第六章『カツキの 真実』
フェイトの指示車内で、僕とホークは作戦会議を開いていた。
と言ってもそんなに大層なものではなく、今現在の篠宮の様子を聞いたり、コンピューターのシミュレーションを確認したりする程度のものだ。
モニターには、ライブのリハーサル中の篠宮が映っていた。
理恵がデビューして行動半径が広がり、監視のほうは苦労が絶えないと、ホークが漏らしていたことがある。私服隊員の尾行だけでは限界が出始めたため、つい先月、新たに覆面隊員部隊を増設。事務所やライブ会場を始めとする芸能関係各所に隊員を潜り込ませ、篠宮の芸能生活をサポートしているそうだ。
「まぁ見ての通り、理恵は元気だ。……表面的には、な。君と会ってあの日のことを問いただしたい気持ちと、その答えを聞くのが怖いという恐怖心が葛藤しているのだろう。結果として表立った行動や変化は見られないが――それもいつかは爆発する。言うなれば今の彼女は、マグマが溜まりに溜まった休火山と一緒だ」
あの日以来、僕と篠宮は会っていない。
アイドル活動が忙しいらしく、学校はおろか、写真撮影のスケジュールの都合すらつかないのだった。
けれどそれは、逆に幸運とも言えた。
コンピューターの予想は『時間を置くことで篠宮は冷静になるだろう』というものだった。
確かにあの事件ーー志摩先輩から告白されてしまった直後、感情が不安定な状態で話し合っていたら、どうなるかわかったものではなかった。
そのため、僕のほうから電話をかけたりメールしたりといった行動は起こさず、今日で丸十日が過ぎた。
「そして、解決法はひとつ。ですか」
「そうだ。これが理恵でなければ、一気に爆発させるか徐々に鎮めるかの二択になるのだが、彼女に爆発は厳禁だ。彼女が爆発したら、実際の火山災害より恐ろしいことになるだろう」
「少しずつ、和解していくしかないってことですね」
「そうだ。まぁそこはコンピューターがなんとかしてくれる。少し悔しいが、ここ数ヶ月であのコンピューターの有用性は実証されたからな。あの日のような
そう――あの日。
ホークから聞いた話によると、強力な妨害電波で通信機器が麻痺したらしい。職員室で騒いでいたのも、それが原因だったのだ。
そして、ホークは篠宮の行動を把握できず、事件は起こった。
だがなによりの問題は――
「まだ特定できてないんですよね? 妨害電波を発信したのが誰か」
「特定は、な。ただ、何人か怪しい人物は推測できた。そのうちの一人は――君も面識がある人物だ」
「僕が知っている人物? 誰なんですか!?」
ホークはタバコに火を付けてくゆらせると、一呼吸おいて話した。
「君の学校の生徒会長――佐野真澄だ」
「生徒会長が? ――信じられない。あんないい話をする人なのに」
「言葉だけで人物を判断するのは早計だ。そもそも、理恵の心をあれだけ動かした、高校生にしては立派過ぎる演説がまた怪しかった。それで気になって調べてみたら面白い結果が出た。彼女の父親は――県知事だ」
「県知事――ああ、そう言えば! 僕も佐野知事の名前は聞いたことはあります。でもまさか、先輩が県知事の娘だったなんて」
「佐野氏は以前から、運命の子供絡みで私腹を肥やしてきたと噂される人物だ。運命の子供が住む地方自治体には、『運命の子供対策予防費』として、多額の補助金が国から支給されるからな。それに彼の策謀で失脚した人間も、両手では数え切れないと聞いている。だが、それならなるほど、あの演説もうなずける」
「親の背中を見て子供は育つ、ということですか? でもそれがイコール、彼女が犯人だという結果に繋がるとは思えませんが」
「もちろんだ。彼女が疑われた理由も、事件の起こった時間帯の
ホークは無精髭だらけのあごをさすりながら言った。
「――運命の子供の心身に危害を加えること。あの日の事件が仕組まれたものなのか、それとも偶然の産物かはようとして知れないが、次に同様の事件が起こったとき、今度は理恵の身に危険が及ぶかもしれない。それだけは、なんとしても阻止せねばならない」
「はい」
以前、ホークに聞いたことがある。
篠宮を神聖視し、彼女に危害を与える者は許さないという思想団体の存在を。
そして恐らく、今回はそれと対極――篠宮の存在そのものを抹消したい勢力の仕業だろう。
ホークたちフェイト部隊がどんな手段を使っても篠宮を守ろうとするのと同じように、彼らはどんな手段を使っても篠宮を亡き者にしようとする。
篠宮が機嫌を損ねただけで世界は大混乱に陥るだろうといわれているのに、もし彼女が命を落としたら――
世界はどうなるか、まったくの未知数だ。
そんなことは、絶対に阻止しないと。
「まぁ勝紀君がそんなに気張る必要はない。君には君にしかできない方法で、理恵を守ってくれればいい。実際に戦うのは、俺たちの役目だからな」
ホークはそう言って、豪快に笑った。
僕にしかできない方法――つまりは恋人を演じて、彼女の笑顔を守るということに他ならない。
それが、僕の戦いだ。
※
そして五日後。
篠宮の写真集の撮影が急遽決まった。
詳しい打ち合わせのため二度ほど東京の出版社に出向き、僕はそこで驚くべき話を聞かされたのだった。
なんと、撮影場所は、僕の住むこの街である。
写真集のコンセプトが『等身大の彼女』だということ、加えてカメラマンが本当の恋人――僕であるということから、だったら撮影場所も『等身大の彼女』が撮れる場所で、となったらしい。
加えて荒川さんがこの街の出身で地理に明るい、というのが決定打になったのだそうだ。
スタッフ間の打ち合わせがしやすいよう、僕や篠宮を含めたスタッフは街の中心に位置する高級高層ホテルに泊まり込むことになった。
普段は外から眺めるだけのホテルのロビーに一歩足を踏み入れると、そこは別世界のように華やかだった。
そんな中でも、よくよく目を凝らしてみないと気付かないほどに溶け込めるホークは、正直すごいと思う。
彼はあれだけ目立つ格好にもかかわらず、ソファに座って堂々と新聞を広げていた。おそらくあの新聞には、小さな穴でも空いているのだろう。
そしてそのホークの視線の先に、明らかにそれとわかる一団がいた。ラフな服装に、ラフな髪型。髪を染めている人も多数いる。いわゆる『業界人』と呼ばれる人たちだ。
『カツキ君。その一団の中、ソファに理恵がいるわ。久しぶりだけど、会話の勘は鈍っていないでしょうね?』
大島さんからの通信に、僕はうなずいた。
(はい。大丈夫です)
『よし。
「あ。おはよう、篠宮。久しぶり。元気だった?」
ソファに座っていた篠宮が振り返る。
「おはよう。うん。わたしはもちろん元気だよ。山口君も元気そうでよかった」
――怖いくらいに、いつもの篠宮だった。
隣に座っていた荒川さんも立ち上がり、挨拶してくれた。
「やぁ、おはよう。今日からよろしく。一緒にいい写真集を作ろう」
「あ、おはようございます。はい。こちらこそ、よろしくお願いします」
「じゃあ時間になったし、ミーティングを始めようか。さ、山口君、こっちへ」
僕は勧められるまま、業界人の輪の中に加わった。なんとも言えないオーラを放つ人たちに気圧され、緊張で僕は縮こまってしまった。
だが、それは緊張がすべてではない。
みんなの前だからだろうか、いつも以上に自然な感じの篠宮。その心の奥には、いつ爆発するかわからない不安と恐怖が渦巻いていると思うと、手に汗が滲んだ。
今、僕がやるべきことは二つ。
篠宮とのわだかまりを解消すること。
そして、いい写真を撮ること。
前者はコンピューターに任せてもいいけど、後者は一から十まで完全に僕の力でこなさなければいけない。けれど、本当に僕なんかにこの大役が務まるのだろうか――?
荒川さんを交えた打ち合わせに参加しながら、頭の半分ではそんなことを考えていた。横目で篠宮を見ると、彼女は真剣な表情で言葉に耳を傾けていた。
――ダメだ! 篠宮のことはコンピューターに任せるとして、僕は僕の仕事をちゃんとこなさないと!
「よし。それじゃあ早速現場に行ってみようか」
ありのままの篠宮を撮る――それはきっと、僕にしかできないことだから。
※
「うーん……」
「どうですか?」
今日一日の撮影が終わり。ホテルの一室で。
現像されたフィルムをルーペで見ながら、荒川さんはうなってばかりいた。
「悪くはない――悪くはないが、求めていた写真じゃないなぁ」
「それは……僕の腕が未熟だということでしょうか?」
思い切って聞いてみた。
だが、荒川さんは首を振った。
「いや。そんなことはない。君が持てる技術のすべてを注ぎ込んで、理恵をきれいに撮ろうとしていることは、このフィルムからもよく伝わってくるよ」
少しほっとした。
しかしそうなると、いったいどこがまずいというのだろう?
「そうですか。ではいったい、なにが……?」
「強いて言えば――理恵自身だな」
「篠宮に?」
「そうだ。どうにも表情が硬いというか、自然じゃないような気がする。これじゃ今度の写真集のコンセプトにはそぐわない。君がコンテストに送ってきたような、ああいう自然な笑顔が欲しいのさ。もしや山口君――理恵とケンカでもしたかい?」
ケンカ――というわけではないけど。
(ホークさん。事情を説明しても大丈夫ですかね?)
僕はとりあえず、ホークに確認を取ってみた。
『さん、は不要だ。大島、コンピューターはどうだ?』
ホークは今もホテルの中にいるのだろう。指示車の大島さんを呼んだ。
『コンピューターは沈黙を守っています』
『だ、そうだ。言いたければ言いたまえ』
「やはり、なにかあったんだね?」
小声でホークとぼそぼそ会話していたのを、荒川さんはなにか訳ありと判断したようだ。
「ええ、実は――」
僕はダメ元で、運命の子供関係のことはなんとかぼかしつつ、この間の事件ーー志摩先輩に告白されてしまったことを説明した。
そして、篠宮と付き合う前から、志摩先輩が好きだったことも。
荒川さんは真剣に話を聞いてくれた。そして話を聞き終わると、僕に質問を投げかけた。
「――なるほど。そんなことがあったのか。それで、君自身の気持ちはどうなんだ? 理恵をフって、その先輩と付き合う気はあるのかい?」
それが――情けない話だけど、実際のところは僕自身よくわからない。
僕がそう、思ったままを口にすると、荒川さんは「なるほどなるほど」とうなずき、
「どうやら原因は理恵以外にもあったようだな。それは――ここだ」
そう言って、僕の胸を指差した。
「僕の――心ですか?」
「そう。どういう事情かは知らないが、君はその恩のある先輩への想いを引きずったまま、理恵と付き合うことになった。そこまではいいね?」
「――はい」
「だけど理恵と付き合い始めて、君は自分自身でも知らないうちに彼女に惹かれていった。そして、君の心は『先輩が好きな自分』と『理恵が好きな自分』に分裂して、激しく争うようになったはず。身に覚えはないかい?」
「それは――」
ホークの説にあった役と自己の同一化現象のことかもしれない。
確かにあの頃、僕は不安定だった。ではあれは、発端はどうであれ、二人の自分が戦っていたからなのか。
――僕の、心の中で。
ちょうど今、篠宮が胸のうちに、真実を知らない不安と真実を知る恐怖という、相反する感情を抱えているように。
「そして――勝ったのは、こっちの君だ」
そう言って、荒川さんはポケットから一枚の写真を取り出した。
これは――!
「篠宮……?」
コンテストに送った、篠宮を撮った写真だった。
「実は今度の写真集の表紙はこれでいこうと思ってね。みんなを説得するために持ってきたのだけど、まさかこんなところで役に立つとは思わなかった」
「ちょ、ちょっと待ってください! どうしてこの写真から、僕の心が――」
「わかるんだよ。これでも僕はプロのカメラマンだ。写真にこめられた想いは、痛いほど伝わってくるさ。ほら、この写真をよく見てみるんだ」
笑顔の篠宮。
それはいつも、僕に向けられていた微笑み。
「写真は『
――ああ。そうか。
あのとき、比呂と仲良くしている篠宮を見たときに沸き起こった気持ちの正体が、ようやくわかった。
あれは――嫉妬だったんだ。
篠宮は、いつも僕に微笑んでくれたから。
その笑顔が他人に向けられるのが、嫌だったんだ。
僕は知らない間に、こんなにも彼女の笑顔が――いや、彼女が、好きになっていたんだ。
でも、だとすると――
「――志摩先輩への気持ちは、どうなってしまったんだろう?」
その回答すらも、荒川さんは教えてくれた。
「それも変わらずにあるさ。いや正確には、理恵と付き合う前からなにひとつ変わっていない。そもそもが、君の先輩への想いは理恵への想いと戦うような感情ではなかったはずだ。それを君は思い込むことで、戦わせてしまった」
――どういうことだろう? よくわからない。
「いいかい? 君の先輩に対する想いは、愛は愛でも『親愛』だったはずだ。それがいつのまにか、『恋愛』にすり替わっていたんだな」
「親愛から、恋愛に……」
「おそらく原因は、先輩に恩を返さないといけないという強迫観念だろう。そうやって自分自身を追い込むうちに心の比重が偏りバランスが崩れかけた。そこで『これは親愛より強い感情――恋愛なんだ』と思い込むことで、心のバランスをとっていたのだろうね」
そうか。
だから先輩に抱きつかれたとき、違和感を覚えたのか。
僕が志摩先輩に求めていたのはあくまで『姉さんの面影』であって、『恋人』ではなかったのかもしれない。
――もう、迷いはない。
「荒川さん、ありがとうございました。今の僕ならいい写真を――篠宮の最高の笑顔を撮れる気がします」
荒川さんは満足そうにうなずき、
「なに、礼には及ばないよ。これもいい写真集を作るためさ。その甲斐あって、どうやら君の問題は解決したようだね。今度は理恵の番だが、これは僕じゃどうにもできない。でも今の君なら――」
僕に篠宮の写真を手渡してくれた。
「――理恵を助けてあげられるはずだ。がんばって」
「はい!」
僕はそう言って勢いよく立ち上がり、ドアに向かって駆け出し――ふと思うところがあって立ち止まると、振り向きざまに荒川さんに声をかけた。
「あ。荒川さん。カメラマンじゃなくて心理カウンセラーでも食べていけるんじゃないですか?」
「フフ。考えておくよ」
そう言って、手を振ってくれた。
僕はドアを開け放つと、廊下を駆けた。
「大島さん! 篠宮の現在地は?」
『今は最上階のバルコニーにいるけど……。行くの、カツキ君?』
すぐさまエレベーターに飛び乗り、最上階のボタンを押す。
「だって、これが僕の、僕にしかできない戦い方ですよ! それに篠宮が心から笑ってくれないと、いい写真が撮れないじゃないですか?」
エレベーターのドアが開くと、目の前は夜空だった。
天井と前面がガラスのフロア。
そして――月明かりを背に、ホークがたたずんでいた。
「……なるほど。そっちも君の戦いだったな。よし、君は君の信じた道を行け。大島、最高のサポートを頼むぞ!」
『了解しました。
「行って来い、勝紀君」
「――はい!」
僕とホークはすれ違いざま、ガッと拳を打ち合わせた。
織姫と彦星が出会うように、フロアに広がる天の川の光を越え――僕はバルコニーに降り立った。
「篠宮……」
初夏の風が、彼女の髪を撫でるように吹いた。
「山口君……こんばんは。いい夜だね」
「こんばんは。隣――いいかな?」
「……うん」
僕は手すりに手を置き、篠宮と一緒に外を眺めた。
眼下には夜の街の灯が広がっていた。
「わたし、この街をこうして眺めたのって、初めて。きっとあの家の灯り一つ一つにも家族がいて、喜んだり悲しんだりしてるんだろうね」
「そうだね。でも、できることなら、あの灯りの元でみんな笑って暮らしてるって、僕は信じたいな」
篠宮も「そうだね」と笑ってくれた。
「わたしも毎日が楽しいもの。どんなドジをしても笑って許してくれる優しい友達に囲まれて……わたし、幸せものだと思うよ」
――けれど、僕は知ってる。
運命の子供ゆえに背負った、篠宮の孤独を。
友人に囲まれるのは学校だけ。
部屋では一人、ぬいぐるみたちに囲まれる篠宮の姿を、僕は知ってる。
思えば、大島さんの指示を待たずに僕の口から出た言葉。あれは、僕の心のコップから溢れ出した、感情の一滴だったのかもしれない。
志摩先輩への気持ちでふたをしていた僕の心から零れ落ちた、本当の気持ち。
あのとき、心から篠宮を孤独から救ってあげたいと思ったのと同じように、今、僕の言葉で篠宮の不安や恐怖を打ち払いたい。
「この間の、生徒会室のことだけど」
僕の言葉に、篠宮がびくっと身を震わせたのが、見なくてもわかった。
「……う、うん。なに?」
「あの日、先輩に告白された。確かに僕は先輩が好きだし、先輩への気持ちは、昔は僕も恋愛感情と錯覚してたときがあったよ。でも親愛は親愛。恋愛じゃない」
嘘はついていない。
五分前でも昔は昔。コンピューターもずるい言い方を思いつくものだ。
「僕の恋人はただ一人、篠宮理恵だけだよ」
そう言って、写真を渡す。
「これ……あのときの?」
「そう。写真は真を写すって書くけど、真を写されるのは被写体じゃない――カメラマンの心なんだ。って、このセリフは受け売りだけどね。とにかくこの写真が、僕の心だよ。僕の心の中では、篠宮はいつもこの写真みたいに――輝いてる」
篠宮は僕の顔と写真を交互に見比べていたが、やがてくすっと小さく笑うと、
「山口君って、口が上手なんだね」
と、皮肉っぽく言った。
「え? それって、どういう――」
僕が聞き返そうとするより先に、篠宮は写真を両手で差し出すと、いたずらっぽく笑った。
「はいこれ。この写真、山口君の心なんだよね? そっか。山口君の心の中では、わたしはずっと笑顔だったんだね。なのに、本当のわたしがふてくされてちゃ、しょうがないよ。山口君の中のわたしに負けないように、もっといい笑顔を見せなくちゃ。だからこれからも――いっぱいわたしの写真を撮ってね」
それはつまり、もうあの日のことは水に流すと、そう受け取ってもいいのかな――?
僕は写真を受け取ると、しっかりとうなずいた。
「任せといて。これからもいい写真をいっぱい撮るよ」
「あーあ。緊張したらのどが渇いちゃった。わたし、ジュース買ってくるね」
「ああ。それなら僕が行くよ」
「いいよ。山口君はそこにいて」
言うが早いか、彼女は駆け出していた。
一人残された僕は手すりに身体を預け、夜空を仰ぎ見た。
『
「荒川さんのおかげだよ。僕の――本当の気持ちに気付かせてくれた」
ホークが通信に割り込んだ。
『そうか。写真を撮る者同士、なにか通じるものがあったようだしな。では――これは俺からの祝いだ。受け取れ』
「え? な、なにを――?」
『おや? なにも聞こえないぞ? 困ったな。また妨害電波か?』
『た、隊長!』
『これじゃ大島も、勝紀君になにも指示できないな。だが、この妨害電波も五分後には止みそうな気がするぞ。それまでは勝紀君にすべてを任せるしかないな。ああ困ったぞ』
『……まったく。まぁいいわ。カツキ君、しっかりね』
その言葉を最後に、二人からの通信は途絶えた。
これは――僕の言葉で、僕の本当の気持ちを篠宮に伝えてやれ――という、二人からのメッセージだろう。
「ホークさん……」
今にも「さん、は不要だ」という声が聞こえてきそうな気がして、僕は苦笑した。
「ん? なに笑ってるの? はいこれ」
篠宮が二本の缶ジュースを持って現れた。
「あ。ありがとう」
篠宮からジュースを受け取るとふたを開け、一口飲む。
篠宮も一口飲み、しばらく二人で星空を眺める。
コンピューターの指示がないという不安は、まったくないと言えば嘘になる。
でもそれよりも――今、この瞬間だけは、僕の言葉で想いを伝えられるという喜びのほうが大きかった。
「あ、流れ星!」
篠宮は目を祈るように目を閉じた。
僕もそれに
「篠宮はなにをお願いしたの?」
「……笑っていられますように、って」
「え?」
「友達や家族――わたしの大好きな人たちと、そして、大切な人と一緒に、いつも笑っていられますように、って」
その言葉通り、篠宮は笑顔を見せた。
無垢な彼女の見ている世界は、今も善意に包まれた優しい世界だ。
例え、それ故に孤独を強いられたとしても。
彼女は彼女を取り巻く世界の全てを愛し、笑顔を振りまいている。
――そうだ。僕は、この笑顔が大好きなんだ。
運命の子供とかは関係なく、彼女のこの笑顔を守るために生きる。彼女が見ている、優しい世界を守る。そういうのも、悪くないかもしれない。
「山口君は?」
「僕はね、篠宮――ううん、理恵の笑顔を、そばでずっと見ていられますように」
そう自然と、名前で呼んでいた。
「そ、そう、なんだ――」
理恵は真っ赤になってうつむきながら、続けた。
「――うん。わたし、これからは笑顔を見せるのがお仕事になっちゃうけど、でも、これだけは覚えておいてね。わたしのとっておきの笑顔はいつだって――カツキ君のためにとってあるんだから」
理恵も僕を名前で呼ぼうとしたのだろうけど、恥ずかしかったのだと思う。愛称だったけど、それでも嬉しいものは嬉しい。
僕らはようやく、恋人同士になれた気がした。
「理恵……好きだよ。僕は僕のすべてを賭けて、君と、君の笑顔を守る。――約束するよ」
「あ――初めて、聞いた気がする」
「なにが?」
「好きだ、って――今まで、一度も言ってくれてなかったから――」
理恵は瞳をうるませながら告げた。
そう言われれば、言っていなかったかもしれない。
だとすると、今まで理恵がくれた好意の分だけ、お返ししないといけない。
僕は理恵の肩を抱き寄せ――
この半年間の想いを込め、口付けを交わした。
僕らを祝福するように、星たちはもうひとつ、流れ星を降らしてくれた。
※
……高層ビルの一室。月明かりを浴び、妖しく微笑む少女の横顔。
そして、髪をオールバックにした黒スーツの男性が会話を交わす。
「真澄お嬢様。運命省のコンピューターをハッキングして手に入れました、極秘情報です。どうぞ」
「ご苦労です。松村」
――黒スーツから受け取った紙の束に目を通した少女の口元が、歓喜に歪んだ。
「……なるほど。花が咲くのは見逃したけど、実はしっかりと生ったみたいね。それも、予想外の豊作だわ。生った実はどうするか――わかるわね?」
「はい。存じております」
「そう――収穫よ。さぁ、祭りを始めましょう。収穫の祭りを!」
「了解しました。作戦を実行するよう、各幹部に通達します」
「頼みます。私は彼の説得に向かうわ。運命の子供の大切な人――山口勝紀を、私たちの同志に加えるために」
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