第21話 即興曲


 国際列車の三等客室で奇妙な話を聞いた。


 もうすぐ到着する駅の近くに、小さな教会がある。そこで耳を澄ますと、誰も演奏していないのに音楽が聞こえてくるというのだ。そして、それははるか昔から途切れることなく続く奇跡なのだという。


 あてのない旅も、作曲家としての人生も、もう終わりにしようと思っていた私は、その話を聞いて途中下車してみることにした。


 駅前の市場から少し歩いた所に、その教会はあった。

 扉は開いたままで、中には誰もいない。私は中へ入ると、椅子に座って耳を澄ました。


 しかし、音楽なんて聞こえてこない。


 聞こえてくるのは、子どもたちのはしゃぐ声。それから、市場の喧騒けんそうと売り子の声、小銭の落ちる音。誰かを呼ぶ声、井戸みの音。荷馬車の車輪がまわり、犬が吠え、鳥が飛び立ち、馬がいななく。

 そして呼吸する肺、休むことなくはくを打つ私の命。


 頬をぬぐい、あふれ出す音を抱きしめて、私は旅立つ。

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