第53話 それこそ無駄なこと



「5分遅刻。俺が、こういう無駄が大嫌いなの知ってるだろう?」

 彼はそう言って、不愉快さを隠さない。


 僕は素直に謝罪した。

 つまらない言い訳をして、彼と無駄な口論をはじめたくない。


「しかし、理系の博士号までとって、どうして今さら小説家志望なんだ? せっかくの学歴を無駄にするのか?」

 居酒屋の片隅。

 僕の話を聞いた彼は、酒の勢いもあってか語気を荒くした。


 予想通りの反応に、笑いをこらえる。

 子どもの頃から、性格というのは変わらないものだ。


 酒もすすみ、彼はますます白熱する。

 もはや、時間や才能を無駄にすることは罪だ言わんばかりである。

 彼には悪いが、僕は他人の生き方に興味はない。

 彼の言葉も酒のさかなである。


 しかし、彼だって僕が、他人ひとの言うことを素直に聞くような人間じゃないことくらい、知っているだろうに。まったく、無駄を嫌う男が、目の前で無駄なことをしている姿は滑稽こっけいでもある。


 僕に指図さしずするなんて、まさに時間の無駄だ。



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