第60話 数える


「ぼくね、カレー大好き! あとねー、りんごとパトカー、すべりだいも好きだよ!」


 春風の吹く、休日の午後。

 姉に子守を頼まれて、6歳になるおいっ子君と近くの公園まで、お散歩デートである。


「好きなもの、いっぱいあるんだね」

「うん! あとね、お姉ちゃんも大好きだよ!」

「ありがと」


 仕事のミス、職場の人間関係、つまらない日常のトラブル。

 嫌いなものばかり数えてばかりの私には、甥っ子君の笑顔がまぶしすぎた。


「ねえ、お姉ちゃんの好きなもの、教えてよ」

「……え?」


 そう問われて、答えられない自分に驚く。

 最近、好きな音楽も聴いてない。

 好きな絵も、本も、場所も、食べ物も、あったはずだった。

 いったい、どこに忘れてきたんだろう。


「お姉ちゃん、どうしたの?」

「ううん、平気よ。お姉ちゃんもね、好きなもの、いーっぱいあるんだ。聞いてくれるかな?」

「うん、いいよ!」


 好きなもの、いくつ数えられるかな。

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