第57話 手を振る


 隣のホームに停車していた電車の窓から、幼い男の子が手を振っていた。


 あたりをみまわしてみる。

 ホームにいるのは俺ひとりきりだ。

 だが、その子の顔にはまったく見覚えがない。


 さりげなく視線をそらすが、男の子はあきらかに俺めがけて手をふり続ける。

 疲れたのか、しばらく休むと、また手を振る。


 どうせ、ホームには俺しかいないのだ。

 俺はとうとう根負けして、ぎこちない笑顔を浮かべて手を振りかえした。

 とたんに、男の子に笑顔がはじける。


 男の子が手を振る。

 俺が手を振りかえす。

 男の子は笑顔で、また手を振る。

 途中でやめられない、終わりなきゲームになってしまった。

 まぁそれも、次の電車が来るまでの、あと数分の暇つぶしだ。


 列車遅延のアナウンスが流れたのは、そのすぐ後のことだった。

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