第4話
「スタービーチ? あの出会い系の?」
寺田は突然何を言い出すんだといった顔で俺を見る。
「そう。あのスタービーチ」
「もちろん覚えてるよ。俺らが大学生の間がピークだったからな。でもなんで今更そんな出会い系サイトの話を?」
「さっき、実はお前と会う前にネットカフェにいたんだよな」
同棲中の桜から逃げるような形で、という部分は伏せながら俺は話し始める。
「そしたら案内された個室が、ほとんど前の客が使った状態のままになっててさ。パソコン画面は今の出会い系サイトがずらっとブラウザを多重窓にしてあったんだ」
そこまで言うと、寺田は突然立ち上がって冷蔵庫の方へと向かっていった。程なくして戻ってきた彼は両手に発泡酒でも第三のビールでもない、プレミアビールを二本持って、そのうちの一本を俺の前に置く。
俺はジェスチャーだけでいらないアピールをしてみせるも、彼はそんな俺の要望を聞き入れるつもりもないらしい。仕方なく二人でプルタブを開けると、適当な乾杯をしてみせてから俺は続きを話し始める。
「そのうちの一つに、スタービーチのことが書いてあるサイトがあったんだよ。なんか、懐かしいなって。確かスタービーチって、お前から教えてもらったんじゃなかったっけ?」
「そうだったか?」
寺田はビールをテーブルに置きながら、首をひねった。
「そうだって。高校二年生の時。別の高校の女とヤレるからって」
「まぁ、結構お世話になったわな」
「え。お世話になったの?」
驚く俺に、寺田は右端の口角を引き上げる。
「入れ食い状態だったからな。携帯に写メ機能がついたばっかの頃だったろ? 適当なプロフィールと写メをうまい角度で撮って晒しておけば、若いってだけでぐいぐい返事が来た」
「……俺には、全くそんなのなかったぞ」
「俺と違って、お前は顔が悪いからな」
そう言って寺田は何が面白いのか、馬鹿笑いしながら俺の顔をじろじろと見始めた。
「まぁでも、大学生の頃だな。高校の頃はなんだかんだ怖くて閲覧するだけだった。つーか、篤志はそういうの興味ないと思ってたんだけどな。教えても反応薄かったし」
お前って結構ムッツリなのな、と寺田はまたしても笑い出す。
「で? お前はあのサイトで写メまで撮ってプロフィールも載せたのに、誰ともヤレなかったわけ? あんな優良サイト、今じゃもう絶対にありえないのに」
「うるせーなぁ。別にいいだろ」
話して損をした。そう思いながら、俺は喉が渇いて目の前のビールに口をつけた。いまだに二日酔いの具合の悪さは残っていたが、乾杯までしておいて拒否するのも感じが悪い。
「ただ……」
ちびりとだけビールを飲んでから、俺は寺田から視線を落として考え込む。
「俺ら男ってのはなんつーか、高校から大学の頃ってそれこそサルのような性欲があったから、あまり深くも考えずにああいうサイトにプロフを晒したりしてたけどさ。女――それこそ女子高生とかって、一体何を考えてああいうサイトに自らのプロフを載っけてたんだろうなって」
「同じだろ。男も女も」
えらく達観したようなニュアンスで、寺田はそう結論づける。
「誰だって寂しい時はあるし、性欲だって男と女で分ける理由がない。俺も高校の頃は異性というものにあれこれ理想を抱いていたもんだが、大学進学でこっちに来て、サークルの先輩に連れ回されてクラブに行った時に出会った女と一晩だけのセックスをしたもんだわ」
「そんなことあったのかよ」
「顔が良いからな、俺は」
またも強調するように、寺田は俺を見ながらいやらしい表情を浮かべてそう告げる。
「その時に理想はなくなった。結局、女だってセックスしたいんだなって思ったし」
ビールがなくなったのか、すぐに冷蔵庫から新しいのを取りに寺田は立ち上がった。俺はまだたっぷりと残ったままの自分のビール缶を見つめながら、誰に言うでもなく、唇を動かした。
「……出会い系、か」
「篤志、お前付き合ってる女いるんだろ?」
ビールを持って戻ってきた寺田は、静かに呟いた俺の言葉を耳ざとく聞いていたのか、不思議そうな瞳で俺を見ながらローテーブルに座り込む。
「出会い系とか、浮気でもするつもりなのか?」
「いや……そういうわけじゃなくて」
さっき寺田はスタービーチに書き込む男女を「誰でも寂しい時があるから」と結論づけた。ということは、あそこで『誰か一緒にメールしませんか?』と言い合っていた連中は、皆が皆、どれも寂しかったということなのだろうか?
寂しさを誤魔化そうと、見知らぬ人と肌を重ね合わせる。顔写真と簡単なプロフィールで話す相手を決め、何通かのメールを往復しただけで、その相手のことをわかった気になってリアルで出会って――
正直なところ、俺には援助交際の方がよっぽどわかりやすかった。金欲しさに知らないオヤジとセックスする。売春の類語のようなものだ。
でも、スタービーチで金銭のやりとりというのを俺は聞いたことがない。もしかしたらそういうこともあったのかもしれないけれど、
「なぁ。お前がスタービーチで出会った女って、援交みたいな金のやりとりとかあったのか?」
「ねぇよ。んなのあるわけねぇ」
やはりそうなのか、と俺は心の中で納得をしていると、
「なぁ。スタービーチの話はもうどうでもいいよ。それよりも今、俺がお前に対して思っていたことなんだけど――」
そう言いながら、寺田はいつの間にか先ほど話題にしていたノートに目を通していた。彼はそのノートからゆっくりと顔をあげると、
「――お前、また何かこういうシナリオ書いてみれば?」
「……は?」
そんな風に突然そのような提案をしてきた。
俺は口をぽかんと開けながら、寺田の顔を見つめる。
「いや、ここのノートに書いた『スイッチ』みたいな話は、ぶっちゃけマジでどうしようもないんだけどさ。お前って俺よりも飽きっぽい性格じゃないし、一念発起して小説とか書いてみたら案外フリーター人生から脱出出来そうじゃねぇかな?」
「バカなこと言うなよ。書けるわけねーだろ」
「書いてるじゃんこのノートに」
「いや、そのノートは別だろ」
「別とかじゃねーだろ。むしろ、良くこんなにつらつらとつまらないものを書いたもんだと思う。俺なら絶対途中で投げるから」
「お前な……」
「褒めてるんだぞ?」
そうは言いつつも顔は笑っている。
「ちょっと、やってみたらどうよ。どうせ就活とかしてないんだろ?」
してる、と言いたかったが、ろくな結果が出ていない現状を素直に話すには余計なプライドが邪魔をして口に出せなかった。ただこれまで何も目的や夢などの具体的なプランがなかった自分にとって、「物語を書く」という行為そのものには魅力があったし、書きたいものが何もなかったわけではない。
***
それから寺田は、俺にどんな物語を書いて欲しいかのプランをあれこれと話し出した。最終的には「お前には苦役列車のようなものを書くのが似合っている」と言ってその場で雑魚寝になると、やがて彼の寝息が聞こえてきて、俺は彼の五十インチほどのテレビの電源を点けてその場に横になった。
自分がいつ寝たのかは覚えていない。目が覚めると窓の外が明るくなっており、寺田はいなくなっていた。携帯を見ると寺田からのメールが受信されており、「オートロックだからそのまま出て大丈夫」とあった。
気になったのは、桜からの返信がなかったことだった。彼女は今日も朝から仕事だっただろうかと思いながら、俺は自分のバイトのシフトが夕方からあることを思い出して、寺田の家を後にした。
スタービーチでつかまえて 黒井日花 @derringer38
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