第138話 朝の通勤電車


 雨の中を走る通勤電車。

 その車内に、張り詰めた空気が満ちていた。


 電車で学校に通いはじめて3年目。いつも同じ時間に乗りあわせる人たちは、名前も知らないけれど、なんだか顔なじみのようにも感じる不思議な関係だ。

 いつもは無関心をよそおう私たちだけれど、今日だけは違った。お互いの様子を意識しながら、不自然な視線がまじわりあう。


 きっと考えていることはみんな同じだろう。私も同じだ。

 心配と親切心と、余計なおせっかい。赤の他人ではあるけれど、放ってはおけない気持ち。やがて電車がスピードを落とし、座席の端に座った制服姿の男の子がぐらりと揺れるが、まだ誰も動かない。


 とうとう駅についてしまった。

 私は覚悟を決めて、手に持っていた傘をわざと床に落とした。パシンと甲高い音を立てて、傘が男の子の足元に倒れる。

 彼ははっと目を覚まして、あわてて電車を降りていった。

 間一髪のことだった。


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