【後編】




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_/_/ DEAD or LIVE  _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/

/_/  ――HEXAGON―― _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/


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  DEAD or LIVE――それは、世界でもっとも危険な音楽シーン

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〔概要〕


 激しいビートの刻む、魅惑の"エレクトロバトル"へようこそ!


 美しく輝き、明滅する六角形闘技場ヘキサゴンゲージ――ビートを刻んでは現れる、138のマスをライバルと飛び交い、奪い合いましょう。ディスクジョッキーが刻むリズムに合せ、見事着地すれば、そのマスは、もうあなたの領域。あなたのサイドカラーが美しい輝きを放つでしょう。


 その輝きがふちをむすび、を描いたとき――とり囲まれた領域は奈落の底へ滑り落ち、あなたのライバルを闇の底へと飲み込みます!


 


 最後にステージに立つのは、一体誰か――

 エレクトロミュージックにのせて、戦いの火蓋を切って落としましょう!





┏◆ NEW SYSTEM!!

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 ☆DEAD or LIVE システムが、オーディエンスを焚きつける!


――蹴落としたライバルを生かすも殺すも、オーディエンス次第! DEAD or LIVEを突きつけて、観客オーディエンスを盛り上げろ!




 ☆セッションクロス 転調のチャンスを見極めろ! 逆転の鍵をにぎれ!


 ――ミュージックが転調する瞬間、輝きを放つセッションクロスマス。奪えば一気に、十字のマスを奈落に突き落とす!







〔注意事項〕

・可聴域に変容が生じる可能性があります。

・平衡感覚に変容が生じる可能性があります。ふらつき、貧血を伴う症状を覚えた場合、すぐに医師の診察を受けてください。

・本ゲームは聴覚をゲームに占拠するため、ゲーム・クォリア倫理協会の規定した『プレイにおける感覚受容基準』においてレベル5に指定されています。運転中など、プレイ以外の行動が制限されるセーフティプレイ推奨ゲームです。

・プレイ後、音声認識と言語認識に齟齬が生じる場合があります。あらかじめご了承ください。

・プレイ後、色覚と聴覚が共感覚を発症したという報道がなされましたが、事実無根です。「音に対し強烈な色覚反応が出て酩酊する」といった後遺症は、アウターホリック状態に陥ったプレイヤーと接続した場合に限られます(アウターホリッカーとの接続による後遺症は、本社の免責事項です)。くわしくは<<こちら>>を参照してください。





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■ パズル&ビート。

■■ それは、知性とリズムを巡る

■■◆ センスのぶつかり合い

■■■■   観客に魅せつけ、ライバルを蹴り落とせ!


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 頭蓋骨越しに響く、くぐもった分厚い音。



 心臓の鼓動を上書きしようと、一定のリズムを刻む。




 深い海の底に沈んで、水面の向こうの爆音に耳を澄ましているようだった。

 頬に、冷たい感触が押しつけられていた。細い糸をたぐり寄せるように、感触に意識を向ける。




「――――ッがは! はっ、がっ、はっ……!」




 水面に顔を出したように、意識が再びクリアになった。



 遠くで響いていた分厚い音と震動が、直接体を揺さぶっている。だが眼を開いても、視界は暗闇に覆われたままだ。体の輪郭が失せて、霧のような暗闇の一部になった気がした。


 首を振って、意識を取り戻す。


 頬から滴が伝うように、首から肩へ、肩から腹へ――うつぶせになった、全身の輪郭がもどってくる。暗闇でもがこうとすと、手のひらは見えない壁にさえぎられた。どうやら、ガラスか何かが、体を支えているらしい。いったいここは――



 まどろむ意識は、突如爆音に吹き飛ばされた。



 爆風が首から上をもぎ取っていったかと思った。鼓膜にナイフを突き込まれたような、鋭い曲のうねり。ドクドクと脈打つようなドラムの音が、衝撃で体を跳ね上げる。混乱する視界に、極彩色のきらめきが何度も駆け巡った。


 立ち上がると、周囲は深海にいるような蒼色あおいろに染まっていた。暴力的に打ち鳴らされるドラムと、電子音のエレクトロミュージック。そして蒼の空間を切り裂いてたわむれる、色とりどりの光線レーザー



 レーザーの煌めきの合間に、フルフェイスのヘルメットを被った男達の姿が見えた。



 刻まれるビートに体を揺らし、タスクウィンドウを弾いたり、タップしている。ウィンドウには二つの丸いレコードや、無数のチューニングスイッチ、四角く点滅するランチャースイッチが、複雑なコクピットのように並んでいた。



 男達の踊るような手さばきに応えるように、爆音にスタッカートを刻むような変化が加えられる。音が一瞬"縮んで"聞こえたり、甲高く加工された声がぽっと浮かんだり、同じ音源がリピートされたり――めまぐるしく変わる曲の展開に、意識がかき乱されるような気がした。



 ここは、暗闇に浮かぶ、ディスクジョッキーDJブースだった。



 クラブステージなど行ったことがないので確信はないが……この暴力的ではた迷惑なエレクトロミュージックには聞き覚えがあった。



 胸を突かれたような衝撃。



 重苦しい炸裂音は、ドンッと背中から心臓を一撃。うっと息が詰まった瞬間、明るい閃光に視界が黄金色に染まる。

 ふり返ると、球状のガラスドームの向こうで、巨大な火花の塊が、いっぱいにふくらんでいた。赤や白の火花が輝いたかと思うと、黄金色の残滓を残し、暗闇にきらめいては消えていく。



 花火――?

 そう思ったところで、嫌な汗がじり、とこめかみに浮かんだ。花火を美しく輝かせる舞台はどこだ? もちろん、"夜空"だろう。じゃあそれを間近で見られる、このDJブースは――――



排出者イジェクター!』



 聞き慣れた声にハッとした。

 花火の閃光が収束すると、引き戻しの凄まじい風に吸い込まれそうになる。花火の残像が消えると、黒いミリタリージャケットをたなびかせ、短いキュロットスカートをバタバタと揺らす影が、そこには残った。

 硬いブーツを片足一つ、宙に下ろして。



「――コーディか!?」



 現実リアルでは裁ち切ってしまった髪が、ここでは長く結ったままだった。黒い炎のようなポニーテールを、後頭部でたなびかせている――近づくと、夜の冷たい風が、顔面にぶち当たった。風をかき分けるように進む。歩きながら、ようやく気づいた。


 ここはただの"DJブース"なんかじゃない。

 このドームは、いる。夜の闇をステージにして、極彩色を振りまくミラーボールなのだ。


 そのミラーボールには、人が通れる位の穴がぽっかりと空いていた。中からふちに手をやって乗り出すと、吹きすさぶ高所の風に吹き飛びそうになった。

 コーディは吹き乱れる風に髪を暴れさせながら、しかし表情一つ変えずに、人差し指を真下に向ける。



『下を――!』



 途端、見おろした視界に、電飾で描かれた地上絵のように、紫の光が一瞬走る。直後、火花と共に真っ白に染まった六角形ヘキサゴンのステージが、暗闇の中に浮かび上がった。


 ステージの光に照らし出され、巨大な観客席が見えた。うねるようにひしめき合う人々が、中央の六角形ヘキサンゴンに血走った目を向けている。その目が、明滅する光に濡れた湖面のようにぎらぎらと輝く。


 ステージでは、黄色と紫のダットが激しく明滅していた。目を凝らすと、人が乗れるほどの大きさの丸いステージだった。六角形の内側を埋めるように、丸く小さなステージが等間隔で敷き詰められている。


 スパーク音かとどろき、閃光が走ると、六角形を囲む観客席から、歓声とどよめきがうねった。


 光の明滅は、DJ達のプレイングが激しくなると、輝きを増していく。


 心臓の鼓動のようだったバスドラムが、脈拍を切り刻むように細かく連打されたかと思うと、「Present day........Mother F■cker」のつぶやきを皮切りに、残響音リバーブが夜の闇を駆け抜けていく。



『今回はルールが複雑です――ブリーフィングの内容は理解してますか!?』



 爆音と風のうねりに、ソプラノの声は懸命にあらがっていた。風に髪をたなびかせ、コーディは瞳を青く輝かせる。


 一瞬、視界に青白い光が走った。ドームから身を乗り出す黒瀬の眼前で、電子音と共にタスクウィンドウが現れた。はるか彼方で明滅しているだけだったステージの光が、拡大される。



「あぁ――いや、半分くらいだ!」

『サポートします! ステージを確認して!』



 すらりと空中をすべり、コーディが耳元に頬を寄せる。ほのかに桜色に上気した頬から、背筋に滑り込むような冷ややかな体温が伝った気がした。ぞくり、と背筋が震えて、心臓が高鳴る。



『ステージの六角形ヘキサゴンの枠が見えますか!』



 耳元で叫ぶ彼女の声。鼻につくように高い。バスドラムの重々しい音の中で、霧の漂う森に迷い込んだように、浮かび上がって聞こえた。



「あ――ああ!」

『あれがゲージ――プレイヤーが戦うリングです! 中にマスが敷き詰められてます!』



 タスクウィンドウが、ステージをズームアップする。

 黄色や紫の輝きに縁取られた、丸いマスが並んでいるのが見えた。



『プレイヤーは曲に合せて跳躍ジャンプし、マスとマスを移動します! 着地したら、自分のカラーリングにそのマスが光り、"占領"するんです!』

「なに? ――ジャンプ!? 何だって!?」

『落ち着いて、プレイヤーを見て!』



 情けないことに、まったく理解できなかった。爆音と風のうねりで、理性が紙クズのように転がって、聞いた話を整理することもできない。もっとも、高度五〇〇メートル近い高さで冷静でいられるヤツがいるとも思えないが。


 コーディはすぐに手を振り、ウィンドウを操作した――カメラを切り替えたように映像が変わり、鏡面ミラーシェイドのグラスウェアをかけた黒人の男が映った。ちょうど着地する瞬間で、足がマスに触れると、ふちがイエローにギラギラと輝いた。黒人の男が再び跳躍すると、輝きの残滓が暗闇に一筋のび、再び着地した別のマスがイエローに輝く。



『自分の色のマスを増やして、を作るんです! 囲まれたマスは"落ちて"、その上に乗っていたプレイヤーも脱落します』



 ゲームが進むと、彼女の言う通りになった。イエローに輝くマスが、投げ縄のように途切れなくつながると、その中にあったマスが一瞬輝いて、奈落の底に沈んでいく。

 自分の色にしたマスをつないで、敵が落ちるように環を作る、というわけだ。

 イエローのマスを順調に増やしていた黒人の男だったが、しかし対抗するライバルは順調を通り越してもはや超人的な勢いでマスを削り落としていた。紫の輝きをまき散らし、巧みに男を追い詰めていくと、ついには男は逃げ場を失った。周囲のマスをすべて落とされたのだ。

 困惑して辺りを見渡す男の前に、紫の光線を引き連れて、女が静かに着地する。


 歓声が、地響きのように轟いた。

 鼓膜ごと脳まで揺り動かされ、視界がびりびりと震えた。




『Epic Player is..........The HEX !!!!』



 兎の耳を生やした女が、髪をたなびかせて立っていた。

 尻まである馬鹿でかいシャツを風にたなびかせ、紫の輝きに照らしだされる、くびれた女の肢体したい。羽織った黒革のジャケットに手を突っ込んで、歪んだ愉悦に笑みを浮かべている。


 頭に生やした兎の耳――ふざけた飾りに見えたが、まるで意思を持っているかのようにくびれて蠢きだし、クロセはぎょっとした。黒い毛糸を貼り付けた安っぽい作りに見えるのに、明らかに"筋肉中身"があるのが動きから見て取れた。

 その上、片方の耳は引きちぎられたかのように、根本だけをわずかに残すのみだった。いや、耳だけではない。戯れに自身を切り刻んだかのように、彼女の全身は痛ましいまでにズタズタだった。


 観客の歓声に、彼女はウィンクしてみせる。

 顔を覆うマスクも、乱暴に引きちぎられた後があった。

 顔の半分しか覆えていない。


 イタズラを仕掛けたガキのように"にこやか"な大きな瞳がのぞいていた。紫の色の光沢を、くりくりと浮かべる。だが一瞬、違和感が浮かぶ。


 うっ、とクロセはうめき声をあげた。


 輝いている瞳は、一つだけだったのだ。もう一つ、マスクに覆われていない顔に、は黒目がちな瞳が――いや、それは"瞳"ではなかった。不器用な女の子が、"壊れてしまった"ぬいぐるみにそうするように、彼女の片目は、ボタンが代わりに、縫い付けられていた。

 乱雑な縫い目で、眼の周りの皮膚が、蜘蛛の巣状にひきつっている。



「なんだ、あれ」



 彼女の持ち上がった口もと。ナイフで裂かれたような笑みが、しつけ糸で×印に縫い付けられている。まるで、人間の身体を材料にした、お人形遊びの残骸のようだった。壊れた場所は"縫いましょう"。ちぎれて"一部"を無くしちゃいました。でも怖がらないで、私はみんなの、お友達なの――――



Continue続けるか? or THE END死か??』




 どこからともなくマイクコールが轟いた。

 女は見事なターンを決める。


 マスクの下からあふれ出ていた、ウェーブがかった紫の髪が、勢いよく振り回される。片方だけの兎の耳と合せると、悪夢のようなツインテールだ。

 まだかろうじて残っている兎の耳が、生き物のように蠢く。

 

 ブーツの踵でマスを蹴りつけ、大歓声を一瞬のうちに黙らせた。

 手を当てた腰をくびれさせると、人差し指と親指を立てて、天高くへと指さした。



「DEAD――or LIVE !?」



 歓声が、リズムを刻み始めた。

 言葉にならない声が打ち鳴らされ、ドラム代わりの怒声が大気を揺らす。好き勝手に騒いでいた観客は、皆一様に同じ笑みに取り付かれ、体を揺らす。血走った眼、汗や涎が飛び散るのも構わない。

 狂気に当てられるばかりで、何をわめいているのかわからなかった。だが怒声は唱和となり、次第に一つの言葉を形作っていることに気がつく。こめかみに、冷たい汗が滲むのが分かった。




 DEAD! DEAD! DEAD!! DEAD!!! DEAD!!!――――





HA HA HAハハハ……:) Seriously thoughマジな話 ――KILLING TIME殺しの時間だ!! 』





 大笑いするマイクコールと共に、途切れていた曲が一気に響き渡る。大歓声が真っ黒な空に打ち放たれ、死を望む喝采が地響きのように響き渡った。


 逃げ場を失い、脂汗を垂らしていた黒人は、観客達の"狂喜"に取り囲まれ、うち捨てられた子どものように見回すしかない。


 長い耳を振り回し、女は天へと振り上げた指を打ち鳴らした。その瞬間、黒人の男の足元は消え失せ、奈落の底へと絶叫が飲み込まれていった。



『WINNER is――A.K.A." HEX "!!!!』 



 六角形のゲージが紫の輝きを放ち、打ち上げられた花火は紫の残滓を夜空に描く。クロセ達の眼前でも爆発と閃光が広がり、爆風で大気がビリビリと揺れた。


 光を一心に浴びて、イカれた兎女が、両腕を組んで仁王立ちしていた。


 "呪術師HEX"――ぴったりな名前に思えた。呪いの人形が命を持って歩き始めたとしたら、まさにあの女がそうだろう。

  爆風で大きな耳が揺れ、マスクから半分飛び出した紫の髪が、爛々らんらんと輝く瞳をかすめていた。

 

 HEX! HEX! HEX! HEX!――――止まない観客オーディエンス呼び声コール。HEXの黒い耳が、別の生き物のように蠢き、おどけた調子で折れ曲がって"あいさつ"していた。


 演舞プレイの熱もさめやらぬ内に、マイクコールが次なる犠牲者挑戦者の名を高らかにコールを始める。



 イカれ兎の"HEX"がこれで499連勝だ!! 哀れなライバル達が"兎の孔に落ちたアリスAlice in the hole"する様は最高の魅せ物ショーだよな?

 正直同情するぜマザー・ファ<<※日本語版では不適切な言葉は修正されます>>!

 この"不思議な夜"はいつまで続くんだ?

 いつまでも続いて欲しいよな?

 OK、マジでイカれたHEXビッチに次の獲物をご招待だ!  

  

 

  

  

『THE THE THE NEXT PLAYER is――――』

  

  

  

 高らかに宣言されるマイクコールの声。最高潮に盛り上がった客達がさらなる歓声を上げ、会場の光は狂ったような紫に染まる。HEXを呼ぶ声は儀式じみた熱を帯び、たたずむ彼女を取り囲んだ。



 その全てに覆い被さるように、耳障りな電子音が響き渡った。



 派手な輝きに満ちていたステージから一瞬光が失せ、代わりに、困惑のざわめきがひしめき合う。

 混線した無線がもらすうめき声のように、途切れ途切れの雑音が響いた。

 ステージ上空に浮かぶ巨大なディスプレイが、あえぐように明滅する。白と黒が混在する、砂嵐ジャミング異常エフェクトに――――


 照らし出されたHEXは、しかし貼り付けたような不敵な笑みを、一切崩さなかった。困惑に顔を見合わせる観客と違い、彼女はこれから起こる事を、知っているかのようだった。


 その背後に、凄まじい勢いで黒いたたりが叩きつけられた。


 雷光の飛沫しぶきが弾ける。HEXを称える"紫色"に輝いていたマスと、六角形の檻ヘキサゴンが、電波が混線したように、無機質な砂嵐ジャミングに塗り変えられる。


 爬虫類のように引き絞られたHEXの眼が、ぐるりと背後をふり返った。

  


 砂嵐に染まったステージに、真っ黒な人影が浮かび上がっていた。



 着地の衝撃から、緩慢に立ち上がる。羽織ったコートを風にたなびかせ、魔術師のような袖口を持ち上げる。黒革のグローブに覆われた拳をほどき、自身の存在を確かめるように、仮面マスクへと手を伸ばす。

  

  

  

 観客達のどよめきが広がった。

  

  

  

 HEXの不敵な笑みが、切り裂いたような狂喜の笑みに変わる。

 ガスマスクの大きなレンズが、彼女を見据えた。


 かき消えたマイクコールに代わり、巨大なディスプレイに、次なる挑戦者の名が刻まれる。




 "排出者Ejecter"



   ――HEXの大きな瞳にその名が浮かぶと、歪んだ愉悦に、瞳が笑みを描く。




「お前を、排出イジェクトする」


 マスクの下――クロセはくぐもった声を上げた。

 ゲームの始まりを告げる音が、脳裏に鳴り響く。







■  ■  ■  ■





 HEXは仁王立ちしていた。

 たなびくジャケットに手を突っ込み、悠然とこちらを見つめている。



 彼女の背後に浮かんだ巨大ディスプレイが、ワインレッドに染まる。そこに跳ねるように現れたのは、ウサギのアイコンだ。片耳がちぎれた、隻眼の黒ウサギ。不敵な笑みは、まさに当のHEXの生き写しだ。



「やっとHEXに見合うイカれたヤツIllがあらわれた」



 紫の瞳が濡れて輝く。大笑いするように口を開き、歯をいて見せた。縫い付けられた口の端がめくれ上がり、ぬらぬらと赤い舌が、皮膚の下からのぞく。


 対峙するクロセは、ガスマスクをややうつむかせていた。

 爬虫類はちゅうるいのような大きなレンズ。反射して輝くその下で、クロセはのぞき込むように鋭く眼を細める。


 彼の背後で、砂嵐に覆われたディスプレイが、白い輝きを放った。照らし出された排出者イジェクターの姿は、影を削りだして造った彫像のようだった。レインコートが、吹き荒れる風に大きく波を打つ。

 ディスプレイには時折、『Eje(c)t』という文字列や、得体の知れない男の顔が、サブリミナルで浮かんでは、消えていく。



「排出者は――センス、ある?」



 HEXは据わりが悪そうにマスクをいじる。

 じっとしてられない子どものようだった。



「HEXは、ある――ううん、HEX以外、誰もいないの。誰も、HEXのセンスについてこれない、"キモいの"WACKばっかり」



 顎を少し持ち上げて言う彼女が、急に遠ざかっていく。

 なんだ? と眼を細めたところで、遠ざかっているのは彼女だけではないことに気づいた。クロセの足元を支えていたマスが、パズルを解くようにカシャカシャと移動していたのだ。マスとマスが組み合わさり、所定の位置へとプレイヤーを連れ去っていく。



排出者イジェクターは――"悪党"Thugっぽいよ――見た目はね。でも、実力はどーかな」



 遠ざかっていく彼女の顔が、見上げる程のディスプレイいっぱいに表示される。

 愉悦にまつげが震え。狂気に瞳が輝く。



「遊んであげるよ、排出者イジェクター



 爆音が轟いた。

 会場のうねるような歓声、大気を揺らすエレクトリックミュージックが流れ始める。シンセサイザーが空気を切り裂くと、キックとスネアが大気を叩き、エフェクトに彩られたメロディが残響リバーブする。


 いよいよとばかりに会場を駆け巡る色とりどりのレーザー。明滅するステージの六角形ヘキサゴン。暗闇にフラッシュバックする、HEXのニヤけ顔と、排出者イジェクターの無機質なレンズ。





 戦 闘 開 始 ブレイク・ビーツ!! 』






 『跳んで!』 コーディの叫びで一気に地面を蹴った。

 "ジャンプ"のイメージがぶっ壊れた。

 空へと真っ逆さまに落ちていく。あるいは夜空に吸い込まれる――――とにかく、地面から数十センチ浮く"ジャンプ"とはまったく違う。凄まじい上昇に大気が耳元でビリビリ鳴り響き、見下ろしていたマスがボタンくらいの大きさに縮んでいく。直後、隣のマスへと投げ縄で首でもくくられたように引き寄せられる。



「――――ッ!」



 膝から転がり落ちた。

 重い衝撃が骨を突く。

 手のひらを突き立てて立ち上がろうとすると、紫色の閃光が頭上を横切っていった。



『周囲を取り囲まれたら終わりです! 移動して!!』



 いつの間にか、HEXは無数のマスを紫色に塗り替えていた。光の残滓ざんしを残して、夜空を駆ける。満月をかすめる彼女の影が、大きな耳をおどけるようにお辞儀じぎさせる。


 着々と包囲網が迫っていた。

 紫のが出来る前に、突破しなければ。


 地面を蹴って、再び襲い来る浮遊感に身構える。が、いきなり見えない壁に顔面がぶち当たり、ひっくり返った。上空のDJブースから走るレーザーが視界を横切って、エメラルドグリーンの輝きで眼がくらんだ。



「くそっ、なんだよ――バグか!?」


『リズムに合ってないんです! マスが表示されるタイミングを見て!』



 言われてようやく、気がついた。白や紫に輝くマスは、エレクトロミュージックが刻むリズムに合わせて現れたり消えたりしている。タイミングが合わないと、そもそも隣のマスに移動することも出来ないのだ。




『まいったな排出者イジェクター――こいつはケツでタップダンスするゲームじゃないんだが?』




 ため息交じりのマイクコール。ディスプレイに、ひっくり返った無様ぶざまな瞬間が繰り返し映し出された。

 客達は指をさして大笑い。

 嘲笑がステージを駆け巡る。



「――クソみたいな連中だ」



 観客席アリーナを見上げ、奥歯の裏で舌打ちした。コーディはちらりと一瞥いちべつくれて



『一応お訊きしますが、音感はありますか?』

「お前と同じだよ」



 ほっと彼女は一息つき、



『安心しました』

「ないって言ってんだよ」



 盛大な勘違いを訂正すると、コーディは大きな瞳で睨んできた。

 なかなか面白い顔だと思ったが、笑えるような状況じゃないだろ。なんとかタイミングを図って、マスを蹴る――――今度はうまくいった。強烈な浮遊感をなんとかコントロールし、着地にも膝のクッションをつかい、あとは



『敵のが完成! ――落ちます、避けて!』



 コーディの鋭い警告。

 一瞬、本能が体を動かした。


 無茶な体勢から地面を蹴ると、一瞬で上空まで上昇、視界がぐるりと回転し、頭を起点に体が時計の針のように縦回転した。


 感覚が研ぎ澄まされ、光景がスローになる。


 たった今蹴ったばかりのマスが見えた――だが、一瞬ギラッと輝くと、支えを失ったように傾き、暗闇に飲み込まれていく。


 なんとか隣のマスに着地した。

 危なかった、一瞬判断が遅れていたら――奈落へ飲みこまれていた。



『HEXがステージのマスを40%以上占領しています! こちらも対抗しないと』



 HEXの姿を探す。――――いた。夜空を駆け、長い耳を揺らす影。背を逸らした彼女は見事なくびれを見せ、弓のようにしなった体を月明かりに写していた。着々ちゃくちゃくと紫色のマスを増やしている。クロセの蒼色のマスは――まだわずか三つだけ。



「いそがないと――クソッ、タイミングを合わせるのが難しすぎる」


『ベクトルとBPM刻拍を解析中――ジャンプのタイミングをサポートします!』



 マスに滑り込むように飛び込むと、コーディが視界の横から滑り込んできた。自分の音感に限界を感じていたところだった。彼女のサポートに一瞬安堵の息を漏らし、徐々に包囲網を狭めてくるHEXをにらみつける。

 ここから反撃だ。

 コーディの瞳が青白く輝き、一際激しい輝きを放つ両手を胸の前に掲げた。



『――――はいっ、はいっ、はいっ、はいっ、はい!』



 両手を打ち合わせるコーディを見たクロセは、もう一度それを見直し、



『はいっ、はいっ、はいっ!』

「冗談だよな?」

『なにがです!?』

手拍子それだよ――お遊戯ゆうぎじゃないんだぞ!」



 ふり返ったコーディは目を剥いて、ほのかに頬が赤く染まっていた。

 かぶりつかんばかりに



『他に方法があるんですかッ!? さぁ跳んで――――跳びなさいっ!!』



 剣幕に押されてマスを蹴った。

 見た目の間抜けさを別にすれば、このサポートは意外にも精確だった。だが実際に足を使い、跳ぶ判断を下すのはクロセだ。


 このゲームは見た目以上に複雑だった。


 空中にいる間に周囲の状況を把握しておかないと、次に自分の跳ぶマスを見失ってしまう。タイミングだけを考えて跳んでいると、頻繁に見えない壁にぶち当たる――跳ぼうとした先のマスが、すでに敵に落とされていたりするのだ。


 さらに相手の動き、マスの占領状況から眼が話せない。知らぬうちに敵のが完成して、ごっそり周囲のマスを削られたりする。

 高くジャンプしてステージの状況を確認したり、低いジャンプで次々とマスを占領していったり、飛び方にすらテクニックがある。


 もろもろ考えていると、どうしてもタイミングやジャンプの軌道がずれる。しゃっくりのように、思っていたのとは違う誤った動きエラーが発生してしまうのだ。


 何度目かの失敗で、マスの中に転がったときだった。

 毒づいて立ち上がろうとすると、突然音がかき消えた。

 ステージをちらつかせていた輝きが、シャッターを下ろしたように暗闇に塗り替えられる。



「――――なんだ!?」



 シンセサイザーが地を這うような音に変わり、ドラムやスネアの音が消える。ぶしつけなステージの電飾も一気に暗転し、シンセが繰り返すメロディが、どんどん短く刻まれていく。次第に頂点へと駆け上っていくかのように。



『――"セッションクロス"が来ます』



 周囲を飛び回っていたコーディが、じり、と小さなスパークのような声をもらした。



「セッションクロスってなんだ?」

『言わばボーナスで――ごめんなさい、説明している時間がありません。次に光る赤いマスを、絶対に敵に取られないでください』

「ちょっと待てよ、もし取られたら?」

『終わりです』



 返事は簡潔だった。

 暗闇に眼を凝らし、光が放たれるのに眼を凝らす。



『――あそこです! ステージ中央!!』



 コーディが指さした瞬間、突然火柱が吹き上がった。二十メートルほど先のマスが燃え上がり、真っ赤な炎が夜空に『SESSION X』の文字を描く。


 地面を蹴った。


 暗闇の向こうで、紫の光線が輝くのも見えた。

 獰猛どうもうな蛇のように素早く、燃え上がるマスへと駆け寄ってくる。


 取らせるわけにはいかない。わずかにこちらの方が速い。ほんの一マス分程度のリード。一瞬でもミスしたら、敵に奪われる。焦りに燃える本能を、理性で押さえつける。タイミングを踏み外すな。一瞬のミスもするな。そうすれば、そうすれば――――



『――ッ!? HEXがスキル発動!!』



 コーディが叫んだ瞬間、突然暗闇の向こうから伸びる紫の光線がねじれ上がった。天高く舞い上がったかと思うと、いくつものマスをまとめて飛び越え、赤く光るマスへと飛び込んだ。



「しまッ――――」



 燃える炎の合間にHEXの笑みが見えた。そう思った瞬間、ステージが十字に切り裂かれた。紫の閃光が走りクロセが踏んでいたマスも酸に溶かされたように傾き、沈む。足を取られ、マスから滑り落ちる。



「うぉ――――ぐッ!!」

排出者イジェクター!』



 顔面をしたたか打ち付けながらも、本能でへりを掴んだ。這い上がろうとする腕の下で、紫の光がグズグズと熱を放つ。





「DEAD or LIVE!!」





 HEXの哄笑こうしょうが天へと放たれ、喝采かっさいがステージを駆け巡った。

 人差し指と親指を立て、彼女の腕は天を突く



「――――クソッ」

『――――、観客が私たちの生死を決めます』



 どうすることもできないのだろう。コーディが宙に浮き、観客を見まわしている。

 脳裏に、最初に見たプレイヤーの末路がよぎる。


DEAD死か or LIVE演ずるか


 あの黒人の男は、DEADを願われていた。そして――奈落へと飲み込まれた。ざわめく観客達を、クロセは睨みつけた。ここにいる連中に――ただ見ているだけの連中に、生死を握られるのは、死を目前としても、どうしようもなくムカついた。命乞いをもとめるように、巨大ディスプレイがガスマスクを映し出したが、クロセは片手で、中指を突き立てて見せた。



 殺すなら、殺せ。



 観客達のざわめきが、大地震の前触れのように、広がっていく――――









――――E! ――VE! ――VE! 


 残響のような声。始めはためらうような唱和が、次第に確信を持った叫びへと変わっていく。






 LIVE! LIVE! LIVE! LIVE! LIVE! LIVE!!



Respect! my men!!賞賛するぜ、友よ ...........,Come againもう一度だ!』



 耳をつんざくエレクトロミュージックが再開する。かろうじてクロセがぶら下がっていたマスが元に戻り、消えていたマスも再び姿を現す。全てが元に戻り、クロセはなんとか、マスの上に立ち上がった。

 観客達の歓声に応えるように、上空のDJブースがレーザーをまき散らし、ステージを巡る絶叫は最高潮に達する。




「DEAD or LIVE で救われるのは一度きり」



 マスは組み直され、再びプレイヤーを初期位置へと連れ去っていく。だがHEXの乗ったマスだけは、彼女の苛烈な想いで杭を打ったように、動かなかった。

 傍らを横切ったクロセに、HEXは背を向けたまま、目の端だけでふり返る。


「次は、殺すよ。ダサいWACK排出者JECTER。HEXにふさわしい、クールillなヤツかと思ってたのに。――――センス無いから、死なせてあげるね」



 高鳴るエレクトロミュージック。クロセの周囲に突如現れた黒いウサギの立体映像ホログラムが、回転しながら周囲を飛び交い、心底マヌケなラッパを吹き鳴らした。



『ヒーローやっててよかったな、排出者イジェクター? おかげで命拾いだ……大衆迎合セルアウトなヘボアーティストに拍手!!』



 心底バカにした調子のMCが観客達の爆笑をかっさらった。うねるような嘲笑の嵐を見上げ、クロセは奥歯をかみしめる。


『すみません、私のサポートが……無様ぶざまでした』


 傍らに浮いたコーディが、微かに顔を伏せていた。いつも涼しい顔に、ほんの一滴、冷や汗が垂れていた。


 レンズ越しの目を、正面にもどす。


 いつも、現実を斜めに見ている覚めた瞳に

 熱情の色が染み出した。

 血潮ちしお渦巻うずまく腹を、ナイフで裂いたように。


 

 ダサい? センス?


 無様ぶざまでした?



 何言ってんだ、こいつら



 命がかかっている。

 これはお遊びじゃない。

 確かに無様で、ダサくて、音感もなくてセンスも無かったかもしれない。でも、これは、遊びじゃ、ない。遊びはもう、終わりなのだ。

 ダサいもクールも知った事じゃない。消え行く命を前にして、何をするかが全てなのに、見てくれだの、ノリだのしか目に入ってない連中に、血管が破裂しそうだった。

 怒りっぽいのはわかってる。

 だが、ここで怒りを感じないヤツこそ、"終わってる"。



 ゆっくりと、細い息を吐く。



 怒りの熱を吐き出すと、沈みかけていた理性が水面から立ち上がる。

 冷徹に、そう、冷静に――冷え切った理性が、霜を漂わせるまで――怒りを燃料に、冷静さを論理回路にして、勝利への道筋を絞り出せ。

 ダサくても、エモくてもいい。これまでと同じだ。

 血しぶきまき散らし、泥水を這いまわり、最後まで諦めず、一瞬のひらめきを待ち、ようやく生き残ってきた。

 わかっている。

 必要なのは、クールでもセンスでもない。

 たった一つの答えを導き出す――ひたむきクレバーさだ。


「――――オセロだ」

「え?」

「必勝法、だろ?」



 ふり返ったコーディの目には、瞳を紅くたぎらせた排出者の姿が、映し出されている。

  

  

  

  

 

  

■  ■  ■  ■

  

  

  

  

  

     

   

「セッションクロスだ」



 脳裏には、驚くほどの精細さで、"必勝法"の光景がシミュレーションされていた。

 その分いまいましい口下手さで説明できるか不安だったが、コーディは瞳を青白く輝かせると



『いい発想です。HEXもここまでは予測できないでしょう』



 考えを読んだらしい。

 彼女の声音はわずかにうわずっていた。驚かせることができた。



「でも問題がある――次のセッションクロスが、どのマスに来るか分からないと、この"必勝法"はつかえな――」

『解析できました』



 皆まで言わせず、彼女は冷たく輝く瞳でうなずいて見せた。言葉に詰まってふり返ると、彼女の瞳の中で、様々な色の輝きが一瞬で駆け抜けていく――――よく見ると、輝きは六角形ヘキサゴンの形だった。



『本ゲームのセッションクロスの配置は、ランダムです。本来どのマスに発現するのかはわかりません。が――プレイログを四万戦程度確認した結果、これは典型的な『確定的疑似乱数』であることがわかりました。確定的疑似乱数は見かけ上の乱数に対して――』



 彼女の言葉が念仏になって頭蓋を締め付けてくる気がした。「な、コーディ。時間がないんだ」額を押さえたクロセは、傾けていた頭をもどし、相貌をまっすぐにコーディに据えて



「やってくれるか?」



 六課系の輝きが失せた彼女は、わずかに顎を引いた目を、深海から浮かび上がるような輝きをきらめかせた。


もちろんaccomplish.――排出者Ejecter

 






『All right all right.............わかってるさ、"終わり"の時間が近づきつつあるくらい。なぁお客さんMy men!』




 マイクコールのふざけた声が戦いを煽る。

 観客達の無邪気な歓声が後に続き、排出者イジェクターのレンズに、六角形の檻ヘキサゴン・ゲージが紫の輝きで満たされる様が映る。

 狂ったように打ち上げられる花火が夜空を黄金色に染め、仁王立ちする呪術兎HEXのシルエットを浮かび上がらせる。

 クロセは拳を握り、わずかに上半身を沈ませる。




『最高のステージを期待するぜ、イカれ兎にクソダサいセルアウトな救世主さん? Get ready――――』



 

 ハハ、と嘲笑の残響リバーブをステージに残し、マイクコールは高らかに叫ぶ。



 戦 闘 開 始 ブレイク・ビーツ!! 』



 クロセは、瞳を閉ざした。

 冷たい暗闇。瞼の裏に造った、心地よい無関心。

 感覚を研ぎ澄ます。



 自分が負けても、HEXが勝っても、二人の命は分身アバターと共に奈落へと落ちる。観客達の歓声は、そのどちらをも待ち望んでいる。消えゆく命が最後に燃えていく様を、待ち望んでいる。無邪気で、無関心で、無責任、快楽におぼれ、ドラッグで腐っていく脳を楽しむ――――狂い墜ちていく歓声に、立ち向かう人間がいるのなら。


 排出者イジェクターだ。

 排出者自分しか、いない。




HEX on STAGEHEXの独壇場!!』




 ステージに輝いたのはHEXの光だった。

 紫の光線がビートのリズムに乗せてマスを彩る。観客達は、彼女に残された時間がもう無いのを知っている。その散りゆく輝きに満面の笑みを浮かべ、HEXの名を唱和する。


 一方ブーイングを投げつけられるのは排出者イジェクターだ。


 表情のないガスマスクとうつむかせ、胸の内を探ろうとする興奮気味の視線を排すシャットアウト


 ただ、ひたすらに、全身を曲に乗せ、刻まれるリズム"理解"しようとした。

 音楽の趣味が合わないだとか、気にくわないだとか、下らないこだわりはもう無しだ。頭はもういい。考えるのはやめろ。ただ、理解するんだ。この音楽を、このリズムを。



解析完了Accomplish.:Analysis



 触れれば指の切れそうな、凛とした声。

 さぁ、目を開け。

 衝撃のビートで揺れる世界をのぞむ。グリーンレッドブルー――ステージを切り刻むレーザーの輝き。ステージの半分以上が、HEXの色に染まっている。死の輝きへと一直線に飛び込んでいく彼女を、観客席アリーナが称える。マスクの下で熱情をかみ殺す排出者イジェクターをはやし立てる、ブーイング。


 これが、世界だ。

 これが、排出者自分の敵なのだ。




『セッションクロスまで28"00秒!!』



 地面を蹴った。

 跳躍の凄まじい勢いを素早く宙返りして殺すと、ステージを上空から見下ろす。


 ブーイングの波に、わずかに動揺が走った。

 排出者イジェクター演奏プレイに生じた変化を敏感に読み取った者達が、口にしかけた罵声ブーイングを飲み込んだのだ――瓶ビールを手にしたひげ面の男、爪や首筋に電飾を埋め込んだ"輝く女"、彼氏に連れられて来て何もわかていなかった女、狐面きつねめんを被ってうつむく男――人群れの中で、僅かな変化を見逃さなかった客達が、言葉を失って、排出者イジェクターの輝きを目で追う。


 HEXの視線が、紫の輝きを放つ。

 気づいたのだ。


 出遅れたことへのブーイングを意にもかいさず、墨のような影は跳躍する。まるで、あらかじめ決められていたルートをたどるように、一切の滞りないステップ。たなびくコートの影で、無機質なレンズが鈍く輝く。




Wowウォゥ!! ――排出者イジェクターが初めての奪取キャプ!』




 MCの声もややうわずっていた。HEXには遠く及ばないが、ついに排出者イジェクターがマスを落としたのだ。彼の青い光につつまれて、いくつかのマスが奈落に消えた。少なくない観客が立ち上がって、声を上げた。



 HEXは表情を変えない。

 確かにプレイングは向上している。跳躍に迷いはなく、タイミングも完璧。でも、スタートの遅れは取りもどせてない。その上、排出者イジェクターのプレイはホントに"小粒lil'"だ。セコくマスを落として稼ぐ、いかにも初心者のプレイじゃないか。



「――バイバイ、排出者イジェクター



 ついにエレクトロミュージックが転調する。

 大気を打ち鳴らすドラムスのリズムは、DJに突然と断ち切られる。取り残されたシンセのメロディが、何度も何度も、同じ所を残響リバーブする。

 照明が一転。ステージに、暗闇が降り立った。




SESSION Xセッションクロス!!』

 



 火柱が上がった。

 暗闇にただ一つ浮かぶオレンジの閃光。

 墓標ゴルゴダに打ち付けられた十字架のように、夜空を十字に照らし出す。


 ブルーの輝きとパープルの輝きが、同時に飛んだ。


 互いに一直線にセッションクロスへと飛び込んでいく。ほぼ互角の速度。しかし決定的な違いがそこにはある。HEXは笑っている。すでにこの時点で、セッションクロスを奪うのが自分である事を確信している。


 "特殊能力スキル"だ。


 『DEAD or LIVE』において、各プレイヤーには様々な能力が割り当てられている。HEXの能力スキルは"二つ打ちDubstep"――――通常は一マスずつしか移動できない距離を、素早く二マス飛び越えられる。


 排出者とHEXは互角の距離にある。

 だとしたら、競り勝つのは?


 HEXは笑う。

 笑うしかない。

 こんなのは茶番だ。観客達の歓声も、MCがあおるマイクパフォーマンスも、どれも"本物"じゃない。必死に向かってくる排出者のコートのたなびきに目を凝らす。


 ――――哀れむよ、排出者イジェクター

 魅せるのはアンタじゃない。



「HEXが、排出者イジェクター魅せる殺す



 HEXは一際強く、マスを蹴り飛ばした。

 満月の夜だった。

 月の明かりに照らされて、大きな耳を揺らすHEXのシルエットが浮かんだ。


 見下ろしたステージに、もはや排出者イジェクターの姿はない。誰もさえぎる者がいないセッションクロスへ向けて、HEXは舞い降りた。


 紫の閃光が、ステージを十字に切り裂く。


 放電スパークの耳障りな音が響き渡り、観客の悲鳴と共に一気にエレクトロミュージックが弾ける。マスが放つ輝きに、HEXの歓喜に満ちた笑みが照らし出される。陰影が刻まれる顔の中で、瞳がだけがギラギラと輝いていた。勝者の名を呼ぶ声に、応えようと――――



 ――――勝者HEXの名が聞こえない。



 どういうわけだ?

 排出者ヤツは仕留めた。

 HEXが仕留めたのだ。

 ゲームはもう、終わり。HEXの演奏プレイの、HEXの魅力センスの、HEXの才能Tallentの、勝利――――輝きの中で、足元のマスが崩れ始めるのがわかった。セッションクロスは、自身のマスも含めた十字のマスをすべて奈落へ落とす。このままではHEX自身も落ちてしまう。



「(飛ばなきゃ――)」



 一気に空高くへと跳躍し、ステージを見下ろす。

 下らない手違いで自分HEXの名を呼ばないMCに毒づこうとし




 気づいた




 着地できるマスがない。




「――――ッ!?」




 セッションクロスマスの周りには、もう残されたマスが無かった。、周囲のマスは一つを残してすべて、奈落へと落とされていたのだ。

 そして、唯一、招き入れるように残ったマスには、

 排出者イジェクターの真っ黒な影が墓標のように立つ。



「――――ッ!?」


 

 慌てて踏みとどまろうとした。

 が、もう遅い。


 無機質なレンズがふり返る。


 伸ばされた手のひらに、視界が覆われる。



「――――ぶがッ!!」



 頭蓋がへし折れた。

 マスから放たれるブルーの輝きに叩きつけられ、割れた頭蓋から血しぶきがまき散らされる。


 真っ赤な鮮血と青白い光は、混ざり合ってパープルきらめき、床に叩きつけられた衝撃と排出者イジェクターの腕からの圧力で飛び出した眼球が、ビー玉のように宙を舞った。



 一瞬、歓声は水を打ったような静寂に飲まれる。



 無音の中で、頭をマスに叩きつけられたHEXの体が、ビクビクと震えていた。床へと垂れた血だまりが、滴を垂らして、奈落へと流れ落ちていく。


 排出者イジェクターが立ち上がる。HEXの小さな頭から手を離して。レンズに手のひらをかざすと、べったりと付いた血が、音を立ててしたたり落ちた。コートをたなびかせて背を向け、黙り込んだ観客をじっと見つめる。




 ……演じろ




 観客席アリーナの片隅で、誰かがささやいた。




 ……演じろLIVE演じろLIVE演じろLIVE演じろLIVE!




 そっとうかがうようだったささやきに、観客達は顔を見合わせた。誰かが声を上げ始めた。そう、""だ。

 それが重要だ。

 自分ではない、だ。誰かSomeONEが、始めたことなのだ。

 自分が望んでいたんじゃない。自分に悪意なんて無い。ただ、誰かが望んだ事を、自分は後追いしているだけなんだ。


 

 演じろLIVE演じろLIVE演じろLIVE演じろLIVE!


 HEXは外側中毒アウターホリックに陥っている。残された時間は、もうない。再びゲームが始まれば、HEXは確実に――――それはわかっている。誰もがわかっている。

 そして、誰もが望んでもいる。HEXと排出者イジェクターのプレイを。素晴らしい演奏プレイを。ステージのの、誰もが。



「――――すごいよ」



 観客達の歓声を、雨を見上げるように見つめていた排出者イジェクターが、ふり返った。

 両目を失い、血の涙を流すHEXが、震える両手をのばしている。小刻みに震えビートを刻む足元に、流れ出た血が血だまりをつくる。



「HEXと排出者イジェクター、センスあるって……! みんなが認めてるよ……!」



 よろつくHEXの声は、思わぬご褒美をもらった無邪気な子どもの声だった。真っ暗で空っぽな瞳の下で、歓喜の笑みを浮かべて、



「二人の"競演セッション"、最高だったんだよ、アタシ達、もう一度――」



 炸裂音。



 ガスマスクが閃光に照らされ、冷淡な瞳が一瞬、レンズの向こうに映し出される。

 直後に降りかかった血しぶきが、レンズにべったりと紅を塗りたくった。


 絶叫と共に、HEXが膝を突く。

 絞り出されるように、撃ち抜かれた両膝から、血がだくだくと流れ出す。



「あ、あ……」



 血まみれの両手を、もう見えなくなった顔にかざし、HEXは小刻みに震えていた。そこに"居る"であろう、ガスマスクの影を見上げて、



「な、なんで――」



 耳元にマスクを寄せ、かみしめるように、排出者イジェクターはささやいた。



「"遊びは終わりだゲーム・オーバー"」



 直後HEXの額を撃ち抜いた弾丸が、脳と頭蓋の骨片をまき散らして、後頭部から飛び出した。

 自身の血しぶきと共に奈落へと落ちていくHEXは、大切なぬいぐるみに手を伸ばすように、排出者イジェクターへと両手を広げていた。



『WINNER is――――』



 マイクコールは銃声に断ち切られた。



 天へと銃口を突き出した排出者イジェクターは、電源を落とすように腕を垂らすと、つき合ってられないとばかりに、余韻に体を揺らした。



 喉元に刃物を突き立てられたように、誰もが黙り込む静寂の中で、

 排出者イジェクターはコートをひるがえし、たなびくその音だけが、ステージに残響リバーブを残した。





 そしてゲームの電源は落とされ、

 世界は暗転する。


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