにかく、世界中のあらゆるところから、合法非合法問わずデータを取ってくるのがこいつの役目にゃ。それこそ、他の検索エンジンからもナ。誰かがやっているなら、それを貰えばイイノダ。やらなくていい事はしない主義にゃ】

 続きを聞くのが恐ろしくなりましたが、好奇心に負けてしまいました。

「『データ分析&共有』というのはなにをしているの?」

【『データ収集』機能だけの巣は、手に入れた生データを上位の巣に一方的に送るだけだけど、『データ分析&共有』機能を持っている近くの巣同士は、相互に分析データのやり取りをするにゃ。こうしていくつかの巣が集まったまとまりを『悪魔の町』と呼んでいるにゃ。町が集まって都市となり、都市が集まって国になり、国が集まって帝国になるにゃ】

【世界に帝国は三つしかないにゃ。ロンドンとアメリカのメリーランド州、そしてお前さんの学校の隣の大学。ボクはその大学にいる。ということはどういう事かわかるかにゃ?】

 猫少女は偉そうに胸を張りました。

「帝国で一番偉いのですか? 帝王?」

【そうにゃ!】

 こちらに向かってまた指を差しました。

【ボクはアジア、オセアニア地域をまとめる使命があるのだけど、最近は、中国のやつらが数にものをいわせて好き勝手やっているのにゃ。その上身内にごたごたがあるし、これ以上ステータスが下がったら大変にゃ】

 なにかグローバルな事を言っていますが、身内のごたごたと言うところだけやけに所帯じみています。

「ステータスってなんですか?」

【簡単に言えば地位だにゃ。ボク達、ラプラスの悪魔ネットワークは、相互に否定と肯定を繰り返しすることにより自力で進化しているのダ】

 ほうほう。

【ネットワークには、収取した生データや分析データだけが流れているわけじゃないにゃ。巣の機能をアップデートするプログラムも流れているにゃ。データ取得のためのハッキングツールとか、生データを加工する新しいツールとか、加工データの分析をする思考ルーチンとかナ】

 なるほど、なるほど。

【ある巣が重要なデータや画期的なプログラムを生み出すと、それを近隣の巣に流してお伺いを立てるにゃ。それが採用するに値すると近隣の巣が判断したら、他の町に流す。多くの巣に行きわたったデータやプログラムを提供した巣はステータスが上がるにゃ。そしてステータスの高い巣のデータは信用されやすく、低いと誰も使わない。ネットワーク全体の進化の方向を決めるのはとても大切なのにゃ。それがボクとマスターの重要な仕事だにゃ。前に一度、バカヤロウが作ったプログラムを採用したおかげでネットワークが壊滅した事があるにゃ!】

 この猫少女が言うと近所の猫達が縄張り争いをしているようでちょっと和みますが、本当ならやっている事は世界規模の犯罪行為です。ですが、とても魅力的に感じてしまうのはなぜでしょうか。

「悪魔言語はなにか関係があるの? 本来、別の用途があるって聞いたけど」

【ラプラスの悪魔ネットワークに流れる分析データは、悪魔言語によって記述されているにゃ】

 なるほど、そう言われると納得です。他のプログラム言語と比べるとかなり癖がある悪魔言語ですが、論理的な記述が出来る点については、勝っています。

「最近悪魔の巣ができたって言ったけど、あなたと私の学校に現れた悪魔は違うの?」

【違うのにゃ。晴高で動いているのはゲームに偽装したソフトだけど、サーバント機能を持っているにゃ。ダケド、別の問題があってなあ。頭が痛いにゃー】

 そう言うと右手で額を押さえました。

【話を戻すと、このシステムの最後の機能『サーバント』つまりボクの事なんだケド、今までの話でボクと会話するという事がどれだけすごい事なのかちゃんと理解しているのかにゃ?】

「はい。すごいなって思いました!」

【分かってナーイ! 世界の英知を手に入れることと同じなのだゾ。本当はボクと話すには資格がいるにゃ。悪魔と話すには人間も相応の能力が必要なのだ。『サーバント』機能へのアクセスは限られた人間しかできないにゃ!】

「ウェブサイトのキーワードの謎なら自分で解きましたよ」

【バカヤロウ! 勘違いするなヨ。お前さんが解いた問題なんて出来て当たり前だにゃ。あれは、マスターが晴高の生徒のために出した問題の答えダゾ。本当の資格試験はもっと、も~っと難しいにゃ。久しぶりの晴高生のアクセスだったから顔を出してやっただけにゃ】

 そう言うと、腕を組んでそっぽを向いてしまいましたが、渋々といった感じで話し始めました。

【お前さん達が、ややこしい事件に関わっているのも知っているゾ。ボクを使えば謎は簡単に解決するんだけどにゃ~】

 腕を組んだままチラチラとこちらを見ています。なんとも芸が細かい悪魔さんです。

 あまりにも分かりやすい誘導に笑ってしまいましたが、むしろ面白い事になりそうだったので乗ってみる事にしました。

「ぜひあなたの力を貸してください。お願いします!」

【どうしよっかにゃ~。デモ、お前さんはボクをかわいいって言ってくれたしにゃ~。ボクの頼みを聞いてくれれば今後も付き合ってもいいにゃ】

「分かりました。やります!」

【よろしい! コレで契約完了だにゃ。それにその頼みはお前さん達の事件にも関係しているのダゾ】

 話に乗って正解だったようです。私も少しは二人のお役に立たないとね。

「でもその前に」

【ナンダ。取引条件を出すなんて生意気にゃ!】

 猫少女は怒った顔をしました。

「あなたに『ラプラスの悪魔』以外の名前は無いのですか?」

【そんなものは不要にゃ】

 そうは言っても少し悲しそうな顔をしています。

「では名前を付けてもいいですか? 『ラプラスの悪魔さん』では長いし、ウチの学校の悪魔さんとも区別がつかないでしょ」

【許す! にゃ!】

 笑顔で答えました。

「ラプラスの悪魔を縮めて、ララちゃんはどう?」

【お前さん、センスないにゃ~】

 画面の猫少女は肩を落とし、わざわざ吹き出しの文字の色を青にして答えました。

 そんなにひどい!?

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