【後編】
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/._/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
_/_/ DEAD or LIVE _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
/_/ ――HEXAGON―― _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
_/_/._/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/._/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
-------------------------------------------------------------------------------------------------------
DEAD or LIVE――それは、世界でもっとも危険な音楽シーン
-------------------------------------------------------------------------------------------------------
〔概要〕
激しいビートの刻む、魅惑の"エレクトロバトル"へようこそ!
美しく輝き、明滅する
その輝きが
最後にステージに立つのは、一体誰か――
エレクトロミュージックにのせて、戦いの火蓋を切って落としましょう!
┏◆ NEW SYSTEM!!
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
☆DEAD or LIVE システムが、オーディエンスを焚きつける!
――蹴落としたライバルを生かすも殺すも、オーディエンス次第! DEAD or LIVEを突きつけて、
☆セッションクロス 転調のチャンスを見極めろ! 逆転の鍵をにぎれ!
――ミュージックが転調する瞬間、輝きを放つセッションクロスマス。奪えば一気に、十字のマスを奈落に突き落とす!
〔注意事項〕
・可聴域に変容が生じる可能性があります。
・平衡感覚に変容が生じる可能性があります。ふらつき、貧血を伴う症状を覚えた場合、すぐに医師の診察を受けてください。
・本ゲームは聴覚をゲームに占拠するため、ゲーム・クォリア倫理協会の規定した『プレイにおける感覚受容基準』においてレベル5に指定されています。運転中など、プレイ以外の行動が制限されるセーフティプレイ推奨ゲームです。
・プレイ後、音声認識と言語認識に齟齬が生じる場合があります。あらかじめご了承ください。
・プレイ後、色覚と聴覚が共感覚を発症したという報道がなされましたが、事実無根です。「音に対し強烈な色覚反応が出て酩酊する」といった後遺症は、アウターホリック状態に陥ったプレイヤーと接続した場合に限られます(アウターホリッカーとの接続による後遺症は、本社の免責事項です)。くわしくは<<こちら>>を参照してください。
////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////
■ パズル&ビート。
■■ それは、知性とリズムを巡る
■■◆ センスのぶつかり合い
■■■■ 観客に魅せつけ、ライバルを蹴り落とせ!
////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////
now loading.........
now loading..................
now loading...................................
頭蓋骨越しに響く、くぐもった分厚い音。
心臓の鼓動を上書きしようと、一定のリズムを刻む。
深い海の底に沈んで、水面の向こうの爆音に耳を澄ましているようだった。
頬に、冷たい感触が押しつけられていた。細い糸をたぐり寄せるように、感触に意識を向ける。
「――――ッがは! はっ、がっ、はっ……!」
水面に顔を出したように、意識が再びクリアになった。
遠くで響いていた分厚い音と震動が、直接体を揺さぶっている。だが眼を開いても、視界は暗闇に覆われたままだ。体の輪郭が失せて、霧のような暗闇の一部になった気がした。
首を振って、意識を取り戻す。
頬から滴が伝うように、首から肩へ、肩から腹へ――うつぶせになった、全身の輪郭がもどってくる。暗闇でもがこうとすと、手のひらは見えない壁に
まどろむ意識は、突如爆音に吹き飛ばされた。
爆風が首から上をもぎ取っていったかと思った。鼓膜にナイフを突き込まれたような、鋭い曲のうねり。ドクドクと脈打つようなドラムの音が、衝撃で体を跳ね上げる。混乱する視界に、極彩色の
立ち上がると、周囲は深海にいるような
レーザーの煌めきの合間に、フルフェイスのヘルメットを被った男達の姿が見えた。
刻まれるビートに体を揺らし、タスクウィンドウを弾いたり、タップしている。ウィンドウには二つの丸いレコードや、無数のチューニングスイッチ、四角く点滅するランチャースイッチが、複雑なコクピットのように並んでいた。
男達の踊るような手さばきに応えるように、爆音にスタッカートを刻むような変化が加えられる。音が一瞬"縮んで"聞こえたり、甲高く加工された声がぽっと浮かんだり、同じ音源がリピートされたり――めまぐるしく変わる曲の展開に、意識がかき乱されるような気がした。
ここは、暗闇に浮かぶ、
クラブステージなど行ったことがないので確信はないが……この暴力的ではた迷惑なエレクトロミュージックには聞き覚えがあった。
胸を突かれたような衝撃。
重苦しい炸裂音は、ドンッと背中から心臓を一撃。うっと息が詰まった瞬間、明るい閃光に視界が黄金色に染まる。
ふり返ると、球状のガラスドームの向こうで、巨大な火花の塊が、いっぱいにふくらんでいた。赤や白の火花が輝いたかと思うと、黄金色の残滓を残し、暗闇にきらめいては消えていく。
花火――?
そう思ったところで、嫌な汗がじり、とこめかみに浮かんだ。花火を美しく輝かせる舞台はどこだ? もちろん、"夜空"だろう。じゃあそれを間近で見られる、このDJブースは――――
『
聞き慣れた声にハッとした。
花火の閃光が収束すると、引き戻しの凄まじい風に吸い込まれそうになる。花火の残像が消えると、黒いミリタリージャケットをたなびかせ、短いキュロットスカートをバタバタと揺らす影が、そこには残った。
硬いブーツを片足一つ、宙に下ろして。
「――コーディか!?」
ここはただの"DJブース"なんかじゃない。
このドームは、空中に存在している。夜の闇をステージにして、極彩色を振りまくミラーボールなのだ。
そのミラーボールには、人が通れる位の穴がぽっかりと空いていた。中から
コーディは吹き乱れる風に髪を暴れさせながら、しかし表情一つ変えずに、人差し指を真下に向ける。
『下を――!』
途端、見おろした視界に、電飾で描かれた地上絵のように、紫の光が一瞬走る。直後、火花と共に真っ白に染まった
ステージの光に照らし出され、巨大な観客席が見えた。うねるようにひしめき合う人々が、中央の
ステージでは、黄色と紫の
スパーク音かとどろき、閃光が走ると、六角形を囲む観客席から、歓声とどよめきがうねった。
光の明滅は、DJ達のプレイングが激しくなると、輝きを増していく。
心臓の鼓動のようだったバスドラムが、脈拍を切り刻むように細かく連打されたかと思うと、「Present day........Mother F■cker」のつぶやきを皮切りに、
『今回はルールが複雑です――ブリーフィングの内容は理解してますか!?』
爆音と風のうねりに、ソプラノの声は懸命にあらがっていた。風に髪をたなびかせ、コーディは瞳を青く輝かせる。
一瞬、視界に青白い光が走った。ドームから身を乗り出す黒瀬の眼前で、電子音と共にタスクウィンドウが現れた。はるか彼方で明滅しているだけだったステージの光が、拡大される。
「あぁ――いや、半分くらいだ!」
『サポートします! ステージを確認して!』
すらりと空中をすべり、コーディが耳元に頬を寄せる。ほのかに桜色に上気した頬から、背筋に滑り込むような冷ややかな体温が伝った気がした。ぞくり、と背筋が震えて、心臓が高鳴る。
『ステージの
耳元で叫ぶ彼女の声。鼻につくように高い。バスドラムの重々しい音の中で、霧の漂う森に迷い込んだように、浮かび上がって聞こえた。
「あ――ああ!」
『あれが
タスクウィンドウが、ステージをズームアップする。
黄色や紫の輝きに縁取られた、丸いマスが並んでいるのが見えた。
『プレイヤーは曲に合せて
「なに? ――ジャンプ!? 何だって!?」
『落ち着いて、プレイヤーを見て!』
情けないことに、まったく理解できなかった。爆音と風のうねりで、理性が紙クズのように転がって、聞いた話を整理することもできない。もっとも、高度五〇〇メートル近い高さで冷静でいられるヤツがいるとも思えないが。
コーディはすぐに手を振り、ウィンドウを操作した――カメラを切り替えたように映像が変わり、
『自分の色のマスを増やして、
ゲームが進むと、彼女の言う通りになった。イエローに輝くマスが、投げ縄のように途切れなくつながると、その中にあったマスが一瞬輝いて、奈落の底に沈んでいく。
自分の色にしたマスをつないで、敵が落ちるように環を作る、というわけだ。
イエローのマスを順調に増やしていた黒人の男だったが、しかし対抗するライバルは順調を通り越してもはや超人的な勢いでマスを削り落としていた。紫の輝きをまき散らし、巧みに男を追い詰めていくと、ついには男は逃げ場を失った。周囲のマスをすべて落とされたのだ。
困惑して辺りを見渡す男の前に、紫の光線を引き連れて、女が静かに着地する。
歓声が、地響きのように轟いた。
鼓膜ごと脳まで揺り動かされ、視界がびりびりと震えた。
『Epic Player is..........The HEX !!!!』
兎の耳を生やした女が、髪をたなびかせて立っていた。
尻まである馬鹿でかいシャツを風にたなびかせ、紫の輝きに照らしだされる、くびれた女の
頭に生やした兎の耳――ふざけた飾りに見えたが、まるで意思を持っているかのようにくびれて蠢きだし、クロセはぎょっとした。黒い毛糸を貼り付けた安っぽい作りに見えるのに、明らかに"
その上、片方の耳は引きちぎられたかのように、根本だけをわずかに残すのみだった。いや、耳だけではない。戯れに自身を切り刻んだかのように、彼女の全身は痛ましいまでにズタズタだった。
観客の歓声に、彼女はウィンクしてみせる。
顔を覆うマスクも、乱暴に引きちぎられた後があった。
顔の半分しか覆えていない。
イタズラを仕掛けたガキのように"にこやか"な大きな瞳がのぞいていた。紫の色の光沢を、くりくりと浮かべる。だが一瞬、違和感が浮かぶ。
うっ、とクロセはうめき声をあげた。
輝いている瞳は、一つだけだったのだ。もう一つ、マスクに覆われていない顔に、は黒目がちな瞳が――いや、それは"瞳"ではなかった。不器用な女の子が、"壊れてしまった"ぬいぐるみにそうするように、彼女の片目は、ボタンが代わりに、縫い付けられていた。
乱雑な縫い目で、眼の周りの皮膚が、蜘蛛の巣状にひきつっている。
「なんだ、あれ」
彼女の持ち上がった口もと。ナイフで裂かれたような笑みが、しつけ糸で×印に縫い付けられている。まるで、人間の身体を材料にした、お人形遊びの残骸のようだった。壊れた場所は"縫いましょう"。ちぎれて"一部"を無くしちゃいました。でも怖がらないで、私はみんなの、お友達なの――――
『
どこからともなくマイクコールが轟いた。
女は見事なターンを決める。
マスクの下からあふれ出ていた、ウェーブがかった紫の髪が、勢いよく振り回される。片方だけの兎の耳と合せると、悪夢のようなツインテールだ。
まだかろうじて残っている兎の耳が、生き物のように蠢く。
ブーツの踵でマスを蹴りつけ、大歓声を一瞬のうちに黙らせた。
手を当てた腰をくびれさせると、人差し指と親指を立てて、天高くへと指さした。
「DEAD――or LIVE !?」
歓声が、リズムを刻み始めた。
言葉にならない声が打ち鳴らされ、ドラム代わりの怒声が大気を揺らす。好き勝手に騒いでいた観客は、皆一様に同じ笑みに取り付かれ、体を揺らす。血走った眼、汗や涎が飛び散るのも構わない。
狂気に当てられるばかりで、何をわめいているのかわからなかった。だが怒声は唱和となり、次第に一つの言葉を形作っていることに気がつく。こめかみに、冷たい汗が滲むのが分かった。
『
大笑いするマイクコールと共に、途切れていた曲が一気に響き渡る。大歓声が真っ黒な空に打ち放たれ、死を望む喝采が地響きのように響き渡った。
逃げ場を失い、脂汗を垂らしていた黒人は、観客達の"狂喜"に取り囲まれ、うち捨てられた子どものように見回すしかない。
長い耳を振り回し、女は天へと振り上げた指を打ち鳴らした。その瞬間、黒人の男の足元は消え失せ、奈落の底へと絶叫が飲み込まれていった。
『WINNER is――A.K.A." HEX "!!!!』
六角形の
光を一心に浴びて、イカれた兎女が、両腕を組んで仁王立ちしていた。
"
爆風で大きな耳が揺れ、マスクから半分飛び出した紫の髪が、
HEX! HEX! HEX! HEX!――――止まない
イカれ兎の"HEX"がこれで499連勝だ!! 哀れなライバル達が"
正直同情するぜマザー・ファ<<※日本語版では不適切な言葉は修正されます>>!
この"不思議な夜"はいつまで続くんだ?
いつまでも続いて欲しいよな?
OK、マジでイカれた
『THE THE THE NEXT PLAYER is――――』
高らかに宣言されるマイクコールの声。最高潮に盛り上がった客達がさらなる歓声を上げ、会場の光は狂ったような紫に染まる。HEXを呼ぶ声は儀式じみた熱を帯び、たたずむ彼女を取り囲んだ。
その全てに覆い被さるように、耳障りな電子音が響き渡った。
派手な輝きに満ちていたステージから一瞬光が失せ、代わりに、困惑のざわめきがひしめき合う。
混線した無線がもらすうめき声のように、途切れ途切れの雑音が響いた。
ステージ上空に浮かぶ巨大なディスプレイが、あえぐように明滅する。白と黒が混在する、
照らし出されたHEXは、しかし貼り付けたような不敵な笑みを、一切崩さなかった。困惑に顔を見合わせる観客と違い、彼女はこれから起こる事を、知っているかのようだった。
その背後に、凄まじい勢いで黒い
雷光の
爬虫類のように引き絞られたHEXの眼が、ぐるりと背後をふり返った。
砂嵐に染まったステージに、真っ黒な人影が浮かび上がっていた。
着地の衝撃から、緩慢に立ち上がる。羽織ったコートを風にたなびかせ、魔術師のような袖口を持ち上げる。黒革のグローブに覆われた拳をほどき、自身の存在を確かめるように、
観客達のどよめきが広がった。
HEXの不敵な笑みが、切り裂いたような狂喜の笑みに変わる。
ガスマスクの大きなレンズが、彼女を見据えた。
かき消えたマイクコールに代わり、巨大なディスプレイに、次なる挑戦者の名が刻まれる。
"
――HEXの大きな瞳にその名が浮かぶと、歪んだ愉悦に、瞳が笑みを描く。
「お前を、
マスクの下――クロセはくぐもった声を上げた。
ゲームの始まりを告げる音が、脳裏に鳴り響く。
■ ■ ■ ■
HEXは仁王立ちしていた。
たなびくジャケットに手を突っ込み、悠然とこちらを見つめている。
彼女の背後に浮かんだ巨大ディスプレイが、ワインレッドに染まる。そこに跳ねるように現れたのは、ウサギのアイコンだ。片耳がちぎれた、隻眼の黒ウサギ。不敵な笑みは、まさに当のHEXの生き写しだ。
「やっとHEXに見合うイカれた
紫の瞳が濡れて輝く。大笑いするように口を開き、歯を
対峙するクロセは、ガスマスクをややうつむかせていた。
彼の背後で、砂嵐に覆われたディスプレイが、白い輝きを放った。照らし出された
ディスプレイには時折、『Eje(c)t』という文字列や、得体の知れない男の顔が、サブリミナルで浮かんでは、消えていく。
「排出者は――センス、ある?」
HEXは据わりが悪そうにマスクをいじる。
じっとしてられない子どものようだった。
「HEXは、ある――ううん、HEX以外、誰もいないの。誰も、HEXのセンスについてこれない、
顎を少し持ち上げて言う彼女が、急に遠ざかっていく。
なんだ? と眼を細めたところで、遠ざかっているのは彼女だけではないことに気づいた。クロセの足元を支えていたマスが、パズルを解くようにカシャカシャと移動していたのだ。マスとマスが組み合わさり、所定の位置へとプレイヤーを連れ去っていく。
「
遠ざかっていく彼女の顔が、見上げる程のディスプレイいっぱいに表示される。
愉悦にまつげが震え。狂気に瞳が輝く。
「遊んであげるよ、
爆音が轟いた。
会場のうねるような歓声、大気を揺らすエレクトリックミュージックが流れ始める。シンセサイザーが空気を切り裂くと、キックとスネアが大気を叩き、エフェクトに彩られたメロディが
いよいよとばかりに会場を駆け巡る色とりどりのレーザー。明滅するステージの
『
『跳んで!』 コーディの叫びで一気に地面を蹴った。
"ジャンプ"のイメージがぶっ壊れた。
空へと真っ逆さまに落ちていく。あるいは夜空に吸い込まれる――――とにかく、地面から数十センチ浮く"ジャンプ"とはまったく違う。凄まじい上昇に大気が耳元でビリビリ鳴り響き、見下ろしていたマスがボタンくらいの大きさに縮んでいく。直後、隣のマスへと投げ縄で首でもくくられたように引き寄せられる。
「――――ッ!」
膝から転がり落ちた。
重い衝撃が骨を突く。
手のひらを突き立てて立ち上がろうとすると、紫色の閃光が頭上を横切っていった。
『周囲を取り囲まれたら終わりです! 移動して!!』
いつの間にか、HEXは無数のマスを紫色に塗り替えていた。光の
着々と包囲網が迫っていた。
紫の
地面を蹴って、再び襲い来る浮遊感に身構える。が、いきなり見えない壁に顔面がぶち当たり、ひっくり返った。上空のDJブースから走るレーザーが視界を横切って、エメラルドグリーンの輝きで眼がくらんだ。
「くそっ、なんだよ――バグか!?」
『リズムに合ってないんです! マスが表示されるタイミングを見て!』
言われてようやく、気がついた。白や紫に輝くマスは、エレクトロミュージックが刻むリズムに合わせて現れたり消えたりしている。タイミングが合わないと、そもそも隣のマスに移動することも出来ないのだ。
『まいったな
ため息交じりのマイクコール。ディスプレイに、ひっくり返った
客達は指をさして大笑い。
嘲笑がステージを駆け巡る。
「――クソみたいな連中だ」
『一応お訊きしますが、音感はありますか?』
「お前と同じだよ」
ほっと彼女は一息つき、
『安心しました』
「ないって言ってんだよ」
盛大な勘違いを訂正すると、コーディは大きな瞳で睨んできた。
なかなか面白い顔だと思ったが、笑えるような状況じゃないだろ。なんとかタイミングを図って、マスを蹴る――――今度はうまくいった。強烈な浮遊感をなんとかコントロールし、着地にも膝のクッションをつかい、あとは
『敵の
コーディの鋭い警告。
一瞬、本能が体を動かした。
無茶な体勢から地面を蹴ると、一瞬で上空まで上昇、視界がぐるりと回転し、頭を起点に体が時計の針のように縦回転した。
感覚が研ぎ澄まされ、光景がスローになる。
たった今蹴ったばかりのマスが見えた――だが、一瞬ギラッと輝くと、支えを失ったように傾き、暗闇に飲み込まれていく。
なんとか隣のマスに着地した。
危なかった、一瞬判断が遅れていたら――奈落へ飲みこまれていた。
『HEXがステージのマスを40%以上占領しています! こちらも対抗しないと』
HEXの姿を探す。――――いた。夜空を駆け、長い耳を揺らす影。背を逸らした彼女は見事なくびれを見せ、弓のようにしなった体を月明かりに写していた。
「いそがないと――クソッ、タイミングを合わせるのが難しすぎる」
『ベクトルと
マスに滑り込むように飛び込むと、コーディが視界の横から滑り込んできた。自分の音感に限界を感じていたところだった。彼女のサポートに一瞬安堵の息を漏らし、徐々に包囲網を狭めてくるHEXをにらみつける。
ここから反撃だ。
コーディの瞳が青白く輝き、一際激しい輝きを放つ両手を胸の前に掲げた。
『――――はいっ、はいっ、はいっ、はいっ、はい!』
両手を打ち合わせるコーディを見たクロセは、もう一度それを見直し、
『はいっ、はいっ、はいっ!』
「冗談だよな?」
『なにがです!?』
「
ふり返ったコーディは目を剥いて、ほのかに頬が赤く染まっていた。
かぶりつかんばかりに
『他に方法があるんですかッ!? さぁ跳んで――――跳びなさいっ!!』
剣幕に押されてマスを蹴った。
見た目の間抜けさを別にすれば、このサポートは意外にも精確だった。だが実際に足を使い、跳ぶ判断を下すのはクロセだ。
このゲームは見た目以上に複雑だった。
空中にいる間に周囲の状況を把握しておかないと、次に自分の跳ぶマスを見失ってしまう。タイミングだけを考えて跳んでいると、頻繁に見えない壁にぶち当たる――跳ぼうとした先のマスが、すでに敵に落とされていたりするのだ。
さらに相手の動き、マスの占領状況から眼が話せない。知らぬうちに敵の
高くジャンプしてステージの状況を確認したり、低いジャンプで次々とマスを占領していったり、飛び方にすらテクニックがある。
もろもろ考えていると、どうしてもタイミングやジャンプの軌道がずれる。しゃっくりのように、思っていたのとは違う
何度目かの失敗で、マスの中に転がったときだった。
毒づいて立ち上がろうとすると、突然音がかき消えた。
ステージをちらつかせていた輝きが、シャッターを下ろしたように暗闇に塗り替えられる。
「――――なんだ!?」
シンセサイザーが地を這うような音に変わり、ドラムやスネアの音が消える。ぶしつけなステージの電飾も一気に暗転し、シンセが繰り返すメロディが、どんどん短く刻まれていく。次第に頂点へと駆け上っていくかのように。
『――"セッションクロス"が来ます』
周囲を飛び回っていたコーディが、じり、と小さなスパークのような声をもらした。
「セッションクロスってなんだ?」
『言わばボーナスで――ごめんなさい、説明している時間がありません。次に光る赤いマスを、絶対に敵に取られないでください』
「ちょっと待てよ、もし取られたら?」
『終わりです』
返事は簡潔だった。
暗闇に眼を凝らし、光が放たれるのに眼を凝らす。
『――あそこです! ステージ中央!!』
コーディが指さした瞬間、突然火柱が吹き上がった。二十メートルほど先のマスが燃え上がり、真っ赤な炎が夜空に『SESSION X』の文字を描く。
地面を蹴った。
暗闇の向こうで、紫の光線が輝くのも見えた。
取らせるわけにはいかない。わずかにこちらの方が速い。ほんの一マス分程度のリード。一瞬でもミスしたら、敵に奪われる。焦りに燃える本能を、理性で押さえつける。タイミングを踏み外すな。一瞬のミスもするな。そうすれば、そうすれば――――
『――ッ!?
コーディが叫んだ瞬間、突然暗闇の向こうから伸びる紫の光線がねじれ上がった。天高く舞い上がったかと思うと、いくつものマスをまとめて飛び越え、赤く光るマスへと飛び込んだ。
「しまッ――――」
燃える炎の合間にHEXの笑みが見えた。そう思った瞬間、ステージが十字に切り裂かれた。紫の閃光が走りクロセが踏んでいたマスも酸に溶かされたように傾き、沈む。足を取られ、マスから滑り落ちる。
「うぉ――――ぐッ!!」
『
顔面をしたたか打ち付けながらも、本能で
「DEAD or LIVE!!」
HEXの
人差し指と親指を立て、彼女の腕は天を突く
「――――クソッ」
『――――、観客が私たちの生死を決めます』
どうすることもできないのだろう。コーディが宙に浮き、観客を見まわしている。
脳裏に、最初に見たプレイヤーの末路がよぎる。
あの黒人の男は、
殺すなら、殺せ。
観客達のざわめきが、大地震の前触れのように、広がっていく――――
――――E! ――VE! ――VE!
残響のような声。始めはためらうような唱和が、次第に確信を持った叫びへと変わっていく。
LIVE! LIVE! LIVE! LIVE! LIVE! LIVE!!
『
耳をつんざくエレクトロミュージックが再開する。かろうじてクロセがぶら下がっていたマスが元に戻り、消えていたマスも再び姿を現す。全てが元に戻り、クロセはなんとか、マスの上に立ち上がった。
観客達の歓声に応えるように、上空のDJブースがレーザーをまき散らし、ステージを巡る絶叫は最高潮に達する。
「DEAD or LIVE で救われるのは一度きり」
マスは組み直され、再びプレイヤーを初期位置へと連れ去っていく。だがHEXの乗ったマスだけは、彼女の苛烈な想いで杭を打ったように、動かなかった。
傍らを横切ったクロセに、HEXは背を向けたまま、目の端だけでふり返る。
「次は、殺すよ。
高鳴るエレクトロミュージック。クロセの周囲に突如現れた黒いウサギの
『ヒーローやっててよかったな、
心底バカにした調子のMCが観客達の爆笑をかっさらった。うねるような嘲笑の嵐を見上げ、クロセは奥歯をかみしめる。
『すみません、私のサポートが……
傍らに浮いたコーディが、微かに顔を伏せていた。いつも涼しい顔に、ほんの一滴、冷や汗が垂れていた。
レンズ越しの目を、正面にもどす。
いつも、現実を斜めに見ている覚めた瞳に
熱情の色が染み出した。
ダサい? センス?
何言ってんだ、こいつら
命がかかっている。
これはお遊びじゃない。
確かに無様で、ダサくて、音感もなくてセンスも無かったかもしれない。でも、これは、遊びじゃ、ない。遊びはもう、終わりなのだ。
ダサいもクールも知った事じゃない。消え行く命を前にして、何をするかが全てなのに、見てくれだの、ノリだのしか目に入ってない連中に、血管が破裂しそうだった。
怒りっぽいのはわかってる。
だが、ここで怒りを感じないヤツこそ、"終わってる"。
ゆっくりと、細い息を吐く。
怒りの熱を吐き出すと、沈みかけていた理性が水面から立ち上がる。
冷徹に、そう、冷静に――冷え切った理性が、霜を漂わせるまで――怒りを燃料に、冷静さを論理回路にして、勝利への道筋を絞り出せ。
ダサくても、エモくてもいい。これまでと同じだ。
血しぶきまき散らし、泥水を這いまわり、最後まで諦めず、一瞬のひらめきを待ち、ようやく生き残ってきた。
わかっている。
必要なのは、クールでもセンスでもない。
たった一つの答えを導き出す――
「――――オセロだ」
「え?」
「必勝法、だろ?」
ふり返ったコーディの目には、瞳を紅くたぎらせた排出者の姿が、映し出されている。
■ ■ ■ ■
「セッションクロスだ」
脳裏には、驚くほどの精細さで、"必勝法"の光景がシミュレーションされていた。
その分いまいましい口下手さで説明できるか不安だったが、コーディは瞳を青白く輝かせると
『いい発想です。HEXもここまでは予測できないでしょう』
考えを読んだらしい。
彼女の声音はわずかにうわずっていた。驚かせることができた。
「でも問題がある――次のセッションクロスが、どのマスに来るか分からないと、この"必勝法"はつかえな――」
『解析できました』
皆まで言わせず、彼女は冷たく輝く瞳でうなずいて見せた。言葉に詰まってふり返ると、彼女の瞳の中で、様々な色の輝きが一瞬で駆け抜けていく――――よく見ると、輝きは
『本ゲームのセッションクロスの配置は、ランダムです。本来どのマスに発現するのかはわかりません。が――プレイログを四万戦程度確認した結果、これは典型的な『確定的疑似乱数』であることがわかりました。確定的疑似乱数は見かけ上の乱数に対して――』
彼女の言葉が念仏になって頭蓋を締め付けてくる気がした。「な、コーディ。時間がないんだ」額を押さえたクロセは、傾けていた頭をもどし、相貌をまっすぐにコーディに据えて
「やってくれるか?」
六課系の輝きが失せた彼女は、わずかに顎を引いた目を、深海から浮かび上がるような輝きをきらめかせた。
『
『All right all right.............わかってるさ、"終わり"の時間が近づきつつあるくらい。なぁ
マイクコールのふざけた声が戦いを煽る。
観客達の無邪気な歓声が後に続き、
狂ったように打ち上げられる花火が夜空を黄金色に染め、仁王立ちする
クロセは拳を握り、わずかに上半身を沈ませる。
『最高のステージを期待するぜ、イカれ兎に
ハハ、と嘲笑の
『
クロセは、瞳を閉ざした。
冷たい暗闇。瞼の裏に造った、心地よい無関心。
感覚を研ぎ澄ます。
自分が負けても、HEXが勝っても、二人の命は
『
ステージに輝いたのはHEXの光だった。
紫の光線がビートのリズムに乗せてマスを彩る。観客達は、彼女に残された時間がもう無いのを知っている。その散りゆく輝きに満面の笑みを浮かべ、HEXの名を唱和する。
一方ブーイングを投げつけられるのは
表情のないガスマスクとうつむかせ、胸の内を探ろうとする興奮気味の視線を
ただ、ひたすらに、全身を曲に乗せ、刻まれるリズム"理解"しようとした。
音楽の趣味が合わないだとか、気にくわないだとか、下らないこだわりはもう無しだ。頭はもういい。考えるのはやめろ。ただ、理解するんだ。この音楽を、このリズムを。
『
触れれば指の切れそうな、凛とした声。
さぁ、目を開け。
衝撃のビートで揺れる世界を
これが、世界だ。
これが、
『セッションクロスまで28"00秒!!』
地面を蹴った。
跳躍の凄まじい勢いを素早く宙返りして殺すと、ステージを上空から見下ろす。
ブーイングの波に、わずかに動揺が走った。
HEXの視線が、紫の輝きを放つ。
気づいたのだ。
出遅れたことへのブーイングを意にも
『
MCの声もややうわずっていた。HEXには遠く及ばないが、ついに
HEXは表情を変えない。
確かにプレイングは向上している。跳躍に迷いはなく、タイミングも完璧。でも、スタートの遅れは取りもどせてない。その上、
「――バイバイ、
ついにエレクトロミュージックが転調する。
大気を打ち鳴らすドラムスのリズムは、DJに突然と断ち切られる。取り残されたシンセのメロディが、何度も何度も、同じ所を
照明が一転。ステージに、暗闇が降り立った。
『
火柱が上がった。
暗闇にただ一つ浮かぶオレンジの閃光。
互いに一直線にセッションクロスへと飛び込んでいく。ほぼ互角の速度。しかし決定的な違いがそこにはある。HEXは笑っている。すでにこの時点で、セッションクロスを奪うのが自分である事を確信している。
"
『DEAD or LIVE』において、各プレイヤーには様々な能力が割り当てられている。HEXの
排出者とHEXは互角の距離にある。
だとしたら、競り勝つのは?
HEXは笑う。
笑うしかない。
こんなのは茶番だ。観客達の歓声も、MCが
――――哀れむよ、
魅せるのはアンタじゃない。
「HEXが、
HEXは一際強く、マスを蹴り飛ばした。
満月の夜だった。
月の明かりに照らされて、大きな耳を揺らすHEXの
見下ろしたステージに、もはや
紫の閃光が、ステージを十字に切り裂く。
――――
どういうわけだ?
HEXが仕留めたのだ。
ゲームはもう、終わり。HEXの
「(飛ばなきゃ――)」
一気に空高くへと跳躍し、ステージを見下ろす。
下らない手違いで
気づいた
着地できるマスがない。
「――――ッ!?」
セッションクロスマスの周りには、もう残されたマスが無かった。あらかじめわかっていたかのように、周囲のマスは一つを残してすべて、奈落へと落とされていたのだ。
そして、唯一、招き入れるように残ったマスには、
「――――ッ!?」
慌てて踏みとどまろうとした。
が、もう遅い。
無機質なレンズがふり返る。
伸ばされた手のひらに、視界が覆われる。
「――――ぶがッ!!」
頭蓋がへし折れた。
マスから放たれる
真っ赤な鮮血と青白い光は、混ざり合って
一瞬、歓声は水を打ったような静寂に飲まれる。
無音の中で、頭をマスに叩きつけられたHEXの体が、ビクビクと震えていた。床へと垂れた血だまりが、滴を垂らして、奈落へと流れ落ちていく。
……演じろ
……
そっと
それが重要だ。
自分ではない、誰かだ。
自分が望んでいたんじゃない。自分に悪意なんて無い。ただ、誰かが望んだ事を、自分は後追いしているだけなんだ。
HEXは
そして、誰もが望んでもいる。HEXと
「――――すごいよ」
観客達の歓声を、雨を見上げるように見つめていた
両目を失い、血の涙を流すHEXが、震える両手をのばしている。小刻みに
「HEXと
よろつくHEXの声は、思わぬご褒美をもらった無邪気な子どもの声だった。真っ暗で空っぽな瞳の下で、歓喜の笑みを浮かべて、
「二人の"
炸裂音。
ガスマスクが閃光に照らされ、冷淡な瞳が一瞬、レンズの向こうに映し出される。
直後に降りかかった血しぶきが、レンズにべったりと紅を塗りたくった。
絶叫と共に、HEXが膝を突く。
絞り出されるように、撃ち抜かれた両膝から、血がだくだくと流れ出す。
「あ、あ……」
血まみれの両手を、もう見えなくなった顔にかざし、HEXは小刻みに震えていた。そこに"居る"であろう、ガスマスクの影を見上げて、
「な、なんで――」
耳元にマスクを寄せ、かみしめるように、
「"
直後HEXの額を撃ち抜いた弾丸が、脳と頭蓋の骨片をまき散らして、後頭部から飛び出した。
自身の血しぶきと共に奈落へと落ちていくHEXは、大切なぬいぐるみに手を伸ばすように、
『WINNER is――――』
マイクコールは銃声に断ち切られた。
天へと銃口を突き出した
喉元に刃物を突き立てられたように、誰もが黙り込む静寂の中で、
そしてゲームの電源は落とされ、
世界は暗転する。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます