第83話 船頭と釣り人


「どうだい、なにか釣れるかね」

 桟橋に座って釣り糸を垂らす男に、船頭が物珍しそうに話しかけた。


「いいや、全然だよ」

「だろうなあ。俺も船頭になって長いが、ここで魚なんか一匹も見たこともねえよ」

 からからと船頭は笑った。


「釣れなくてもいいんだ。こうして、ただぼんやりとしているだけでかまわない」

「どうせ釣れたって食えねえしな」

 船頭の言葉に、男は静かな笑みを返した。


「さて、そろそろ舟を出そうかね」

「邪魔かい?」

「いいや、構わんよ」

「それなら、もう少しだけ。本当は、こんな生き方がしたかったんだ」

「好きにしな。先を急がなくたって、時間はたっぷりとあるんだからよ」


 船頭はそう言って小さく笑うと、三途の川に迎えの舟を出した。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る