第59話 ハローワールド
「誕生日、おめでとう」
病室に駆け込んだ時点で、用意していた言葉はすっかり忘却の彼方へ消えていた。結局、言葉にならない感情を持て余し、思わず言った言葉がこれである。
僕の言葉に、妻はきょとんとした表情のあとで、不意にポロポロと大粒の涙を流しはじめる。安静が第一と言われている妻を泣かせるつもりなんてなかった僕は、あわててなだめる。
「ご、ごめん なんか変なこと言っちゃって……」
「そうよね。そのとおりだわ」
あわてる僕に、しかし妻は泣き笑いの表情でそう言った。
「お誕生日おめでとう」
妻が、愛おしい表情でそう語りかける。
誕生日。
みんなが自分を祝ってくれる特別な日。
だけど、みんなはいったい何を祝ってくれていたのだろう。
ふと、理解がきた。
こうして誕生日を迎えられたこと。
つまり今、僕がここにいること。
それを祝ってくれていたのだ。
妻の胸元で、人生最初の誕生日を迎えたわが子が泣きはじめた。
僕はここにいるぞ、と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます