第32話 不適切なお茶


「会議室に、美味しい緑茶を2つ。急いで頼む」

 上司の言葉に、胸が高鳴った。

 新人研修を終えての初仕事である。


 たかがお茶、とあなどってはいけない。

 その道の達人なら、千円の茶葉を1万円の味にもできる。

 しかも、私は古い茶道の家に生まれた身。

 腕のみせどころである。


 給湯室へ急ぐ。

 戸棚にあったのは、安い茶葉。

 でも、心配はいらない。


 ポットの湯で茶器を温めつつ、新たに湯を沸かす。

 安い茶葉は、湯がぬるいと苦味が出てしまうのだ。


 2人分の茶葉は大さじ約2杯、4グラム。

 急須に茶葉を入れ、沸かした湯をそそぎ、ゆすらずに30秒。

 濃さが均等になるように注意して、最後の一滴まで注ぎきる。


 ノックをして、私は静かに入室した。

 甘いお茶の香りがあたりに漂う。


「それでは、わが社の新商品である『美味しい緑茶』を……」

 そう言いかけて、上司が驚きの表情で私を見た。


 言い忘れていたが、わが社は飲料メーカーである。

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