第94話 春と絆創膏


「これ、持っていきなさい」

 制服に着替えた娘に絆創膏を渡した。


「こんなの、いらないって。もう転んで膝を擦りむくような歳じゃないんだから」

 娘は口を尖らせ、それを突き返してくる。その姿はまだまだ子どもだ。


「いいから、持っていきなさい」

 あえて説明を省くと、強引に箱ごとかばんの中に突っ込んだ。前もって教えられるよりも、体験した方がいいだろう。


「じゃあ、先に行ってるね」

 今日は中学校の入学式。娘はシワひとつない制服に新しい革靴を履いて、穏やかな春の光の中へと飛びだしていった。


 娘はいろいろなことをまだ知らない。すっかり大人になってしまった私には、それがちょっぴりうらやましくもあった。


 ねえ、知ってる?

 痛いんだよ、靴ずれ。

 絆創膏、友達にもわけてあげなね。 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る