第89話 エイプリルフール


「ねえ、マスター。なにか面白い嘘をついてみてくださいよお」

 悪酔いした客がカウンターに突っ伏して叫ぶ。マスターはグラスを磨く手を休めて、小さなため息をもらした。


 今日は四月一日、エイプリルフール。

 しかし、いくら嘘をついてもいいと言われても、面白い嘘なんてそう簡単に思い浮かぶものでもない。


「お客さん、時計を見てください」

「ん? ……なんだ、もうこんな時間か」

 時計は、深夜の一時を指していた。

「もうエイプリルフールは終わりましたよ」

 マスターは安堵の表情で、グラスに水を注ぎ客の前に置いた。


「さて、そろそろ店を閉めます。タクシーをお呼びしましょうか?」

「ああ、頼むよ」

 客がふらふらと店を出ていくのを待って、マスターは時計の針を二時間戻した。


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